ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「ツカサ、口開けなよ。あ~ん」
騎乗中、魔女が後ろから声を掛けてきた。一寸の薄気味悪さを感じながらも言葉通りに口を開けたら一口大の食べ物が放り込まれる。
何を入れたか分からないので舌先で転がしてみると肉の味と匂いを感じた。丸く加工されているので恐らくは何かを肉で包んだ料理なのだろう。
俺は安心して噛んでみると、中には果実でも入っていたのか、じゅくりと歯の沈み込む触感があり、そしてものすっごく酸っぱい果汁が口内を満たす。梅干しにレモン果汁を掛けて煮詰めたような恐ろしい味だった。
「んん!? なにこれ、しゅっぱ!」
「そうだろう。酷い味だよな」
「酷いのは誰だ!」
曰くナンデヤの裏名物、肉包みだそうだ。
本物は甘酸っぱい果実を肉で包んでいる料理らしいが、店で買うとだいたい複数個セットで、内一つに外れのもの凄く酸っぱいやつが付いてくるらしい。お土産でよくあるロシアンルーレット系だ。
「知らない人間にはまず外れというのが流儀なんだ。私もやられた」
「それ絶対に騙されて悔しかっただけじゃん」
この女、確実に外れを食べさせる為に両手が塞がっているタイミングを狙ったのである。
今俺はボコの手綱を握る最中だ。イグニスは後ろで女の子乗りとでも言うのだろうか、腰かけて背にしがみついている。
今日はまぁ、気晴らしだ。天気が良いからお出掛けだ。
ナンデヤでの目標だった、子爵との橋渡しとマヨの販路探し、そして社会見学は達成した。
ルーランさんが引っ越しの支度に三日欲しいと言うので、そのくらいなら俺達も付き合おうと滞在しているだけなのだが、それも既に二日が経過している。明日には皆で町を発つ予定だ。
一昨日はシャルラさん達と町の観光に行って、昨日は子爵家にブルタさんのお見舞いに行った。そして今日は、シャルラさんとティグは今後の話をしにルノアー商会に顔を出している。
久々に予定の無い休日だ。たまには一人で、いやジグルベインとのんびり過ごしても良いかなと考えていた。
そしたらこの魔女が言うのだ。「なぁ、私頑張ったよな?ご褒美があってもいいと思わないか?」赤い目でジトリと掛けてくる圧は、燃やしてやるという暴の圧力ではなく、拗ねるぞ泣くぞといった感じの悲の圧だった。
確かに子爵を丸め込み、悪魔を祓い、マヨネーズを扱う商人を勝ち取ると、無双と言っても差支えのない活躍具合だ。俺としてもお礼をしたい気持ちは当然にあるのだけれど、面と向かってご褒美をねだられると怖いものがあった。
戦々恐々と何がお望みですかとお伺いを立てれば、二人でゆっくり過ごしたいなどと可愛らしい事を言うので、俺は何を企んでるこの魔女がと本気で警戒をしたのだった。燃やされた。
さておき、遊びの誘いに貸しも借りも無いだろう。借りはまた今度の機会にでも返すとしよう。
「イグニス、この辺でどう?」
「ああ、良いじゃないか。よくこんな場所知ってたね」
(この間のバイトの時に見えた場所よな)
ジグの言う通り、来たのは牧場近くの草原である。
この町は乾いた地面が多いのだけれど、牧場の近くは牧草を育てる魔法陣があるので割と緑が豊かなのだ。
草刈りのバイトをしている時に柵の向こうに見える景色を見て、のんびりするには良い場所だなぁと思っていたのである。
イグニスは目敏く休憩に良さそうな木陰を見つけて腰を下ろしていた。
俺もボコをその木に繋いで、魔女の隣に座り込む。影の中は思ったよりも涼しくて、風がそよぐと肌寒いくらいだった。木漏れ日が何とも心地良い。
「あー静かで良いねぇ。こんな場所があるなら本でも持ってくるんだった」
だらりと肩にしなだれてくるイグニス。町から町へと移動している時は四六時中くっついているので今更距離感は気にしないが、低く捻り出す様な声には張りがなく、とても気怠そうだ。そんなに酷使してしまっただろうかと謝ると、何とも曖昧に肯定してくる。
「君が謝る事でもないのだけどさ、今回の件は確実に親に知られるだろうなと思うと……」
「あー。まぁバレるよね」
俺は慣れない執事役などで消耗したが、イグニスは先を見越して憂鬱らしい。
政治的な意味ではシャルラさんを表舞台に引き摺り出したのは随分と影響があるはずだ。それも話を率先して広げる人間に二人ほど心当たりがあった。
「だろう? かと言って、あの状況で見捨てる訳にもいかないしね」
あ、そうだと付け加えるのはラルキルド領で地脈を弄った件。
内密にとの事だ。地脈は国から指定された役職に就いていないと触ってはいけないらしい。言われてみれば素人が作業するには影響が大きいか。
「まぁ地脈はみんな隠れて一度はやるんだ。大きい魔力を使うのは面白いぞう」
(コイツの先祖は火山を噴火させて町を何個か潰したぞ)
はははと空笑うイグニスを他所にジグが笑えない事を言った。なんかまともな逸話を聞かない賢者様だよね。
「明日は王都に向かうんでしょ。保留になってた絶縁の話もあるし、本当に戻って大丈夫なの?」
「言わないでよ。大丈夫なはずないじゃないか~」
うがーと吠えて、地面に転がり、嫌だ嫌だと駄々をこねて。ひとしきり醜態を晒した後は寝転がったまま俺の太ももに頭を置いてきた。赤い綺麗な髪の毛にはすっかり草や土が付いていて。何をやっているんだよと、手で払ってあげる。
「だから今日くらいは息抜きをさせて。可哀想だと思ったら甘やかしてくれていいんだぞ?」
「偉い偉い。頑張ってるよイグニスは」
ゴミを払うついでに手櫛で髪を梳いてあげた。七日間の旅で手入れが不十分だった髪も高級宿のおかげかすっかり艶を取り戻していて、いつまでも触りたくなるほどサラサラで指通りが良かった。
嫌ならば逃げてしまえばいいのだ。せっかく家出中なのだから責任なんて投げてしまえばいい。それでも少女は王都に戻ると言った。正義を成さねばならないと笑った。
己の信念を貫くためならば茨の道さえも躊躇わないこの魔女に、俺は品格というものを見る時がある。
「全部片づけてちゃんとゆっくりしたいね」
「そうだね。私の漫遊計画を台無しにしてくれた奴らには、必ず落とし前を付けさせてやる」
そう言いイグニスが寝転がったまま取り出したのは、悪魔の指だった。
ブルタさんの腹から出てきた物であり、身体を汚染していた正体だ。昨日お見舞いに行った際に本人に確認したが、何時体に埋め込まれたのかは記憶に無いとの事だ。
続きに続いた忌々しい悪魔との遭遇。確かにそろそろケリを付けたい所であるが、何も休憩中にする話でもないのではないか。どうせ王都に着いたらアトミスさんと対策を練るのだろうから、今は忘れてしまえとイグニスに指を仕舞わせる。
「漫遊計画って例えばどんな所があるの?」
「そうだなぁ。実はラルキルド領も行ってはみたかったんだ。有名所だとねぇ……」
膝の上で喜々と声を弾ませる魔女。瞳を閉じて、現地の想像でもしているのか表情はなんとも締まりがない。
国内の観光名所と有名な食べ物から、ハンターの腕なる秘境、人知及ばぬ魔境まで。
この魔女は好きな事を語らせると本当に長く、俺もジグも、へぇへぇと相槌を打つ機械に成り果てて壮大な冒険計画を聞いた。
計画と言いながらも空飛ぶ島や海底に沈んだ国などが候補にある辺り、ルートや移動時間を考慮していない行ってみたいリストである。そもそもに噂などだけで正確な位置を知らない可能性もあった。
うち何個かはジグルベインの知っている場所もあったようで、ああそれはなとネタバレをしていたが、イグニスの夢を壊す事もないので心に留める。
「そして、ヴェルグ火山。ここだけは絶対に行かなければならない」
ぱちりと開けた目には決意の炎が宿っていて、この少女の目的とやらを思い出した。
確かエルツィオーネには宿敵が居ると聞いていたから、きっとその場所に相手が住んでいるのだろう。人間ではなさそうなので一安心だ。
「そういえば、イグニスの旅する目的をそろそろ聞いていい?」
「ん。君ならいいか。笑うなよ?」
(いや、無理じゃろ。すでに笑えるわカカカ)
先のヴェルグ火山の別名は火竜の寝床と呼ばれている場所だそうで。名前の通りに火竜が住んでいるらしい。主の名は四大精霊の内の一つ、原初の炎サラマンダー。純粋な火の魔力で出来た生命体で、偽りない世界最強の炎だそうだ。
「私が、というか。エルツィオーネがサラマンダーを燃やしたいんだ。一族の宿願さ」
「……?」
思考が追い付かなかった。火の魔力で出来た存在を燃やす?燃えるのだろうか。
いやいや。その前に劇では勇者ファルスは四大精霊から加護を貰ったと聞いていた。もしかしなくても良い存在ではないのだろうか。
「エルツィオーネってもしかして馬鹿なの?」
「だって最強の炎だよ? 存在が気に食わないじゃないか。こっちは日々研鑽してるんだ。生まれた時から最強を名乗る奴には分からせてやらないとな」
(カカカ! のう? 最高に迷惑な一族だろう)
要約すれば私が最強の炎使いだ。正義?知るか、死ねー。という一族がエルツィオーネである。最悪だ。サラマンダーさんからすれば完全なとばっちりであり、度々この頭のおかしい一族に命を狙われていると思うともう同情しかない。
「父さまはさ、もう忘れろなんて言うけれど、ありえないね。先祖は正しい」
許してあげてよ!サラマンダーさんが何をしたって言うんだ!
一族の名を背負い宿敵に挑むと言えば格好良いが、理由が最悪すぎた。それはもう、魔王だって呆れるほどの逆恨みだ。
いや、良く考えれば俺もジグルベインを復活させるなんて迷惑極まりない野望がある。
誰に、イグニスにだって駄目だと言われても諦めるつもりはないものだ。人の価値観なんて違って当然で、彼女にはそれほどの価値があるのだろう。
「褒められはしないけど、頑張ってね。火竜に火傷させてやりなよ」
「……うん。笑わないでくれてありがとう」
「じゃあ俺も告白を。俺、実はジグルベインを復活させたいんだ」
「ぶふっ! 魔王を蘇らせるなんて何考えてるんだ君は!」
束の間の休息は静かにのんびりと、しかし世界で一番物騒な話をしていたと思う。