ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「気をつけろ、狙撃だ!」
キトは俺の肩に空いた穴へ視線を落として、珍しく間抜け面を晒していた。だから叫べば、意識を瞬時に切り替え、その後の行動は迅速の一言である。
傷口の角度から狙撃手の潜む方向を把握したようで、拳を振り切り、長い鼠色の髪をなびかせながら空を叩く。
「どこの誰だか知らねえが、猪口才な真似してくれんじゃねえかよ!」
なんとも豪快。拳の発した圧により風が逆巻いて、目の前の景色がごっそりと吹き飛んでいってしまった。
森から、さながら土地開発でもしたかのように緑が奪われて。抉れた大地へ、木片が小雨のようにパラパラと降り注ぐ。
10秒、20秒、30秒。俺は緊張に息を飲んだ。
やがて、ざわめいていた木々の揺れも収まりを見せてくるが、狙撃手からの追撃は来る気配は無い。
「……仕留めたかねぇ?」
「どうかな。そもそも敵の姿すら確認出来なかったし」
けれど手応えを感じなかったからこその呟きだろう。赤鬼は拓けた森を睨みながら、警戒を解く気配を見せない。
その勘は当たっているはずだ。
これでも他人の目には敏感な方である。彼が拳を振る直前、俺は確かに木の上から視線を感じた。恐らくは外した瞬間に逃げの一手を打っているのではないか。
気になるのは、相手がこちらを見たタイミング。
狙撃手は打ち終わってから俺の事を見やがった。これ、あれだね。必殺と確信した一射を「あっ痛え」なんて小石でもぶつけられたかのような反応で済ませた奴が居るから、手元が狂って流れ弾に当たったんだろ。
「あわわ、ツカサ兄ちゃん大怪我じゃないか。大変だ、お母さんを呼んでくる!」
「ん? ああ、そうだね。頼んだよ」
つまらない理由で死にかけたと茫然としていれば、俺の胸元で少年がもがいていた。どうやら咄嗟に庇って抱きしめていたらしい。
今は危ないのではと頭を過るのだけど、周囲を見れば恐竜の襲撃も一段落済んだようだ。まぁ獣も愚かではない。勝てないと悟れば自然と場から離れていく。この様子ならば大丈夫だろうと少年を行かせ。
「オイオイ、今度は何の騒ぎだよ」
「見ろよツカサ。このデッカイ蜥蜴、オレが狩ったんだぜ。今夜の晩飯にしよう!」
するとエルマと入れ替わるように二人の少女が近づいてくる。捕った獲物を運んでくるなんて、お前は猫かリュカ。
とはいえ、ついつい成果を確認してしまう俺。
尻尾を握られて引きずられる恐竜は、頭部が鉄兜のように進化していて、図鑑で見た事のあるような、ないような姿だった。
やはりイメージそのままの外見とはいかないか。けれど、きっとこの種は頭突きで戦うのだろう。動いている所を見たかったものだ。
狼少女にやるじゃんと声を掛けるのだけど。右肩が痛んで、思わず怪我を抑えながら蹲ってしまう。
「えっ……その怪我はどうしたんだよ。まさか魔獣なんかにやられたのか!?」
「いや。恐竜は囮だったみたいで、遠くから撃たれたんだ」
「なるほどね、兄貴が暴れた理由はソレか」
そこで両者はやっと俺の怪我に気が付いたらしい。
納得と頷く無情な鬼娘とは違い、灰褐色の髪の少女は今にも泣きだしそうだった。狩りを楽しんでいた罪悪感か。まるで耳を折り畳んだ犬のようにしょげている。
「ごめん。オレがもっと警戒をしていれば、匂いで分かったかも」
「謝るなよ。リュカは悪くないし、別にこっちも油断してたわけじゃ無いから」
戦略で上を行かれただけだ。これが狙撃の恐ろしさ。遠距離からの攻撃は、誰も相手の存在に気が付かぬままに暗殺が出来てしまうのである。
肩だけで済んだのは、むしろ運が良ったのかも。
俺が銃を知るのはゲームの中だけだけど、隠れる卑怯者に、何度も狙撃で頭をぶち抜かれた記憶が蘇ってきた。おのれ父さんめ。
「おうキキ、俺の金棒を持って来やがれ。人数集めて山狩りだ。誰に喧嘩売ったか教えてやんぞ!」
「ちょっ、落ち着けよ兄貴。相手が何処の誰かも分かってねえんだろ!?」
「ばっきゃろう。もたもたしてたら逃げられちまうだろうがい!」
敵の存在を知れただけでも儲けだと思うのだけど。命があって良かったね、では事態は収まらない。赤鬼は一層に顔が赤く見えるような険しい表情で叫んだ。
兄弟が傷つけられた。隣にいて防げなかったと、俺の為に本気で怒ってくれている。或いはもう戦いを我慢しなくていいせいか、キトは感情のままに暴れようとしていた。
鬼娘は腰にしがみついて懸命に制止を試みるものの、奴を抑えられるはずもない。
「おい、止めなくていいのか。このままじゃ森がなくなっちまうぞ」
「いやー。別に怖いわけじゃないんだけど、怪我が痛くてぇ……」
リュカの振りを怪我を理由にやりすごす。あの腕力を見た後では、近づこうなんてとても思えないよね。叩かれただけで死ぬわ。
やはり周りもそう思うのだろう。俺は誰かキキに加勢しろよと視線を振るのだけど、近くにいた人豚は関わりたくのか、そっと目を逸らしやがる。
ならばとその奥の緑鬼へ目を向ければ、「勘弁してくださいよぉ」と言わんばかりの泣きっ面が返ってきた。ちなみに、そのパンチパーマの鬼は剛活性を扱える強者のはず。
彼の腕っぷしを証明するように、周囲には仕留めた恐竜がゴロゴロと転がるのだが、それでも怒れるキトには近づきたくないようだ。しょうがない、ここはいっちょボスの威厳を見せてあげますか。
「キトくぅん、帰ってきてー」
「声小っちぇなー!」
むぅ。あの暴走機関車をどう止めたものかと思案していれば、ガツンと鈍い音が響き、森に沈黙が訪れた。
俺もリュカも、他の誰もがその光景に目を疑ってしまう。金棒と呼ぶに相応しい鉄塊が、赤鬼の後頭部に振り落とされたのである。まさに天をも恐れぬ蛮行だった。
「ほれ、受け取りなされよ。ご所望の金棒ざんす」
「クレハ、手前ぇ……」
しかし、そこは嫁の強味か。凄む強面もなんのその。青鬼が「子供みたいなことをするな」と大声で叱れば。偉丈夫は「すまねえ」と背を心地に丸める。初めて、奴の姿が小さく見えた瞬間だった。
なお、鈍器で後頭部を叩かれた本人はピンピンとし。金棒を振るったクレハさんの方が反動に手を震えさせていたけどね。
「凄いな、まさかキトを叱れる逸材がいたとは。それに比べて、うちの兵士はなんて情けのない」
「…………」
隣でリュカが、何か言いたそうな目で見つめてくる。生憎と俺はエスパーではないから、言葉にしてくれないと分からないな。
◆
「それでツカサ・サガミ。お前は相手をどう見る?」
「うーん。情報が少ないけど、エルフでは無さそうかな」
キトの騒ぎには居なかったくせに、いつ間にやら顔を出していたマルグリットがぬけぬけと言い放つ。どうやらエルマに付いて行ったらしい。なんて過保護な女だ。
場所が大森林で、遊撃戦を仕掛けてくるとなれば真っ先に森人が思い浮かぶのだけど、その線は薄いだろう。答えれば、そうだなと同意をされる。
「痛そうですね。こんな大怪我だと、私の神聖術では直ぐにとはいきませんが。大丈夫、必ず治しますから」
判断材料としては獲物。俺は服を脱いで上半身を晒しているが、肩には直径3センチほどの穴がポッカリと奇麗に空いていた。
剛活性の魔力防御を、遠距離からこうも容易くぶちぬくとは大した威力である。
当然に銃や弓ではないけれど、魔法かと言われれば、それも少々怪しいか。高密度の魔力の塊。まるで竜の吐息にでもやられたかのようなのだ。
「ねぇマリーちゃん。真剣な顔をしてどうしたの?」
「……あな」
ママに付いてきた幼女は、少し目を離した隙に血だらけになっている俺を見て、ひっくり返ったセミへ向けるような、短い命を憂う哀れみの視線を向けていた。
けれど今はどうだ。まるで獲物を定める獣の如し。肩を注視ししては、人差し指をクイクイと曲げている。ははん。さては穴があったら入れたいお年頃なのかな。
「何考えてるんだ。やめろー!?」
「駄目よマリー! お母さんの邪魔しないで!」
そういう問題なのだろうか。とりあえず危険思想を持つ幼女は、エルマに手を引かれて退場をさせられた。周りを手伝ってくるそうだ。まったく出来た兄である。
混沌軍は恐竜の死体から素材剥ぎで大忙し。皮や肉を捌く手間を考えたら、今日はもう移動出来ないだろう。
子供たちがヒラヒラと手を振りながら去っていくと、ママもヨシと気合を入れて。
エプロン姿の女性が跪いて両手を合わせる。うら若い顔の眉間に皺がより、額から汗が流れ落ちるほど真摯な祈りを捧げた。
すると仄かに青く発光する俺の傷口。肉が蠢くこそばゆい感覚は、時計の針が早進みするかのような、回復魔法特有の反応で。僅かばかりに穴の径が小さくなると、心配そうに眺めていた狼少女から、ほうと安堵のため息が零れる。
「調子はどうですか?」
「ありがとうございます。これなら戦えそうだ」
ぐるりと肩を回して調子を確かめると、何故だかママは少し悲しそうな表情を見せた。俺は首を傾げるのだけど、まず考えるべきは敵への対処だろう。こんな危険な存在を放ってはおけまい。
「案外、敵はまた【竜巣】軍なんじゃないかなって」
「どうかね。その割には奴さん、俺を狙ってきたぜ。まぁオッパーニの刺客かと言うと、そうも断言出来ねえんだがよ」
腕を組むキトが煮え切らない声で言ってくる。この地域には潜在的な敵が多すぎるのだと。そもそもに大森林は広大で、面積はなんとシュバールの3倍近くあるらしい。その数字だけでも俺はげぇと苦い顔をしてしまう。
「まぁ、その分よ。多種多様な種族が住むわけだが、元は混沌の領地を、なんで軍勢が纏めているか不思議に思わなかったかい?」
「……そうか。だいたい察しはついたよ」
混沌軍が崩壊してから、土地を巡って種族単位で争った。
そんな話を聞いた覚えはあるけれど、第三者の軍勢が介入しなければ収まらないほどに、ぐちゃぐちゃな盤面となっていたんだ。
うちのバカがごめんなさい。俺は思わず、顔を手で覆ってしまった。
「じゃあ、結局どこの勢力かも分からず終いか」
「あのー。その件なんですが……」
三人寄れば文殊の知恵と言うけれど、脳筋が何人頭を寄せようと答えは出ない。
そんな時に、恐る恐ると幹部の会合に割って入る声があった。皆で頭上を見上げると、単眼の巨人が空高くに挙手をしている。もしかして、ずっと発言権を求めていたのかな。
「なんだギガ男。もしかして、相手に心当たりでもあったりする?」
「はい。と言っても噂程度しか知らないんですけど。【暗君】軍の幹部には、不可視の暗殺者が居るって聞いた事があって」
彼らはこの森で食料調達していたと聞く。実際に足を運んでみれば、恐竜なんてビックリ生物が迎えてくれたわけだが、大型を狩るのであれば戦力も必要だろう。
俺としては巨人のイメージしか無かったけれど、思い返せば勇者一行が接触した相手はハーピーだと言っていた。やはり思い込みは視野を狭めるね。
「確定だな、こりゃ。しかし、相手が分かったからと言ってどうするよ?」
キトやマルグリットも納得のいく答えだったようで、感心したように頷き。やっと話は次の段階へと進む。
つまりは対処だ。それには考えがあると自信あり気に言えば、赤鬼と女戦士は凄く嫌そうな顔をした。解せぬ。
◆
ふと目が覚めた俺は、いま何時頃だろうと、荷台を降りて外に出た。
会議の後に馬車で仮眠を取ったのだが、すっかり日も暮れたらしい。夜の帳は下りて、木々の隙間から月が冷たく輝ている。
「やあ、盛り上がってるね。あんまり飲みすぎるなよ」
「てやんでい。この程度で飲んだうちに入るかってんだ」
けれど周囲が暗いかといえば、そうでもない。
組まれた木々が燃え盛り、闇を追い払う。人の輪がキャンプファイアーを中心に囲み、ベベンと響く楽器の音色に合わせて陽気に踊れば、影さえも楽しそうではないか。
「あっ、ツカサ兄ちゃん起きたんだね。お母さんが料理いっぱい作ったから食べなよ!」
「お肉おいちいの!」
「ありがとう。ここまでしろとは言ってないんだけど、子供たちが楽しそうだからいっか」
俺からのオーダーは一つ。油断しろ、である。
キトの反撃でもう仕留めた。脅威は無いと、隙だらけの所を敢えて見せつけているのだ。
暗殺者からすれば、勝手に死んだと思い込んでくれているわけで。バカめと、闇に乗じて再び動き出すことだろう。
「そう上手く事が運ぶかねえ?」
「どのみち出来ることは少ないんだ。やってみる価値はあるだろ」
明るい内に、狙撃出来そうな箇所は想定済み。これは狙撃対策というよりは、父さん対策なのだけど。隠れて撃ってくるならば、姿を見せる瞬間を待ち伏せるのが一番勝率が良かった。
俺はキトの横に腰を下ろし、子供たちの運んでくれた料理で腹ごしらえをする。
待ち伏せも忍耐勝負。相手が来るか分からない闇の中で、息を殺し続けねばならないからね。
「本当なら俺が行きてえ所なんだが、つまらねえ役目を回してすまねえな」
「囮を頼んだのはこっちなんだから気にすんなよ」
例えば、誰かに手柄を訴えたいのなら、どこにでも居そうな人間より、赤鬼の首の方が分かりやすく目立つだろう。
【竜巣】と【暗君】の二つの魔王軍だが、今は吸収合併されて【竜巣】だけが残り。代表が死亡したので仕方なくの事だけど、そこにはやはり軋轢があったそうだ。
森に潜む暗殺者も、オポンチキに先立たれて、居場所を失った亡霊なのかも知れない。
俺は恐竜の串焼きを齧りながら、そんな事を考えていて。
背後から不意にオイと叫ばれたもので、むせ返ってしまう。誰だよと、恨みを込めた視線を向ければ。あのマルグリットが珍しく焦りの顔を見せているではないか。
「お前ら、リュカとキキを見なかったか? 勘違いならいいのだが、誰も行方を知らないんだ」
「……いや、そういえば起きてからまだ会ってないな」
「まさか。やりやがったな、あの雌餓鬼共!?」