ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺は静かに扉を開いて、部屋の様子を覗き見た。中では二人の兄妹が仲良く遊んでいるようだ。
茶髪の少年は壁に頭をつけて目を床に伏せている。金髪の幼女が音も立てずに、そろりそろりと、その背へ忍び寄っていた。達磨さんが転んだ。いや、こちらでは竜ごっこと言っただろうか。
かつてラルキルド領の子供たちも同じ遊びをしていたなと、懐かしくも微笑ましい気持ちになって、陰ながらに勝負を見守った。
「人間はどこだ~。食べちゃうぞー!」
「きゃー!」
不意にガオーと振り向く少年。マリーちゃんはその迫力に嬌声を上げながらも、私は人形ですと言わんばかりにピタリと固まる。
けれど竜役のエルマは、妹の必死の演技を見もせずに俺と視線を合わせていた。
見つかってしまったか。「ツカサ兄ちゃん!」目を輝かせて叫ぶ男の子に、ただいまと声を出せば、「えっ!?」と驚き振り向く女の子。
「あっ動いた。マリーの負けね」
「うわん。おにいちゃんのバカ!」
「ごめんねー」
少しばかり間が悪かったようで、哀れな幼女は竜に食べられてしまいましたとさ。
けれどマリーちゃんの態度は現金なもの。プンプンと頬を膨らませながらも、手を伸ばしてお土産を要求して来た。7日ぶりの再会だと言うのに、第一声がソレとは泣けちゃうぜ。
「だって、いい子にしてたらくれるって言ったもん」
「そうだよ。僕たちはツカサ兄ちゃんが帰ってくるのを、とても楽しみしてたんだ」
「……待たせたね。お土産はちゃんとあるから、安心して」
過去に捨てられた経験を持つエルマは、留守番に苦手意識がある。それを承知で置いていったもので、はにかむ笑顔に罪悪感を覚えてしまう。
今回はたまたま帰って来れたけれど、戦いに絶対は無い。命を預かるっていうのは本当に重いね。俺は震える右手を握りしめて、お母さんの所に行こうと誘った。
◆
「わぁ、これ全部食べていいの!?」
「うん。お肉いっぱい持って帰ってきたからね」
今更だが、ここは砦に攻め入る前に立ち寄った町だ。そこの長である人狒々さんの家に上がらせてもらっている。
混沌軍が食堂を占拠、いや貸し切って、ママと数名が大量の料理を作ってくれているのだが。なにせ卓につくのは腹を空かせた兵士共。少し目を離した隙に、戦場さながらに皿の奪い合いが発生していた。
というか、酒も入っているらしい。青鬼さんがベベンと即興で楽器を奏で、鬼達は大盛り上がりだ。こいつら大人しく食べられないのかな。ボスとして咎めるべきかと考えるものの、赤鬼が樽を煽り、狼少女までが肉を頬張る姿を見ては、文句の一つも浮かばない。
「エルマ、こっちにいらっしゃい。品性が無い奴らと一緒に居ると、品位が下がるぞ」
「また喧嘩になりそうな事を……」
入口で立ち尽くす俺たちを、ちょいちょいと手招きすのるのはマルグリットであった。
彼女は鬼族とテーブルを分けていて、エスデスやドエムといった自分の配下で囲んでいる。こちらは静かなもので、貴族の茶会を思わせる雰囲気すら漂っているようだ。
同じ部屋なのに落差が酷い。けれど子供たちを座らせるならば考えるまでもないだろう。
あっちに行こうと幼女の手を引けば、背後から大きな影が自分も一緒していいかと尋ねてきた。
「ああ、モノノさん。子供たちを預かってくれて、ありがとうございました」
「なぁに礼を言うのはこちらですとも。まさかこんなに食料を分けて頂けるとは」
この家の主である人狒々さんだ。スーツ姿の毛長猿はエルマとマリーはとても行儀が良かったよと、長い手で彼らの頭を撫でてから俺の対面の席に着く。
ナハハと乾いた笑い声しか出なかった。何を隠そう、いま食卓に上がっているのは多頭竜の肉である。
電車サイズの首を100本以上運ぶのは苦労したね。なにせ真夏並みの気温。腐らないように魔法で冷やしながら、皆で頑張って押したのだ。気持ち的には山でも運搬した気分だった。
「大事なのはそこじゃないだろう。私はこんな不気味な肉を食う気にはなれんね……」
「えっ!?」
女戦士の言葉で、まさに肉を口に運ぼうとしていたエルマの手が止まってしまう。
良く見れば、彼女は一人だけ果物を摘まんでいるではないか。俺は戸惑う少年に、大丈夫だよと率先して料理を食べて見せる。
多頭竜は明らかな変異種。更にコイツの心臓を食べたオッパーニも不穏な変化をしていた。その事からマルグリットは気持ち悪がっているけれど、俺たちは道中で普通に食べているから問題は無い。一応魔獣に毒見もさせたしね。
「このお肉、変わった食感だね。なんかコリコリしてて美味しいよ!」
「おいちい!」
「いっぱいあるから、ちゃんと噛んで食べるんだぞ」
食べてビックリなのだけど、多頭竜の首はどこかタコのような食感と風味なのだった。
タコは腕にも脳を持つと聞いた事があるけれど、案外切っても生えてきた首は、捕食機能をもった触手に近いものだったのかも知れない。
蛇馬魚鬼の細胞にはタコの遺伝子も入っているのだろうかと、コリコリとした蛇蛸肉を味わいながら考える。
「して。私に出来ることがあれば、何でも仰って下さい。平和の為ならば協力は惜しみませんよ」
「十分助かってますけど?」
食事を楽しんでいいると、人狒々さんが手を揉み揉みとしながら、何とも卑屈な笑みで俺の機嫌を伺ってきた。
こちらとしては子供の面倒を見て貰っただけでもありがたいし、大人数を逗留させてくれて感謝しかないのだが。要求の見えない薄気味悪さに眉を困らせると、意図を読み取っマルグリットがははんと鼻を鳴らす。
「無料ほど怖いものはないってな。迂闊に話を進めるなよツカサ・サガミ。どうにも押し付けたい面倒事があるようだ」
「……別に相談してくれれば、話くらいは聞きますよ?」
「いやぁ……。最近、盗賊が出るのですが、どうにも竜巣軍崩れの連中らしく」
そう言いつつ、人狒々さんは目を反らした。
被害には困っているけれど、竜巣軍にも目を付けられたくない。そこで反乱軍を気取る俺達に押し付けてしまおうという魂胆か。
なるほど。今後増えていきそうな事案だ。
子供たちも世話になったし、オッパーニの領地へ攻め込む前に潰しておこう。快諾をすると、話を聞いていたのかと、女戦士の隻眼が殺意を放つもので。報酬を忘れていたと、彼に一つお願いごとをする。
「これは人牛さんにもお願いしたんですが、冒険者ギルドの設立に協力して戴けませんか?」
「……冒険者ギルド?」
沼で助けだしたミノタウロスは、【地吹雪】に奪われた町の長であった。
町を取り返したことを喜ぶも、壊滅状態と知り複雑な表情を見せ。多頭竜の肉を支援物資にすると言えば、人一倍気張って運んでいたものだ。
そんな彼に、俺は言った。それが、今も話す冒険者ギルドの設立である。
あの町は奴隷として集められた人で溢れていて、不幸な子供もエルマやマリーだけではない。でも、俺には全部を救うことは出来ないから。
「遠くに行くと支援も出来なくなります。だから、誰でも働ける仕組みを作っておきたいなと」
「オッパーニの様子を見るに、時間を掛けるのはまずそうだものな。戦士を解放した以上、この地に長く留まる理由は無い」
攻めるなら早い方がいい。マルグリットは物騒な事を言いつつ、肉をモリモリと頬張る幼女の口元を拭いてくれていた。本当に言動と態度が一致しないというか、魔女とは別方向で何を考えているかが分からない人だ。
そう。裏切りの者の三大天は、キトに実力差を見せつけられたというのに、「今は勝てない」などと捨て台詞を吐いて逃げている。悔し紛れとも取れるが、まるで時間さえあれば勝てると言っているようではないか。
急がないと取り返しのつかない事になる。不死身の怪物と戦った後だけに、俺たちの胸には嫌な予感が渦巻いてた。
「なるほど。要するに仕事の斡旋所ですか。案として町内に触れてはみますが……」
お前らに何の利が。意味が分からないとばかり、先ほどの俺のような表情を見せる人狒々さん。すると彼の困惑をガハハと豪快な声が笑い飛ばし、ガシリと太い腕に肩を組まれる。横に見えるのは牛面で、近づく顔からは酒の匂いが漂う。
「言葉の通りだ。長として腹の読みあいをしたくなる気持ちも分かるが意味は無いぞ。俺も聞いたのさ、何故こんなに良くしてくれるのだと。そしたらコイツ、なんて答えたと思う!?」
「だって困ってるんでしょう。だにゃ!」
酒に酔ったリュカがミノタウロスの言葉を継いで、場に大爆笑が起きる。
人狒々さんも一瞬ポカンと間抜けな顔をしてハハと失笑した。なにわろてんねん。不快に口をへの字に曲げていれば、杯を手にした鬼娘がやって来て、「みんながバカ人間って事を理解したんだよ」と言う。
「そんな隅で何してやがる。宴の席だろ。辛気臭い連中と一緒に居ると、お前まで湿気るぞ」
「知らぬ間に始まっていたんですが、それは」
【抱天】軍団と【赤鬼】軍団の間で、ばちりと火花が散り。そんな空気を知ってか知らずか、キキは俺に酒を注いで、飲めと勧めてきた。
「ま、まぁ。あーしも、姉御を助けてくれた事には感謝してるし」
「……うん」
戦前の景気づけに酒を煽り、人牛さんと肩を組んだままに宴会の輪へと加わる。しょうがない、とっておきの芸を見せて上げますかね、フォー。
「なんで脱ぐんだ、バカ人間!」
「大丈夫です、見えません!」
明けましておめでとうございます!