ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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599 閑話 ラルキルド領経営日記7

 

 

「ふぅむ。相変わらず宿の稼働率は少ないけど、それでもボチボチ利用はされているのか。ルーランの話だと最近は固定客も居るようだし、一応順調と言えるんだろうなぁ……」

 

 私は、今日も今日とて書類と格闘中である。

 最初の方こそ、なんでこんなめにと、いくら捌いても減らぬ紙の束へ恨みすら抱いたものだが。今ならばこれが領主として必要な仕事なのだと理解が出来てきた思う。

 

 数字の動き。これを追って行くと、なんとなく町の様子が頭に浮かんでくるようになったのだ。

 

 例えば、宿の稼ぎは悪いけれど、併設をしている湯屋や食事処の利益は上がっていた。

 これを表すのは、つまり領内の需要。一日働いた汗と汚れを風呂で落とし、美味しい料理を食べながら一杯という流れが完全に定着をしているのである。

 

 そのような文化を持ち込んだのは、どこぞの貴族のオッサンたちなのだが。労働の意欲とお金の価値が伝わるのならば、こちらとしては文句もない。

 

「最初の公共事業が道路作りだったのも大きいか。汚れるし疲れるもんな。もうすぐ工事も完了するし、次に与える仕事を考えておかないと」

 

 道路の整備の話は、他領からも打診が来ていた。ラルキルド領はどうしても山奥なので、各方面に道を伸ばす事の利は大きい。もっとも、その不便さが町を守っていたのだから、どう転ぶかは分らぬものだ。

 

『それ僕のだぞー!』

 

『早いもの勝ちだろ!』

 

『はいはい。ちゃんと皆の分あるからねー』

 

 考えこんでいると階下から聞こえてくる子供たちの大声。

 今はちょうどお菓子の時間かな。フフと笑いながら筆を置き。私も頂いてしまおうと、まだ湯気を立てる茶に手を伸ばす。

 

 商人を町に呼び込むのは失敗をした。私たちの受け入れる見通しが甘く、想定以上に外部と摩擦が生まれてしまったわけだが。

 

「けれども、それで良かったのかもな。私は大事な事を忘れるところだったよ」

 

 シシア殿に急ぎすぎと窘められて、目が覚めた思いだった。

 何のために改革を推し進めるのかと言えば、外の客のためではなくて領民のためなのだ。そう考えれば、成果は出ているし。それは数字が証明をしているだろう。

 

 怪我や病気による死者はなく、食べ物の生産量も増している。まだ僅かであるが生活は確実に豊かになっているのだから。

 

「子供たちの笑顔と未来に繋がるなら、書類仕事もなんのそのさ」 

 

「大変ですシャルラ様ー!」

 

「ブッー!?」

 

 格好を付けながらお茶を口に含んだ瞬間に、扉が勢い良く開かれた。私は驚き思わず吹き出してしまう。ああ、机がびちゃびちゃだよ。

 

 手巾で濡れた書類をいそいそと拭くも。私は飛び込んできた侍女に、どうしたと事情を聞くのが怖い。何故なら、トルシェは教育の行き届いた淑女である。そんな彼女が伺いも立てずに部屋へ入るなど、問題が起きたことを意味するからだ。

 

「シエル様は、今度は何をしたんだ?」

 

「いえ、お客様が。勇者一行様がお見えですよ!」

 

「なんと!」

 

 これには本当に驚いた。勇者一行。つまり、ツカサ殿とイグニス殿のお友達ではないか。

 トルシェはどうにもニコニコとしているわけだ。元の主に再会出来て嬉しいのだろう。準備をしたらすぐに行くからと接客を申し付ければ、尻尾を振る犬のように駆け出していく。

 

「なぁシャルラァ。侍女が慌てていると、なぜ私の名前が一番に出てくるんだぁ?」

 

「うぐっ。聞かれておりましたか。理由はご自身の胸に手を当ててお考えくだされ」

 

 軽く身なりを整えて、応接間に向かおうとすると。廊下でバタリとエルフの女中と遭遇してしまう。新緑の瞳が上から重圧を掛けてくるもので、必死に目を逸らしながら答えた。

 

 しかし、この間で出くわすという事は、シエル様なりにツカサ殿たちとの再会を楽しみにしておられるのだろう。可愛い所もあるものだ。

 

「それが、どうにも私に用があるらしいのさ」

 

「……何故?」

 

「知るか。それを聞きにいくのだろう」

 

 もっともである。ならばと共に応接室へと向かい、久し振りに会う恩人達に挨拶をした。

 幾分と雰囲気の変わった金髪の少女を筆頭に、初めて会う白藍髪の少女が自己紹介をしてくれる。

 

 けれど、私の目がついつい探してしまうのは、あの優しい笑顔を振りまく黒髪の少年で。なのにその姿は何処にも無かった。

 

「イグニス殿。本日はツカサ殿はおられぬのですか?」

 

「……」 

 

 別に変な質問はしていないと思うのだけど、勇者一行の放つ空気が目に見えて固まる。

 それがと口を開きかけた勇者を抑え、ここは私が説明すると赤髪の少女が炎の宿った瞳を向けてきて。

 

「私たちはノーキン砦にて魔王と戦闘を行い。ツカサはその折に逸れました。目下のところ生死は不明です……」

 

「そう……です……か」

 

 ガツンと鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。

 これでも私は数百の時を生きる。良くも悪くも多くの命を見送ってきた。それでもやっぱり、友人の訃報とは悲しいものだな。

 

 そしてシエル様への用とは、まさにそこに関係する事らしい。

 魔大陸に捜索へ行くから、地理に明るい彼女に案内を頼みたいと。私からもお願いしたいくらいなのだけど、黒髪の女中エルフは真剣な眼差しで床を睨んでいるではないか。

 

「馬鹿な、ノーキンに魔王だと。魔大陸の入口は軍勢の領地だぞ。そこまで攻め込まれる事があるのか?」

 

「シエル殿、何か不味いのですか?」

 

「あまりよろしくは無いな。恐らく軍勢の内輪でなにかあったか。不死王が本気を出すのも不味いが、個人的に心配なのは誰かがアソコにうっかり迷い込まないかだ」

 

 魔大陸には、シエル様の故郷だった大森林の跡地があるらしい。それがどうしたと私は首を傾げるが、彼女はイグニス殿たちを見て言葉を濁す。

 

「まぁ事情は分かった。ツカサの捜索であれば、こっちで引き受けてやろう」

 

「そんな。私たちには貴女の知識が必要なんです!」

 

「何故私が子守りをしなければならない。それも勇者とエルツィオーネなんてアイツに頼まれなければ、ラウトゥーラで皆殺しだったわ」

 

「あの頃と同じだと思うなと【黒妖】」

 

 ならば続きをやるかと机を挟んで火花を散らす、元魔王軍と勇者一行。

 やめれくだされ、やめてくだされ。なんとか諫めようと、私は両者の間に入るのだが。フィーネ殿もどうして強気だ。

 

 困り果てていると、助け船が思わぬ方向からやってくる。「行ってやりなよ、母さん」と部屋の入口から言葉が掛かった。

 

「よぉ嬢ちゃん。元気そうでなによりだ」

 

「お前はシシアって……何をしておられるのですか、父上?」

 

「いやーこの前、銭湯でばったり会って。なんか意気投合しちゃってねぇ。飲み友達なんだよ」

 

 赤髪の少女は見開いた瞳で、「マジか」と言わんばかりに顔をこちらに向けてくる。

 そうですね。お父さんは週一でこの領に遊びに来てますよ。

 

「時代は変わったんだ。俺もね、フィアンマの糞野郎だけは許さねえけど、その子孫まで恨むのは違うだろ」

 

「いやーなんか先祖がごめんねぇー?」

 

「それが謝る人間の態度か!」

 

 これぞ年の功か。老エルフは、過去の確執は許すべきだと。今の彼らを見ようと、酔いどれのオッサンと仲良く肩を組んでいる。その姿に溜息を吐き出すシエル様は。「分かったよ」と如何にも不満という態でも言質を残した。

 

 けれどシシア殿が説得をしているようで、私には母親が子供の我儘を飲み込んだようにも見えたのだった。

 

「よし、とりあえず駒は揃ったか。行くぞ魔大陸」

 

「ねぇイグニス。それ私の台詞だよね。待っててね、ツカサくん」

 

「なんか不安なのですが、頼みましたぞ」

 

 未来は荒れそうだと聞いて、私はチラリとほろ酔いの老エルフを見た。

 彼は言った。大森林は、行き場のない魔族を匿えるように住居や物資の蓄えがあると。

 

「余裕、か」

 

 実のところ、最近になってラルキルド領の領土は広がっている。

 悪魔騒ぎの謝罪として、ハウロが結局は土地を進呈してきたのである。道を作る前に、先にそっちを少し開拓しておくかな。

 

 ともあれ、どうかご無事で居てくだされツカサ殿。

 

 

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