ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
三日天下という言葉があるけれど、俺の威厳は五分ほどで終わった。
混沌軍のボスとして発言を求められたから、女子には編みタイツの着用義務を提案したというのに、何故か会議から追い出されてしまったのである。
ある意味、皆の心が一致した瞬間ではあるのだが。「あっ……」と言う言葉を最後に見せた長い沈黙。発案者としては、そんな空気に晒されて悲しいばかりである。
「ニーソの方が良かったのかなぁ」
「やっぱりこのバカ人間に大将は無理だって!」
出発した馬車の中で反省をしていれば、呟きが聞こえたか赤肌の少女は絶望をするように天井の幌を仰ぐ。まったく、失礼な奴だ。これでもおいらボスだぜ。床にのの字を書いていじけていると、鬼娘は語尾を荒げてこう言ってきた。
「あーしには、お前の考えがちっとも分かんねえ。馬車10台って、こんな大所帯本当に必要だったのか?」
「いや、俺たちが使うのはせいぜい3台くらい……やめろぉ子供の前で暴力は良くないぞ!」
胸倉を掴まれて今にも殴りかかられそうになる。なんで誰も止めてくれないの。
必要は無いけど理由くらいはあるのよ。俺は怒れるキキを必死に宥めながら、背後に並ぶちょっとした小隊程の列を見る。
「これは買い出し部隊だよ。地竜で行っていた補給を代用しようとすると、この台数でもまだ足りないみたいだけどね」
「買い出しって。鬼族にガキの使いをやらせようってのかよ……」
「まぁそう言わないで。いきなり移民とかも難しいだろうから、その辺りは交流しつつ、おいおいさ」
今の目的地は、軍勢の兵士が囚われている北の湿原なのだが。途中で補給も兼ねて町に寄るつもりだ。
しかし魔王同盟による被害の無い場所となれば、離れているか捜索から漏れるほど小さな村なわけで。支援をする余裕がある所は少ないだろうという見通しだった。
ならば数で勝負するしかない。散り散りになって少しでも物資が買え漁れればいいなと思っている。ちなみに、騎手はキトの配下の鬼さんで荷車を牽くのは虎の魔獣だ。キキはガキの使いと言うけれど、お金を任せられるのは信頼関係があってこそだよね。
「今更言うのもなんだが、折角の軍資金を支援に使うのは勿体なくないか? はっきり言って、あの町が復興するには時間が掛かるし、かけた労力に対する見返りがあるとも思えんが」
俺の説明を聞いて、やはり不満を漏らすのはマルグリットである。胡坐に頬杖をつき、如何にも不貞腐れた様子で訴えてきた。
隻眼の女戦士は竜巣軍の幹部を務めていた経験から、軍を維持するためのコストを試算するようで。もったいない、もったいないと嘆いている。
今の混沌軍は、それなりに人数が居た。
鬼族の助っ人に、マルグリットの奴隷、そしてリュカが手下と主張する巨人共。合わせると50にも届く。確かにボスを名乗るなら、皆の食い扶持も考えないといけないか。
「うーむ。奪うわけにもいかないし、手持ちが尽きる前に稼ぐ方法を見つけないとな」
「これからは切り捨てることも覚えるのだな。さもなければ全部抱える事になる。自分にそれだけの器があると思っているのか?」
あくまで対等という契約を結んだ彼女は、グサグサと胸に刺さる言葉を投げつけてくる。俺の器なんて子供二人でも持て余すさ。それでも零れる涙を無視出来るほど強い心もなく。
困ったものだねと眉を寄せていると、思わぬ方向から援護射撃があった。
「そんな事は無いよ。ツカサ兄ちゃんは何も返せない僕たちに、笑って手を差し伸べてくれたんだ。おかげでお母さんに会えて、お姉ちゃんにだって会えたんじゃないか!」
「む、むう。でもなエルマ、軍を率いるのは簡単なことじゃなくてな」
お姉ちゃん嫌いとそっぽを向く少年に、ブラコン女戦士はガハリと血反吐を吹く。
エルマの気持ちはありがたいのだけど、忠言として受け止めなければいけないのだろう。俺としても、一緒に居たいと言ってくれた子供たちくらいは、お腹いっぱいにさせてあげたいのだった。
◆
そんな訳で馬車を走らせて早二日。
キトの案内により辿り着いた最寄りの町は、山の麓に存在する、知らなければ見落とすほどに小さなものだった。
なるほどと感心しながら近づけば、門からはゾロゾロと兵士が出動して、これ見よがしに軍勢の旗を振って威嚇をしてくる。
なぜこんなに警戒を。理由について考えれば簡単なことだ。最後尾にのそのそと付いてくる巨人を見て、魔王連合と勘違いをしたのだろう。
「よーし。オレの合図があるまで、お前らはここで待機な!」
「「へい隊長!」」
「……ねえ君たち、なんでそんなにリュカに従順なの?」
「いやぁ……竜巣軍には戻りたくないし、かといって町にも居づらいし……」
「そうねえ。あの人は、お前らもう部下だから付いて来いって言ってくれたもんねぇ」
ギガ男とギガ子は大きな体を小さく畳んで、俺に事情を話してくれた。単眼の目は嬉しそうに狼少女を追う。
「彼女は小さくても立派な戦士だな。尊敬が出来る」
「ふふっ。食事の度に、お腹いっぱいになったかって聞いてくるのよ。その気遣いだけでお腹いっぱいだわ」
「……そっか」
リュカちゃんの頑張りには俺もほっこりである。
せっかくなので、もう少し話をしたかったけれどキトが面貸せと呼ぶもので、名残惜しく手を振って別れ。
「こいつが混沌軍の大将。ツカサ・サガミでい」
「いや、ついにこの町にも魔王軍が攻めてきたのかと冷や冷やしたよ」
「勘違いをさせてすみませんね」
町長にこちらの事情を話せば、次は自分たちの番だったかも知れないと、出来る限りの援助を申し出てくれた。軍との戦いに備えて、それなりの備蓄があったのは嬉しい誤算。対価を払い、早速に積み込みをさせて貰う。
竜巣軍の脅威が消えたのは相手にとっても朗報か。やつれた顔だった人狒狒さんは、心なしか眉間から皺を取り言った。
「キトさん。事情はある程度聞いてるから貴方を責めたくはないが。軍勢は本当に大丈夫なのかい?」
キト、モアの敗北に続き、オッパーニの裏切り。三大天が壊滅し、信用が揺らぐようだ。
彼もまた、迷っているのだろう。何処につくか、誰につくか。快くしてくれた援助のようで、裏には俺への媚びもあると知って、苦い顔になる。これが大人の味。
「べらんめえ。オッパーニは俺がケジメをつけるし、これ以上竜の好きにもさせねえよ」
【軍勢】の魔王は動きたくても動けないのだと言う。
最強と名高き不死王であるが、強すぎる故に周囲を問答無用で特異点に変えてしまうそうなのだ。
そうなれば、出来上がるのは死者の国。死を恐れて特異点の外に出れないのが千年帝国の実態であると。その言葉で、はっと気付く。思えば、そんな勢力に居ながら三大天は皆が生者だ。だからこそ能力外で活動出来る猛者が必要だったのか。
「まぁそうだな。そして長年侵略もしなかった。魔大陸に少なからず平穏があったのは、大将が君臨しているお陰だ」
赤鬼は、看板に泥を塗られて許せねえと。狒狒が恐怖でガチガチと歯を鳴らすほどの表情を見せる。
しかし、俺はこれが王なのだなと思った。
オポンチキにせよ、ランガにせよ。魔王は兵に夢を見させて走らせるだけのカリスマがあるのだ。
威勢よく混沌を名乗ったものの、現実を捻じ曲げてでも実現させたい強い想いが無いから。あの日取り込んだジグの力は、何も反応も示さないのかも知れない。
「目標……ね。取り合えず今は、戦士達の解放だ」
鬼族の馬車は、町の復興に向けて散り散りに領地を駆け巡り。俺たちは少数精鋭で竜巣軍の砦へと乗り込んでいく。
うまくいけば奇襲になると読んだのだけど。やはり現実はそう甘くないようだ。
町から逃げ出した兵が情報を持ち込んだのだろう。湿原の谷間に構えられた基地は、とっくに厳重体制が出来上がっているようだった。
斥候から戻ったキキの情報に、さぁどう攻略しようかと額を突き合わせる中。めんどくせえと吐き捨てて、赤鬼がユラリと立ち。
「ふん、来たな。【地吹雪】が敗れたようだが、ランガ様一番の忠臣、この【炎天下】様を相手に……」
「しゃらくせえ!!」
高速で叩きつけられる超硬の拳は、魔王軍の幹部をただの一撃で粉砕する。
どころか収まらない拳圧は堅牢な砦を揺るがし、荒ぶる炎が包み。後に残ったのは、瓦礫と黒煙。すっかり焼野原となった更地を見て思う。
「俺要らなかったんじゃね?」