獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
「────!」
「テントを出たらラプラスってどういうことですかね……」
次の日の朝、意気揚々とテントを出たら、私たちのテリトリーと定めたぎりぎりに、やっと出てきた!と言わんばかりの表情であのラプラスが鎮座していた。出てきた?出てきたねーとパウワウ達もまわりで嬉しそうにしている。ジュゴンさんも微笑ましそうな感じでこちらを見ながら混ざっていた。
「これに気付かなかったのはやばいな。テリトリー主張しなきゃいけないような野営するときはもうちょっと狭くした方がよさそうだ……広すぎてこういう時に逆に察知できない」
「フリ」
「ぎゃう」
現実逃避してないで今どうするかの指示をくれない?じゃないんですよね二匹とも。そんくらいのニュアンスはわかるぞ。
とりあえず腹をくくる。
ポケモン達には人の感情がよく伝わる。戦意を持って臨めば戦意で返ってくるし、おびえればなめられるし、侮ればそれ相応の何かが待っている。
逆に穏やかな心で臨めば大抵は穏やかに接してもらえるし、好意全開でいけばやっぱり好意で返してもらえることも多い。
それとは別にポケモン達のマナーとかルールとか、怒りのスイッチみたいなものも細かくあるので、野生のポケモンと触れ合うのは難しいのだ。いくら穏やかに、好意的にいったところで、それを破ってしまったら意味がない。
たぶんそういうのを全部無視して会話をしに行っても、ポケモン達が怒らないのがイッシュのNとかが持っている才能なんだろうなと思う。いるかどうかは知らないけれど。
ちらりと見るとバタフリーが察して頭上に舞い上がった。ガーディはぴたりと私の横で待機している。
「おーい!そっちにいっても大丈夫ー!?」
「────!」
「「「ぱうーー!!」」」
元気な返事だなぁ、と思いながら近寄って行って、ラプラスの目の前に立った。というか、ラプラスがパウワウ達に押し出されてきたので必然的にラプラスの前に立つことになったのだけど。近くで見ると目線がちょうど同じくらいで、やっぱり小さいな、と再認識する。
「こんにちは、ラプラス。パウワウ達も。挨拶しに来てくれてありがとう」
「──!────♪」
挨拶を返してくれたラプラスはにっこにこでそれはもう嬉しそうだった。ああ、かわいい。初めて会う野生のラプラスがこの子でよかったな、と思う。だって、目線が同じだから、表情がよく見える。
「────?」
「ん?」
鳴き声と一緒に首を傾げられた。何かをしていい?と聞かれた気がするけど、さて、何だろう。
「えーっと、ごめんね、人間ってポケモンの言葉を聞くのがとっても下手くそなの。もう一度いい?何をしていい?って聞いた?」
「────?────────?」
「………わう、わふ。…ぎゃう」
「────」
何か会話をしたガーディが、ラプラスが頷くのを待って前足で私の足を押した。もっと近寄ってほしいってことかな?そう思って近づくと、視界いっぱいにラプラスの顔が迫ってくる。
「あっ、ちょっ……うゎ」
顔全体をべろりとひとなめされた。一端離れて首を傾げたラプラスが、今度はちょっとコートをなめて、うっわ、という顔をした後に今度はあちこちを優しく咥え出した。私の形と感覚を確かめるように丁寧に、全身を甘噛みされていく。たまにちょっと痛かったけど、たぶんガーディが何か言ってくれたのだろう、怪我をするような噛み方は一度もされなかった。最後にもう一度顔全体をなめられて、至近距離からじっと視線を合わせられた。ラプラスの涎が顔面から滴って瞬く間に凍っていくのを感じたけれど、それでも目をそらさずに見つめ返すと、大きな瞳がきらきらと何かを期待しているように私を見つめている。かわいくて、うつくしい生き物だと思った。
そっと腕を持ち上げてもラプラスは顔を動かさなかった。
手袋をはずしてラプラスに触れる。つるつるとした肌触りで、随分とひんやりとしていた。私の手の暖かさにびっくりしたのだろうか。一瞬震えていたけれど、それでもラプラスは逃げない。恐る恐る撫でると、ラプラスは気持ちよさそうに目を閉じた。耳の下、目の横辺りが特に気に入ったのか、擦り付けるような仕草さえ見せてくれる。
「────♪」
「…うん、ありがとう」
手を離すとラプラスは名残惜しそうに離れていった。
パウワウ達がよかったねー!とラプラスに群がっていくのを白い息を吐きながら見て、それから手拭いで顔をぬぐって霜と氷の破片を落とし、手袋をはめた。体のあちこちにもラプラスの涎がついて凍っていたけど、全然悪い気はしなかった。初のラプラスとの交流だ、むしろ興奮してさえいた。震える手をぎゅっと握りしめる。
パウワウにお礼を言い終わったのだろう、ラプラスがまたこちらを向いて、何事か鳴いた。
「────?──!──────?」
「がう!?ぎゃうわう、わふ、わん!がう、わう!」
ガーディが抗議している。いかにも突拍子もないことを言われた、という感じだ。なんだろう。
「────。────?」
「わう…、がう、わん!」
「────!──!」
「うー……わう、わん………」
会話を終えたガーディが、どうしよう、という顔で私を見上げてきた。ラプラスもまた、あのきらきらとした瞳で私を見ている。
「ガーディ?」
「……わう」
ガーディが視線をやったのは湖の奥の方だった。ラプラスはこちらに背を向けて、じっとこちらを見ている。パウワウ達すら何かを期待するように私を見ていた。
「………?えっ、背中に乗せてくれる?」
「わう」
ちょっと足りない、と首をふったガーディは、もう一度湖の奥を見ると、伏せの体勢をとった。
「体勢を低く……いや、………低いとこにいく?………まさか『ダイビング』?どうくつの先へ?」
「わん」
ガーディが頷いた。ああ、それはどうしようという表情にもなるわけだ。目的が目的だから、こんなよいきっかけを無下に断るのもどうかと思うが、昨日潜らないでなんとかいけないかな、と悩んでいたのも確かなのだ、そりゃ判断もつかないだろう。
起き上がったガーディの頭をぐりぐりと撫でる。それで察したのか、ガーディの後頭部が見るからにしおしおとしていた。ごめんねガーディ、あと上空のバタフリー。ちらりとパウワウに混ざっているジュゴンを見ると、しっかり頷いてくれたので気持ちが固まった。あの体格の良さと貫禄、たぶんカンナの声に応えたジュゴンだ。少しの時間なら身を任せてもいいだろう。
「せっかくのお誘いだしお邪魔したいな。それと、ラプラス、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「──?」
なに?きてくれるんならはやくのってよ!とヒレをばたつかせるラプラスをどうどうと宥める。
「どれくらい潜る?えーっと、たぶん潜って水の中のトンネルをくぐるよね?トンネルって、例えばだけど、この洞窟の天井の高さと同じくらい潜ったりする?」
「──?────!」
ああ!と納得したのか、ラプラスは口から『みずてっぽう』を吐き出した。それはどうくつの壁、大体私の身長より少し上くらいのところに着弾する。あれくらい!と鳴くラプラスに、首を振ったジュゴンが進み出てきて『れいとうビーム』を放つ。今度はもう少し上、地上から3mくらいのところに着弾した。
「……あ、こっちが正しい?」
「ジュ」
頷くジュゴンにそうだっけ?とラプラスが首を傾げる。
「3mだったら今の装備でいけるかな」
「──?」
「ん?ああ、人間はね、用意をしないと海の底までいけないの。あんまり深かったら死んじゃうんだよ」
「──!?──!!??」
「これくらいなら大丈夫だから。後、潜る前に合図をくれれば行けるよ。…任せていいんだよね?」
「──!」
力強く頷いたラプラスの周りで、パウワウがへーそうなんだ、人間って水の中で息できないの?とわちゃわちゃしている。私に慣れていたパウワウ達ですら、反応が初めて知った!って感じだったのが本当にこわい。人にほとんど接することなく生きてきたポケモン達だから、交流は出来ても人間とポケモンとの差が分からないのだろう。たぶん新種のポケモンくらいの扱いをされている気がする。
「このどうくつの先に連れていってくれるんだよね。そこって、ここみたいに空気ある?」
「──」
「ジュー」
ラプラスもジュゴンも頷いてくれる。それならずっと潜りっぱなしということはなさそうだ。
「後、最後に。…………そこ、他のラプラスもいるんじゃない?私、本当にそこにいって大丈夫?」
……………ここまで来て目をそらさないでほしいんですけど!ラプラスがそれはもう分かりやすく目をそらした。連れてってしまえばこっちのもの!とかそんなあれか?捨て猫拾ってきた子供にうちじゃ飼えないから捨ててきなさいと言ったら、こんな雨の中放り出すの!?飼えないなら一晩だけでいいから!とかいって家の中に連れ込んだらその一晩のうちに親が絆されちゃって結局飼うことになりましたみたいな感じのことを狙う気じゃないよね?私のコミュニケーション能力に期待しすぎてないかこのラプラス。今日初対面なんですけど。
ジュゴンさんを見ると、首を傾げられた。……ジュゴンさんもその辺のお話してないなこれ?と思ったのもつかの間、くい、と目線を誘導される。なんだろう、とジュゴンさんの見ている方向を見ると、少し離れた岩の上にゴルダックが座っていた。いつもの個体である。
「……ゴルダック?」
「グァ」
こくん、と頷いたゴルダックがぐっとサムズアップをしてくる。
………自分が手配しておきました、的なあれですか?
私がええー…と固まっている間に、じゃあ大丈夫だね、とジュゴンが応えて鳴いて、聞いていたラプラスとパウワウ達が嬉しそうに声を上げた。
その辺の担当はゴルダックが繋ぎ役だったのだろうか。それとも昨日の私の話を聞いていたから動いてくれたのか。どちらにせよとても助かったことには代わりがなかった。
「ありがとー!」
「グァ」
お礼を叫んで手を振ると、ゴルダックはかっこよく去っていった。
……いや、受け流しちゃったけど、今までのあれそれといい、今日のサムズアップといいほんと妙に人間臭いゴルダックだな。どこで覚えたんだろう。
後でお礼とあのゴルダックまわりの観察をもうちょっとしようと決めて、ラプラス達に向き直った。
「ちょっと水に潜れる準備をしてくるから待っててもらってもいい?」
「──!」
「「「ぱう!」」」
慌ててテントに取って返して上着類を脱ぎ捨て、お昼ご飯も置いていく。保温バッグには防水機能はついていないからだ。代わりに防寒具とタオル、水筒、靴をジップロックに詰めて防水バッグに突っ込んで背負い、ウエストポーチにもカバーをかけて腰に締めなおし、むしよけスプレーの原液が入ったビンを数本ベルトに固定する。水中で叩き割ればポケモン避けになるだろうと持ち込んだものだ。
ゴーグルを頭につけて、後はガーディだ、と姿を見れば、覚悟を決めた表情でちょこんとお座りしていた。ありがとうと言って、ガーディの顔に水中呼吸器を被せて、後頭部でバックルをしめる。
「中に突起があると思う、それを咥えれば水の中で呼吸、咥えてなければ陸上呼吸らしいよ。うっかりキバ系のわざつかっちゃわないようにだけ気を付けて。…ほんとは練習させてあげるつもりだったんだけど、一発勝負でごめん」
「がう」
「バタフリーも。君だけ何の対策もしてあげられないの、ほんとにごめん。…頼んだ」
「フリィ!」
元気な返事を聞いてちょっと安心した。ガーディをボールに戻して腰につけ、水中用の靴に変え、水中用の手袋をつけなおし、軽く準備運動をして、パンと頬を叩いて気合を入れる。
身支度を終えて外に出ると、今か今かとラプラス達が待ち構えていた。私の姿を見た瞬間、のってー!と無邪気なラプラスの様子にちょっと笑ってしまった。
「ここ地上だよ、ラプラス。ここから乗せてってくれるの?」
「──!」
元気にそうだよ!とお返事を頂いたので、お言葉に甘えていそいそとよじ登る。
子どもの体とはいえそこはポケモンだ、私が乗ってもびくともしなかった。つかまるところはたくさんあるけれど、子ども故かあまり背中のスペースは大きくなくて、甲羅の上でもぞもぞと動く。
「…よし、たぶんベストポジション。潜る前は言ってね、またポジション変えるから」
「………、──」
「ラプラス?」
「……………、──、──!!」
どこかぼんやりとした、というか、何かに感じ入っているような様子がした。大丈夫かな、と覗き込もうとしたところで、我に返ったのか氷の上を滑りだす。パウワウ達も嬉しそうに一緒に滑って移動を開始した。ジュゴンさんだけかと思ったら、パウワウ達もついてきてくれるようだ。
着水の瞬間、わずかに減速して、じゃぼん、とラプラスが揺れるのをダイレクトに感じた。
「わあ……!」
上空を飛ぶバタフリーに見守られながら、私は思わず感嘆の声を上げていた。カンナのラプラスに乗った時とはまた違う高揚感を感じる。水の上だ。私とラプラスの一対一の状態で、私はラプラスの背に乗って、水の上にいる。なんだろう、どうくつの中だから、陸の上からみる光景とそんなに変わらないはずなのに、何倍も美しく見える気がする。まわりを見ればパウワウ達とジュゴンが泳いでいて、よくよく水中を覗き込めばトサキントが泳いでいるのが見える。コイキングもいた。夢のような時間、というと陳腐かもしれないけれど、まさにそういう時間だった。
飽きもせずきょろきょろとしていたせいか、湖の横断があっという間に終わり、潜る時が来たラプラスが止まる。
「────?」
「オッケー、ちょっと待ってよ。準備できたら首のとこ叩くね」
バタフリーを回収して腰に戻し、ゴーグルをきちんとつけ、水中呼吸器を咥え、顔の皮膚が露出していないかを確認し、腹ばいになって甲羅のフチにしっかりと指をかける。本当のことをいうとラプラスの首にベルトでも回したいところだけど、それがもし大人のラプラスに嫌な想像をさせてしまうようなことになったらどうなるかわからない。自分の握力を信じるしかなかった。
手を伸ばしてトントン、とラプラスの首を叩いて、甲羅に戻す。
「────!!!!!」
一声高らかに鳴いたラプラスが、一気に潜行した。
ぐん、と一気に引きこまれる感覚と一緒に、水の冷たさが襲ってくる。覚悟していたほどではなかったのは装備をきちんとしていたおかげだろうか。
一緒に潜行するパウワウ達の泳ぐ姿が見える。水の中を泳ぐポケモン達が見える。ジュゴンが見える。ちらりと今目の端に見えたのはメノクラゲだろうか。もしかしたらドククラゲかもしれない。岩肌にはシェルダーが貼りついていて、よくよく底の方を見ればパルシェンの姿も見えた。
何より、掴まっている腕の先にラプラスがいた。
大丈夫かな、とちらちら振り返ってくれるラプラスの視線を感じるたびに、何か返事を返そうとして、そういえば自分に今そんな余裕はないのだったと思い直す。
潜行していた時間はとても長かったように感じたが、実際はそんなでもなかったのか、よくわからないけれど、気付いた時にはラプラスは浮上に入っていた。一瞬辺りが見づらいな、と思った間があったから、水中トンネルはそんな長くないのだろう。
浮上しきって、水面に出た瞬間、重力が戻ってくる。水中呼吸器を吐き出して、指を甲羅から引き剥がし、ボールに手を添えた。
私たちは、ラプラスの群れのど真ん中に浮上していた。