ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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79 再びの王都

 

 

 前回のあらすじ。イグニスが死んだ、この人でなし!以上。

 いや、冗談抜きで走行中に叩き落されたイグニスは女の子とは思えない汚い悲鳴を上げて地面を転がり、ピクピクと危ない痙攣をしていた。

 

 速度的にもノーヘルでバイクを運転中に正面衝突をしたくらいの衝撃があったのではないか。ただ幸いなのが、ぶつかったのが救急車だった事だろう。カノンさんは聖職者。いわば回復魔法のプロフェッショナルである。良かったね。

 

 殴られて治されて良かったも無いのだが、あと数秒遅ければ今地面に転がっているのは俺だっただろうから、いろんな事から目を背けて魔女の回復を願う。どうかこのまま有耶無耶になりますように。

 

「カノンさんはどうしてこんなところに?」

 

「ああ、うん。狩りよ狩り」

 

 王都の近くって魔獣いないでしょう?と気軽に言い、だから走ってきたわと素敵な笑みな脳筋さん。

 シュフェレアンまではまだシュトラウスの足でも半日あるのだけれど、そうか、狩りのために走ってきたのか。

 

「手頃なの仕留めたし、さぁ帰ろうかなって道に出たら、見慣れた赤髪が居るじゃない?まぁ殴るよね」

 

「えぇ……」

 

 エルツィオーネ家に滞在中に起こった突然の家出騒動もそうだが、俺の事を含めて何も相談が無かった事が今回の鉄拳の理由だそうだ。

 

 親友ならば、勇者一行としてではなく家出娘として俺と旅立った件に怒りがあってもおかしくない。少なくとも俺なら寂しい。地面で沈黙する魔女に代わり、俺はごめんなさいと頭を下げる。

 

「あ、その反応聞いてない?まぁ言えないよね普通。この子ね、アンタをフェヌアに入信させる気だったのよ」

 

「ふぇ?」

 

 馬鹿みたいな声が出た。聞けばルギニアの時の俺は言葉も知らない異国の来訪者。だからフェヌア教で面倒を見れないかと相談されたらしい。

 

 思い返すと、ルギニアの町でカノンさんはずっと親身に世話をしてくれた。

 町の案内から始まり、毎日俺を連れ出しにやってきて、教会の炊き出しを手伝ったり、子供たちに混じって言葉を教えて貰ったりもしている。人見知りな俺が人と何とかコミュニケーションを取れるのはあの時の体験のおかげだろう。

 

 だが、裏ではなんと人身売買が行われていたとは。あのまま入信まっしぐらのコースとか考えるだけで寒気のする話である。

 

「その節はお世話になりました」

 

「いえいえ。私もフィーネと旅立つのが決まってたからね、どの道最後まで面倒は見れなかったのよ」 

 

 しかし心の中ではもう舎弟。あたしの弟分を攫っていくとはどういう了見なんだあん?と転がる死体にメンチを切ると、びくりとイグニスは体を震わせた。

 流石はカノンさんの神聖術。穴あきになった腹の傷を跡もなく完治させる業は無事に魔女を癒したらしい。魔女は狸寝入り、または死んだふりを決め込んでいたようだ。

 

「ツカサはもう私の物だ!」

 

(誰がお前の物だ!)

 

 ジグルベインの言う通りである。というか、情報を抜くだけ抜いてフェヌアに捨てようとした奴が良く言うものだ。俺は努めて冷たい目で魔女を見下ろした。

 

「い、言い訳をさせてくれ。当時はあれが最善の手だったんだ」

 

「ね?殴ったほうがいいのよこんな奴」

 

 反省の色などない魔女に、聖女が有罪を言い渡す。

 この世界を旅していれば見える物はある。住民権が無い俺は職に就けず、言葉も話せないようでは冒険者も難しかっただろう。ならばあるいは教会に預けるという手は間違いではないのだ。

 

 イグニスの言い分を理解したうえで、珍しく立場が逆転したので、俺はよよよと嘘泣きをしながら「用済みになったらイグニスは俺を捨てるんだね」と捨てられた子犬の様な顔をしてみた。

 

「そんな事は……しないから」

 

 どうやら存外に刺さったのか、魔女は目を見開いて固まった。胸元に手を当て、下唇を噛み、目から感情が零れぬように制している様だった。

 冗談だよーんと茶化そうと思った所でイグニスはカノンさんの手により再び地面に刺さった。

 

 

「ねぇアンタら今までずっとそんな事してたの?」

 

 カノンさんの言うそんな事とはシュトラオスの二人乗りの事だ。

 今は俺がボコの手綱を握り、イグニスが背中に張り付いていた。カノンさんは獲物(2メートルくらいの狸)だけ俺たちに預けて、平然と並走している。

 

「仕方ないだろう。他にどうやって移動しろと言うんだ」

 

 正確には馬車を引くという手やシュトラオスをもう一羽買うという手もあるのだけれど、馬車は速度や道に制限が出来るし、駝鳥を買うのも餌代などは当然に増える。多少の窮屈に目を瞑れば二人乗りは最大効率だ。

 

「走ればいいんじゃない?」

 

(カカカ。フェヌアはどうしてこうも度し難いのか)

 

 そうフェヌア教にはこんな人が沢山いる。むしろフェヌア教自体が脳筋作成組織なのだ。

 三柱教とは、大神から御霊分けを貰うことが出来る。教義に従い信仰する事で、より神の魔力を身体に取り込めるのだ。

 

 詰まるところ、神の教えを守る事により限りなく神に近づける。それがこの世界の宗教である。

 そしてカノンさんの属するフェヌア教は武闘派であり、武器や防具の使用を禁じ、己の身体を研ぎ澄ますのが教義だ。

 

 炊き出しを受け取るには走る必要があり、礼拝の時間に正拳突きをし、彼らの祈りの姿とは拳を握りしめる事なのだ。だから町への移動に自分の足で走るという発想が当然の様に浮かぶし、実践する。

 

「でもさー、若い男女で不健全でしょそれ。大丈夫ツカサ?洗脳されてない?」

 

「……してないよ」

 

「待てよ。何だよ今の間は!」

 

 どこ?何を洗脳されてるの俺!?

 魔女は素知らぬ顔でこの話はお終いとばかりに話題を逸らした。はたして終わらせていい話題なのだろうか。しかし聞くのも怖かった。

 

「そんな話はどうでもいいじゃないか。カノンがここに居るならフィーネも当然王都に居るんだろう?」

 

「居るわね。一応休暇中なんだけど、何故か張り切っているアルス様に訓練に連れて行かれてるわ」

 

 俺とイグニスは事情を知っているので黙り込んでしまう。

 大方ジグとの闘いの興奮がまだ冷めぬのだろう。強者を求める戦闘狂に弟子の勇者は丁度いい相手だったのだ。

 

(カカカ。獣の食欲を刺激してしまったようだな)

 

 にんまりとほくそ笑む魔王をよそに俺は心の中でフィーネちゃんに黙祷をした。

 

「なら丁度いいや。私たちはラウトゥーラの森に向かう予定があるんだけど、カノン達も一緒に行かないかい?」

 

「ラウトゥーラの森って……どこよ?」

 

 シュトラオスと並走しながらも考える余力があるのか、カノンさんはいまだ息を荒げる事もなくえーっとと地理を思い出す様に頭を捻る。

 そこでイグニスが答え合わせに東の奥の秘境だと教えると、んなの分かるかと、こちらまで唾が飛んでくる勢いで反論されていた。

 

「ツカサ、アンタも嫌なら嫌って言わないと駄目よ。秘境に好き好んで行くのは変態でしょう」

 

「やっぱり変態ですよねー。でも結構頼りになるんですよ変態でも」

 

「ああ、そうね。無能じゃないのが質悪いわよねぇイグニスは」

 

 うんうんと頷いていると、魔女が後ろからぼそりと呟く。「走るカノンは凄いよな。もうバインバインと暴れてるな。どことは言わないがな!」

 ちょっと何を言っているのか理解出来なかったが、よそ見運転は危険なのでちゃんと前を見て乗る事にした。

 

「イグニスバンザイ。イグニスカワイイ。イグニスサイコウ」

 

「ほらカノン。私たちの関係はとても良好なんだ」

 

 やめろよジグ。俺をそんな冷たい目で見ないでくれよ。

 温情により事情を知らないカノンさんは首を捻るが、次にははぁと大きく息を吐き。

 

「事情は知らないけど一応フィーネには伝えとくわ。みんなで一緒に行けたらいいわね」

 

 

 さすがに何度か休憩を挟み、それでもカノンさんは走り切ってしまった。そう王都への到着である。

 

 カノンさんは着いて早々に、じゃあこれ寄付してくるからと狸を担いで消えてしまった。

 その体力おばけぶりを俺とイグニスが呆れた顔で見送るも、後で食事の約束をしたので、私たちも行こうかと特に惜しむ事なくあっさり分かれた。

 

 向かう先はもはやお馴染みアトミス邸である。

 エルツィオーネの別荘もあるらしいが家出娘が寄れるはずもなく、宿暮らしも少々キツイ。そういえばナンデヤの高級宿だが、一部屋一泊小金貨3枚だった。サマタイで止まった宿の十倍のお値段だ。

 

 シャルラさんを町の見学へ誘ったのは俺なので全額俺が持つべきところなのだが、イグニスが宿を選んだのは自分だからと半分出してくれた。正直助かった。

 

「おかえりなさいませ」

 

 出迎えてくれたのは、今日も今日とて無表情のメイドさん。

 死んだ魚の様なジト目。愛想の欠片も無い表情。抑揚の無い声。接客業としてはどうかと思う態度だが、だがそれが良い。

 

 俺は挨拶と共にラルキルドとナンデヤのお土産を渡す。基本はアトミスさん宛てだが、館の人が摘まめる様なお菓子も用意してきた。激辛が混じってるロシアンルーレット要素のある奴だ。

 

 もしかしてお土産の定番だっただろうか。一瞬うわっと表情を曇らせるジト子さん。

 すぐ様に表情をフラットにした彼女に案内されたのは、何故か客間であり。

 そこで待っていたのは、紫の髪をした妖女……でもなく。

 

 濃い赤毛をした、若干に顔に皺が出始める年配の男性だった。

 表情は穏やかで、目じりの皺のせいか優しそうな印象のある人なのだが、雰囲気に何となく圧があり魔女の血を納得する。そう、イグニスの父、プロクス・エルツィオーネその人だった。

 

「やあお帰り二人とも!」

 

 イグニスは逃げ出した。しかしメイドに回り込まれた。

 

「くそ!アト姉め計ったなぁ!!」

 

 家出娘の絶叫が響いた。

 

 

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