星の旅 作:TT
ジョニィ・ジョースターの二度目の生は怨嗟から始まった。幼児の状態でいることはまだいい。どうやら二度目であることも置いておく。それよりもっと深刻なことがあった。
足が動かない。もっと丁寧にいうと、感覚がない。そしてジョニィはその状態をよく知っていた。だって、かつて、マイナスであったときに、経験したことだったのだから。馬にも乗れない。何をしても歩けない。回転の技術も、うまく扱うことができず、思うようにできるのはどうあがいたって上半身だけだった。
彼の遺したLessonを受け継いでやっと歩き出せたのに。新しい人生を、それなりに幸せな生活をおくれたのに。そして、守りきって、祈りを終えて生を終えたのに。それを全部、なかったことにされた。彼をなかったことにされた。ああ、どうして、どうしてだ!どうしたって、やっぱり僕は奪われるのかと、マイナスに戻らなければならない運命なのかと、足を、今生を、恨んだ。今新しい家族がいることはわかっていたけれど、それでも、新しい生を受け入れることができないでいた。
そのジョニィが少し落ち着くようになったのは、新しい家族が外からやってきたからだった。ジョルノ・ブランドー。ジョルノ・ジョースターと名を変え共に暮らすようになった彼は、気づけばジョニィの側にいた。どんなにジョニィが叫んでも、喚いても、恨みを述べても、時に傷つけさえしたのにそれでもジョルノは共にいた。夜、寝ているジョニィのところにきて、君の足が治りますように、と祈りすらしてくれた(後から聞いたらそう言いながらゴールド・エクスペリエンスを使用していたとのことだった。どちらにしろ嬉しい)。それが、ジョニィの怒りと恨みにまみれた心に一条の光を呼び込んだ。
少し落ち着いて周りを見れば、兄のジョナサンはほとんど泣きそうな様子ではあったけれど大事にジョニィを思いやっていたし、姉のジョリーンは口調こそ乱暴だったがずっとジョニィを心配していた。帰宅頻度こそひくかったが、父のジョージ・ジョースター二世と母のエリザベスは帰ってくればジョニィを抱き締めて世話を焼いた。暖かい家族だった。眩しく、まるで彼のような。
それでも、動かない足がいつまでもジョニィに現実を突きつけた。ぬるま湯にひたるような慈しみが自覚できただけに今度はそれが苦しくなって、ある日ジョニィは家出した。どこかへ行きたかった。それにすら、車椅子が必要なことが悔しかった。
その先で、ジョニィは彼と再会した。ジャイロ・ツェペリ。かつての恩人。自分の目の前で命を落とした男。ずっと、お礼を言いたかった。
「お前…ジョニィか?」
その一言でジャイロも自分を覚えていることがわかって、唇が震えた。
「なんだよ、ひでぇ顔してんじゃねぇか」
この今生でもうよく使いこまれてしまっていた涙がぼろぼろと溢れた。ジャイロ、そう呼んだつもりの声が酷く歪んで聞こえた。視界もぐらぐらと揺れて、その視界の向こうでジャイロも酷い顔をして泣いていた。
ジャイロと語り合いながらその日のほとんどを過ごして、ジャイロがそう言えばお前の家はと聞いて、家出してきたと言ったら大爆笑された。おくってやると言われておくってもらって、帰ったらジョナサンのパンチを食らった。あれはやばかった。スローダンサーに蹴られたかと思った。
その、後。ジャイロに会ってから。ジョニィの足は、ほんの少しずつではあるが動くようになっていった。ジョニィはよく笑うようになった。きっと、このままいけば歩けるようになる。ジャイロとも会えた。前とは違ってあたたかすぎる家族もいる。妻と子どもとは会えていなかったが、なんせジャイロに会えたのだ。もしかしたらいつか会えるかもしれない。ジョニィは、確かに幸せだった。
それが一つ揺れたのは、学校から帰る途中だった。高級車が横付けしてきて、抵抗虚しく車椅子ごと連れ込まれた。
「久しぶりだな…といって通じるか?」
やたらと長い高級車の中、ジョニィは両側から押さえつけられて最後尾の椅子に座らされた。その反対側の椅子に、そいつはジョニィを見てクソ偉そうな様子でふんぞり返っていた。
「ファニー・ヴァレンタイン…!」
「その様子だと覚えているようで何よりだ、こちらは仮にも大統領なんだがな」
自分の住む国の大統領がかつての仇敵だとは知っていた。世界を渡る彼の大統領が、今の世界の元凶ではないかと疑って、実際襲撃まで企てたことすらある。でも、それすらもういいかと思うくらい、今を恨まなくなったジョニィはたまにテレビで彼を見てはこいつ昔はデブだったんだよなーと思う程度で済ませていた。
「なんの用だ?」
執拗に手首を抑えられることに辟易したジョニィは抵抗を緩めて、ヴァレンタインを見返した。
「何、釘を刺しておこうと思ってね。相変わらず貴様は歩けないようだから…もしも、万が一、その足を治すのにまた超常の力を追い求めるようなことがあれば、そして、私利のために我が国の栄光を脅かすようなことがあれば、家族丸ごと容赦はしない、と」
ジョニィは目を細めた。
「あるのか?この世界にも遺体が?それだけのために何もしていないごく善良な一般市民の僕を大統領様は拉致したのか?」
「口を慎め、ジョニィ・ジョースター!なんだ、知らなかったのか」
「知らないね」
遺体があるかも、という可能性をジョニィは全く考えていなかった。遺体はあの世界唯一のものであると思っていたからだ。だが、大統領のこの口ぶりからすると、
「もう遺体は集め終わってあんたの手の中って訳かヴァレンタイン。だから最近この国は好景気だったりするのか?集め終わったら集め終わったで、今度は前世で自分を殺したジョニィ・ジョースターが怖くなったのか?傑作だな」
慎重を期する男であったはずのヴァレンタインが、わざわざジョニィに情報を与えてまで釘を刺しに来るほど、ヴァレンタインはジョニィを恐れているのか。それか、もしくは別の理由か…、ジョニィは煽るだけ煽って笑ってやって、ふと真顔になった。
「僕が死んだら、もしくは僕の家族が傷つけられたとしたら、きっとアメリカの経済はとんでもないことになると予告しておこう、ファニー・ヴァレンタイン。今の僕にあるのは前よりもう少し現実的な力だ」
実際、うっかり兄のジョナサンに何かありでもしたらSPW財団会長のあの男は例え相手がアメリカであろうとも牙を向くだろう。急成長半ばとはいえ、もはや大財閥といっても過言ではない力を備えた財団になりつつある。ヴァレンタインが眉を動かしたのはそれを知ってのことだろうか。
「それに、」
それに、と続く言葉を吐き出したジョニィは、自分で自分に驚いた。
「僕はもう、
そうだ、マイナスじゃない。
「足のことがある以上、僕はプラスとは言えないかもしれない。でも、今の僕は決してマイナスではない。満たされている。0にいる。だから、遺体を追い求める気はない」
言い切って、すとんとそれが胸に落ちた。優しくて暖かい家族がいる、ジャイロがいる、足も動き出した。どうして、この状態をマイナスと言えようか。
「わかったら僕をとっとと解放しろ」
「…なるほど」
頷いたヴァレンタインは、微笑んで見せた。ジョニィが一瞬気持ち悪くなるくらいの、慈悲の笑顔だ。
「杞憂ならばいい。それに越したことはない。変わったな、ジョニィ・ジョースター…それが確認できたなら、それだけで意味がある」
このジョニィ・ジョースターは飢えていない。むしろ守るために牙を剥く、そういう男になっている。それがわかればいい。ならば、こちらだってそれを前提として動くまでなのだ。前世で、たかだか足のために遺体を掠め取り自分を殺したジョニィ・ジョースター。今生でも驚異にならないと言えるかと、その不安は常に付きまとっていた。
今のジョニィ・ジョースターは驚異にならない。
むしろ、愛すべき一国民に成り果てたと位置づけたファニー・ヴァレンタインは合図を出してジョニィを解放させた。
「家までおくろう、ジョニィ・ジョースター」
結局、ジョニィにとってはこいつ何がしたかったんだろうと首を捻らされる形で大統領襲撃事件は幕を閉じた。ただ、前世の敵が襲ってくる可能性をジョニィは認識して、そして、マイナスではないと言い切れた今の幸せを静かに噛み締めた。
二度目はディエゴ・ブランドーの襲撃だった。
「やぁ、ジョースター君!相変わらずその足は動かないのか?」
真っ先にジョニィの嫌がるポイントをついてきたその男は悠然と笑った。いっそ変わりがなさすぎて笑えるくらい、彼はディエゴ・ブランドーだった。
「やぁ、相変わらずトカゲ臭くて嫌になるね、Dio!風呂には入ってるか?それともトカゲは水が怖くて入るのは嫌か?」
一人の時を狙ってくるのは勘弁して欲しかったが、逆にディエゴなら一人の時でよかったかもしれないとジョニィは思った。ジョニィの切り札であるタスクAct4は不思議なことに今生でも問題なく使えるようになっていた。最初のうちは使用できなかったが、時が経つにつれ、他のAct1、2、3と同じように馴染んだのか、ジョニィ自身が少し動けば使用することができる。車椅子の回転を利用できるのだ。ディエゴはそれを知らないだろう。キリ、と車椅子を回して少しディエゴから離れると、やれやれ、とディエゴが両手を上げた。
「そんなに警戒しなくたっていいじゃないかジョニィ・ジョースター。俺は前世の知人に会いに来ただけだ」
「知人?ハッ、戦った相手を知人って呼ぶならDio、君は随分聖人じみた男だな」
「光栄だよジョースター…」
目を細めて唇をちろりと舐める。その仕草がどうにも狙いを定めた肉食獣のようで腹が立った。
「何の用だ?」
「もう馬には乗らないのか、ジョニィ・ジョースター」
そのセリフに、ジョニィは目を見開いた。馬に恋焦がれなかった訳ではない。決して、そういう訳じゃない。ただ、今生ではその機会に恵まれたことがなく、自分からなんとなく言い出しづらくなっていったことと、前とは違って最初から車椅子なので、ジョニィを受け入れる乗馬クラブも牧場もなさそうだったことが原因だった。
「俺はお前との決着をつけていない。違うかジョニィ?」
「いいや、」
ついた、と言いかけて、ざわりとジョニィは心の中がざわめくのを感じた。単純に馬だけの勝負が云々というのなら、きっと、まだついていない。それと、もう一つジョニィには予感があった。
「お前、THE WORLDはどうした?」
スタンド[スケアリー・モンスターズ]を操るディエゴは死んだ。その後、大統領によって[THE WORLD]を持つディエゴが連れてこられた。ジョニィにとってはほぼ同一人物と言ってよかったが、記憶の保持が云々、というのなら、彼らは別人だ。
果たして、ディエゴは視線を歪めた。
「ザ・ワールド?糞親父のスタンドをなんでお前が知ってる?」
「…その質問には答えられない」
スケアリー・モンスターズを持っていた方のDioなら、確かに、大統領に殺された以降の記憶は持っていないだろうし、決着をつけたかと言えば答えはNoだ。
じりじりとディエゴがこちらを睨んでくる。それをジョニィもじっと見返した。やがて、ディエゴは首を振った。
「やめだ。俺が言いに来たかったのは、お前は馬に乗れということだ。決着をつけよう…でなくばこのDioの渇きは満たされない!」
大仰に腕を広げたディエゴはジョニィを見据えた。
「そのためならばいつまでも待とう、ジョニィ・ジョースター。いつまでも」
そう言って身を翻したディエゴ・ブランドーは、前世と同じく糞みたいな身体能力の高さで一瞬で姿を消した。が、その後もちょくちょくジョニィの元を訪れては馬に乗れ、勝負を、としつこくて、ついでに会話もした。そして、彼がジョルノの実兄だということも知った。ジョニィが馬に乗ることを決意して、またいろいろとあってジャイロと共にまた旅をしだすお話もこの先にあるのだが、それはまた別の話だ。
三度目のゆれは、連れ添った妻の名も顔も覚えていなかったということに気づいたことだ。どうしてだろう、今までそれに気づかなかったのは。それほど重要じゃなかったから?そんな訳がない。愛しい愛しい僕の奥さん。ジャイロを失った寂しさが彼女を口説くのに拍車をかけなかったかといえばきっとそれは嘘になるが、それでも愛しい妻だったことに変わりはない。なのに、今だって、その名を呼ぼうと口を開いても名前が出てこない。そう、日本人だったのは覚えているけれど…目を細めたジョニィは、自分が前世日本を訪れた時代からおよそ百年近くが経過したであろう現代日本へと降り立っていた。
「あたし、前の時、スンゲーちっちゃい頃に一回だけ日本にきたことあんのよね」
「僕一応生まれは日本でしたよ、確か…母が再婚した相手がイタリア人だったんでイタリアに行くことになりましたけど」
「あ、じゃあ日本語喋れる感じ?あたしも喋れるけど」
「ええ、一応一通りは。ジョニィは大丈夫ですか?…ジョニィ?」
覗き込まれて、はっとジョニィは我に返った。
「ああ、ごめん変わるもんだなと思ってびっくりしてた。うん、こっち住んでたし、死んだの日本だったくらいだから喋れるよ」
「うっわオッタマゲ、ってことはうちの家族で日本語喋れないのってジョナサンくらいなんじゃない?」
キャビンアテンダントのリサリサは勿論、パイロットであるジョージだってある程度外国語に堪能なはずだった。特にリサリサの妹は日本に嫁いでいる。きっとしゃべることは出来るだろう。
「いや、案外ジョナサンも喋れるかもよ?考古学がどうとか言ってあっちこっち行ってるし」
そのあたりは本人に聞いてみないとわからないけれど、随分とグローバルな家族ではある。
「で、M県S市杜王町に無事着いたわけだけど、その東方仗助ってやつの住所は?」
ジョニィはそう言って二人を見上げた。東方。その姓を呟くたびに、どうも何かがざわめいて仕方ないのだが、ジョニィにはヒガシカタに覚えがなかった。覚えがあるような気もするのだが、いかんせんわからないので仕方がない。
「ヒガシカタジョウスケ?」
返事が返ってきたのは三人の後ろからだった。
「俺ェ?」
恐らくはカップルであろう、男女高校生のうち、男の方が自らを指差して、ボケっとつっ立っていた。
「…ヒガシカタジョウスケ?」
失礼ではあるとわかっていたが、思わず指を指して聞いてしまう。
「ヒガシカタジョウスケ」
うん、と頷いた彼は、ジョウスケと名乗った。
「定助、知り合い?」
「知り合いじゃないはずだが…」
隣の女の子が不安そうに見やってくるのを見て、ああ、とジョリーンが手を上げた。
「初めまして、であってるわよ。私はジョリーン・ジョースター。ジョースターの本邸の方の娘なんだけど…」
そこまで言って、ジョウスケはピンときたのかああ、と頷いた。
「外国の親戚の人…だっけ、俺よく知らないけど」
「ちょっと頼みがあってあなたに会いにきたの。この後時間空いてる?」
聞いたジョリーンに、ジョウスケは隣の女の子を安心させるように抱き寄せた。
「空いてる。そっちは?」
「僕はジョルノ・ジョースターです、こっちはジョニィ・ジョースター。観光ついでに姉弟でお邪魔させてもらってます」
「ジョニィ・ジョースター?」
ジョウスケがジョニィを見た。その後唇が何事かつぶやいて、ことさら大事に女の子を抱きしめる。
「…なんだよ」
ジョニィが機嫌を悪くすると、すまない、とジョウスケは言った。
「なんでもない、ちょっと知り合いの名前に似てただけだ。そうだ、甘いものは好きか?おすすめのカフェがあるんだ、そこで話を聞くよ」
歩き出したジョウスケを、ジョリーンがジョニィの車椅子を押しながら追って、ジョルノはじっとそれを見つめた。