ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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612 ジュラシックフォレスト

 

 

「なんか大森林って聞くと懐かしくなるな。ツカサと会ったのがもう随分と昔に思えるや」

 

 馬車を止めて休憩をしていると、隣に腰を下ろしたリュカが感慨深そうに呟く。

 俺は荷台の縁から足をプラプラと遊ばせ、この灰褐色の髪の少女を拾った時の事を脳裏に思い浮かべる。

 

「そういえばリュカと会ったのも大森林か。……確かに、けっこう前に感じるかも。あれから色々とあったもんねえ」

 

「本当だぜ。まっ、お陰で一緒に居て退屈はしねえんだけどさ」

 

「よく言うよ。ここに来るまでは、暇で死にそうだっーて毎日愚痴っていたくせに」

 

 突っ込めば目を真ん丸にするリュカ。先ほどまでの己の行動を思い出したようで気の抜けた表情を一転、キリリとイケメン顔を披露し。「獲物はまだかな」なんて、話題を逸らすように木々の隙間へと視線を逃がした。

 

 そういえばコイツは拾った当初も狩りをしていたのだったか。

 あれから成長したようで、根は変わらないのだなと微笑んでしまう。ただの迷子ちゃんが、まさか思い出話の出来るほど長い付き合いになるとはね。

 

 俺たちは馬車の荷台から、重なる深い緑を見上げて談笑する。

 混沌軍はすでに大森林へと踏み込んでいた。前回のシシアさんの所では、世界樹を隠すべく、人を迷わす作りになっていたけれど。今のところ、こちらは普通に道が伸びているだけだ。

 

 進みは順調そのもの。まるで木々に誘われるように馬車の隊列は森の奥へと飲み込まれていき、周囲はすっかりと見果てぬ自然に囲まれる。さぞ難航するかと気構えていただけに少しばかり拍子抜けの気分だね。

 

「あら、ツカサ様はここに来たことがあるのですか?」

 

「ああ、違うんです。シュバールって国にも、大森林って呼ばれる場所があって」

 

「なるほど。確かに地名的には、そう珍しくないのかも知れないですねぇ」

 

 ついつい眩しい記憶を蘇らせていると、不意に背後から声を掛けられる。顔を向ければ、ママが目を細めて、優しい眼差しで俺とリュカの事を眺めていた。

 

 恐らく、会話に混ざるタイミングを計っていたのだろう。証拠に、お茶とお菓子が用意されているではないか。

 

 どうぞとオボンを運んでくるのはマリーちゃん。ママとお揃いの三つ編みのせいかご機嫌だ。狼少女はお礼を言い、早速にコップをあおって喉を潤していた。

 

 木陰で多少は気温が安らぐも、竜巣の魔王の影響下は真冬とは思えない程の猛暑と湿度を作り出している。水分の気遣いは有り難いね。

 

「くはー。よく冷えてるな、うんめぇ」

 

「エスデスさんが氷を分けてくださって。魔道具って本当に便利ですよね」

 

「そうか。沸かすならともかく、冷やすのは魔力が無いと難しいのか」

 

 ですねと頷くママを尻目に、こちらも飲み物へと手を伸ばした。

 中身はルゾ茶と言い、琥珀色の素朴な味わいがするものだ。我儘を言うなら珈琲が欲しいのだけれど、サッパリとした後口で、これはこれで美味しいよ。

 

 二人でふぅと一息ついた後、さてと幼女の持つオボンの上を見つめて、どうしたものかと固まる。なぜなら、お茶に添えられていたお菓子は、丸いジャガイモのような。一見は泥団子にしか見えない物体なのだった。 

 

「これねマリーが作ったの。はい、食べて!」

 

 手に取るのを躊躇っていると、幼女がニコニコの笑顔でお菓子を差し出してくるではないか。そう、やはり犯人は君なのね。

 

 しかしママが一緒な以上、本当に食べ物という確率も捨てきれない。ありがとうと団子を摘まめば、指先が感じるのは期待を裏切る密度と硬さ。更には追い打ちをかけるように狼少女がスンスンと鼻を鳴らしながら言う。

 

「これ土だな。あとほんのり植物の匂い」

 

「知ってた。……まぁ付き合ってあげるか。もぐもぐ。うん、美味しい」

 

 大人な俺は、幼女のおままごとに付き合って食べたフリをする。

 のだが、それでは製作者の気は晴れぬらしい。私の料理が食えぬのかとばかり、固い団子をグイグイと頬に押し付けてきやがった。

 

「ああ、大丈夫です。それはシュラムと言う保存食ですよ。町に居る間に一緒に仕込んだんです」

 

「ねー!」

 

「まじかぁ」

 

 困り果ててママへ助けを求めれば衝撃的な返事が聞こえてしまう。残念なことに、この拳大の塊は口にしてもいい物らしい。

 

 幼女からキラキラとした視線を向けられつつ、俺は観念して泥団子を齧った。

 歯に伝わる固い触感。気合でかみ砕くと、ボソボソの欠片はいつまでも舌の上に残り。そして口の中に大地の香りが広がる。

 

 うん。想像した通りの味ではあるのだけど、泥臭い苦みの奥にはカカオのような芳ばしさとコクが見え隠れしている気がしないでもない。

 

「その土はキヒュアという野菜を泥抜きした時に出るのですが、その野菜の持つ苦味や臭みが妙に癖になることから食べ始められたみたいで。これが意外と栄養豊富なんですよ」

 

「へ、へぇ~」

 

 また要らぬ豆知識が増えてしまった。けれど村長がウサギさんだった事を考えると、これは獣人の食事で、人間用では無い気がするんだよなぁ。

 

 泥団子は唾液で湿るも溶けて消えることはなく、いつまでも粘土を口に含んでいるような状態。一息に飲み込んでしまおうと、床に置いたコップへと手を伸ばすのだが。

 

 おや。木製の容器に入る琥珀色の液体が、微かな振動により水面へ波紋を作り出していた。

 

「……リュカ」

 

「分かってる。ヘヘ、やっとオレの槍の出番のようだな!」

 

 狼少女は狩人の表情をするや、槍を掴んで荷台から飛び出す。

 俺にはまだ敵の来る方向も分からないのだけど、彼女の足取りに迷いは無い。恐らく獲物の接近には気が付いていたのだろう。

 

 ともかく泥団子の件を有耶無耶にする好機。来訪者へ僅かばかりに感謝をしながら、こちらも続いて大地に降り立つ。

 

「マリーちゃん、馬車でママと大人しくしてるんだよ」

 

「うん。でもね、おにいちゃん。エルマが居ないの……」

 

「そういえば、あの子。おしっこに行くって言ったままだわ!?」

 

「げえ!?」

 

 少年が帰ってきていない。そう聞かされれば俺の心中も穏やかではない。

 自然には魔獣などいくらでもうろついている。一人でトイレに行くほど愚かな子ではないはずだけど、これは戦いよりも捜索を優先しなければ。

 

「ごめんリュカ、そっち任せるぞ!」

 

「あ~それなら大丈夫じゃねえかな。ちょうど向かってきてるみたいだ」

 

「ぶひぃー!?」

 

 灰褐色の髪の少女が駆け出した方向。その先の茂みが、ガサゴソと揺れて大きな影が飛び出してくる。それは魔獣ではなく、ドエムという名のオークであった。

 

「うわぁ~オジサン、来てるよ。早くしないとアイツ等に追いつかれちゃう!」

 

「くそ。俺を食っても美味しくなんかないぞ~!?」

 

 よほど慌てていたのかパンツも脱げかけで、見苦しい事この上ない姿だが。唯一に褒められる点があれば、彼は己の尊厳よりも救助を優先した事だろう。

 

 ラグビーのボールを抱えるように茶髪の男の子が両手でしっかりと抱きかかえられていて。少年は半泣きで背後を見つめながら叫んでいた。

 

「なんでい、騒がしいな」

 

「あれはエルマか。何事だ?」

 

 この頃には他の馬車も異変に気付いたようで、キトやマルグットを始めとした戦闘員が揃いだす。顔を合わせれば、赤鬼は開口一番に「敵かい?」と問うて来るもので。

 

 俺はさてねと答えつつ、ドエムは何に追われているのやらと、彼らの訪れた方角を睨み。唖然とした。

 

「おいキト。あんなのが居るなんて聞いてないぞ」

 

「悪いが俺も初耳よ。さてはオッパーニの仕業か、あんにゃろうめ」

 

 ギャーギャーと鳥の如くにさえずる生物は、しかし嘴ではなく、口元に牙を並べる。

 さほどに巨体ではないけれど、二本の脚で力強く地を蹴り、腕には鋭い爪を持ち。ブンブンと振り回される長い尻尾。

 

 鳥とも爬虫類とも取れるような、進化の途上に居る生物の名こそは。恐竜。かつて地球上にも存在した、陸海空を制した支配者だ。

 

 化石から実在こそ証明されるものの、誰もソレが動く姿を目撃した事はなく。多くの学者が、或いはファン達が、歴史の名残から生態を空想する古代のロマン。

 

 かくいう俺も、恐竜が暴れる映画は大好きです。図鑑から飛び出してきたような、躍動する神秘に興奮が隠せません。

 

「なあ、あれ捕まえてうちで飼おうぜ。名前はそうだな……」

 

「よっしゃあ一番槍だ、みんなオレに続けぇ!」

 

「うわぁ~!? リュカ、お前なんてことを!?」

 

「どっちの応援をしてるんだよ、バカ人間!」

 

 そんな二足歩行の大トカゲだが。地球では氷河期で絶滅したらしいけれど、こっちの世界はではどうなのだろう。少なくとも天下を取れる器ではないようで、オークに牙が届く直前に、狼の放つ一撃が喉元を食い破っていた。

 

 しかし恐竜の数は複数。

 深く刺さりすぎた槍は中々に抜けず、リュカは次の獲物として見定められる。

 肝心の狩人は予想外の展開か。自身に向けられる多くの爪と牙。思考が僅かに体を硬直させ。灰褐色の髪の少女は、べちゃりと顔面を赤い血で染める事となってしまう。 

 

「すまん。助かったわツカサ」

 

「気にすんなよ。みんな無事で何よりさ」

 

 返り血だけどね。魔銃で飛び掛かるトカゲを撃墜したのだ。

 リュカのお陰で詠唱の時間は十分に稼げた。水槍に矢風と続けば、数匹の鳥竜程度はあっという間に制圧出来た。

 

 さあ、これで一安心。華麗に陣地へタッチダウンを決めたドエムを労えば、腕の中の少年がブンブンと首を横に振り。豚が汚い声で鳴き。

 

「ちが、違うんですよ大将。あれは先駆けというか、単に足の速かった連中で!」

 

「そうなんだよ。僕たちを追いかけてたのは、もっとこんなデッカイ奴さ!」

 

「GYAOOO!」

 

 なるほどね。言うや、メキメキと木が軋み、ドシンと大地が揺れる。どうやら早速にお代わりの登場のようだ。

 

 次に姿を見せたのは四足の恐竜。鼻先と額に巨大な角を持ち、進化した鱗はさながらに鎧のようで。そんな生物が猪さながらに猛スピードで直進をしてきていた。

 

 これはリュカでは荷が重いだろう。このまま進まれると馬車もあるもので、ならば俺が行くかと拳を鳴らしながら前に出るのだけど。「待ちな」と野太い腕が首に絡まってくる。

 

「この程度の獣でいちいち出るんじゃねえ。大将は腰据えてドンと構えていりゃいいのよ」

 

「じゃあお前がやる?」

 

「まぁ俺でもいいんだが。ほれ、とっくに抱天が動いてらぁ」

 

「トカゲの分際で、私の可愛い弟をなに泣かせてやがる!」

 

「ああ……」

 

 気付けば、木々を薙ぎ倒して進む巨体の前に、ピンクのヒラヒラドレスを着た女性が立ち塞がっていた。

 

 これからお茶会で始まるのかと言いたくなる、とても場にそぐわぬ服装。しかし格好に騙されてはいけない。ゆるふわな布が覆い隠すのは屈強な肉体であり、傷だらけの肌で。顔には、隠しもしないブラコンの怒り。

 

 女戦士は、剣を抜く手間さえ嫌ったか。鞘より抜き放った白刃を、そのまま相手に叩きつけるという抜刀術を披露。鎧竜をただの一撃で切り伏せて見せる。

 

「御見事。されどマルグリット殿。今、面白い技を使いなんしたな」

 

「前に町へ攻め寄った時に、どこぞの用心棒にやられたのさ。奇襲に使い勝手がいいから真似て拝借している」

 

「さようでありんすか。では覚えておいてくだしい。我々はその剣を【間術】と呼ぶざんす」

 

 鎧竜を筆頭に、続々と沸いて出てくる大型の恐竜。

 その群れの中を、青い着物を来た鬼面の人物が散歩のような足取りで歩き。ギョロリと爬虫類特有の縦の動向が彼女を捉えた。

 

 頭上から振り落とされる長い首。先端の頭部は大きく顎を開き、無数の牙が黒髪の女性を食いちぎらんとする。あまりにも無防備なクレハさんの姿に、俺は思わず危ないと叫んでしまう。

 

 だが、どうだ。立ち姿こそ変わらないけど、鞘に収まっていたはずの刀が、いつの間にか刃を晒していたのだ。絶妙な立ち位置。顎より一歩踏み込む場所に剣が構えられ、恐竜は自ら刃に首を叩きつけるように絶命をした。

 

「なるほど、鞘を後ろに投げて……もしや仲間だったか?」

 

「ハハ、お気になさるな。斬った張ったの剣客稼業。負けて恨むは筋違いにも程があるざんしょう。ワッチで良ければ、道中にでも指南しやしょうや?」

 

「鬼の嫁は肝が太いな。ああ、暇な時にでも頼むよ」

 

 混沌軍の兵は優秀なものである。思えばクレハさん達は捕らわれながらも魔獣の巣で生き残った精鋭なのだった。

 

 恐竜程度なにするものぞ。強者の戦いぶりに、即発されてキキやリュカも競うように小型を仕留め。巨人は劣らぬ体躯で大型さえ狩ってみせる。

 

 この調子ならば、さして苦労もなく制圧してしまうだろう。俺は震える少年の肩に手をやり、もう大丈夫だよと声を掛けて。

 

「けれど、なんで急にこんな群れが?」

 

 冷静になる事で、キトが言った黙って見ていろという言葉の真意が透けてきた。

 あまりにも襲撃のタイミングが良すぎる。ならば意図的に魔獣を押し付けられた考えるべきで、裏には誰か犯人が居るのではないだろうか。

 

 なあ、どう思う。意見を聞くべく、赤肌の偉丈夫へと視線を向ける。

 戦場を俯瞰しながらも周囲を警戒していたキトは、口を開きかけたところで、なんとも間抜けな声を出した。

 

「あっ痛え。なんだってんだ、こんちくしょう」

 

 遠くから飛来した何かが、彼の頭部を直撃したのである。ガンと鈍い音を立て、赤鬼は衝撃に額を擦る。だから判断が遅れた。

 

 ふざけるな、小石がぶつかったみたいな反応をしやがって。

 キトは俺やヴァンが全力で剣を振るっても薄皮しか斬れない超合金製。そんな男が、痛いと口にした時点で異常に気付くべきだったのだ。

 

 時既に遅く、俺の右肩にはポッカリと大きな穴が開く。隙間を通る風が骨肉に触り、神経を逆撫でた。

 

「おめぇ、そりゃあ……」

 

「弾は俺の魔銃みたいに魔力の塊だな。気をつけろ、狙撃してくるぞ!」

 

 やはり簡単には通れそうにないか。恐竜だけじゃない。この森に、何か居やがる。

 

 

 




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