ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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99 物は試し

 

 

 唖然というのはこの事だろう。

 触手を3本破壊して、何とかこの巨大樹とも戦えそうだと光明が見えた時、相手は聖剣から魔力を吸い上げ全快してみせたのだ。

 

 その行為の意味する所は非常に大きい。

 つまり、アイツを倒すには一撃で決めなければならないと判明したのである。

 

 その時の俺の心境が伝わるだろうか。

 例えるならば、レイドボスを一撃で仕留めろと言われた様なそんな理不尽さを覚え。

 次には一体どうやってと、言葉を失う程にただただ相手を眺めた。

 

 上向けば果ての知れぬ天高くそびえる摩天楼。高さを維持する幹も相応に太く、直径は30メートルで収まるかどうか。

 

 勇者の一撃をもってして軽く凹む程度の頑丈さに加え、本体を守護する電車の様な触手が12本。おまけに魔力タンク代わりの聖剣はもう何百年と魔力を垂れ流しなおも貯蔵量の底など見えはしない。

 

 本当に一体どうやって倒せば……。円周率を延々と求める様な終わらぬ思考に飲まれかけた所で、俺を現実に引き戻したのは、額を弾く魔女の白指だった。

 

 ハッと抱きかかえる少女に視線を落とせば、諦めるなんてまだ早いだろうと言わんばかりに真っ赤な瞳が訴えていて。

 

「こら足。君に固まられると困るんだが?」

 

「ごめんよ頭。大丈夫、イグニスだけは意地でも守るから」

 

 んと短く呟いた魔女は、激しくなる戦いを予想したのか、しがみつく手に若干力が籠る。

 些細な事だが、命を預かっているという実感は一層に増して、俺もけして傷つけはさせぬと腕の中の少女を強く抱きしめた返した。

 

「でもフィーネ。実際厄介よ。どうすんのアレ?」

 

「おお。木こりの真似事が通じないんじゃ厳しいな」

 

 実際に根を打倒した僧侶と剣士だからこそ、より脅威の判定も正確になるのだろう。

 二人共に揃って到底一撃で倒す事は出来ないと答えを出し、判断を勇者に問う。

 

「最悪はマキナ(勇者の力)を使います。でも、その前にもう少し様子見かな」

 

 なんと勇者はアレを倒しきる火力のアテがある言う。

 マキナ。その名は確か、劇で見た勇者が振るうという終焉の力。かの魔王カオス・ジグルベインさえも撃破したと言われる力だ。

 

(儂は負けとらんが、そうさな。たかだか木くらいは余裕で吹き飛ばすじゃろうな。じゃが……)

 

「それは最終手段だな。相手が剣と繋がってるなら剣ごと消失してしまうだろう」

 

 イグニスの台詞にこくりと頷くフィーネちゃん。まさか心配事が過剰殺傷(オーバーキル)だとは冗談にもほどがある。

 

「ツカサくん、イグニスを連れて根の届かない場所に。イグニスは適度に援護をお願い」

 

 くれぐれも魔法に巻き込まない様にと念を押すフィーネちゃんの目は笑っていない。

先ほどの馬鹿みたいな火力を見た後でというのも勿論あるのだろうが、それ以上にコイツには前科が沢山あるからだ。

 

「カノン、ヴァン。悪いけど私と前線に。まずは回復能力に上限がないか本気で叩いてみましょう」

 

 勇者の指示に迷う事なく応と返答する猛者達。

 俺は回復に上限がないと思ったが、それさえも確かめて見なければ分からないと挑む姿勢のなんて勇ましい事。

 

 どのくらいの規模を修復できるのか。どのくらいの頻度で回復できるのか。回数に制限は本当にないのか。言われてみればたった一回で決めつけるのは早計だ。

 

「よっしゃ。そうと決まれば次は砕いて見せるわ!」

 

「コイツは本当にやりそうなのがな……ま、俺も負けねぇけどよ」

 

 蠢く根を掻い潜り切りつける剣士。ヴァンの様に水面は走れぬのか相手の根を足場に跳躍し、勢いのままに回し蹴りを叩きつける僧侶。

 

 巨樹が揺れたとさえ思える威力は戦意に微塵の曇りも感じさせず、むしろ内の闘志に火さえも灯す。

 

 なんて勇猛果敢という言葉が似あう人達だろうか。俺も魔女を守れという指示が無かったら共に肩を並べ剣を振るいたかったところだ。

 

「……妙だな」

 

 フィーネちゃんも前線に加わろうという所で魔女が呟く。その声を聴き、駆け出そうとした勇者は足を止めた。

 

「何か違和感が?」

 

「ああ。つまらない事なんだけどさ、死ね死ねと言うわりには攻撃が受動的じゃないか?」

 

 初撃はフィーネちゃんが当てた。それから敵意を見せた。

 次にヴァンが切りつけて、ヴァンが的にされた。

 今も根の攻撃に晒されているのは近場で戦う剣士と僧侶で、こちらには流れ弾が時折飛んでくる程度だ。

 

「顔らしいものがあるから勘違いしたけど、アイツ、本当に見えているのかな?」

 

「……! いいね。そのまま観察をお願い。カノンじゃないけど、私も勇者として舐められちゃいけないからね」

 

 これが勇者の本気の戦闘態勢なのか。【絶界】と囁き雷をその身に纏う勇ましき者。

 師匠のアルスさんを風神と称すなら、さながらに此方は雷神だ。

 

 視界から音すらも置き去りに消えて見せる俊足。現れた先は踊り狂う触手の上で、黄雷と共に放たれた一閃は、軽々と根を両断して見せて。

 

「すげぇ。もしかしてフィーネちゃんならいけるんじゃ……」

 

「あの力はそう長くは持たないよ。完全に制御するアルス様がおかしいんだ」

 

 剣士と僧侶の戦う前線に勇者が加わるも、戦況は一進一退だった。

 みな触手こそ破壊できるが、やはり本体は根以上に分厚く、太さに比例する様に頑丈である。

 

 幾ら切り下しても無尽蔵と思える程に触手は再生を繰り返し、積み重なる残骸は倒壊したビルの群れを思わせて。湖の神秘的な光景はどこへやら、木から零れる血液が水を真っ赤に染め上げたせいで、デストピアを連想する地獄的な景色だ。

 

「……やはり変だな」

 

 魔女が注目したのは巨大樹の再生速度。

 植物が成長促進の魔法などで過成長できるのは構造的な問題らしい。いわば植物には主要な臓器というものが無いのだ。

 

 言われてみて、ああと思う。動物は肉があり骨があり内蔵がある。

 対して植物はどうだろう。どこまでも繊維だ。その単純な構造故か、挿し木と言う枝を植えて増やすという方法まである程だ。

 

 なら巨大樹はどうか。

 触手を自在に動かす。その時点で大分現実離れしているのだが、まぁ魔力のある世界だ。

 繊維を伸縮するなりして筋肉のように動かすならば構造は動物に近いのではないか。

 

 敵が喋った時に発声器官の存在を疑ったが、動かす、意思疎通が出来る。ならば、それを司る脳がなければおかしいのである。

 

「アイツは、痛いと言ったよな?」

 

「うん。言ったね。うん?」

 

 そうか痛覚。つまり触覚。根を触手のように動かすだけではない。そこには感触を感じ取る神経さえも通っているということではないか。これはもう確定的な情報だと思う。この木には急所になりうる内蔵が存在するのだ。

 

「しかし、根はいくらでも生え変わる。これは一体……?」

 

 俺に体を預けているせいか、魔女は存分に思考の海に沈む。

 けれどもそんな無限再生する生物を相手するこちらは人間だ。力を振るえば振るうほどに消耗もする。

 

 そもそもに遅いとは言え12本の根で繰り出される多重攻撃を避けるのは容易ではなく、度々にイグニスが援護を入れるがいずれ限度はくる。

 

 最初の攻撃を食らったのはカノンさんだった。

 なかば理解していた事だが、総重量何百トンと思われる触手の一振りは当たるだけで絶命しかねぬ暴力だ。

 

 その光景まさしく交通事故。人体が容易く宙を舞い、途方もない勢いで水面に叩きつけられて。

  

「カノンさん!?」

 

 五体はなんとか満足か。けれど力なく水に浮かぶ姿は意識が飛んだのだろう。次に攻撃を受けては一溜りもあるまい。

 

 叫び思わず駆け出しそうになるが、足を留めさせたのは他でもない僧侶だった。

 大丈夫だとばかりに右手をひらひらと振るい健在をアピールしている。見れば身体には淡い光を纏って居て、どうやら自身の神聖術で回復をしているようだ。

 

「なるほど。なるほどね! フィーネ! カノンを回収して一旦集まれ!」

 

 今ので何を理解したのかイグニスは声を張り集合を掛ける。

 再びにずぶ濡れになったカノンさんは、如何にも不機嫌そうに魔女に詰め寄った。もしかして、攻撃を食らった事より濡れた事に怒っているのだろうか。

 

「で、アイツぶっ飛ばす方法は分かったの?」

 

「さぁそれはまだ分からない」

 

 不可解なのは絶好の攻撃の機会だったカノンさんに追撃をしなかった事。 

 やはり相手は見えていないのだと結論をづけて。

 

 思えば会話も噛み合っていなかったよねと続ける魔女に、ピンときたのかフィーネちゃんはそういう事かと上を見る。

 

 見えてはいない。こちらの声だって遠すぎてロクに聞こえてはいないだろう。

 俺たちがチマチマと戦っていたのは、根。そう根なのだ。いわば本当に末端に過ぎない存在で、植物的には幾らでも生え生やせる部分だと。

 

 ならば肝心の臓器はどこかと言えば、根が足ならば頭部は頭上。相手は最初から俺たちなんて眼中にもなかったのである。

 

「【夜空を照らすは月なれど、青空を照らすは陽に在らず】【海を飲み干す小さな小人】【大地を溶かす一途な涙】【空を染めるは我が想い】」 

 

 ものは試しさと、魔女は自身の最大火力をぶつけてやろうと悪い笑顔で詠唱を始める。

 それはかつて一度だけ見た、父渾身の一撃を破ったあの魔法。

 深き木に覆われて頭上に光は届かぬが、今頃空には第二の太陽が出現している頃であろうか。

 

『何!? 何これ!? 熱いよ! 止めろ、止めろよー!』

 

 回答とも呼べる悲鳴が木から発せられた。

 余裕の無い緊迫した声に皆頭上を眺めニヨニヨとする。

 詠唱を終え魔法を完成させた魔女は俺の腕の中で力尽きて、異変は起こった。

 

 太陽が落ちてくる。円を形成しているのは風なのか、暴風が木を焼き払いながら熱を地上まで届けた。葉は元より生木さえいとも簡単に燃やし尽くすはいかな温度か。炭になった巨大な倒木がゴソリゴソリと落ちては湖で煙を立てた。

 

「なんつー威力だよ」

 

 地上にまでは落とされ無かった魔法だが、巨大樹の周囲を完全に焼き払い、森の天井に穴が開く。久しぶりに浴びる天然の日差しがなんともに暖かいが、すぐさまに陽は陰ってしまった。

 

 木が体を反らし、コチラを覗き込んだのだ。

 今度は節穴のようなお粗末な顔ではない。ギロリと動く眼球がある。鼻はさすがに飾りだろうが、感情を十分に表す口もあり。

 

 頭を禿げにされたからか、それとも単純に熱かったのか。人面樹はなんともわかり易い怒りの表情をしていた。

 

「おや、仕留めきれなかったか残念だ」

 

「でも、やっと同じ土俵に立てたかな?」

 

『殺す殺す。殺してやるー!』

 

 どうやら俺たちの戦いはまだこれかららしい。

 

 

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