ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「な、なぁ。もしかして、今の技は浮遊島のガキが使ってたやつか?」
地面にへたり込むリュカは、俺を見上げながらそう言った。
ほう、お目が高い。如何にも敵へ放った一撃は、お姉くんのサーチライトを元に考案したレーザーサイト搭載の魔銃である。
急造なので術式は弄っていなくて、変えたのは順序だけ。
本来は光と闇の魔力を混ぜて放つ魔銃を、光で照準を合わせた後に、闇を流し込むことで新技として成立させたわけだ。
そこに来たる重光。うん、名付けるならばカムショットと言ったところかな。
では何故そんな事をしたか、だけど。
俺がこの少女たちを発見した時はまだ距離が遠くて、しかし絶体絶命の窮地だった。確実に相手へぶち当てる為には照準が必要だったわけである。
「こんな風にな!」
「……オイオイちょっと待て、冗談だよな?」
「話を逸らせると思うなよ」
レーザーサイトとは、名前の通りに光の点によって狙いを定めるものだ。
良くも悪くもココに当たるぞと宣告するわけだから、額にポイントを浮かび上がらせたリュカは、やめろと半泣きになって叫ぶ。
そんな表情ではせっかくのイケメンぶりが台無しだぞ。先走ったと聞いて本当に心配をした。ジグや勇者一行の皆とも離れて、今傍に居てくれるのは彼女だけ。そんな君を失ってしまったら、俺はこの先を戦い抜く自信が無いよ。
だから猛省しろ。心を鬼にして闇の魔力を流し込む。重さは光の筋を通り加速して、ゴインと狼少女の頭部へ激しく衝突。切ない遠吠えが夜の森に響いた。
「痛ってえ~!? こいつ本当に撃ちやがった!」
「お前が考えなしだからだ。この鉄砲玉め」
「イグニスと会ったら、ツカサに乱暴されたって言いつけてやる」
「誤解を生むような言い回しはやめろ!」
燃やされちゃうだろ。けれど元気な声を聴いて少しばかり留飲が下がる。痛がるのも叫ぶのも、命があっての事だからね。
おでこを抑えるリュカは満身創痍だった。それだけの強敵と戦っていたことが見て伺える。当然か。なにせ相手は魔王軍の幹部クラス。三大天は別格としても、マルグリットに近しい戦力を持っているはずなのだから。
まったく無茶をする。むしろ、どうして勝てると思ったのかを問い詰めたいのだけど。俺は荒れそうになる言葉を飲み込んで、生きていてくれた事に、ただただ安堵し。
さてと、何食わぬ顔で2発目の用意。
自分は制裁と無関係とでも思っていたのか。指から放たれる光が向けられると、次の標的は狼狽しながら後退りをした。
「ふざけるな! なんで、あーしまで狙ってやがる!?」
「キトに頼まれてるからね。あとマルグリットとマリーちゃんにも」
「後半の奴らはただの悪ノリだよなぁ!?」
そうかもね。だが、ここでは俺が法律だ。
有罪の判決に絶望の表情を浮かべる鬼娘。間もなく拳銃に見立てた指から重光が輝き、バスコンとその額を叩く。
お揃いに頭を押さえながら悶絶する二人。
てっきり恨み言でも聞こえてくるかと思いきや、リュカが不貞腐れた声で「悪かった」と呟くもので。俺は「ん」と短く返事をして謝罪を受けいれた。
なら後は任せとけ、選手交代だ。
少女たちを庇うように前に出て、ふとジグルベインも俺の無茶を見守るのはこんな気持ちだったのだろうかと考えて。
「あれ、どこに行きやがった?」
いざ狙撃手を相手にしようと思うも、敵の姿は目の前からすっかり消えていた。制裁を加えている隙に逃げられてしまったらしい。
恰好をつけたのに、なんとも締まらない結果である。
不良娘たちを回収出来たので良しとするかと頭を掻けば、バカ野郎とキキに罵倒をされてしまう。
「何を暢気にしてやがる。居るだろ、目の前に!」
「……ええっ、どこだよ?」
うそんと思いながらも目を凝らせば、本当に居た。
地面に伏せて機を伺うのはカメレオンマン。その皮膚は自然の色と同化していて、暗い夜の森では注意をしていても気づけまい。
擬態の精度を上げる為か、限りなく皮膚を露出していて、身に纏うのはまさかの葉っぱ一枚。変態だと慄きつつも、そこまでするプロ意識には感心をしてしまう。
そして目が合った瞬間に彼は動いた。ベロンと長く伸ばされた舌は、さながらにライフルの砲身。すでに魔力は溜められていたようで、唾でも吐き出すように、ぺっと射出されたのだ。
「うわっ汚ねぇ!?」
俺は咄嗟に散魔銃で迎撃。拡散する光は壁となって唾液弾とぶつかるのだが、響き渡るのはチュドンという貫通音。なんという事でしょう。拮抗する間もなく押し負けて、顔の横を高速の飛来物が通り抜ける。
辛うじて軌道は逸らせたけれど、止まらぬ勢いは背後の木々を薙ぎ倒していった。恐ろしい威力の唾だ。破壊の痕跡をうわぁと眺めていると、肩をやられた事を思い出して、途端に湧く嫌悪感。ばい菌とかないだろうな。
「ラ●ボー気分で出てくれば、敵はまさかのプ●デターだとは。ハリウッドに新作でも作って貰うか?」
「……待て。お前なんで尻が丸出しなんだよ、バカ人間!」
どっちが変態だと鬼娘が声を荒げる。おっと、そこに気づいてしまうとは流石だね。実は道中で恐竜に噛まれた。ティラノみたいなデッカイ奴だ。
俺もここに来るまで大変だったのである。魔族のように夜目は効かないし、けれど光球を使えば狙撃の的。真っ暗な森の中をひたすら手探りで進んできた苦労を察して欲しい。けして迷っていたわけではないのだよ。
「なるほど、牙竜の縄張りを抜けて来たのか。道理で手強いはずだ」
「一応、勧告はしておく。お前【暗君】軍らしいけど、オポンチキはもう死んだぞ。それでも俺たちと戦う理由はあるのか?」
見ればカメレオンは両足を負傷していた。そこに3対1の人数差だ。戦況はどう考えても相手が不利なわけで、まだ戦るのかと降伏する機会は与える。
すると、クツクツと不気味に漏れ出す笑い。
理由があるから戦っているのだろうと、男の両目は衰えぬ闘志を訴えてきた。
「死んで終わり、じゃあないんだよ。王の大志を完遂するならば、それは残された俺の役割。いいか、南の島の大魔王、その名偉大なオポンチキ。あの方の見た夢は、まだ終わっていない!」
「そう……無粋だったね」
憧れの人を失ったからこそ、止まれない時もあるのだろう。
たった一人でも混沌軍を名乗っていた老エルフを思い出し、こいつは強敵だと心の褌を締めなおす。
ならば行くぜ。俺は混式を纏い、黒剣を構え。全力の力で大地を踏みしめる。ドカンと足場が爆ぜ、身体は弾丸のように飛来して。
「「ああ~!?」」
勝負は一瞬だった。気づけば俺は足と尻に激痛を覚えながら森に倒れこんでいた。
どうやら、久しぶりに闘気の力加減を間違えたらしい。真化の超活性に並ぶ出力を経験した為に、剛活性で耐えられる限度を超えてしまったのである。
結果として、踏み込みが暴走。体は態勢を崩しながら飛び出し、猛烈な勢いで敵にぶつかったのだ。
「ぐえー、男の尻なんぞを舐めてしまったー!」
「こっちの台詞だ、よくも俺の尻を!」
惜しむらくは敵との接触面がなんと尻だった事。
しかも俺のヒップアタックに合わせて、カメレオンが舌なんて伸ばすからもう大変。お互いに痛み以上の苦しみに苛まれる事になってしまう。
「あーし悔しいよ。なんでこんな奴らに勝てないんだ……!」
「ツカサ、謝れ。お前何しに来たんだバーカ!」
外野がうるせえな。俺は剣を支えによろよろと立ち上がるが、これは良くない事故だ。ジグめ、とんでもないじゃじゃ馬を仕込んでくれやがって。
足は骨折とまではいかないけれど、肉が少し千切れたか。立つだけで地面の感触以上に燃えるような痛みを訴えてくる。
「貴様、主の死をどこで知った。それは幹部たちがやっと知らされたばかりの事だぞ」
「俺は勇者一行。ノーキンで、彼の最後を見届けている」
「……あのお方は、勇敢だったか?」
「知ってるだろ。オポンチキは逃げない、オポンチキは退かない。最後まで全力で戦い、笑いながら逝ったさ」
男は寂しげに頬を吊り上げ、礼は言わないぞと、戦闘続行の姿勢を見せる。
両足の負傷はどこへやら。地を踏みつけるたびに彼の脚からは血が噴き出すが、これしきで退いては笑われるとばかりに前へ出た。
こちらも足を痛めているので、それはもう泥試合に近い。
けれど拳での殴り合いなら俺に分があった。混式は英雄級さえ圧倒する出力の暴力。速く重いという特性により、技術や経験の差を力任せにねじ伏せる。
腹を殴られ、お返しに頬を叩き。我慢比べにも似た攻防の末、食らえと、カメレオンが繰り出してきた奥の手は尻尾。舌という第三の腕に隠れた、第4の腕。
確かに意表はつかれたけれど、それはもう散々にトカゲ共から泣かされてきた技だ。掴み取り、逆に投げ飛ばし。彼は大の字に地面へ埋まった。
「奥方の【竜巣】の能力は、ただの天候支配に収まらない。その影響力の範囲内では竜属が活性化をする」
突然なにを言い出したのかと思ったけれど、カメレオンはフラフラな足で立ち上がりながらも弁を続ける。
オッパーニはその能力にこそ目を付けた。
始獣の肉を再生能力の高い竜へ食べさせればどうだ。進化細胞の活発な、疑似始獣のような魔獣が誕生したのだと。
俺は言葉を失う。
増殖を繰り返した多頭竜に、養殖された土竜。今まで目にしてきた脅威たちだったからだ。まさか、あんな化け物がまだ居るのかよ。
「そうだ。ここが進化の最前線。竜共は喰らい合い、進化を続け、今も新たな種が誕生しているのだ!」
「……そんな大事な情報を話してもいいか?」
「なぁに、死んでは喋ることも出来ないからな。オポンチキ傭兵団、奇襲暗殺部隊隊長【葉隠】のキョリンガ。推して参る!」
不器用な奴だ。けれど嫌いではない。オポンチキが退かなかったと知り、王に倣うように男は死地へ踏み出す。
獣じみた咆哮が木々に反響し、でも声ほどに足取りに勢いは無い。傷ついた両脚で、ヨロヨロと、自分は戦って果てるのだという覚悟が滲み出ていた。。
「っ!?」
ならば、この奇跡をなんと捉えよう。
突き出された拳を受け入れようと見守っていたが、俺に届くことなく空振って。けれどペチンと頬を叩く固い感触。
翼。なんとカメレオンの両腕には鎌にも似た三角形の薄い膜が張っていた。
それに一番驚くのは本人である。だって、まるで空へ逃げろと、まだ生きろとオポンチキが言っているようではないか。
「悪いけど逃がしはしない。お前が敵なら、狙撃に怯え続けることになるからね」
「ふっそうだ。せいぜい怯えろ。次は肩でなく、その頭をぶち抜いてやろう」
カメレオンは目から大粒の涙を溢しながら、両腕で不格好に宙を叩く。そりゃあ、いきなり翼が生えても上手く飛べるはずもないよね。
どうでもいいのだけれど、股間を葉っぱ一枚で覆う野郎がバサバサと必死に羽を振っていると、まるで露出狂がコートをはためかせている様に見えてしまう。
「何やってんだ、さっさと撃ち落とせ。逃げられちまうぞ!?」
リュカが肩をゆすってくるけれど、残念ながらそうはならない。俺は指先からそっと光を照射して、夜空にはためくカメレオンを照らし出す。
魔銃を見た後だ。彼はビクリと怯えながらコチラを振り向き、追撃が無い事に首を傾げ。余所見を瞬間に、折角の翼がブチリと抉れた。
「あれは、兄貴の……」
「うん。まぁ本来は狙撃手の居場所を照らすのが俺の役割だったわけよ」
花ビラの舞うような鬼火に誘われて駆けつけたが。さてはアレが本来の技だったのだろう。火炎が夜空を彩り、打ち上げ花火のように大輪の花を咲かせている。
闇に紛れて消えた男を見上げながら、カメレオンは漢字だと変色竜とも書くことを思い出す。お前も立派な竜だったぜ。
遅れてごめんなさい