ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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61 悪い夢

 

 

 ちょいとちょいとお嬢さん。

 協調性と言いながら独走しているのは貴女ではないのかな?

 そんなジグルベインの言い分は、まあ論点のすり替えである。

 

 シャルラさんが注意したのは唯我独尊とばかりに他人を物理的にも精神的にも振り回す暴れん坊ぶりなのだ。そこでお前だって協調性ないぞと言うのは余りに反省の色が無い。

 

 しかし、灰色の吸血鬼は思いの他に動揺をした。

 何か思い当たる節でもあったのか、一瞬ばかりたじろいだのだ。

 

 ジグはこれ幸いと、まるでどこぞの魔女の様に性格の悪い笑みを浮かべて追撃する。

 

「儂はディルス・ラルキルドを知っておる。貴様の様に細かい事をチクチクと言う陰湿な男であったが」

 

 ああ。そして今度こそ、このご隠居様は的確に地雷を踏んで。

 

「誰だ……お前! 誰なんだよ!」

 

 紫の瞳を輝かせ、牙剥き吠える吸血鬼。 

 父を知ると言う不審者を問い詰めるべく臨戦態勢に突入してしまう。

 

 魔力任せの踏み込みは、細い身体からは想像出来ない程に力強い。

 床が爆ぜた。さながらに射出された灰色の弾丸の如く、鋭い爪を突き出しながら一直線に飛来して、突如空中で90度方向を変える。

 

 机を椅子を棚を。家具という家具を吹き飛ばし、なおも勢い止まらず壁に刺さるシャルラさん。ジグが蹴ったのである。オークさんの家が一瞬で滅茶苦茶になってしまった。

 

「んん。なんぞ勘違いしておったか」

 

(とりあえず落ち着けジグ。シャルラさんを煽るな!)

 

「それはあやつ次第だな。儂が手伝うと言っておるのに何が不満なのか。これでご褒美のプリンが無かったら本気で暴れるてやるぞ」

 

(俺、プリンなんて約束してないよね?)

 

「なんと殺生な!?」

 

(というかどうしてジグはいつも戦いになるんだよ。人間性を疑うよ)

 

「儂、人間じゃないからセーフ!」

 

(くっそ。開き直りやがって。じゃあなんだ、魔王性?)

 

「であらば本懐であろうよ」

 

(本当だ。無敵だなお前)

 

 馬鹿を言っている間にも壁から抜け出してくるシャルラさん。

 半身が吹き飛んでも生きている人なので生死は心配していないが、怪我をさせては気が引ける。

 

 どんな具合だろうかと心配するが、ジグと交代している今は眼球一つ動かせなくて、吐息の一つも自由は無い。

 

 だからこれはジグルべインの見た光景である。

 

 立ち上がった少女は髪が解けたのか象徴的なツインテールが消えていた。

 だらりと力無い立ち姿。垂れ下がる長い髪が顔を隠す。

 黒いワンピースを着ているせいか、どこか幽霊を連想して不気味である。そして仄かに覚える違和感が。

 

 バキりボキりと音が鳴る。関節を鳴らす音に似た弾ける高い音。首を回している様だ。徐々に徐々に頭部が回り、横顔が見えた時に違和感の正体に気づいた。見えていた位置が想像と逆だったのだ。

 

 体の正面から見えていたのは彼女の後頭部だったのである。どうやら蹴りの衝撃で首が180度回ったようだ。人間ならば即死である。

 

(ジーグ! 謝れ! 今すぐに土下座しろー!)

 

「ふぅん。そうさな。これでは弱い者いじめになってしまうな」

 

「おい貴様。今、私が弱いと? この影縫いを! 弱者と言ったのか!」

 

 どうやら相当に相性が悪いのか、ジグの言葉はシャルラさんを刺激せずにはいられないらしい。

 

 首の折れた事実はどこへやら。吸血鬼から黒い魔力が噴出し、空中にて闇が蠢く。

 それはつい最近に見た光景。悪魔に憑りつかれた獣人を処刑して見せた、あの影槍だ。

 

 闇が広がる。影が輪郭を持つ。黒という黒が敵に回る。

 突如に夜の帳が下ろされたかのような感覚。視界の見渡す限りを埋め尽くす影は、悉くが切っ先をこちらに向ける刃であった。

 

「撤回しろ。さもなければ!」

 

「そういうところであるぞ。武器を上げたら躊躇うな」

 

 ドンと。再び壁に張り付くシャルラさん。

 しかし今度は何が有ったか理解出来ていない様子であり、目を見開いて胸元を見ている。

 

 一本の杭にも似た黒い凶器が深々と刺さり灰色の少女を壁と繋げていた。

 ただでさえ闇が広がる空間で黒剣は完全なる保護色だ。

 俺には散々投げるなと言っておいて、本人も実に手慣れた投擲だった。

 

「お前の父は常に相談しろ、一人で決めるなと煩かった、と言いたかったのだが」

 

 ジグルベインが虚無から剣を引き抜けば、シャルラさんを釘付けていた剣は消えて、少女はがくりと床に膝をつく。

 

 胸の傷跡からゴポリと赤い体液が漏れるもそれは一瞬の事であり、やけに状況が見えると思えば周囲の影槍も消えている事に気が付く。

 

「吸血鬼。さては影縫いの名は継いでおらんな? あのクソ真面目な奴がこの程度の実力に名を譲るとは思えん」

 

 才能も魔力も十分にある。だが決定的に修羅場を潜った数が足りないと。

 突きつけられる事実に、吸血鬼は大粒の涙を浮かべて嗚咽する。それが答えであった。

 

 何の事は無い話。ただ少しばかりシャルラさんの見方が変わるだけだ。

 

 思えば、領の入り口に有った石碑。そこに刻まれた文はこうだ。

 これより我が領土。踏み入るならば串刺しになる覚悟をせよ。

 特に気にも留めなかったが、領という言葉を使っているならば設置をしたのはシャルラさんであろう。

 

 初めての自己紹介の時。

 私がシャルラ・ラルキルド。このラルキルド領の領主で、二代目影縫です。

 その時に影縫いという情報は必要だったのだろうか。

 

 もっと言うならば、串刺し刑。

 住人が集まるほどに広範囲の目立つ技で100を超える槍を刺したが、あれはもっと早く止めをさせたのではないか。

 

 見栄だ。この人は、自分は強いぞと俺たちにも住人にも見せつけていたのだ。

 何故。何故ってそんなの決まっているじゃないか。領を守るためだ。

 

(ジグ。馬鹿野郎ジグ。何余計な事を暴いてるんだ)

 

「むぅ。悪いの儂じゃろか」

 

 300年。その永い時間をこの人は怯え続けてきたのではないだろうか。

 先代影縫いの偉業にて領地を勝ち取ったが、領の保証をしたのは人間だ。

 貴族達は影縫いの行いを喝采し、攻めるは恥と思われていたらしいが、それをシャルラさん達が知る術は無い。

 

 いつ意見を翻すのではないかと気が気でなかったはずだ。

 なぜならば魔族の町。それだけで責められるには十分な理由だったから。

 

 平穏世代とは、悪く言えば戦を知らぬ世代。だからこそ先代は彼女に領を託したと言うのに、争えば勝ち目が無いと自覚するこの人の戦力が領の唯一の希望だったなんて、余りにも救いのない話だ。

 

 人間には攻めさせぬ為に。住民には安全なのだと思わせる為に。

 大魔【影縫い】の名に縋るしか道が無かったのである。

 

「笑えばいいさ。この領が残るのは全てが偉大なる父のおかげ。私には導く力はおろか、みんなを守る力すらない」

 

「……」

 

 覇気が消えた少女の姿は余りにも小さく。髪色のせいもあり、まるで燃え尽きた灰の様である。強さが矜持だったのだ。何とか自分を騙して強い己を演じていたのだ。それをこの馬鹿に最後の砦まで壊されてしまったのではないか。

 

 何を思うか、ジグルベインは荒れ果てた床を踏みしめながら吸血鬼の前に立つ。

 そして壁から解放されたままの姿でしゃがみ込む少女の顔に向かい。

 

 蹴りを放ったのだ。信じられない。

 

「我が名はジグルベイン。姓は無く、号は混沌。天と地の狭間より来訪せし、この世界を革命する者なり」

 

 三度壁にめり込むシャルラさんは、頭を半分壁に埋めたままに紫の瞳だけを向けてきて。

 血濡れの唇が震えながら、混沌の名を呟いた。

 

「親の心子知らずとはこの事よ、この馬鹿娘が! 戦士ならば戦で果てるが本望である。分かるか? 分かるまい。だからこそあのエセ紳士は自害などという最後を選んだのだ!」

 

「弱者ならば頭を垂れろ! それが出来ぬのならば死ね! 父が、人間が、争いの無い時代を望んでいるというのに、貴様だけが今だに剣を握っておるではないか!」

 

「影縫いの名を貶めて行うことが人様の顔色伺いなどとは最早笑えぬ。これは慈悲である。直々に介錯してやる故、往生せいや!」

 

 バチリバチリと黒剣に魔力が集いて弾ける。

 その裁きの一太刀を見てこの小さき領主は何を思うのか。アメジストを瞼の下に隠してしまい感情は読めない。

 

(去らば! ってありゃ?)

 

 ジグルベインが剣を振り下ろす前に身体が入れ替わった。

 当然だ。戸籍作りだけなので魔力なんてほとんど渡していない。大技なんて放てる訳が無いのである。むしろ良くシャルラさんを圧倒したものだ。

 

 俺は壁にめり込むシャルラさんを抱きかかえ、乱れきった灰色の髪を梳かしてあげる。

 ジグルベインが本当にごめんなさい。せめてもの罪滅ぼしと思い顔の血を拭う。その下の傷が綺麗さっぱり消えている事が唯一の救いだろうか。

 

「ツカサ……殿?」

 

 降りぬ刃に疑問を覚えたのか、薄っすらと瞼を持ち上げた紫の瞳と目が合う。

 悲しげな、疲れ果てた、しかし安堵を含む、複雑な色だった。俺はどんな表情をしていいのか分からず、彼女を顔を胸にしまい込む。

 

 ジグルベインの言ったことは、暴論であるが一理あった。

 剣を構える人と何故友達に成れるだろうか。もし、もし剣を手放す勇気があれば、この町はまた違う姿をしていたかも知れない。

 

「苦しいです、ツカサ殿。ここに、銀色の髪をした女性は居ませんでしたか?」

 

「いえ、俺は見てないですよ」

 

 嘘は言っていない。ずっとジグと同化していたのだ。俺にはジグの事は見れない。

 

「そう……ですか。悪い夢を……見ていたようです」

 

 その時ガサリと音がして、気配に振り向けば家の住人であるオークの奥さんが。

 荒れ果てた家。如何にも暴行を受けたシャルラさん。そしてそれを抱きしめる俺。

 

「ぶ、ぶひぃぃい!?」

 

 そしてまた家から飛び出してしまう。

 

「いや、待って! 誤解! 誤解だよー!!」

 

 

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