ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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597 閑話 勇者が凱旋するとき

 

 

 私は町門の前で、遠い山間を眺めながら、姿勢も崩さずに立ち呆けていました。

 防寒をしているとはいえ季節は真冬。通りすぎる風が体温を奪い、吐き出す息は白く染まります。

 

 もうどれだけの時間を待ったことでしょう。しかし、不思議と辛いという気持ちは微塵も生まれません。この高く澄みきった青空のように、ただ穏やかな気持ちで、時の流れに身を委ねるのでした。

 

「騎士団があんなに大勢出動して物騒だな。何かあったのか?」

 

「さぁ。でも門で待機をしているんだ。誰か偉い人でも来るんじゃないか……この時期なら……ほら噂の」

 

「もしかして勇者一行か!?」

 

 私は勘の良い市民の言葉に、僅かに頬が緩みます。ですが否定も肯定もせずに無視をしました。すると憶測が憶測を生み、気づけば付近には大行列が続いてしまいます。

 

 里帰りくらいは静かにさせてあげたいとも思うのですが、これは騎士団を動員して正解ですね。帰還がバレたら最後、交通整理をしなければ、まともに歩くことも出来ないでしょう。

 

「フフ。貴女たちは愛されていますね」

 

 近日の王都は、昼夜を問わずして祭りの様な賑わいを見せていました。そんな市井の話題の中心に居る存在こそ、今をときめく勇者一行なのです。

 

 この騒ぎはウェントゥス領から届いた、一通の手紙が発端でした。

 『我ら、冒険より帰還せり。至急王への謁見を願う』と、なんとも飾り気の無い文章から始まるのですが。

 

 問題は報告にある内容です。やはり淡々と並べられる功績の数々。

 勇者の力を失ったこと。しかし、シェンロウ聖国の教皇より勇者御免を認められたこと。

 同盟にクリアム公国とハウネーヴェ帝国も加わったこと。

 

 何より。

 魔大陸の境界にて二体の魔王と遭遇。ノーキン軍の協力を得て、これの撃退に成功すと。

 

 私は副団長から「お前の弟子がやらかした」とその手紙を投げつけられたのですが。ええ、王が頭を抱えていた理由が分かりましたとも。まさに歴史に名の残る偉業。これに報いるには、一体どんな褒美を与えればいいのでしょうね。

 

『アルスよ。正直な話、私はフィーネには勇者ごっこで終わって貰いたかったものだ』

 

 王は私にそう言いました。

 特異点を破壊出来る唯一無二の存在。魔王さえ切り裂く人類の希望。

 勇者とは存在をするだけで民の心の支えになるのだから、世界などいう重荷を背負って欲しくは無かったと。

 

 ならば、これが彼女の運命なのでしょう。

 旅先で手に入れた聖剣に、まるで導かれるように世界へと踏み出し。やがてただの肩書は真に至ったのです。

 

「あの小さかった子が、本物の勇者に成って帰って来ましたか……」

 

 なんとも感慨深い気持ちに浸るのですが、意識を現実に呼び戻したのは、頭上より響く喇叭の音でした。

 

 反射的に背を伸ばして、山の向こうを眺めていた視線を下します。けれど路面にまだ馬車は見えません。考えてみれば門の上に待機をしている兵の方が、遠くを見渡せるのは当然ですね。

 

 私は来るぞと、部下たちへ視線を投げます。寒さでやや気の抜けていた騎士たちも、英雄たちを迎えるべく姿勢を正しました。やがて緩い下り坂より、徐々に姿を現す集団が見え始め。

 

「――――え?」

 

 先頭を歩く金髪の少女と目が合います。ニコリと笑みを浮かべる表情の、なんて切なげで寂しそうなこと。背に揺れていた美しい黄金の髪は、短く詰められ。強く大地を踏みしめる足取りには、覚悟さえ滲み出すようでした。

 

 馬鹿な。これは名誉の凱旋のはずでしょう。フィーネの醸し出す雰囲気は、さながら敗残兵の様な悲愴に満ちていたのです。

 

 一体何故と視線を巡らせて、私は気がついてしまいました。

 後に続く、幼き英雄たちですが……一人足りない。ツカサくんの姿が、何処を探しても見当たらないじゃないですか。

 

「嗚呼、なんてこと……」

 

 戦友を失う辛さは良く分かります。今すぐにフィーネを抱きしめたい衝動に駆られるのですが、踏み出そうとする足を止めたのは、市民たちからの割れるような喝采でした。

 

 皆、大人ですね。凱旋の意味を知っているからこそ、勇者一行は無理にでも笑顔を作り、声援に応えるべく手を振ります。

 

 遠い旅の中でも、表舞台に上がる事が多かったのでしょう。多くの視線を浴びようと胸を張る姿には、慣れと余裕が見えて。不の感情など見せぬように彼女たちは光の道を歩んで行くのです。

 

 私に出来ることは、その痛ましい笑顔を見守り。一兵として敬礼を持って迎えることだけでした。

 

 

「アルス~。何もしないのならもう帰れ。お前が居ると女中が怖がるんだよ」

 

「見捨てないでくださいアトミス。私なりに、情報が一番早く入るのは此処だと思って来たんです」

 

「そんなの直接フィーネに聞いて来い。一応は保護者だろ」 

 

「思春期の相手は難しいんですよぅ」

 

 凱旋を見送った私は、居ても立ってもいられずに、親友の宅を訪れました。何か勇者一行の情報は入らぬかと、部屋の中をウロウロしていれば、心無い上司から迷惑だと非難の声が掛かります。

 

 とは言え、アトミスも現場に居た一人。異常くらいは察しているようで、お茶で喉を湿らせながら赤い目を細めて呟きました。

 

「まぁ、その判断は間違いじゃないさ。私の勘ではそろそろ来る頃だ」

 

「……誰がですか?」

 

 首を捻っていれば、本当に扉が叩かれるではありませんか。覇気の無い女中の声がイグニス様がお見えですと告げて、私は目を剥きます。

 

「彼女が何故ここに。普通は自宅に真っ先に向かいません?」

 

「馬鹿め。ウェントゥス領から王都へ向かうなら、エルツィオーネ領を通るのが一番速い。もう奴は、とっくに両親に会った後なのさ」

 

 そして厄介事を持ち込むのであれば、まずはアトミスに話を持ち込むと。

 想定の通りに赤髪の少女は「やぁ迷惑だったかい」などと、言葉とは裏腹に遠慮の欠片もなく扉を開いて部屋へと入って来たのでした。

 

「単刀直入に言うよ。私たち勇者一行は、魔王を倒していない」

 

「……はぁ。帰ってきたと思ったらこれだ。事情を説明しろ」

 

 ふてぶてしくも、椅子に座るや真っ先に酒を要求したイグニスは。火酒を瓶ごと煽りながら、足を組んで言います。

 

 私は目に余る悪態に眉を顰めるも、アトミスは肩を竦め、真似して酒へと口を付けました。まるで、酒でも飲まなければやっていらないと。人生から逃避しているかのようです。

 

「魔王を撃退したのは本当だ。しかし、倒した本人がもう居ない。成果はどうする。誰かが受け取らなければならなかった」

 

 政治的な問題。多くの死者を慰める為にも、事件は公表せねばならず。表向きには担ぎ上げられる神輿が必要だった。イグニスが分かるだろと、赤い瞳でねめつけてくるもので。私もアトミスも無言で頷く事しか出来ません。

 

「そうだよ。そんなの勇者しか居ない。フィーネは悔しさを全部飲み込んで、ノーキン軍の為に、屈辱の喝采を浴びることしたんだ」

 

 虚栄で喜ぶ子ではありません。己の成果ではない物を褒められるなんて、拍手の一音すら心を叩かれることでしょう。ならば万雷の如し称賛も、市中を引き回す刑罰みたいなものではないですか。

 

 誰が魔王を殺ったのか。普段の私であれば、そこに真っ先に食らいつくところですが、フィーネの心情を慮った時、腰は自然と椅子から浮いていました。

 

「失礼。話の途中ですが、やはり続きはフィーネ本人から聞くことにします」

 

「……ええ。それがいいでしょう。彼女も、たまには貴女と食事がしたいと言っていましたよ」

 

「そうですか。ありがとう、その言葉は何よりも勇気をくれますね」

 

 部屋を去ろうとした時、ふとイグニスとアトミスの会話が耳に届きます。

 「お帰りと言って貰えるのはいいものだね。こんな私でも、やはり家族や故郷を目にすると懐かさに頬が緩んだ」「家出娘にしては上出来な感想だな。智爵はお前のせいで胃痛が酷いらしいから、これからは家族の事も考えてやれよ」

 

 そうか。簡単な事でしたね。

 なんて声を掛ければいいのかと迷っていましたが、家族を迎える言葉なんて、たった一言で良かったのです。

 

 

 

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