ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「ふん、来たな反逆者共め。【地吹雪】が敗れたようだが、ランガ様一番の忠臣、この【炎天下】様を相手に……」
「しゃらくせえ!!」
砦の前に立ち塞がり、行く手を阻むのは体格のいい短髪の男であった。
素肌に皮ジャンを羽織る、どこか暑苦しい彼も竜人族なのだろう。声を張り上げて見得を切るのはいいけれど、言い終わる前に赤鬼は飛び出していく。
作戦もへったくれもない、ただの突貫。誰もが、恐らくは敵さえもが無謀だと思ったに違いない。しかしキトは拳の一振りで下馬評を覆して、何もかもを粉砕してみせた。
谷間に吹き込む風が、パチパチと燃え残る火の粉を舞わせる。まるで隕石でも落下してきたようだと、抉れて消えた大地を見て思う。
相変わらずの馬鹿げた威力だ。砦を守る竜巣軍の幹部も、分厚い防壁も、攻め落とす予定だった砦まで、綺麗さっぱりに吹き飛んでいるではないか。
「俺要らないじゃん」
「なんだ……なんなんだ、あの男は。【炎天下】と言えば、強さだけはディネーヴェさえ凌ぐと言われているんだぞ……!?」
「そうか初見だったか」
目の前の光景に開いた口の塞がらないマルグリット。
彼女は、この砦の攻略を舐めていなかった。俺が僅差でやっと競り勝ったレベルの強敵が居ると知るからこそ、大真面目に偵察をして作戦を考えていたのである。
だが、蓋を開けばこの有様。
同じ魔王軍幹部という肩書を持ちながらも、キトは格が違うとばかりに一蹴。いや一殴してみせたのだ。
「ふふん。あれが【赤鬼】だし」
皆が呆然とする中で鬼娘は誇らしげに胸を張る。
全くもって同意しよう。これが三大天。最強と名高き【軍勢】の魔王が有する、最大武力。肩書は返上したそうだけど、その実力に一切の陰りはなく。あの日に出会ったままの、強くて怖い鬼がそこ居た。
「……っは。モアといい、アイツ等と正面から戦う事になっていたら、たとえ魔王連合といえど侵略は難航していたのだろうな」
「むしろオポンチキとは殴り合って和解しそうなイメージすらあるけどね」
しかし、そうはならなかった。奸計により彼は拳を振るう機会さえ奪われていたのだから。
ジグルベインへの敗北を機に、三大天の看板を降ろして婚姻する予定だったと聞く。人質を取られたのは、その報告に登城をしていた最中の事らしい。
侵略に抵抗はすれど、いくらキトとはいえ腕二本。守れる範囲はあまりに狭く。任侠気質な男が、自分の領地を荒らされるのは、さぞ歯痒かった事であろう。
被害者の子供たちに頭を下げて、敵である俺にすら協力を求めた。口惜しさを飲み込み、拳を振り上げるのを耐えたのは今この時の為で。
「おうおうおう! 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見ろい。
これが本当の名乗りとばかり、男の叫びは空を引き裂いた。
僅かに残った竜巣軍の兵士ではあるが、ボスさえやられた超暴力を目にしては挑む勇者などいるはずもなく。
まるで時が止まったように、敵の集団は逃げることも出来ずにカタカタと震えて恐怖に支配され。俺はこれを機と見て、味方に号令を出す。
「どうした、行け! もう我慢しなくていい。思い切り暴れて、竜に鬼の怖さを叩き込んでやれ!」
「……ツカサの言う通りだ。兄貴に続け。お前ら、鬼の強さを見せてやんな!」
「おや?」
もしや初めて名前を呼ばれただろうか。キキは鬼族数十名を率いて、戦線へと駆け込んでいく。勢いは完全にこちら。集団の放つ圧と雄たけびに、トカゲ兵士共は思い出したように動き出すのだけど。
それは戦闘ではなく狂乱だった。
響き渡るは絶叫。ある者は背を見せて逃げ出し、ある者は恐怖を払うように武器を振り回す。
弓に槍に魔法と、凶器が宙を行き交えば、空気は一瞬の内に戦の匂いに満ちて。血の匂いに興奮でもしたか、視界の端には盛り上がる集団が見えた。
「よーし、鬼になんか負けるな。オレ達も行くぞ!」
「これこれ。リュカはいいんだよ」
「なんでさ!?」
出鼻を挫くように止めれば、灰褐色の髪の少女はフンスと鼻息を荒くして突っかかって来る。
リュカはどうにも犬系というか。肩書や命令を律儀に守ろうとする傾向があった。巨人たちに隊長と慕われている内に、部隊を率いようとする使命感を持ったらしい。
俺は指を示して、アレに加勢が必要そうかと問う。
飛び道具などなんのその。キトは白鼠色の長い髪を振り乱して、重戦車のように反撃の中を進んでいた。
負ける未来など見えるはずが無い。狼少女は、実につまらなそうな顔をしながら、いやぁと言葉を濁す。
「オレだって暴れてえよぉ! 勝ち戦なんて最高じゃねえか」
「それが本音ね。暴力なんて振るわないに越したことはないぞ。あっちが頑張っているうちに、さっさと目的を果たしちゃおう」
やっと本気を出せるキトを止めるつもりは無いが、ここを攻めた目的は、あくまで人質の解放だ。捕まった兵士を助けられないようでは、勝つ意味もあるまい。
俺はマルグリットと女戦士の名を呼ぶ。
横紙破りな赤鬼の暴れぶりに呆れかえっていた彼女だが。気を引き締めるように眼帯を縛り直し、すっかり鋭い顔つきに戻った。
「捕らわれている場所は分かるんだよね? 案内お願い」
「ああ。直接訪れたことは無いが、ここの建設にはディネーヴェも関わっているからな」
砦に案内された時点でざっくりと基地の構造は聞いている。だからこそキトは遠慮なしに壁をぶち破れたというわけだが、救助には詳しい位置情報が必要だ。俺たちはマルグリットに先導して貰い、ぞろぞろと後に続く。
この湿原はビオトープの発想に近く、爬虫類の住みよい環境を人工的に作り出していた。なので砦や防壁は、あくまで巨大な竜の巣を保護するための物にすぎないらしい。
兵士を逃がさないのは、あくまで環境。湿原の先には水源となる沼があり、その真ん中に小さな孤島が存在するのだとか。
「当然に水は魔獣だらけ。泳いで渡るのは不可能だが、囚人は生きる為に狩りをしなければならない。血の匂いが血を呼び、食物連鎖が加速していると、酒の肴に聞かされたものだ」
「それ、捕まった人達はちゃんと生きているの?」
「さてなぁ。正直な話、奴らの命になぞあまり興味は無かったから……」
「この外道共め。急がなくちゃ!」
少し走ると土が徐々に柔らかくなり。次第に、足には沈み込む感触が訪れるようになった。湿原か。前もイグニスと行ったな。懐かしい感覚が、ふとかつて無邪気に冒険していた頃の思い出を蘇らせて、落差に泣きたくなる。
そんな事を考えていたものだから、注意も緩むのだろう。背後でキャッと可愛らしい悲鳴が聞こえて、己の無能さを呪う。
「ごめん、誰かお母さんを担いであげて」
「そうねぇ。じゃあ私が」
巨人のギガ子が、ぬいぐるみでも抱くようにママを持ち上げてくれた。
ここは竜の巣。いつ茂みから魔獣が飛び出すてくるとも知れない、危険地帯ではないか。彼女に怪我でもさせたら、子供たちに向ける顔がないよね。
とは言え、神聖術の使い手が居るのはやはり心強い。
マリーたちこそ町に置いて来たけれど、囚人の話を聞いては、ママに付いてきてもらったのは正解だっただろう。
「にしても、思ったより強い魔獣は居ないみたいだね」
「そうかな……そうかも?」
先行するのが英雄級であるマルグリットだけに、大型ていどの魔獣が出ても瞬殺してくれた。ゴロゴロと現れる4~5メートルサイズの蛇や鰐を見て、狼少女は納得いかなそうに同意する。
流石に地竜のような化け物がばんばん生まれる訳では無かったか。
胸を撫でおろしている間にも、単眼の巨人から「見えて来ました」と報告があり。急いで茂みを掻き分ければ、目的地の沼に到着をした。
「良かった。どうやら全滅はしてないみたいだ」
話の通りに、大きな沼の真ん中には小さな陸地が見えて。その上に肩を寄せ合う集団が確認出来る。
おーい、助けに来たわよ。手を振って存在をアピールすれば、向こうも気が付いたようだ。声は届かないけれど、大はしゃぎに手を振り返してくれていた。
「さて、どうやって助けるか」
「……違う。違うぞツカサ。アイツ等は来るなって言ってやがるんだ!」
耳の良いリュカちゃんが囚人の言葉を拾ったらしい。
なんでやねん。首を捻って意味を考えているとザパンと割れる水面。長くて太い影が地上に落ちてくる。
ははん、さてはネッシーかな。
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