獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
今日はいてだきのどうくつに居る最終日だ。一か月があっという間に過ぎてしまったのが本当に惜しい。
結局、ラプラスの生態観察は上手にできた、と思う。事前に調べた感じでは、いてだきのどうくつではたまにラプラスが観測される、となっていたが、そうではなくて、『ダイビング』を使わなければいけないような奥のどうくつに生活の場を築いていた、が正解だった。たぶん手前のどうくつは遊び場とか、静かな時に行きたい公園のような扱いなのではないだろうか。
カントー・ジョウトにはポケモンと一緒に水中に潜る『ダイビング』免許をとれる場所がないし、人間の普通のダイビングだってそれなりに勉強がいる(私はスクールで教わったけど)。そもそもがこんな気候の場所だし、野生のポケモンもたくさんいる湖だから、そこを潜って奥のどうくつまでいく、というのは結構覚悟のいることだろう。身を守るにはよい場所だと思う。
奥のどうくつに移ってからは、それはもう密に色々と観察させてもらうことが出来た。皆協力的だったのもそうだが、子ラプラスが特に色々と頑張ってくれたのが大きい。餌場や寝る場所の案内もしてくれたし、側で普段の生活を見せてといっても嫌がらず、喜々として背中に乗せてくれたのだ。その上声のサンプルをとりたいといったら、あれこれ聞かせてくれた上に歌まで歌ってくれて、そうしたら他のラプラスも参加してきて、最後には随分大きなコーラスになったのだ。それをラプラスの背中で揺られながら聞いたのは本当に素敵な思い出になった。
ただ、本来の目的である、私についてきてくれるラプラスを、という話は、……正直言うと、ちょっと難しいかな、と思っている。皆懐いてくれたし、色々協力的ではあったけど、外の世界についてきたいと思っていてくれそうなほど懐いてくれたラプラス、というのはあの子ラプラスしかいなかったのだ。
そしてこの群れ、子どもはあの子ラプラスしかいない。
全体的に若いラプラスばかりが姿を見せていたが、子どもと呼べるような大きさのラプラスはあの子しかいなかった。随分調査の手助けをしてくれたラプラスだったし、出来ればあの子についてきてほしいな、という気持ちはあるが……、一匹だけの子供だ、流石に親も群れも放しはしないだろう。
みずポケモンの調査のためみたいな感じでレンタルポケモンを借りて、つながりのどうくつに潜る必要があるかな、とちょっと思っている。というかその建前を使って、いてだきのどうくつにもレンタルポケモン連れてくればよかったな、と最近気づいて落ち込んだばかりだ。陸のポケモン達はいろいろと観察させてもらったけど、結局水中のポケモンに関してはあんまり調査が出来なかったし、もうちょっと早く水中を移動出来ていれば、ラプラスにもっと早く出会えていたはずだった。……まぁ、そうしたら、ラプラスに掴まって水中を行く、なんて経験もできなかっただろうから、それを思えばトントンか。
荷物をまとめて防水カバーを被せ、水辺に移動して待つ。帰りはカンナが迎えに来てくれるという話になっていたからだ。それなら厳重に警戒しなくてもいいから、今度はガーディに水中呼吸器を被せていない。
なんだか今回、結構色々と警戒して準備してきたけど、全部空回りしているような気がする。私たちに対する好意が全面的に高いし、人慣れが本当に早い、と思う。ことがスムーズに進んだからいいといえばいいけども、どうにも違和感が拭えないというか。カンナは元から私にそういう才能があるものだと思っているようだったし、……まぁ、たぶん、自惚れを抜きにしても無いことは無いだろうが、それにしても、という感じなのだ。
手持無沙汰で辺りを見回すと、見送りに来てくれたのか、遠巻きに色んなポケモンがこちらを見ているのが見えたが、そこにラプラス達の姿はなかった。本当に姿を見せたくないラプラス達はこのどうくつよりさらに奥に身を潜めているようだったから、そちらに行っているのかもしれない。寂しい気もするが、野生のポケモンだからそういうこともあるだろう。
水音がして、そちらを見るとちょうどカンナとラプラスが浮上してきたところだった。ゴーグルと水中呼吸器を外したカンナがこちらに手を振ってくれたので、大きく振り返す。
「ラディア!用意はもうできている?」
「はい!あの、よろしくお願いします!」
「任せて頂戴な、この子なら問題ないわ」
「──!」
高らかに鳴くカンナのラプラスはかなり頼もしかった。バタフリーとガーディをボールに収め、水辺による。ゆっくりこちらに近づいてくるラプラスの背中の上で、カンナは何やらごそごそと準備をしていた。よくよく見ればラプラスの首にはベルトのようなものが巻いてあった。やっぱり『ダイビング』の時には、持つ場所はあった方がいいのだろう。
「このベルトに固定できると荷物の運びが楽になるわ。カラビナはある?」
「あ、はい、ちょっと待ってください」
確か使うかもと思ってウエストポーチにいくつかひっかけておいたのだ。荷物をいったんおろし、ふ、と視線を腰に落とした時だった。
「────っ、ラディア!」
「え、」
顔を上げると、ざばん、と大きな水音と共に、大きなラプラスが浮上してくるところだった。カンナのラプラスよりも大きい。年経たラプラスだ、と思った。肌が他の個体に比べて大分白く、甲羅も一部欠け、何より瞳が酷く老成していたのだ。そこまで観察できたのは、そのラプラスが非常に近い位置に浮上してきたせいだったのだけど。見たことのない個体だった。……たぶん、ラプラスの群れのリーダーだ。長老と言ってもいいのかもしれない。強いプレッシャーを感じる。
カンナとそのラプラスはまだ岸には遠く、私はポケモンをボールに戻してしまっていた。ちゃんとカンナが近くにくるまでポケモンを出しておかなければいけなかったのに、最後の最後で順序を間違えた。
腰に伸ばした手を下ろす。ボールはいつでも内側から開けられるように設定してあるから、最悪合図をして指示をすれば、ポケモンを私とこの老いたラプラスの間に割り込ませることもできるだろう。まだ練習中の技術ではあるけど、こういう土壇場でやれないと意味がない。ゆるく繋がったその先で、なんとなく、準備を整えてくれている様子が伝わってきて、それで少し安心した。
じぃっとこちらを見つめてくるその長老に、私もじっと視線を合わせる。最初こそ、その強いプレッシャーに気圧されたけれども、それでも目を見て思ったのは、ああ、きらきらとした瞳をしているな、だった。あの子ラプラスは勿論、どのラプラスも、大きくて、とてもきれいな瞳をしていた。年を取っても同じなんだなぁ、と思った。
そうして、じっと見つめあって、その瞳に欠片の敵意もないことに気付く。
何もする気がない。……たぶん、最後に見定めに来ただけだ。久方ぶりにここに来たカンナ以外の人間を、ただ見に来た、とかだろうか。
私の感情の変化を読み取ったのか、老いたラプラスから発せられていたプレッシャーが緩んだ。
年経たラプラスという事は、きっと密猟の時代を乗り越えたラプラスだろうな、と思う。私にかまいにきたラプラス達は、そのほとんどが青年期くらいのラプラスだった。ある一定の年齢から上が見当たらないな、とずっと思っていたけど、たぶんその年齢から上のラプラスが、人間にひどい目に合わされたラプラス達だったのだろう。だから、私の前には姿を現さなかった。現さないだけですませてくれた。ひどい時代を知らない子供たちにも制限を課さずに、そのまま交流させてくれた。
やさしいポケモンだ、と本当に思う。
「……お邪魔しました。場所を貸してくれてありがとう。色々と観察させてくれてありがとう。私、もう行くよ」
その老いたラプラスは、くぅ、と目を細めて笑ったように見えた。
「──────!!!!!」
「「「「「─────!!!」」」」」
「っ何!?」
「──!」
老いたラプラスが高く高く咆哮を上げる。一瞬で水面がさざめき立って大きく揺れ、姿の見えなかったラプラス達が咆哮に応えて次々と浮上してくる。カンナは大丈夫だろうか。咄嗟に自分のラプラスに掴まっていたから多分大丈夫だと思うけど。
水しぶきがガンガン私の体を打ち付けて、目をつぶっているほんの一瞬の間に、奥のどうくつはラプラスでいっぱいになっていた。私の目の前にいる長老の周りだけ、ぽっかりと空いている。
「────」
「────!」
一声鳴いた長老が、ゆっくり群れの中に戻っていく。代わりに前に進み出てきたのは、あの子ラプラスだった。よっこいしょ、と半分だけ陸に体を乗り上げて、子ラプラスが真剣な目で私を見て、口を開く。
「────!────。────?」
何を言ってくれたのか、一発でわかった。わかってしまった。
「……いいの?」
「──!」
「皆も!本当にいいの!?」
「「────!」」「「────」」「「────!!」」
「────」
合唱のような、ラプラス達のいいよ!が響き渡る。最後に、あの長老のラプラスの鳴き声が重く響いて、……もし間違いでないのなら、頼んだ、と言っているように聞こえた。
「……カンナさん!」
「私だってね、水を差すほど冷えた女じゃないのよ!全く…、ええ、いいわ、してんのうカンナが許可します!」
「ありがとうございます!」
もう一度、子ラプラスと目を合わせる。
「……ラプラス、最後にもう一回聞くよ。私はこれから色んな所に行く。ここみたいな氷の世界に行くかもしれないし、あたたかな草原に行くかもしれないし、霧の深い森に行くかもしれないし、日の光が燦々と降り注ぐ砂漠にだって行くかもしれない。それにバトルだってたくさんする。色んなトレーニングだってしてもらうと思う。
きっと、君は、ここで育つより、いっぱいいっぱいしんどい思いをすることになる。
……それでも、君は、私についてきてくれますか?」
ウエストポーチから空のモンスターボールを出して、手のひらに乗せて差し出す。
果たして、ラプラスは大きく頷いた。
「────♪」
こつん、とラプラスがボールに触れた。あっという間にボールにその姿が収納される。ボールは一度も揺れなかった。
ふうー、と興奮を抑えて息を吐く。こん、こん、と腰のボールをつつくとバタフリーとガーディが出てきて鳴いた。期待に満ちた目にこたえるよう、祈るように額にボールを当てて、そうして、ボールを投げる。
「────!」
嬉しそうに飛び出てきたラプラスが私に飛びついてきて、がぶがぶと甘噛みをしてくれる。今まで野生だからと遠慮していた分、思いっきり抱き着いて、撫でまわして、私の方からも体をすりつけた。
私のラプラス。今から、この子は私のラプラスだ。
ラプラス:♀
何で好感度高かったかって、それは二日目からこっそり主人公観察してたから。ニンゲンが来たと聞いたその日から、水中から顔だけだして、ずっと見ていた。
笑い合う彼女達を見た。スキンシップを取り合う彼女達を見た。──バトルする彼女達を見た。その姿に憧れて、気づいたら彼女の指示で技を放つ想像をしていた。
わたしに指示をする人はこの人がいい。わたしの背に乗せるのはこの人がいい。わたしが世界を見るのなら、この人と一緒がいい。
どうしてこんなに懐いてくれるのか、と、不思議そうな顔をしているけど、わたしのリーダーは君だとわたしが決めた。たったそれだけのことだ。これからよろしくね、リーダー!