ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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614 閑話 エボリューション

 

 

 闇夜に包まれる深い森の中を、リュカは明かりも照らさずに駆け抜けていく。

 あーしは、揺れる月光色の髪を追いながら、その速度に舌を巻くばかりだ。視界も足場も悪い中で先行をしているのに、付いていくのがやっとじゃねえか。

 

 耳と尻尾が生えただけと侮っていた。まさか変身で、こうも身体能力が向上するなんてな。人狼。夜の支配者として、吸血鬼と名を並べた二大魔族の血を確かに実感する。

 

「おっと。こっちは強そうな奴の縄張りだな。面倒だ、迂回しよう」

 

「りょりょ。まぁ昼の一件で辺りの魔獣はだいぶ減ってるっぽいけどな」

 

 五感も相応に強化されているようで、鼻をスンスンと鳴らしながら、大きく進路を曲げるリュカ。

 

 仮にも森の中。他の奴であれば、そんな事をして迷わないのかと不安にもなるけれど。その躊躇いの無い足取りは、不思議と頼もしさすら感じた。

 

「けどよぉ。肝心の相手は現れるのかよ。あのバカ人間が考えた作戦だぞ?」

 

「オレだって、こういう時のツカサは信じねえさ。ちゃんとマルグリットに意見を聞いたんだ」

 

「卑怯者のことは卑怯者にってか」

 

「そういう事!」

 

 気が合うようで、互いに笑い声が漏れた。

 お使いもろくにこなせないバカよりは、魔王軍の幹部を務めていた女の方が読みは的確だろう。

 

 なんて言っていたと続きを促せば、リュカは決意を固めるような声で言い放つ。

 

「今夜、まず確実に、もう一度襲撃されるってさ」

 

 根拠としては、暗殺者としての誇りだそうだ。

 場を整えた完璧な一射で失敗をした。それだけでも屈辱だろうに、混沌軍はあろうことか宴会を開いている。

 

 火を焚いた明かりの中、隠れもせずにドンと居座る標的。

 これはもう、殺せるものならば殺してみろと、相手を挑発しているのに等しいと。

 

「たしかに、逆の立場なら腹立つわ。舐めているにもほどがある」

 

「だろ。アイツは時間まで予想してたぜ。自分なら、宴会の後。さんざん焦らして、もう来ないかなと気が緩んだ隙を狙うってさ」

 

 ふーんと相槌を打ちながら、リュカが動いた事に納得をする。

 あり得そう。そう思わせるだけの説得力があった。恐らくは、マルグリットの思考そのものが敵と近いんだ。

 

 あの手この手で隙を作りだして必殺を狙う戦闘法は、正面から行う暗殺とも言えるからだろう。そう考えて、ふと疑問が浮かぶ。あーしは、なぁと喋りながらも速度を落とさないリュカへ訊ねた。

 

「あの女、なんでそこまで想定しているのに自分で動かねえんだ?」

 

「オレも聞いたよ。ツカサへの義理立てだと。考えは雑だけど間違ってはいないから、方針を守りつつ内から支えるってよ」 

 

 言葉が出なかった。それは抱天が、あの男を大将として心から認めているという事じゃないか。魔王すら裏切ってみせた腹黒は、どうにも想像以上にバカ人間へ惚れ込んでいるらしい。

 

 兄貴もアイツが傷つけられて本気で怒っていたし、一体どこにそれだけの価値あると言うのやら。姉御を助けてくれた恩は認めるけれど、過去に完勝している相手だけに、上司として素直に従うのには抵抗があって。

 

「……あんな奴のどこがいいんだか」

 

「なんて言うかなぁ。ツカサはさ、優しいんじゃなくて甘いんだよな」

 

 声にならない程度の呟きだったのに、ピクピクと動く三角耳はしっかりと音を拾ってしまったらしい。

 

 顔が赤くなるのを感じるが、リュカは振り返ることもなく溢した。それは消え入りそうな、とても寂しそうな声で。

 

「オレは広い世界が見たくてさ、勝手に付いてきただけなんだ。でもツカサは見捨てないんだよ。競売だと、持ち金を全部出してでも助けようとしやがったろ」

 

「甘いだけの奴なんて大将失格だ」

 

「本当にな。けど、少なくとも信用は出来るし、頼りないから手を貸したくなるんじゃねえの。キキは違うのかよ」

 

「あーしは……違うし」

 

 リュカに付いてきたのは、脅威が排除出来るなら越したことはないと思ったからだ。今後、四六時中狙撃に怯える生活をしたくなかったからだ。それだけだ。

 

 でも、全部受け入れる甘さと聞いて。その言葉はストンと心に落ちる。

 元敵同士。そんな間柄だというのに、ツカサに裏切られるかもと考えたことは一度も無かったな。

 

 だからこそ、三大天から女子供まで居るごちゃ混ぜの軍が、奇跡的に成立しているのかも。なんて、バカ人間の評価を少し改めようとした所で、リュカが急にあーしを突き飛ばした。

 

「危ねえ!」

 

「……!?」

 

 走っていたところを横から押されて地面に転倒する体。何があったんだよ。足に激しい痛みを覚えながら、伏せたままに状況の把握を務める。

 

 そして、足場の土が深く抉れている事に気づき。ああ、撃たれたのだなと理解が追いつく。そうだよ。どうして自分を狙撃してくる可能性を考えなかったんだ。

 

「ほう、今の間で躱すとは。匂いで俺を追っているんじゃなかったかな?」

 

「クソが、やられた。そうか、さっきの獣の匂いは囮か!」

 

「糞を体に塗って匂いを上書きした。貴様らが追っていたのは俺の残り香だ。しかし優秀な追跡者だと認めるからこそ聞きたいが、どうして今の攻撃を察知出来た?」

 

「……音だよ。お前が木を移動しているのは気付いていた。だから意識は常に上へ向けていたのさ」

 

「なるほど。距離が離れているからと油断したか。まだまだだな俺も」

 

 頭上から声が聞こえ、毛を逆立てて威嚇するリュカ。

 そう。地上に痕跡が無いことを不自然に思い、ならばと木の枝を調べた。結果は当たりで、そこに残っていた匂いを頼りにここまで来れたわけだが。

 

 どうやら、狩りの腕は相手が一枚上手か。匂いという足跡を利用して、あーし達を誘導していたらしい。

 

 やるじゃねえの。顔くらい拝んでやろうと目を細めて暗闇を注視するのだけど、いくら探してもその姿を発見することはかなわなかった。

 

「おいリュカ、敵はどこに居る?」

 

「よーく見てみろ。どうやら目玉だけは隠せないらしいぜ」

 

 掲げられた槍。その矛先の延長をじっと目を凝らして睨む。

 いや、人影なんて何処にもない。見つけたのは木になる二つの白い果実くらい……だと思ったら、ギョロリと実が動くじゃねえか。ぎゃあと悲鳴が漏れそうになった。

 

 保護色。トカゲのような男は皮膚の色を森と同化させていたのだ。そこに夜の闇が加わっては、目視で発見するのは困難だろう。

 

「先に言っておくが、この姿を見て生きて帰れると思うなよ」

 

「ツカサじゃあるまいし、そんな恰好で恥ずかしくないのかお前!」

 

「恥ずかしいから目撃者を殺すのだ!」

 

「とんでもねえ理不尽だな」

 

 皮膚の色を変色させる。その作用を最大限利用する為なのだろう。奴は全ての服を脱ぎ捨てて、最後の良心とばかりに葉っぱ一枚で股間を覆っていた。

 

 間違いなく変態だ。さっき叫びそうになった理由の8割は、突然に全裸が視界に映ったからである。

 

「「なにが不可視の暗殺者だ。やーい、この陰湿全裸トカゲー!!」」

 

「やかましいわ。くらえ、我が必殺の竜の吐息を!」

 

 二人でなじっていると、男は口から長い舌をこちらへ向けて伸ばす。おいおい、マジか。なにが竜の吐息だよ。それ、トカゲの唾液だろ。

 

 ペッと超高速で飛来する魔力を、あーしらは地面を転がり必死に避ける。当たれば即死だし、乙女の誇りも粉々だもん。

 

「キキ、足は大丈夫か?」

 

「うるせえ、このくらい大したことねーよ」

 

 リュカと目が合い、同時に地面を蹴る。相手が格上ならば、こっちは人数の利を生かすしかない。木々の間を縫うように駆け回り、左右から挟み撃ちで挑み。槍が。蹴りが。時間差なく届こうとし。

 

 奴の眼球は別々に動いて、両方の攻撃を苦も無く目で追っていた。

 足場の悪い木の上だというのに、当たると思った直前には、尻尾で枝を掴んで回避をしている。

 

「甘いわ小娘共。このキョリンガに挑む勇気は認めるが、魔王軍幹部という名の意味を知れ!」

 

 空中で身動きの取れないあーし達は、腹へ蹴りを食らって撃墜される。内臓が破裂したのでは思うほどの苦痛が襲った。

 

 ただの一撃でコレかよ。地面に転がり悶えていると、ぺっぺっと汚い音が聞こえて。やっぱりツバじゃねーか。振り撒かれた水の雫が、衝撃で弾け飛び炸裂した。

 

「うっあっ……」

 

 A――――s

 キーンと耳鳴りが頭の中で木霊する。まだ生きているのか。ツバの直撃こそ無かったけれど、爆ぜた空気や土がぶつかっただけで、全身が濁流に飲み込まれたかのようだ。

 

「はぁはぁ。お前らが強いのは知ってるぜ。だがなぁ、オレは勝てるかどうかで喧嘩は売らねえよ。その喉笛、食いちぎってやる!」

 

「ほう、まだ動くか」

 

 槍を構えて真っすぐに命を狙うリュカの動きに、変態トカゲは初めて木から移動する。タタンと枝を蹴りつけ、まるで自然と同化するように身を森へ紛れさせるのだけど。

 

 狼の眼が敵を見失う事は無かった。視覚、嗅覚、聴覚。研ぎ澄まされたあらゆる感覚を使い、暗殺者を捕捉して。より強くに地面を蹴りつける。

 

「うらっぁあ!!」

 

「おお!?」

 

 何処までも追従してくる圧に気脅されたか。トカゲは振り払うように、さきほどのツバをばら撒く。ヤバイ、直撃だ。

 

 気付けばあーしは「リュカ!」と叫ぶのだけど、彼女は血塗れになりながらも弾幕を乗り越えてしまう。魔力防御。いや、それだけでは、とても防げると思えない。

 

「アイツ、まさかこの局面で進化したのか!?」

 

 夜は自分の縄張りだと主張でもするように、狼は遠吠えをあげて敵へ向かう。

 槍の矛先が深々と刺し貫いたのはトカゲの太ももで。残念だったなとリュカは再び地へ蹴り落されるのだが。

 

 そうかよ。彼女の心意気が胸を打つ。

 足を狙ったのはわざとだ。アイツを逃がさなければ、いずれ来るだろうツカサが倒すと確信しているのだろう。

 

「ああ、分かった。お前を認めたくなかったのは、悔しいからだ」

 

 少し見ない間に、とても敵わないほど実力に差が開いていた。

 なんで、どうして。前は勝てたのにと、弱い自分を受け入れることが出来ずにいて。バカと侮蔑しては下に見ていた。

 

 けど、それじゃあダメなんだな。あーしも、リュカのように勇気を出して、前へ進まないと。悔しい、悔しい、悔しいよ。体の苦痛を激情が押し流す。細胞が震えるような熱を持つ。

 

 AaRRs!!――ああ、耳鳴りがうるさい。

 

 

 




短編「ヒロインは悪役令嬢」を投稿しています。
ヒロインの名前はクレア・エルツィオーネ。言いたいことはそれだけです
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