ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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97 沈んだ太陽

 

 

 ラウトゥーラの森の中心部には一本の剣があった。

 

 直径30キロにも及ぶ巨大なクレーターを作ったソレは、果たしていかな衝撃でこの地に降り注いだのか。

 

 幾つもの岩盤を貫きなお不壊の。水底に沈みなお輝きを失わず。悠久の時を超えて今もなお直立しつ続ける様は、まさに神秘としか言いようが無い。

 

 とりあえずだ、冒険に行った先でそんな伝説の剣が地面に突き刺さっていたとしよう。

 抜くだろう。常識である。むしろ抜かないのなんて無作法ではないだろうか。

 

「フィーネちゃん頼むよー挑戦させてよー!」

 

(儂もアレ欲しいー!)

 

「そうだよ! あの剣は俺に引き抜かれるのを待ってるんだ!」

 

「落ち着こうね二人とも」

 

「だいたい君ら、アレをどうやって引き抜くつもりだよ」

 

 冷静になれと魔女に額を小突かれて、渋々に周囲を観察する。

 クレーターの中心地近くは地下水が溜まり結構な面積が水没している。水深は2~3メートルくらいだろうか。そんなに深くはない。水に淀みがないおかげで底までハッキリと目視が出来て、水中には大量の倒木が確認できた。

 

 今はまさに湖の上に居るという状態なのだが、巨木の根がつくる足場は水上でも不便しない程度に張り巡っている。おかげで何とかこの中心地まで歩いてこれた訳だが、やはりどうしても目を惹くのは聖剣だ。

 

 さながらに太陽を思わせる光度で発光する一振りは、日の届かない森の中、更には水底に没しているというのに、周囲を晴天の下と間違う明るさで照らし上げていた。

 

 不思議なのがそんな強烈な光だと言うのに、直視しても目が痛くない事だ。眩しいと思いこそすれ、目を逸らしたくはない。まるで優しさに包まれているという安心感すら覚えるのである。

 

「確かに力技じゃあちょっと厳しそうよね」

 

 引き抜くうえでの問題点とすれば、剣の柄から伸びる樹木だろうか。

 この森の木は大概に成長がおかしく、樹高は100メートルを超えている。しかし一本だけ周囲を嘲笑うかの如く抜きんでた大きさの樹木がある。

 

 聖剣から生える、その一本だ。

 さながらに高層ビルを爪楊枝が支えている様な、なんとも奇妙な光景であるが、剣を地から抜くとなれば、上に圧し掛かるそれを無視する事はできまい。

 

「……柄の生え際で斬るとか?」

 

「押せば倒せるじゃねえか?」

 

「よし、水に飛び込んで頭冷やせ馬鹿共」

 

 魔女は言う。そもそも上にあんな重量物が乗ったら剣は地面に埋まっていると。

 ならばあの剣には何かしらの仕掛けがあると見て間違い無いのだろうと。

 

「考えてみて欲しいの。私達が三日でたどり着けた場所が、なんで人類未踏なんだろう」

 

 勇者はたどり着けた事にこそ警戒しろという。

 言われてみればそうだ。環境は劣悪、魔獣も強力。しかし俺たちは着いてしまった。

 

 果たして過去の探検家は本当に到達出来なかったのだろうか。

 いや、森の直径は30キロ。いくら勇者一行が優秀な人材達とはいえ、迷いながらに三日で踏破出来る距離を、プロフェッショル達が時間を掛けて踏破出来ぬ理由がない。

 

「……」

 

 そうか。ならば帰還しない者達もこの光景を見たと考えていい。そして一様にあの剣を取りに向かったのではないか。

 

 さながらに誘蛾灯である。人類未踏の地の制覇という偉業。持ち帰るは失われし聖剣。その甘い栄光にふらりふらりと誘われたのだ。まさに行きはよいよい帰りは怖いという奴か。

 

「全滅した理由が、剣を取ろうとしたからだって言うの?」

 

「剣と断言はしないけど、何かしらの脅威があるって話はしたよね」

 

 う。確かにそんな話もした。

 中心部の異常性も、狭い探索範囲に関わらず帰還者が居ない不自然さも事前に聞かされていたのだ。イグニスの言う通り一度頭を冷やしたほうがいいらしい。冒険は家に帰るまでが冒険だ。

 

「じゃあどうするってんだ? このまま帰って、中心には剣がありましたーって報告だけすんのか?」

 

「そうね。確かに見ているだけだと埒が明かないわね」

 

 剣士と僧侶が勇者に判断を求める。二人の視線を受けたフィーネちゃんは、根の先端にしゃがみ込み、水中に沈む剣を眺めながら魔女の名を呼ぶ。

 

 イグニス、魔法の反応はどうか。騒ぐ俺たちを諭す時の優しい声色とは違い、一行の長として発せられた言葉は張り詰めた弦楽器の様に固く、しかし場に響く。

 

 指名された魔法使いは、勇者の意を汲むべく、やはり真面目な声で一言告げた。わからん、と。ズッコケかけた。

 

「分からんってアンタねぇ! それでも魔法使いなわけ!?」

 

「しょうがないだろー! 分からないんだからさ!」

 

 なんでも魔力の反応が大きすぎて細かな流れが理解出来ないらしい。

 でも、と。深く帽子を被った魔女は専門家としての意見を続ける。

 

「これだけは言えるよ。確実に弄られている。状態が不自然だ」

 

 魔力を秘める物質は珍しくはない。それこそ魔石や魔木など周囲には沢山あるので、剣にしても蓄えている量が尋常ではない事を除けば普通らしい。

 

 では普通ではない状態は何か、そう発光だ。あの剣は魔力を放出している状態にあるのだと。それこそ土地全体を染め上げる程に駄々洩れなのだそうだ。

 

「……つまり?」

 

「少しは考えてごらん。と、言いたいとこだが、今はまぁいいか」

 

 イグニスはぴっと指を立てて言う。先ほども少し話題にあがったが、なぜあの状態で剣が立っていられるのかだそうだ。

 

 重いものが上に乗れば沈む。それは当然の事。なら下はどうかと。ただの地面、いやもしかしたら水底だけに泥という可能性だってある。とても耐えられる訳が無い。

 

 その言葉を聞いて、フィーネちゃんは何か閃いた様に顔を上げて魔女を見る。

 

「あの剣は浮いている。周囲には保護壁みたいな物があるんだね」

 

 剣が極光を放出する理由は身を守るためだという勇者の台詞に、良くできましたと魔女が赤い瞳を歪ませる。改めて悲哀の眼で剣に視線をなげる勇者を見て、守るとは一体何からかと自分も頭を働かせて思考した。

 

「そっかじゃあ敵は」

 

(おお、あの樹であるか)

 

 言動を繋ぎ合わせれば自然と見えてくる。

 非常識な森の中だからこそ違和感が無かったが、しかしそう。常識で考えれば、剣から樹が生えているのなんて異常でしか無いではないか。

 

 あの剣は上に圧し掛かる巨大樹に襲われているのだ。

 剣は魔力を盾にして、潰されぬか取り込まれぬ様に、必死に魔力で抵抗をしている。そして樹は出される魔力を餌にして、一本だけ異常な成長を遂げたのではないだろうか。

 

「試して見れば分りますね」

 

 剣を抜き放った勇者が腰溜めに構える。

 バチリと刃に走る紫電は魔法のものか。雷が刀身を包み、その一閃は空気を焦がす。

 

 巨大樹までの距離はおよそ20メートル。剣の一振りなど届くべくもないが、雷が走るには造作なく。剣を振り終わった、そう思った時には、斬撃もまた終えていた。

 

 鼓膜を叩く轟音はまさに雷鳴の。指向性を持った雷を敢えて呼ぶなら刺電とでも名づけようか。音を超え飛来する電気の刃は激しい稲光を纏い標的を穿つ。

 

「おいおいおい。マジかよ」

 

「っこりゃまた罰当たりね」

 

 さすがに天まで伸びる大樹。フィーネちゃんの一撃は多少の凹みをつけるが、摩天楼にはかすり傷もいいところか。しかし確実に傷は付けていて、木肌が弾け飛んだ部分からソレは覗いた。

 

 樹木の傷口からは、まるで生き物の様に赤い液体が流れ出た。相手は樹木である。血が流れるているわけではない。それは半分正解で、半分間違いだった。

 

 例えば蚊を腹一杯に血液を溜めた状態で潰して、予想外に血が付いた事はないだろうか。

 そう、自身の血でなくとも、他者の血を啜るならば、あるいは木であろうと血を流す。

 

 ボタボタと垂れる赤黒い液体は、神聖とすら感じたこの場所において余りに不釣り合いで。ポチャリポチャリと透明な湖に滴るたびに濁る水は、まるで聖域を侵される様に感じた。

 

 そして何よりも嫌悪するのが、赤の下に埋もれていた白である。

 樹皮の下には髑髏が敷き詰められていた。形状からして人間も魔獣もお構い無しに血と肉を溶かされ、余った骨が皮下に貯めこまれている。

 

 木の繊維に絡めとられ連なる無数の白骨は、単に消化が出来なかったのか。

 けれど敷き詰められ飾られる様にも見える遺体は、勲章かトロフィーにも見えて悪趣味極まりがない。

 

 その数は数十。いや見えるだけでこれなのだ。木の大きさを考えれば、もはや天文学的な数字に至るのかも知れない。

 

『痛たーい!何するのーもう!』 

 

 あまりに邪悪な光景に一同で息を呑んでいれば、なんとも場の空気にそぐわぬ間延びした声が響く。出所を探せば、ヴァンがあれだと顎で頭上を指し示し、節穴が∵の様に並び顔の様な模様を作っているではないか。

 

「え? 木に発声器官とかあるの?」

 

「あるわけないだろ。木人か、はたまた木精か」

 

「とりあえず、意思の疎通は出来るのかな……」

 

 こちらの思惑を他所に、巨大樹は節穴からノイズまみれのスピーカーの様な声を垂れ流した。咀嚼音にも似た不愉快な声は木の繊維でも弾いて音を出しているのだろうか。一昔前の合成音声じみた無機質なものだ。

 

『死ね。シネ、しね、死ね死ね死ね死ね!』

 

『これを見た生き物を私は許さない。この剣を取る者をこの森は許さない』

 

『死ね!』

 

 内容は会話を拒み、相互理解すらも拒むもの。言い終わると同時くらいに、周囲ではドスンドスンと地響きが起こり。されど警戒するも異変は無い。

 

「一体何が?」

 

「……封鎖されたね」

 

 一見では分らぬも、フィーネちゃんに上を見てみろと言われて理解をする。

 あるいはここが青空であれば、空が闇に覆われていく様で気づけたのだろう。しかし生憎に空は暗闇で、太陽は湖に沈んでいる。気づかぬ俺が鈍いわけではない。

 

 巨大樹はあろう事か、はるか上空から枝を地に下ろし壁を構築したのだ。

 大きすぎる故に手が囲む範囲も広いが、逃がさないという宣言の通りに檻に閉じ込められてしまったらしい。

 

「フィーネ、どうする!?」

 

 双剣の剣士はシャラリと剣を抜き放ち勇者の合図を待った。

 僧侶は魔女を背に庇い、パキポキと拳を鳴らす。魔女は真ん中にて杖を構え、俺もすでに黒剣を引き抜いた。

 

 勇者一行は狭い木の根を足場に円陣を組み、とっくに戦闘態勢。

 最奥まで来て逃げる柄でもなければ、逃げ道だって奪われた。あとはそう、勇者の鶴の一声を待つだけで。

 

 皆の信頼を視線に乗せられ、それを受け止めたフィーネちゃんは、無言でこくりを頷き、剣に雷を纏わせ魔樹に吠える。

 

「敵性行為を確認。交渉は不可。総員戦闘準備! 勇者の名の下に、排除します!」

 

「「「「応!!」」」」

 

 ここに人類未踏が牙を向く。

 

 

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