僕は一冊の本に手を伸ばした   作:我、匿名希望

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牛歩のように書き進めるといっても限度がありました。不定期更新の極みすぎて自己嫌悪が少々。お分かりかと思いますが、ストックなんてものはありません。あるのは申し訳程度のプロットだけなんです。


ラクサスvs.アルバス

 始まりは教会を横断する一筋の閃光。あ、と思う間にラクサスは己の眼前まで肉薄していた。脳を揺らす衝撃と明滅する視界。気が付けばまともな防御姿勢を取る暇もなく、僕の身体は宙に浮いていた。くるくると視界が回る。上体を戻し、姿勢を整え着地。追撃を警戒し、視線を戻すものの、既に彼の姿はそこにはなく。

 

 首筋にちりりと電流が走った。咄嗟に腕を組み、地を蹴る。直後、物凄い勢いで魔導四輪が突っ込んできた。否、それほどの速さと重さを両立した右脚。攻撃を予感し、後ろに飛び退く事で衝撃を逃がして尚、有り余る威力に思わず歯を食いしばる。

 

「ぐ───ッ」

 

 靴底を擦り減らしながら制動を掛ける。自然、距離が開いた。一足の間合いより僅かに外。痺れの残る両腕と、受けの体勢では先手を取ることもままならず。

 

 荒れ狂う魔力の嵐に脳が今日一番の警鐘を鳴らした。

 

「雷竜の───」

 

 危機を察して、一息に蛇口を捻るように魔力を(おこ)す。身体中に流動する魔力。その勢いのまま強引に、未だ言うことを聞かない両腕に叱咤を掛けて。

 

 直後、彼の口内を迸る雷が堪えきれぬとばかりに開放された。

 

「───咆哮───ッ!」

 

 咆哮(ブレス)。それは生態系の頂点を戴く竜の、竜たる所以。万物を破壊せし圧倒的な暴力。黄金色に輝くそれが教会の床を削り取りながら僕を飲み込まんと迫る。

 その流麗な一連の流れに、堪えきれず笑みが零れた。既に回避行動をとる余裕はなく、故に、一歩踏み込んで迎え撃つ。

 

 弓の様に引き絞られた右腕は、既に空腹に唸る獣が如く放たれる時を待っていた。

 

「───顕王の戴冠(エル・ドラード)!!」

 

 銅鑼を盛大に打ち鳴らしたような、芯まで響く衝撃。大量の窓ガラスが割れる音が辛うじて耳に届いた。直後、至近距離で衝突した魔力の塊が、瞬き程の間、全ての音を奪い去る。視界が白く煙り、行き場を失った魔力の奔流が教会を大きく揺らした。

 

 

 

 

 その瞬間、尋常ものとは思えない魔力の衝突が(マグノリア)中を駆け抜けた。離れた場所にいるナツとエルザはほぼ同時にそれに気が付いた。震源地から離れているにも拘わらず、思わず全身に戦慄が走る濃紺な魔力の奔流、その居所。

 

「教会!?」/「カルディア大聖堂か!」

 

 並外れた魔力。ましてや、今この状況においてそれを成す人物など限られている。両者ともに弾かれたように駆けだす。終幕の時が刻一刻と近づいていた。

 

 

 

 捲り上がった大理石と、そこら中に散らばったガラスの破片。天井からぱらぱらと小石程の瓦礫が降り注ぐ。この街を象徴する、荘厳たる威容は今や見る影もなく。その光景を無感動に見つめながら、風圧に叩かれて乱れた髪、視界の邪魔をする瑠璃色のそれを指で掬う。

 

「───イイねぇ。やるじゃねぇか、アルバス」

 

 土煙で覆われた僕らの視界を、雷鳴で強引に拭って。間合いの内、不敵な笑みを浮かべるラクサスと目があった。

 

「まあ、開戦の狼煙には十分かもね」

「……ククッ、つくづく惜しいぜ。オレとお前がいればジジイを引きずり下ろすのも簡単だって言うのによ」

 

 心の裡に浮かび上がる言いようの得ない不快感。その驕慢な言動、猛禽のような瞳。そこに混ざる自分以外の他者に冷笑を浮かべるような態度が、どうにも気に入らなくて。

 

「───不愉快だね」

「あん?」

「やめなよ、自分以外の他者を嘲るようなその態度。虫唾が走る」

「───はッ、てめえの事情なんか知ったことか。不快ってんなら力づくで止めてみやがれッ!!」

「言われなくても───!」

 

 その言葉を合図に、殊更、ゆっくりと身体を傾ける。先のラクサスの動きを苛烈な雷と称するのなら、それは空を揺蕩う雲さながらに。すい、と滑るように静から動へ。然し、瞬きの内に一足の間合いを詰めるほどしなやかに。

 

「──────」

 

 足音一つ立てることなく駆ける。それは意識の間隙を縫う無音の体術。

 とはいえラクサスとの付き合いも長い。彼が虚を突かれた反応を示したのは一瞬で。その後、当然のように右脚を合わせてきた。空気を裂きながら、迫る雷の鞭。それを紙一重、するりと通り抜け、魔力の帯びた掌の土手で視界を叩く。

 衝撃。ラクサスの身体が天を仰いだ。がら空きになった懐。衝撃を肝臓目掛けて叩き込む。その頃には視界を叩いた腕は引き戻されており、ダメ押しとばかりに鳩尾へと捻じるように拳を叩き込んだ。

 

「グ、ォ」

 

 苦悶の呻きと共に、"く"の字へと曲がるラクサスの身体。そうして処刑を待つ罪人のように露となった背へ目掛けて、肘鉄を振り下ろした。

 

「───衝撃(エフェクト)

 

 淡々とした声色とは裏腹に響く、けたたましい轟音。教会の大理石が悲鳴を上げて、砕けた粉塵が宙を舞う。ラクサスの体躯が地に(くずお)れた。

 

 一瞬の静寂。その直後に背筋を走り抜ける、火花のような予感。その感覚に従い、今度は僕が天を振り仰ぐ。いつ刻まれたのか、そこには魔法陣が輝いていて。瞠目する僕を、鋭利な稲妻が貫いた。

 

「っぁ、ぐ」

 

 緊縮する身体。喉奥から苦悶の声が漏れる。その隙にラクサスは僕の足元から抜け出した。

 

「クハハ───ッ!。遊びの時間は終わりってかァ!アルバス!」

 

 手加減なしの衝撃を叩き込んだにも関わらず、寧ろ高揚した高笑いを浮かべながら、中空を縦横無尽に走る金の流星。並の魔導士であれば地に伏して尚、お釣りがくるような一撃を撃ち込んだつもりだったが、どうやら目に見えて堪えた様子はないらしい。

 

「チッ、相変わらずタフだな」

 

 その事実に一つ舌打ちを鳴らし、中空を自在に立ち回るラクサスを見やる。瞬きのうちに視界の端から端へ。金の尾を引きながら横断するその姿は、教会という閉鎖空間でありながら少しでも気を抜いてしまえば最後、その迅さ(はや)を再度捉えることは叶わないだろう。

 

 肉眼では捉えきれないその軌道を、推測交じりに追う最中、天井に着地した金色(こんじき)が陽炎のように揺らめいて。───来る。その信号が脳に到達する頃には既に身体は動いており、そのまま流星のように落下してきたラクサスの、隕石と見紛うほどの重さのそれを往なすように迎撃。

 即座に離脱しようとする腕を引っ付かみ、魔力の後押しに任せて半ば強引に引き寄せる。そのまま自らの得意な地上戦へ、付かず離れずの接近戦に縺れ込む。

 

 それは一瞬の油断も許されない鎬の削り合い。雷を纏う鋭い拳が頬を掠めて。その瞬間、パチンと意識が切り替わる。戦闘に必要ないリソースが廃棄されていき、その度に底の見えない水底へ、意識が没入していく。

 

「───ッ!」

 

 同時に心の底から浮かび上がる高揚感。時間を何倍にも凝縮したその一瞬、湧き上がる感情に身を任せたような、凄絶な笑みを浮かべるラクサスと目が合った。その瞳に映る僕も似たような表情を浮かべている気がして。

 

 

 だからこそ。その終わりがいつも以上に目に付いた。

 

 一瞬が何時間にも感じられるような密度。ふいに僕の一挙手一投足に注がれていたラクサスの視線が虚空に逃げた。反射的にその綻びへ向けて衝撃を叩き込む。ぐらり、と揺れる体躯。ラクサスはそのままくるりと反転し、その勢いを利用して裏拳を繰り出す。

 然し、その攻撃は僅かに上体を反らすだけで避けられる、何ともお粗末なもの。その様子は逸る気持ちがそのまま前面へと押し出されているような杜撰なものだった。言いようの得ない不快感が意図せず零れ落ちる。

 

「───まさか今更自分の行動に焦ってるなんて言わないよね!」

「ッ、黙れ!」

 

 豪、と唸る右脚。それを左腕を盾にし受け止めて、眉を顰める。気に入らない。明らかに精彩を欠いた、力任せなそれが全てを物語っていた。不安定な体勢となったラクサスへ何度目か分からない衝撃を叩き込む。

 咄嗟に腕を組み直撃は免れたようだが、その衝撃全てを片脚で受け止めることはできない。宙へ投げだされるラクサスの身体を、地を蹴って即座に追いかける。

 ラクサスの引き起こした行動の矛盾。それが今の彼の心境を如実に示していた。

 

「いい加減認めなよ、君が徒に人を傷つけられる人間じゃないことくらい知ってるさ!だから───」

「黙れぇええ───ッ!!」

 

 続く言葉は感情のままに振るわれた雷鳴に引き裂かれた。雷衣を纏ったラクサスの、猛り狂った雷撃。教会内を眩く照らすそれは、僕の視界を白く染め上げ、彼を中心に広がる衝撃波がこれ以上の進行を妨げる。

 

 眼窩の奥がじくじくと痛むのを隅へと追いやり瞼を上げる。未だ明滅する視界の中、朧気に映ったのは中空に身を躍らせた金色が流星となって落ちてくる様子だった。

 

「───オレはギルドを変えるッ!変えなくちゃ行けねぇんだッ!!!」

「ッ、どうしてそこまで!」

「気に入らねぇからだ!!耳に届くアイツ等の醜態、醜聞、そのすべてに───」

 

 二人だけの伽藍堂の空間に怒りの声が響く。それは長年燻っていた衝動。あの瞬きの瞬間、心の奥底へと沈んだ感情の発露だった。

 

「───オレは我慢ならねぇ!!」

 

 この戦闘を通して最も重く、痛み以上に鋭く心を打ち据える一撃。然しその威圧的な物言いとは裏腹に、その激情は木枯らしのような響きをはらんでいる気がした。

 

「……ッ。そういうことか」

 

 マスターの孫。どこまでもついて回るその鎖に彼は囚われていたのだ。それに薄々感づいていながら、そこから目を逸らした過去に唇を嚙み締める。

 

 本来、肩書きとはただの肩書きに過ぎず、そこに誇りこそあれどアクセサリーのように、簡単に付け外し出来るもの。然し、ラクサスは祖父を尊敬するが余りに、祖父の偉大さを知る度にそれを後生大事に抱えてしまって。そのくせ、そのフィルターを通して自分を見られることに苦痛を感じてしまう。

 

 そして紙面で妖精の尻尾(ギルド)の醜態を、酒場で醜聞を耳にするたびに、皆がその色眼鏡を通して観られている現状と、鎖で囚われている自分とが重なった。

 

 故に力を求めた。醜聞を超えて轟く、畏怖を求めた。

 

「……そうだね。───たかが血の繋がりだろう、とは僕には言えない」

「───ッ、どこほっつき歩いてたかも分からねぇ野郎が分かった風な口を利くんじゃねぇッ!!」

「分かるさ、これでも君と付き合い長いだろう」

 

 思ってもみないことを言われた。そんな様子でラクサスは動揺を露にした。掲げた手のひら、その歪んだ指先の隙間から覗く狼狽したその立ち姿は、烈火のようでいて、陽炎のようにも見えた。

 

 血縁とは目に見えない繋がり、自由に形を変える不定形な代物。時には、自分の立ち位置を確認するための楔になれば、歩き続けるための活力にもなる。然し一度拘泥されてしまえば、自分を縛る呪いにもなり得る厄介な代物。

 

 その見えない鎖、見えない重圧。その繋がりに押し潰されそうになって、立っている場所が曖昧になってしまう感覚を僕は知っていた。然し、だからといって仲間を傷つけ、無関係の住人に被害を及ぼしていいことにはならなくて。 

 

「そんな時───仲間が救ってくれたんだ。他ならぬ、君が」

「ッ、なにが言いてェ……!」

 

 何が言いたいか、それを具体的に伝える方法は僕にも分からない。けれどそんな時に背に感じる仲間の温もりが、家族の暖かさがどれだけ頼もしいか、僕は知っている。それをラクサスにも知ってほしいのだ。

 然し、言葉で伝えるにはあまりに遠く、語彙を尽くすにはあまりに遅くて。故に───万感の想いを込めて拳を握る。

 

「───それを叩き込んでやるよ、ラクサスッ!!」

「うるせぇ!テメェが邪魔だ、アルバスゥ───ッ!!」

 

 抱える感情のままに魔力栓をこじ開けた。湯水のように溢れ出た魔力は瞬く間に全身に満ちて僕の身体に全能感を宿らせる。

 そして大理石を踏み抜く竜如き威容を見据えて、弾丸のように飛び出した。

 

 一瞬が永遠の様に引き延ばされて。

 

 一息で詰められる間合い。煮え滾る互いの想いが交錯する瞬間、それは起こった。

 

 

『───ラクサス!!』

 

 

 耳に届いた第三者の声。驚いた様子で目を見開くラクサスを捉えて──────僕は敗北を悟った。

 

 予期せぬ来訪者。高らかに主張するその声が()()()()()()()()()()

 

 戦闘において背後から急襲されることは、限りなく敗北を意味する。故に背後に誰かが立ったときや、いきなり声を掛けられた時、僕の思考(リソース)は半ば反射的にそちらへと割かれる。

 僕のそれは一人で依頼に向かうことが多いからか、人一倍磨かれていて。幾度となく窮地を救ってきたその感覚は、今回もその力を遺憾なく発揮してしまった。

 

 背後へと否応なしに意識を持っていかれて尚、拳は止まることはなく。

 

(───っ、軽い───ッ!!)

 

 想いを乗せた拳は決め手にはならず、雷を纏った拳が迫る。直後、脳が揺さぶられたような衝撃。視界の端で火花が散って、宙へ吹き飛ばれた僕の視界はくるくると回る。

 

(──────嗚呼。届かなかった────)

 

 その最中、拳を振りぬいた状態のまま唖然とした表情を浮かべたラクサスが見えたような気がして。僕の意識は闇へと沈んだ。

 

 

 




衝撃(エフェクト)
 掌や脚に魔力を帯び、それを打撃の瞬間に爆発させることで、大きな破壊力を生み出す魔法。流麗な流れから放たれる弩級のそれは彼の持つ必殺の武器である。
 然し適正は低いため、彼の扱う衝撃は身に纏うことが精々で、それを放出することができない。

顕王の戴冠(エル・ドラード)
 中距離以上の攻撃手段に乏しかったアルバスが考案した脳筋戦法。空気をぶっ叩くことで疑似的に衝撃波を発生させる。但し、使用には湯水のように魔力を注ぐ必要がある。


BOF編は次話で終了予定。投稿期間が想定よりも空いたため、挟む予定だった幕間をカットしてブレインをぶん殴りに行きます。(本当にぶん殴るかは知らない)
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