ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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609 起こしてよ

 

 

 目が覚めれば、俺はパンツ姿のまま酒瓶を抱えて、一人で床に寝そべっていた。

 ここは宴会会場。もとい人狒々さん家の客間か。ゆっくりと体を起こすけれど、頭に激しい痛みが襲い、昨晩の記憶も少しあやふやな事に気づく。

 

 はて。皆はどうしたのだろう。

 飲み会に混じった後は、散々に一気飲みをさせられたものだが、詳しい内容をあまり覚えていない。

 

 けれど周囲を見渡せば、酷い騒ぎ方だったという事は容易に想像が付いた。なにせ部屋の中は、台風でも通り過ぎたのかと思うくらいにぐちゃぐちゃなのだから。

 

 椅子や机の家具はひっくり返り、床にも皿や酒瓶などが散乱している。それに臭いもキツイ。アルコールに混じり、胃液のすえた匂いまでした。絨毯に染みをつくる赤い斑点は、もしや血なのでは……。

 

 こんな光景を見ては、もはや思い出したくも無いな。後で狒々さんに謝ろう。俺は痛む頭を抱えて、とりあえず顔でも洗おうと廊下に出て。

 

「あっ、おはよう」

 

「へぇ。お前には今の時間が早いように見えるのか?」

 

 そこでバッタリと遭遇したのは鬼娘。ただ挨拶をしただけなのに、いつもより2割増しくらいで強い侮蔑の視線と、腹の底から凍えるような声で、無情な言葉をかけられた。

 

 キトとは血が繋がっていないらしいけれど、腕を組み仁王立ちをする姿はそっくりだと感じる。つまり、俺が恐怖をしているという意味だ。 

 

 赤肌の少女からチラリと目を外して窓を見た。今日も青々とした空で良い天気である。日はすっかり高くて、もうお昼に近い時間なのかも知れない。

 

「……もしかして、皆を待たせてる?」

 

「心配すんな、誰も待ってねえよ。兄貴を含めて他の連中はとっくに町を出たぞ」

 

「なんで起こしてくれないの!?」

 

「踏んでも蹴っても起きなかったのはお前だ、バカ人間が!」

 

 鬼娘が、はぁと溜息交じりに、それぞれの動きを教えてくれた。

 キトは兵士を引き連れてミノさんと一度町に戻ったらしい。俺たちが砦の攻略に行っている間に、物資の調達に走っていた鬼族と合流をするためだそうだ。

 

 そういえば居たね、買い出し部隊。今後の方針や、ヒュドラの肉を運ばせるのにも人数が必要だと聞き、確かにと頷く。

 

「抱天は、その間に竜巣軍の残党狩りをするとさ」

 

 勝手に動きやがってと苦い顔をするキキだが、俺はエルマの為だろうなと考える。お姉ちゃんとしては、返り血を浴びる姿を見られたく無いはずだ。

 

 どのみち事後報告。「そう」と返事をするしかない。

 キトもマルグリットも魔王軍の幹部として配下を持つ身。指示など無くても、己で判断して行動出来るのだった。

 

「……じゃあ、俺は何をすればいいんだろう?」

 

「知るか。と言いたいところだがな、まずは服を着ろ!」

 

「はい」

 

 なお、服を着てから洗面所に行ってあらびっくり。鏡に映る顔には大量の落書きが施されていた。道理で通りすがる使用人さんが俺を見てクスクスと笑うわけである。おのれー鬼共め。

 

 

「うーん。思いがけず予定が空いてしまったな」

 

 キキの話を纏めるならば、皆が帰ってくるまで、この町で待機ということだ。最近ずっと戦いが続いていたので、良い骨休めではあるのだが、急に時間が出来ても困りもの。

 

 とりあえずは人狒々さんの元へ謝りに行った。

 すると彼は、何もかもを諦めたような切ない瞳で、分かっていたよと呟いた。どうやら鬼族の騒ぎぶりは有名らしい。

 

 文化的に、お祭りが好きな種族だそうだ。何かと理由を付けては酒を飲むらしい。

 アジトに使っていた鬼哭街は随分と裏通りにあると思っていたけれど、さては迷惑なので隔離されていたのではないか。

 

「リュカちゃん、遊びましょー」

 

 暇を持て余した俺は、狼少女の部屋へと足を運ぶ。しかし不在なのか。いくら扉をノックしてもリュカが顔を見せる事は無かった。

 

 何か用事でもあったかな。ちぇっと唇を尖らせながら窓の外を見ると、庭先で灰褐色の髪の少女が、巨人と戯れている姿が目に入る。

 

「隊長、大きさはこのくらいでいいんですかい?」

 

「おお、良い感じだな。流石は本職だ、素材の扱いが上手いや」

 

「うふふ、そうねぇ」

 

 どうやら先日に狩った多頭竜の牙を加工しているようだ。

 少女の身の丈を遥かに超える巨大な白い塊が、マグロでも解体するようにブロック状に切り裂かれていた。

 

 目を張るのは巨人が手にする刃物である。彼らのサイズではペーパーナイフでも握るかのようだが、黒い刃は竜の硬質な牙をすんなりと切り裂いていく。そう、あれは間違いようもなく俺の愛剣ヴァニタスだった。

 

 普通の刃物であれば、勝手に使われることもあるのだろう。けれど虚無に収まる黒剣は、そもそも取り出すことが出来ないはず。何故と首を傾げてしまう。

 

「しっかし凄げえ切れ味ですね、この剣は」

 

「そうだろ、王白金も斬ったって自慢してたからな。いやぁツカサが貸してくれて助かったぜ」

 

 今度はオレが凄い槍を作って自慢するのだと、ニシシと歯を見せて笑うリュカ。

 その口から出た言葉に、耳を疑った。どうやら俺が渡したらしいけれど、まったく記憶に無いよ。

 

 うーむと記憶を探る。

 確か、黒剣の特性を利用して、口の中から引き出したように見せる一発芸を披露したのだけど。そういえば戻し忘れていたかもね。

 

「あの野郎、寝言で合意を取りやがったな」

 

 なんて奴だと慄くも、窓から眺める狼少女は、切り分けられた牙をナイフで鉛筆を削るように研いでいく。

 

 よほどに完成が楽しみなのか、にへへと口元が緩むけれど、瞳は真剣そのもので。少し貸しておいてやるかと、苦笑いが漏れた。

 

「邪魔をするのも悪いし、他を当たるかー……」

 

 とは言っても知り合いは少ない。足の向いた先は、当然のようにエルマとマリーの元だった。

 

 仕方ない、遊んでやるか。俺はルンルンで廊下を進むのだけど、子供特有のよく響く声を聴いてピタリと足が止まる。

 

「エルマ、火を使ってる時は危ないからマリーを見ててって言っているでしょ」

 

「けど聞いてよ母さん。コイツったら墨で遊んだみたいで、手も服も真っ黒なんだぁ」

 

「だってー、おにいちゃんが起きなくて……」

 

 落書きの犯人は貴様か幼女よ。

 辿り着いた厨房の前。そこでは昼食の準備をしているのか、良い香りが漂い、ぐぅと腹がなる。けれど、せっかく来たのだけど、俺は中に入る気分にはなれなかった。

 

 エルマは手の掛からない子だと思っていたが、ママに不満をぶつけて困らせている。甘えているのだろう。俺には見せなかった一面に頬が緩む。

 

「ちょっと、マリー。今度は何をしたの!?」

 

「分かんない。壁とか床は汚れてないんだけどね?」

 

「……にへ。おけしょうしてあげたの」

 

 長い間ママと離してしまったものね。休日くらいは親子三人、水入らずで過ごして欲しいと思い、ボリボリと頭を掻きながら静かに部屋から離れていく。また空振りかぁ。

 

 

 ならばと、俺は思い切って外に出てみた。

 いつも逸れるなと怒られる市街探索だが、一人ならば心ゆくまで堪能出来る事だろう。

 

 この町は、魔王連合襲撃から免れるくらい山奥にあるだけに、規模はあまり大きくはなさそうか。そうは言ってもラルキルド領よりは全然広くて、山の恵みが豊かなのか市場もそれなりの賑わいを見せていた。

 

 ジグベインが居ないと少しばかり寂しいけれど、雑踏の中を歩くのは暇つぶしならば悪くない。市場に並ぶ食材や雑貨は目新しい物ばかりで、この世界に来た当時のように新鮮な気持ちにさせてくれる。のだが。

 

「……しまった。俺、金持ってねぇや」

 

 リュカやママ達に差し入れでも買って帰ろうと思った時に気づいてしまう。

 正確に言えば、手持ちの金はそれなりにあった。なにせキトから、活動資金として渡されていたからだ。

 

 けれど鬼のお使いをしていた時とは立場が違う。俺は混沌軍のボスであり、ならばこのお金は、軍の歳費として扱われるべきだった。少しくらいならば、と卑しい考えが頭を巡るのだけど、ボスらしい事を何一つしていない罪悪感が浪費を躊躇わせる。

 

「とは言え、冒険者ギルドが無いと小遣いを稼ぐ手段も無いしなぁ」

 

 逆を言えば商売が禁止をされてもいないのだろうけれど。手に職を持つ人間ならばともかく、俺にはお金を稼ぐスキルもアイデアも無い。

 

 なんて駄目な男なのだと、道端のベンチに座り込んで、視線を地面に落とす。まるでちっぽけな蟻にでもなった気分だった。

 

 同時に視界に映るのは泥で汚れた靴だ。雨も少ないのに何故と考えて、このまえ沼まで行ってきた事を思い出す。服は洗濯したにしても装備は洗っていなかったか。旅立つ前に、ちゃんとメンテをしないとなと、何気なく靴の汚れを指で払い。

 

「これだ!」

 

 冒険しかしてこなかった俺ではあるが、冒険はしてきたのである。

 過酷な環境を踏破するのに、装備の点検は必須であり。相棒の魔女から、金属や革製品の扱い方を叩き込まれたものだ。

 

 その習慣から、勇者一行時代に使っていた荷物は失ったけれど、前の町でメンテ用品は揃えて鞄に入っている。俺は腰袋からブラシと蝋を取り出し、自分の靴を磨いてから、さぁさぁと声を張った。

 

「お洒落は足元からって言いますよ。そこのお兄さん、靴が汚れているけど、自分に磨かせてみませんか。この通りピカピカにします」

 

「えっ靴? まぁ偶にはいいか。いくら?」

 

「あざます!」

 

 ベンチに男を座らせて、ちょちょいのパッパでほら奇麗と靴を光らせる。

 最初は汚れている人を狙い撃ちして声を掛けていたのだけど、その光景が珍しかったのか、ボチボチと人が来てくれて。

 

「へぇ靴磨きねぇ。そういえば汚れたままだった。私のもお願いしますわ」

 

 ベンチに座ったエルフの女性は眼鏡をキラリと輝かせ、如何にも人を踏み慣れているかのように、躊躇いなく俺の太ももに足を置いてきた。

 

 やあエスデス。ボスを踏む気分はどうだい?

 

 

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