星の旅 作:TT
ジョルノ・ジョバァーナはアメリカに住んでいる。
ただしくはアメリカに誘拐された、である。十年以上前の話だ。
実の父と父の部下と共に、エジプトの無駄に豪華な屋敷に住んでいたのだが誘拐されたのだ。それも父の友人と名乗る人物に誘拐されたのだから笑える話である。
実際のところその人物は本当に父親の友人であって、誘拐というよりは父親のジョルノに対する放置っぷりがひどかったので、ほとんど保護のような形でジョルノを引き取ったということだと聞いている。ただ、ジョルノの記憶が正しければほぼ夜逃げのようにこっそり屋敷から出てきたような有様だったので、誘拐と呼んだって大差はないだろう。
かといって攫われた側であるジョルノが父のことを恋しがる、というようなことはほとんどなかった。何せ、アメリカに渡ってから、実の父親は自分にも父の友人にも何もコンタクトをとってきたようではなかったし、赤の他人とすら言えるような立場であるのにめいっぱい自分を愛してくれる彼──ジョナサン・ジョースターのことを敬愛しないほどジョルノは感受性が悪い子どもではなかったので、ここまで十年、ジョルノはアメリカで暮らしてきたのだった。むしろ今後も居座る気満々なくらいにはジョナサンになついていたし、アメリカも気に入っていた。
ジョルノ・ジョバァーナには前世の記憶がある。
ギャングスターを夢見て、犠牲の上に夢を叶えて、街のために奔走した記憶だ。魂に付随したのか、スタンドであるゴールド・エクスペリエンスもまた共にある。
ただ、最期の記憶がない。
最期は大人しく老けていって緩やかな死を迎えたような気もするし、加速する時の世界でいつの間にか死んでいた気もするし、抗争の中急に死んだような気もする。やり残したことがたくさんあった気もするし、無かった気もするし、とにかくその辺りはひどく曖昧だ。
だが、二度目の生をおくっているということはジョルノは確実に一度は死んでいるのだ。
スタンド攻撃の結果こうなっているのか、だとかそういうことを考
えもしたが、十年と少しを過ごすうち、考えるだけ無駄ではないかということに思い当たってとりあえず二度目の生を謳歌している。
どうやら前の世と似たような世界であるらしい、というのはジョルノがジョナサンに連れられてアメリカに渡った時に確信したことだ。五歳になるまでをエジプトの館の中でほとんど外に出ることもなく過ごしたジョルノは、外に関しての情報をなかなか得ることができていなかった。
出してもらえなかったのもあるが、幼すぎる身でエジプトという国を出歩くにはちょっと危険であろうとジョルノは自分で判断して引きこもっていたので、それが原因だった。ゴールド・エクスペリエンスは以前と変わらぬ能力を誇っていたものの、レクイエムの方は矢がないためか発動しなかったし、大体、単体で館を出たとしてどこに向かうかもちょっと思いつかなかったのだ。
だって、2歳も半ばを過ぎた頃、こっそり部屋を抜け出して、偶然を装ってかけた国際電話はパッショーネに繋がらなかったのだから。
他にも覚えていた番号はそれこそ気に入りのリストランテに至るまで全て試したが、どれも繋がらなかった。ボスがこんなことになってしまったからパッショーネが潰れてしまったとかそういう話ではなくて、パッショーネ自体が最初から存在していないということにジョルノが気づくにはそう長い時間はかからなかった。
その事実に少なからずジョルノはショックを受けて、そこでやっと(生後二年少しの記憶がなく、ジョルノからすると、半年ほどでの期間で特に情報が与えられない中、幼児の体でそれに気づいたことになるので“やっと”と表記するのもおかしいが)、自分が幼児化させられて監禁されているだとかそういうことではなく、“今”が二度目、もしくはパラレルワールドである可能性に気づいた。
タイムスリップではあり得なかった。だって、この頃のジョルノは母と共に日本にいた。
さて、どうするのか。
ゴールド・エクスペリエンスと自分の頭と運を頼りに外に出てみようかとは考えたし、自分についている使用人のような男に何かしら注文をつけてみようかとも何度も考えた。
だが、ジョルノはそれをしなかった。
自分をここに置いているのが敵の可能性もまだ捨てきれなかったので、そうなると使用人かが敵に関連している可能性は非常に高かった。
もしくは二度目であったとして、3歳児が外を見たいなんて言うのかどうかジョルノは判断がつかなかった。そもそも3歳が喋れる年齢なのかすらも知らなかった。ので、ジョルノは一切喋っていない。また気味の悪いこどもだとか言われて殴られるのはまっぴらごめんだった。
じゃあどうする、と思って、ジョルノは逆に考えることにした。
いっそ、ひきこもっちゃってもいい、と。
自身がスタンドを使えることは親にも使用人の前でも注意深く隠すことだけは忘れず、後はちょっと根暗な感じで自身を抑えて、ついでに幼さも手伝えば引きこもりは完了である。
親だとか使用人だとかが心配して連れ出そうとするのではないか、外の空気を吸わせようとするのではないか、みたいなことをちょっぴり期待しての行動でもあったのだが、別にそんなことはなかった。
結局、引きこもった結果として前世と今生の整合性はあるのではないかとあたりをつけることくらいしかできなかった。今生の父が前世と同じくディオ・ブランドーだったのだ。それに気づいたのはジョルノ3歳半ばの時で、それまで意図的にする必要のなかった引きこもりをしたのもディオに初めて出会ったその時だった。
夜、ジョルノがベッドで寝転がってうとうとと微睡んでいると、いきなり部屋の扉が開いた。おや、とジョルノは思って、咄嗟に目を閉じて寝たふりをした。使用人ならいつもノックをしてから入ってきている。何より、何かがざわつくような感覚があった。体の奥の深いところ。血が燃え、騒ぐような感覚。例えば、まるで、血脈が鼓動を鳴らしているような。
静かに足音もたてずにそいつは入ってきて、ジョルノのベッドの横に立った。身を屈めてジョルノの顔を覗きこんでいる気配がして、ゆっくり、そいつの手がジョルノの頬に触れた。瞬間、ジョルノはぱちりと目を開いた。
暗所に慣れたジョルノの視界にうつったのは一人の男だった。
闇夜に輝く金髪に、艶かしく美しい白い肌、整った顔の造作はどこかジョルノに似ていて、鋭く光る瞳は血の赤色だった。
理解した。
かつて自分が持ち歩いた写真の被写体はこの男であったのだと。
この男はかつての父親であり、今生の父親でもあるのだと。
「ジョルノ」
名を呼ばれた、それだけでジョルノは震えた。
ジョルノ・ジョバァーナの知る前世の「父」という存在は自分に暴力を振るうようなろくでなしの養父で、実の父親はジョルノと接触する前に死んでいた。
前世で本当の父がいるということは知っていて、ジョルノはかつてそこに救いを求めたことがある。
ジョルノを人たらしめた“あの人”に出会うまでは、実の父親という伝聞と写真だけの薄っぺらな存在がヒーローだった。それ故に、ギャングスターを目指すことを決めてからも写真を肌身はなさず持ち歩くことはやめられなかった。
「ジョルノ」
ああ、名前を呼ばないでくれ。
僕の名前を呼ばないでくれ。
その手で僕の頬を撫でないでくれ。
そんな、慈しむような蔑むような、よくわからない瞳を僕に向けないでくれ。
「……ジョルノ?」
気づけばジョルノはぼろぼろと泣いていた。
前世越しの何もかもも含めて、ふぇえええだかひゃぁああだかうわぁあああだかなんだかよくわからない声をあげて泣いた。
視界がにじんで歪んで目の前の父が見えなくなってまた泣いて、見えなくなった視界からかつて幼かったころ放置された暗闇を思い出してまた泣いて、養父からの暴力を思い出してまた泣いて、成長して出会った困難を思い出して泣いて、さらには仲間の死まで思い出して泣いて、最後はもう何に泣きわめいているのかすらわからない状態で泣いた。精神年齢がまるごと体に見あったかのような泣き方をして、実際その通りだった。
その時のジョルノは三才の、何も知らないただ怯える子供だった。
泣きわめくジョルノを、浮遊感が襲った。無我夢中で何かにすがりついて、すがりついたものが暖かかったことでやっと父の手に抱き上げられたことに気づいて、また泣いた。
下ろされそうになった。また泣いた。いやいやと全力でしがみついた。再度抱き上げられてまた泣いた。引き離されそうになってまた父にしがみついた。
部屋からでそうな気配がして、また泣いた。
このまま外に出たら、捨てられるのではないかと思った。
泣いた。
泣いた。
泣いた。
泣いて泣いて泣いて父であるディオ・ブランドーにしがみついて泣いて泣いて、そして、ジョルノはその後を覚えていない。その後どころか、泣いてる最中のこともほとんど覚えていない。
恐らく子供らしく泣き喚いたから、子供らしく泣き疲れて寝てしまったのだろうと思う。目を覚ましたらいつもと変わらないベッドの上で、ただ泣き喚いた証拠のように瞳がひどく腫れぼったかった。
それからジョルノは、ディオ・ブランドーに会っていない。
ただ使用人の男が前よりジョルノに話しかけるようになって、部屋に少し玩具が増えた。
それだけだった。
後は全部全部、放って置かれた。
使用人風の男が以前より構うようになったとは言え、ジョルノは相変わらず素っ気ない態度、というか引きこもりであり続けていたからジョルノはやっぱり喋っていなかったし、そもそもジョルノに食事を与えるだけの少ない回数でしか、男はジョルノの部屋を訪れなかった。
正直ジョルノに前世の記憶がなかったらトイレトレーニングだとか、そういったものはどうしていたんだろうと思うほどのレベルで、ジョルノは放置されていた。オムツ時代のことはジョルノは覚えていない。自分で記憶から抹消しただけかもしれないが、どっちにしろ思い出したところでジョルノにとってはいいことなどないので無理に記憶を突っつくつもりもなかった。
あれ以来出会うことのない父に失望しなかったといえば嘘になる。
手を繋いで歩いたり、肩車してもらったり、悪いことをしたら目一杯叱ってくれたり、男の約束をしてみたり。そんな父親像をドラマや映画、通りすがりの親子から描いていたけれど。やっぱり自分にとっての父という存在はそんなものなのかと、かつてヒーロー視した男であってもそんなものだったのだと、ジョルノは父親へ抱いていた憧れも羨望もちょっとした希望もきっぱり捨てて、ディオ・ブランドーを切り捨てた。
その時点でジョルノはとても孤独になったが、前だって幼い時分はそんなものだった。
まあ、毎食きちんと食事が与えられるだけ前世よりはましだろうと、もう少し体が育ったら出ていってやろうと考えて、引きこもりでいることはそれなりに楽だったので続行することに決めた。
そんな決意のジョルノの前にあらわれたのがジョナサン・ジョースターだった。
救い主と簡単に呼ぶにはうますぎる話で、けれど彼はとても眩しく輝いて見えた。
彼には年の離れた妹と弟がいて、妹は七才でジョルノより年上で、弟の方は三才でジョルノより年下だった。ジョルノは当時五才だった。ジョナサンは二十二才だった。とんだ年の差兄弟だ、とジョルノはこっそり思って、口には出さなかった。
ジョナサンの親は父親がパイロットで母親はキャビンアテンダントだった。忙しく世界中を飛び回る二親はめったに自宅に帰ってくることはなく、ジョルノは数えるほどしか二人にあったことがない。
だから本来あの家庭で親の役をするべき大人はいなくて、その代わりはジョナサンとその彼女エリナ・ペンドルトンが務めていた。あの家庭に限って、ジョナサンは兄ではなく父親であった。まだ若いのに三人もの幼児を世話することは大変だったであろうに、それでもジョナサンは自分たちに弱ったところも何も見せずにただ「父親」であってくれた。エリナもまた同じく、自分の子どものように三人を愛した。
ジョナサンの妹の名はジョリーンといい、弟の名はジョニィといった。
ジョリーンは大人びた子どもであったが、少し喧嘩早過ぎるところがあるうえに肝が座りすぎていて、近所のガキ大将的存在として有名だった。彼女は一度本物の誘拐犯に遭遇したことがあるのだが、逆にぶちのめして警察まで引きずっていって突き出したという武勇伝をもっていて、いっそガキ大将というよりはちょっと神格化されたところがあった。ジョルノとジョニィに対しては基本的にいいお姉さんでいようとしてくれていて、余所者のようであったはずのジョルノのことですらジョリーンは大切にしてくれた。
それは、もしジョルノが誰かに庇われるような少年であったなら、きっとジョリーンは嬉々として自分を守ってくれただろう、と思えるほどだった。
ジョルノは容姿ゆえか、もしくは余所者であったのも原因か、チンピラのような悪ガキに絡まれることがそれなりにあったが、なんせ前世はギャングスターである。論破するなり機転をきかすなりちょっと拳に頼るなりして丁重にお帰りいただいて、それを後から聞きつけたジョリーンが「あたしの弟に何をする!」とさらに追撃にかかって悪ガキをぶちのめすという非常に悪ガキにとってはよろしくない悪循環になったりもした。最終的に何故かジョルノの舎弟的な立場になった者も多数いた。
結果ジョリーンとジョルノは「関わったらやべぇ姉弟」としてその一帯に名を轟かせていて、後にジョニィもそれに加わるのだがまぁそれはそれで置いておく。
ジョニィは生まれつき下半身不随でおまけにひどい癇癪持ちで、ことあるごとによく暴れてはよく泣いた。彼は一度だけ、どうして僕は二度も足が動かない絶望を味あわなくてはならないのか!と叫んで、ジョルノはそれを聞いて、なんとなく彼も二度目ではないのか、と思った。
一度ジョニィが寝ている間にジョルノのゴールド・エクスペリエンスでの治療を試みてみたものの、何故か何度やっても失敗してしまったので、それ以来ジョルノはただ彼に寄り添うように側にいて、ジョニィの暴れた後を片付けて、ジョニィの癇癪を聞くことだけをひたすら続けて、そうしているうちにジョニィはジョルノの言うことなら多少聞くようになって、頼るようになった。
それでも癇癪持ちなところは全く収まらなくて、そんなジョニィを救ったのはジョルノではなかった。
ジョルノ十才、ジョニィ八才のある日、ジョニィが一人で家から姿を消した。車椅子も消えていて、すわ誘拐かと大騒ぎになった。
昼ごろに発覚したジョニィ行方不明騒動は夜になっても終わらなかった。
それは、唐突に収束した。
みたこともない少年にジョニィは大人しく自分の車椅子を押させて、泣きながら笑って、帰ってきたのだ。特徴的な金歯を輝かせたその少年、当時十二才の彼の名はジャイロ・ツェペリといった。なんでもジョナサンの恩師の甥だとかで、身元の確認はすぐにとれたので、誘拐事件はジョニィのプチ家出と親切な少年におくってもらったという結末になって幕を閉じた。
その日以来、ジョニィはやたらとジャイロに構うようになって、酷い癇癪を起こすこともなくなった。ただ、よく笑うようになって、でも泣き虫は治らなかった。
ジョナサンは一発ジョニィを殴り飛ばして(本当にジョニィが宙を飛んだ。辛うじてジョリーンが受け止めたが、そうでなかったらジョニィはただではすまなかったかもしれない)、抱きしめて泣いて、いい人に出会えたねと言って笑って、ジョニィのジャイロとの交流を歓迎した。
兄弟としてジョリーンとジョルノとジョニィは一緒になって成長した。
成長する中で、ジョルノはずっと、頑なに自身のスタンド、ゴールド・エクスペリエンスの存在を隠した。人のいないところで呼び起こしては無意味に触れ合うことを繰り返してはいたものの、姉弟に自分のスタンドについても、過去についても語ることはなかった。
だって、ジョナサンがいた。
ジョナサンはまっとうに生きてまっとうにジョルノを愛し、まっとうにジョルノを育てようとしてくれた。ディオ・ブランドーと友人であったというのが不思議なくらいにまっとうで紳士な男だった。
そして、ジョルノが思い描いた父そのものでもあった。それに、ジョルノがどれだけ救われただろうか。
だから、この人に育ててもらったのだから、今生はまっとうに生きてみようとジョルノは思ったのだ。ゴールド・エクスペリエンスにあまり頼らず、自分の力で(ゴールド・エクスペリエンスも自分の力なのでこの表現もおかしいが)まっとうに大学まで行って就職して恩返ししようと思った。
一度だけ、ジョナサンの前でジョルノはゴールド・エクスペリエンスを発動した。ジョナサンはゴールド・エクスペリエンスが見えていなかった。
それで心が完全に決まった。
はずだった。
それがどうだ、今の惨状は。
「タスク!!!」
「オラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
見間違えでなければジョリーンから出たスタンド像がジョニィが放つ何かをひたすら弾いていた。よくよくみればジョニィの側にも小さいがスタンド像らしきものがある。
ジョルノは思わず天を仰いだ。
ジョニィも二度目なのではないかとは思っていた。ジョリーンももしかしたら、と思わせる素振りはあった。だが、二度目どころかスタンド使いでした、などよくある三文芝居のような結末ではないか。全く予測していなかったわけではないが、姉弟喧嘩真っ最中でそれが発覚するとはジョルノはあんまり思っていなかった。どうしてこうなった。
そもそもここは室内で、リビングである。
今の連射でエリナが丁寧に磨きあげた窓が砕けて、ジョリーンのスタンドが腕を振り回した余波で壁にかけてあった写真が吹っ飛んだ。皆で囲む机は既にジョリーンが盾として使ったのか穴だらけで端の方に転がっていて、椅子はとうに木片と化していた。カーテンは爆風だか何かでぶっ飛んでいて、窓辺に置いてあった鉢植えは砕けて庭に転がっていた。
ジョルノはその時、何か決定的なものが切れる音を聞いた。
具体的に言うと、堪忍袋の尾が切れる音が。
「チッ……ストーン・フリー!」
「あーもう糸とかめんどくさい…!タスク“Act2”!」
ジョリーンがスタンドごとジョニィに接近して、ジョニィはそれを迎え撃つ構えを取った。
ちょうど両者がぶつかりあうその寸前、ジョルノは砕けた椅子の破片を二人の真ん中に放り投げた。
「ゴールド・エクスペリエンスッ!」
木製の破片が急激に成長して蔦へと姿を変え、二人を押しとどめるようにその場に絡めとって縫いつけた。
「「!?」」
「正直僕の方が驚きたいんですがね……、ここがどこだかわかったなら、これ引っ込めてもらえます?」
ジョルノが油断なく出現させたゴールド・エクスペリエンスの後ろで糸で編まれた針が静止して、弾痕が渦を巻いて接近していた。
「えっ……えっ?ジョルノもなの?」
「これ…蔦か?くっそ、とれない!」
「僕は二度同じことを言うのは嫌いです。もう一回だけ言いますが、それを引っ込めてください。ここ、リビングなんですけど」
その時、ジョリーンとジョニィは微笑むジョルノの背後にゴールド・エクスペリエンスとスーツに身を包み微笑みつつブチギレるジョナサンの幻を見た。見間違いかと彼らは何度か目を瞬かせたが、やっぱりジョナサンの幻がジョルノの背後でにこにこと微笑んでいる。名付けるならゴッドファーザージョナサンだろうか。
ぶっちゃけて言おう。すごく怖かった。なんだろう、血が繋がっているのはジョリーンとジョニィの方でジョルノはつながっていやしないのに、ジョルノはジョナサンが怒り狂ったときと全く同じオーラでブチギレていた。そこにゴッドファーザーのオーラもプラスされているのでは恐ろしい以外の何者でもない。
一瞬で二人は発動していたスタンドを引っ込めて、蔦の絡んだ身体でどうにか正座ポーズをとった。
「この際スタンド使いだということにお互い言及するのは置いておくとして……。この、皆で食事をする場で、ジョナサンの家で、あんた方は何をやってるんです?」
正確にはジョナサンの家ではなく、ジョナサン及びジョリーンとジョニィの父親の家なのだが、さすがに二人はそこに突っ込む気はなかった。
「スタンドってやつは人間が素手で殴りあうより周囲への被害が大きいはずなんですがね?すぐに直せるってんなら結構ですが、見たところそういうスタンドでもなさそうだ。どう落とし前つけるつもりです?」
沈黙。
たっぷり時間をかけて威圧を放ち続けると、やがてジョニィが体を震わせた。
「そもそも、おまえがっ……」
「僕がなんですって?」
ジョニィが震える唇の隙間から押し出した言葉をジョルノは聞き逃さなかった。
「まさか原因が僕だと?」
はて、とジョルノは首をかしげた。
「確かに冷蔵庫に隠してあったふるえるぷるぷるプリンとゴルゴンゾーラ風味!チーズケーキを食べたのは僕ですが……、食い物の恨みは怖いと諺があるにしろ、食べ物が原因でここまでケンカするのはさすがに意地汚いと思いますよ」
「違うわ!っていうか食べたのあんただったの!?」
「ダイエット云々言ってるくせに買ってくる方が無駄なんで僕が食べました。そもそもダイエットしたいならその無駄に引き締まった筋肉を緩める方が体重落ちるんじゃないですか?チーズケーキはついでにいただいたようなものなので、ジョニィには今度同じものを差し上げます」
「怒りのやり場なくさせること言うのほんと得意だな!?チーズケーキは別にいいけどさぁ……そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「………お前、スタンド使えるんだよな」
「ええ」
頷いたジョルノの後ろでゴールド・エクスペリエンスが胸をはる。僕がジョルノのスタンドなのだと、誇らしげに。
苦々しい目でジョニィはジョルノを見上げた。
「記憶が云々言って心当たりがある感じ?」
「否定はしませんね」
「いつ思い出した?」
「2歳を過ぎたころ?」
「スティール・ボール・ランを知ってる?」
「…?知りません」
「前に生きた時代はいつだった?」
「1990年代から40歳そこらか90か、まぁ最期が曖昧なのでなんともわかりませんが……」
「うっわジョリーンと同年代……」
「会った記憶は僕にはありませんけど…ジョリーン?」
ゆっくり立ち上がったジョリーンが、一歩足を引いた。腰を沈めて、構えをとる。ジョルノがわずかに目を細めた。
「ねえ、あんた、前もDIOの息子だった?」
「………その通りですが」
その途端、一瞬にしてジョリーンの腕がばらけるように文字通りほどけて、ジョルノに襲いかかる。ジョルノは躊躇した。と、いうより動揺した。自分をあれほど可愛がっていた、姉の様な存在が自分を襲うのだ。肉親からの攻撃ほど、ジョルノにトラウマを与えるものはない。動揺をせずにはいられなかった。
「ジョリーン!!」
ジョルノの全身に糸が絡み付くその寸前、ジョニィがジョリーンに叫びながら飛び付いた。はからずともタックルをかまされたような形になったジョリーンは大きくよろめいて、結局ジョルノに糸は届かなかった。
「ちょっと!放しなさいよ!!」
「駄目だって!!仮にも弟だぞ!?」
「DIOの息子よ!?前世覚えてないならともかく、覚えてるなら話は別だわ…私も私の仲間もジョルノの兄弟達に攻撃されたし、出会ってないけどこいつがそれに加担してなかった可能性はない!何より私と私の父さんを殺したのはDIOの遺産よ!」
「知ってる!!僕が痛い目見せられたのだってDioだしディエゴ・ブランドーだ!でもやめろ!」
「なんで!」
「ジョルノの顔見てみろこの馬鹿姉貴!!」
ジョリーンはそこでやっとジョルノを真正面から見て、息をのんだ。かつてないほど傷ついた顔をして、かつてないほど泣きそうな顔をして、ジョルノは呆然と立っていた。
「あ……」
ゆっくりと、ジョルノが瞬きをして首を降り、顔をあげてゴールド・エクスペリエンスを引っ込めた。痛みを堪えた目をしていたが、どこか毅然とした表情になっていて、ジョリーンをしっかり見据えた。
そして、そっと両手を肩の上に上げる。ホールドアップ。降参の印だった。喋っても大丈夫か、とジョルノはジョリーンに目で問いかけた。ジョリーンは頷いた。ジョルノは口を開いた。
「前世の記憶は、言うものではないと思って誰にも話してきませんでした。スタンドも同じ理由で隠してきました。DIO……ディオ・ブランドーは確かに前世でも今生でも僕の父ですが、前世において、僕は会ったことがない。兄弟も、いるかもしれないとは思ってましたが存在を確認したことはないです。
引き継いだ力で夢を叶えたことは事実ですが、負の面まで引き継いだ人生はおくっていない、と僕個人としては思っています。ジョリーンとジョリーンの仲間への攻撃、及びジョリーンの親の殺害への関与に関しては……今のところ思い当たることはありませんが、広い意味では、否定ができません」
「おい!?」
ジョニィが慌てた声をあげて、ジョリーンを止める手を強くした。
違いますよ、とジョルノは薄く笑った。
「何せ前世じゃギャングの親玉やってましたので。僕が手にかけた人は山ほどいますし、僕の部下が手にかけた人も山ほどいますから」
「はぁ!?ギャングスター!?」
「15、あれ16だっけ?それくらいの時にちょっと組織に潜り込んで下克上してそれからずっと」
「………なんか色々言いたいことはあるけどまた後で聞かせろよ…」
「ええ。……ジョニィの話も、出来れば聞かせて下さい」
唇を噛み締めて話を聞いていたジョリーンは、やがてまっすぐジョルノを見つめた。
「いくつか聞かせて。エンリコ・プッチ、もしくは怪しい神父に心当たりは?」
「ないです」
「アメリカのフロリダ州に行ったことある?」
「………、ある、かもしれない?」
ふと、ジョルノは誰かを思い出しそうになっている、という錯覚に囚われた。むしろ、自分は何かに引き寄せられてフロリダにいって、何かの衝動にあらがいながら誰かに見守れて死んだのではないか、と。誰か、ではなく誰か達、だったのだろうか。いや、まず、ギャングスターになった時、その時自分と共にいたのは誰だったろうか?
そこで始めて、ジョルノは仲間の名前も顔も部下の顔も、かつて夢を追いかけた道中で死んだ誰かの顔も何もかも、覚えていないことに気づいた。
「おいジョルノ?顔が真っ青だぞ?」
「……いえ、」
もう一度ジョルノは大きく首を降った。
「フロリダへは、商談で一度行ったことがあります。その際に戦闘が起きた記憶はない」
「じゃあ、最後。時が加速したことを覚えてる?」
「時が加速…?心当たりないですね、時を飛ばすスタンドなら知ってますが」
「時を飛ば……何それブッ飛んでるわね」
思わずと言わんばかりにそんなことを言ったジョリーンは、ああ、と唸った。
DIOの息子。ジョルノがジョースター家にやってくるとき、一番反対したのはジョリーンだった。DIO本人の暴挙は聞かされていてよく知っていたし、DIOの息子に至っては殺しあった相手だった。DIOの息子が複数いたこともジョリーンは知っているし、その中にジョルノがいなかったかなんて知らないし、ジョルノが敵でなかった可能性の方がむしろ低いと思った。
ジョースター一族は関係性は違えど皆血縁者同士としてこの世に生を受けている。ブランドー一族に“あの”DIOの息子達が存在しないと思うのは甘い考えだろう。前世では一世紀以上もブランドーの因縁はジョースターにつきまとっていたし、今生でもそうでないとは言いきれないし、何よりそれを最後に全て背負ったジョースターはジョリーンなのだ。警戒しすぎることを異常というにはジョリーンの戦いは苛烈につきた。
今生においてのDIO…一応ディオ・ブランドーと名乗っているかの男は、生誕は確認されていたのだがしばらく行方不明で、彼が成人になる手前辺りでやっとSPW財団に捕捉された。
捕捉されて数年、石仮面も被っていないくせに吸血鬼化の片鱗を見せ始め、スタンドも使い始めた上どう見ても前世の因縁再現する気満々というかこいつ記憶あるわやだーな感じに成長してしまったため、その時点で改心させるというか性根を叩き直すというかぶっちゃけ殺すことも辞さない感じで波紋戦士一行(ジョナサン、トンペティ、ストレイツォ、ダイアー、ウィル・A・ツェペリ、ジョセフ、リサリサ、メッシーナ、ロギンズ、その他数名)と、当時幼かったがバリバリ記憶持ちで時止め可能だった承太郎、気化冷凍法対策にアヴドゥル、ついでにどこで見つけたのかジョセフが連れてきたスタンド“ザ・サン”の使い手が結集された。
スタンドの能力が発現したばかりで時を止める時間が1秒にも満たなかったDIOが、五秒は時を止めることの出来る承太郎に勝てる訳もなく、波紋戦士包囲網+アヴドゥル、太陽のスタンドであるザ・サンが大いに力を発揮し、その後主にジョナサン主導によるDIOフルボッコ大会が成された。
結果はというと、有り体な言葉で言うなら“改心”したということで、DIO抹殺までには至らず、DIOはそれ以来SPW財団提供の輸血パックを定期的に受けとることを条件にエジプトに引きこもっている。特に、悪事を働いている様子はない……らしい。
ジョリーンは前世の記憶も相成って意識はわりとはっきりしていた頃であったのだが、あまりにも幼すぎたし承太郎の様に明確にDIOに対抗できる術を持っているわけでもなかったので参戦はできなくて、だから、“DIOがどの程度改心したのか”とか、そもそも“DIOがどれほどの悪人なのか”すら本人に会ったことがないので、ジョースターを害しまくったという伝聞でしか判断できないでいた。当然ながら人として最底辺だし悪としてすらもどん底の最底評価になる。
ディオは角がとれたみたいだ、ある程度丸くなってたよ、まぁほっといてもしばらくは大丈夫じゃないかな。なんて言ったのがお人好しを×3くらいして被っているようなジョナサンだったことも手伝って、DIOという男の邪悪さはジョリーンの中では最底辺から動くことはなく、とにかくDIO=散滅すべしの図式を即座に組み立てる程度にはDIOのことを嫌っていたし、警戒していた。
さて、そんなところにDIOが自分の息子をうちへ養子にやるなんて話を聞いたらどうか。前世でジョースターの血をひいた人間が家族として集まっているこの家に、DIOの息子。
DIOが自分の息子を使って、なにかをしでかそうとしているのではないかと考えても、ジョリーンはきっとおかしくない。例えば、息子をスパイ代わりに使ってジョースター家を崩壊させようとしているだとか、息子自体が危険で来ることが害になるかも、だとか。
それでなくても前世の因縁を鑑みるなら“DIOの息子”というだけでもう嫌な予感がぷんぷんする。今生でもジョースターとブランドーの因縁に巻き込まれるだなんて真っ平ごめんだった。承太郎も反対していたそうだが、ジョリーンほど強く反対していたわけではなく、結局ジョナサンの強い希望でジョルノはジョースター家にやってくることになった。
ジョリーンは納得したわけではなかったけれど、FFだって最初は敵だったのだ。実際この目で人となりを見てちゃんと判断して、明らかに悪人というか何かを企んでいるようであれば、この手で排除するなりなんらかの理由で送り返してやろうと心に決めて、ジョリーンはジョナサンの連れてきたジョルノと出会った。
結果的に言うなら、ジョルノはジョリーンの想像の斜め上を越えていた。ジョルノはろくに喋れなかったし、読み書きも出来ていないような有り様だったのだ。
実際のところをいえば、五歳まで引きこもりを続け、そういやろくに言語教えてもらってないし読み書きも教わってないということに気づいたジョルノが慎重に喋れない演技と読み書きが出来ない演技を重ねていただけのことで、ジョリーンはそれを見破れなかったというだけのことなのだけれど、ジョリーンどころか他の人間もジョルノが演技していたことに気づけなかったのでジョリーンの判断力が鈍っていたというわけでは決してない。
だから、純粋にジョルノの演技をそのまま信じたジョリーンの心に浮かんだのはどちらかというと哀れみと慈しみの心だった。
DIOの息子というだけで決めつけすぎていた、ジョルノは、この子は、ジョースターと等しくDIOの被害者ではないか、と。
三歳のジョニィの癇癪をなだめている間、ジョルノは部屋の隅でぼうっと窓の外を眺めていることが多かった。ジョニィが落ち着いている間しか構ってやれなかったが、たくさん構ってたくさん物事を教えてやればジョルノはその分吸収して強く賢く育っていった。笑うようにもなった。ジョリーンを慕う様子は可愛らしくて、妙に強かに育ちすぎたきらいはあったけれど、確かにジョルノはジョリーンの弟として定着していった。
ジョニィもまたジョルノになついて、ちょっと癇癪が薄れた。ジョナサンは父のようであって、エリナは母だった。今生の実の両親は確かに帰宅期間が短かったが、それでも、少なくとも同じように家にいなかった承太郎よりはよっぽど上手に愛を伝えてくれた。
兄弟がいなくて、片親もろくにいない幼少期をおくったジョリーンからすれば、今のジョースター家ほど楽しい家族はなかった。
それを、すべて、裏切られた。
二歳から記憶があるのなら、ジョルノの行動はほとんど茶番だ。消したはずの“DIOの息子”の疑念が再発して、暴走した。
家族だと思っていたのに、結局は敵だったのかと!
そう、思った。
けれど。
あの、ジョルノの顔は、それこそ、肉親に見捨てられた絶望をそのままそっくりうつしだしていた。かつて、自分が高熱を出したと言うのに帰ってもこなかった父親に絶望したジョリーンの表情そのままだった。
あれは、あの表情は、ジョリーンのことを、演技でもなくただ純粋にジョルノが慕って、家族だと思っていたという証だった。
「………やれやれだわ」
疑念が消えたわけではない。ジョルノは死に際どころか恐らくある一定の年齢から先を覚えていない。だから、ジョリーンとジョルノが敵対したかどうかはまだ確定していない。
でも、あの表情だけは。荒れきっていたころの自分が鏡を覗いた時によく見た、家族がいない絶望のあの表情だけは、本物だと、ジョリーンはそういいきれる。
「ジョニィ、離して」
「……あのな、」
「私、今、ジョルノに裏切られたって思ったわ。隠し事されてたって意味では間違いじゃないけど、でも、ジョルノは私たち家族そのものを裏切ったわけじゃない。
ジョルノは私の弟よ。……ごめんなさい、ジョルノ」
「………いいえ、僕も」
「黙っててごめんなさいは言わなくていい。普通なら隠すことだわ……やれやれ、記憶持ちが多すぎて感覚が狂ってるのかしら」
「そんなにいるんですか?」
空気が緩んだことを察したジョニィは恐る恐るジョリーンから手を離すと、そのまま疲れたぜと言わんばかりにへたりこんで口を開いた。
「……ジョースター一族とかそのいとことか、後僕らの身の回りにいる人もそこそこ覚えてる人がいる。DIOもそうだし、お世話になってる人って言ったらスピードワゴンとかもそうだな」
「……短期間で石油王になったのってもしかしてそれでですかあの人」
「前世伝いのもあるにはあるらしいけど、僕はスピードワゴン本人にとても人徳があったからだと思うよ」
「へぇ…そうなんですか」
「うん」
「「「ん?」」」
途中から、ジョニィではなかった。返答がきたのはジョルノの背後からだった。
ゆっくり、ジョルノが振り返る。
「ただいま、皆。ところでこの惨状はなんだい?」
リビング入り口に、帰宅したての本物のジョナサン・ジョースターがまさしくゴットファーザーのように、微笑んで立っていた。目は笑っていなかった。
三兄弟は揃って正座した。