ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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83 濁る瞳

 

 

 すっかり日が傾いた頃、その人は現れて言った。

 

「アトミス。貴女の家は実は悪の組織の集会場か何かでしたか?」

 

「おいおい酷いなアルス。見ての通り親戚同士で親睦を深めている最中だ」

 

「見ての通り……ですか」

 

 金の眼が室内を走る。机上には大きな地図が広がり、意味ありげに白と黒の駒が配置されている。乱雑に積み重ねられた資料は内偵が獣人の動きや派閥の動きを纏めた資料だ。

 

 そして机を囲むのは白い衣装の下に黒い心を持つ妖女、賢者の血筋の魔法使い、家出娘改め、迷惑娘の魔女。これで何も無かったと思うのならその目は節穴なのだが、溜息交じりにそうですかとアルスさんは納得してしまった。節穴!

 

「喜べアルス。久々に全力で剣を振れる機会が出来そうだ」

 

「やめて下さいよ。人を戦闘狂みたいに」

 

「え? 違うの!?」

 

 てっきり俺が口を滑らせたかと思ったが、どうやら違うらしい。隣でイグニスがしまったとばかりに口を押さえている。アルスさんは特に気にするでもなく、私はただ戦いに質を求めているだけなのだとやんわりと魔女を諫めたが、横から妖女が槍を入れた。

 

「知らなかった。最前線で戦いたいから隊長から昇進しない奴の事を戦闘狂とは言わないのか」 

 

「生憎私は机仕事をしたくて騎士になったのではありませんからね。それよりも副団長。口の切れ味は鋭いようですが、肝心の剣の腕は鈍ってませんか? 少し揉んであげます」

 

「やめろ。よせ! 来るなー!」

 

 こうして一人の騎士により悪は滅ぼされた。ちゃんちゃん。

 

 

 とは言っても、アルスさんが来た時点でもう方針は8割方決まっていたのだ。

 内容を纏めるならば、相手が貴族流で攻めて来るならば、こちらも見せてやるぜ貴族流と言ったところか。

 

 具体的に何をするかと言えば、何もしない。余計な事をしない方が良いと結論を出した。

 武術大会という晴れの日があるならば、下手に突いて予定を変更される方が面倒なのである。

 

 しかも当日は予定通りに暴れて貰う予定だ。そこは止めてよと思わなくもないが、想定では相手は獣人ないし悪魔の手駒を使いラルキルド領に飛び火をさせる腹積もりと読んでいる。

 

 だが、こちらはもうそのラルキルド領を味方に引き入れているではないか。前の交流が無い状態ならばいざ知らず、今ならばプロクスさんが後ろ盾になると明言した。これで飛び火は無い。

 

 つまりは相手は王の前でただ反乱をするだけだ。ラルキルド領に罪を擦り付けられないなら、その火は何処に向かうのか。排斥派が自分たちの着けた火で焼かれるのだ。さぞ愉快に燃え上がるだろうとアトミスさんは言う。

 

 宣言の通り、何もかもが思い通りに運んでいると思わせて、最後の最後、相手が勝利を確信した時に全てをひっくり返す作戦だった。

 

 まぁ何やら他にも話し込んでは居た。地脈やら魔法やら悪魔やら、割と大事な部分ではあるのだけれど、残念ながら俺は聞き逃してしまったのだ。くっ。

 

 聞いてませんでしたと言うわけにもいかず、俺は訳知り顔でうんうんと理解したフリをしていた。実の所、腹筋に力を籠めるので精一杯だったのだ。だってジグルベインが笑わせに来るんだもん。一人で絶対に笑ってはいけない会議に参加させられていたんだもん。

 

 皮切りは悪魔の力に飛びつきそうな人物として名が挙がったバング・メルフラフという男の名。しかして、ならば彼が黒幕かと問うと、全員が揃えて首を横に振った。勇者の子孫という自尊心を煽られ利用されているだけだと。

 

 推論を重ねるイグニス達を他所に、ジグがちょいとお前さんと声を掛けてきた。何か彼女なりの視点で気づいた事があるのかと思い、姿を捕捉しようとするが見当たらない。

 

(どうじゃ巨乳~)

 

 どこに隠れているのかと思えばイグニスの後ろに居たようだ。

 ジグルベインは自身の霊体である特徴を生かし、魔女の背後から身体が重なり合う様に移動した。そうすると、残酷な胸部の格差がよく比較出来るというか。有り体に言えば、イグニスから巨乳が生えていた。

 

「ぶふぉ」

 

 真面目な会話をしている最中に突如噴出した俺を隣に座るイグニスは不審な目で見てきた。飲み物で咽ただけだと言い訳するが、これは良くないと直感する。

 

 そう、ジグの奴は、もしかしなくても飽きたのだ。彼女の性格を考えれば赤子が泣き出す事くらい自然な事だった。

 

(まどろっこしいの儂嫌いじゃー)

 

 言い分は理解しよう。彼女の本質は暴力だ。

 知恵が無い訳ではない。頭の回転が鈍いわけでもない。ただ策など必要としない圧倒的なまでの力があるからこそ、こいつは魔王なのである。

 

 例えばジグルベインが今回の黒幕だとすれば、王宮にでも直接殴り込み要求を突きつけるのだろう。そうすれば今頃この場は怪獣対策会議の場となり、また趣は違ったはずだ。そういう見方をするならば、やはり悪魔というのは手口が人間臭いところがあるのだなと思った。

 

(遠回りなのは当然だろう。本物の勇者は嘘と悪を見抜く。奴ら悪だくみをしては暴かれとったからの。手口を巧妙にしたのはある意味人間よな。カカカ)

 

 その言葉に何も感想が出て来なかったのは、おそらく日本一有名な死体を演じる馬鹿のせいで思考と腹筋が死んでいたためだろう。アレだ、湖から足が生えている奴。角度まで良い感じに再現していて憎たらしいほどに完成度が高かった。

 

 次のジグルベインの行動は、机から頭部と両手だけを出して来た。

 つまらない。前の机から脚が生えている絵が強すぎただけにいまいちだ。むしろアレは何の真似なんだろう。

 

 この時にはもう会議の事はすっかり忘れ、意識は悪ふざけを始めたジグルベインに興味が移っていたのかも知れない。

 

(うぎゃあ!)

 

 ピコーンと脳内で閃きが起こる。あれは魔王だ。とあるゲームのラスボスなのだ。おのれジグ、魔王繋がりとは洒落た事を。しかもそのシーンはラスボスの魔王が破壊神と戦う隠しイベントではないか。

 

 なんでそんな無駄な知識があるんだよと思ったが、ゲームならきっと父さんの仕業だろう。子守りと言いつつRPGを進める父と、それを俺と眺めるジグの光景は容易に想像が出来た。

 

 ちなみにだが、ゲームやアニメ等の現代ネタは俺に刺さる。話題共有が出来る人物が居ないので餓えているのだ。机の下からぽわ~んなんて効果音を付けながら大ジャンプされるだけでも笑いを堪えるのが本当に辛かった。

 

 暫くの間ジグルベインのくだらないネタにプルプルと震えて過ごした俺だが、流れが変わったのはジグが一発芸「壁尻」を披露した時である。

 

 壁から臀部を突き出す彼女。まぁ所謂壁にハマって動けない的なシュチエーション。

 いよいよネタ切れなのか、少しばかり下品な下ネタを混ぜてきたのだ。そこから面白い事を言ってくれればまだ笑えたのだけれど、魔王様は爆弾発言した。

 

(思い出すのう。お前さんの母君は男が壁にハマる絵を好んで描いておったな)

 

 一体しみじみと何を思い出しているのか。そもそも男が壁にハマってナニがどうなると言うのか。いや違う。母さんが、描いていた……だと。

 

「なんですと!?」

 

「何かまずかったか!?」

 

「あ、ごめん。進めて進めて」

 

 ええ。ただのアニオタだと思っていたのに腐っていたか。しかも18禁で自給自足するレベルの強者だと。まさか異世界で親の隠された一面を知ることになるなんて。

 

 15年良く隠し通したものだと思うが、普通両親の隠された秘密とかって実は伝説の勇者だったとかのイベントに使うべきではないのだろうか。

 まさか魔王に告発された事案が、フハハお前はゲーマーの父とアニオタの母の間に生まれた混血なのだと言われても残念すぎる。

 

 ジグルベインならフハハではなくカカカかな。ああ駄目だ思考が死んだらしい。俺は地球に帰ったときどんな顔で母さんと会えばいいのだろう。

 

「一体どうすればいいんだ」

 

「何か問題でも?」

 

「ごめん……進めて」

 

 話の内容など、耳に入るわけが無かった。

 思春期は男の子だってデリケートなのである。

 

 

 ほとんど参加出来なかったが、楽しい悪だくみは無事に出来たらしい。

 俺はアトミスさんに少し身体を動かすのに付き合えよと誘われて、騎士団の訓練場まで足を運んでいた。

 

「いいんですかねぇ。置いて来ちゃって」

 

 思い出すのは解散する時にじゃあ家に帰ろうかと言われて埴輪の様に硬直する魔女の姿。

 家出の件を仲直りしたならば、自宅に連れ帰られるのは当然だ。イグニスは道連れにしようと俺に手を伸ばした。

 

 言い分としては「ツカサを一人にしたら可哀そうだから」だが本音は、味方が欲しいあわよくば盾にしたいだ。

 

 イグニスのそんな期待を粉々にする様に、妖女は俺の肩を引き寄せて。「ハッハー残念だが少年は借りるぞ。ちゃんと客として扱うから安心しろ」と言い、魔女にフグに似た膨れ面を披露させた。

 

「あれは少し腹を割って家族と話したほうがいい。そうは思わないかい?」

 

 そうですね。俺も人の事は言えないけれど、確かにあいつは言葉が少ないのかも知れない。ふっと優し気な笑みを浮かべる紫の妖女は、だが目に生気を感じさせなかった。

 

「本音はなんですか?」

 

「いや、イグニスの為は本音だよ。それはそれとして、私にも味方が欲しかったのさ」

 

 訓練場の地面には一人の少女が倒れていた。土に塗れようとなお輝く金色の髪は、見間違えるはずもないフィーネちゃんの。勇者のものだ。なにやら南で奮闘し成果を上げて凱旋した英雄が、ぼろ雑巾のように成り果て倒れている。

 

 恐らくはアレが俺たちの未来なのだろう。俺と出会った時よりも一層に強くなっただろう勇者を相手取り、なおも揚揚と肩を回す剣鬼がいた。

 

「どっちが良かった少年?」

 

 イグニス家に招待され魔女の盾代わりにお父さんとお母さんの相手をさせられるか、アトミス家に残り滾る鬼の供物にされるか。とても酷い二択だと思う。

 

「どっちも嫌ですねー」

 

「そうか。それもそうだな」

 

 うふふと笑う俺たちは死んだ魚よりもなお濁った虚ろな目をしていた。

 金髪金眼の騎士が元気良く行きますねと叫ぶ。来ないでー!!

 

 

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