獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
あの日以来、私は足繁くトキワの森に通うようになった。声をかければキャタピーは真っ先に顔を出してくれたし、ピカチュウだってフーズの袋を開ければ現れてくれる。そのうちピカチュウは友達だよ、という顔でニドランの♂♀をそれぞれ連れてきて、ニドラン達はさらに多くのニドラン達をかわるがわる連れてくるようになって、一気に小さな空き地が騒がしくなった。あんまり大騒ぎになるとトキワの森を通る大人に気付かれて連れ戻されてしまうかもしれないから、実際はささやかなものだったけど。
フーズをあげたり、撫でさせてもらったり、遊びまわる姿を見せてもらったりして、とても、とても楽しい日々だった。
だけど、だけど。でも、そうだ、現実だからこそ、大人の言葉をきちんと聞くべきだったのだ、と。後の私は後悔することになる。
いつものように空き地にいけば、キャタピーが嬉しそうに顔を出す。キャタピーとはこの前きちんと約束を交わした。私がモンスターボールを手に入れたら一緒に世界を見に行こうとお願いをして、キャタピーはしっかりとそれに頷いてくれた。そうして、それまではどうか、ゲットされず、だれかに傷つけられないように、無事でいてほしいというと、もちろんだと言わんばかりに胸を張ってくれた。
キャタピーと遊んでしばらくして、顔を出してくれたのはニドランの群れと、いつの間にかピカチュウにくっついてやってくるようになったピチューの兄弟だった。最初はピカチュウがいないと絶対に顔を出してこなかったけど、最近は二匹だけでもやってきてくれるようになった。慣れてきてくれたのは素直に嬉しい。
ニドラン達などは慣れすぎて、地面に直接ポケモンフーズを盛るのもなんだかな、とつぶやいたせいかフーズが欲しい子は大きな木の葉っぱを持ってくるようになったくらいである。ご飯を食べ終えるとニドラン達は私に触れる許可をくれるので、どくのトゲに気を付けながら撫でると気持ちよさそうに撫でられてくれる。
キャタピーの定位置は私の肩の上になっていて、隙あらば頬ずりをしてくれるので定期的ににやにやしてしまう。時々首から登って頭の上を通って反対側の肩にいったり、首の後ろを通って行ったりするのでこそばゆい。くすぐったがる私を面白がっているのか、時折首筋の髪の毛をかき分けてひやっこい足を押し当ててくるので油断がならない。
ピチューたちはちょろちょろと駆け回っては枝を投げてくれとか抱き上げて高い高いをしてくれとか、とにかく遊んでくれとアピールしてくる。フーズは兄弟で仲良くしゃべりながら食べるので、見ていていつも微笑ましかった。
今日はどんな風に遊ぼうかな、とフーズを食べるポケモンたちを眺めていると、一匹、見慣れない子が混じっているのに気付いた。
ビードルだ。
ゲームではよく虫取り少年が連れていた印象だったが、虫取りの皆さんにビードルを連れている子はいなかった。ほとんどがキャタピーとトランセル、それから虫取りと名乗っているくせにコラッタやポッポを連れている子が多かった。
そういえば、なんで連れていなかったのだろう、と思ったところで、私の見ている目線の先に何がいるのかに気付いたキャタピーがべしりと尻尾で私の顔面をはたいた。
「…キャタピー?」
注意をキャタピーに向けてほしいのだろうと思ったのに、キャタピーと目を合わせられなかった。
しきりと辺りに視線をやって、きゅうきゅうと小さな声で鳴く。
近くでご飯を食べていたピチューの兄弟がぴくりとそれに反応して、小さく鳴くと静かに立ち上がった。ニドラン達はそのままフーズを食べていたけれど、アイコンタクトがさざ波のように広がっていくのがわかる。
ピチュー達が私を見上げて、ぎゅっと口を手で押さえるジェスチャーをした。
そして、服をトキワの森の入り口の方へと引っ張る。
「……?」
喋るなということだろうか。いつものようにいつでも立ち上がれる体勢で座っていたのが功を奏して、静かに立ち上がることが出来た。ニドラン達を見ると、目のあった一匹が小さく顎をピチュー達の引っ張る方へと動かす。
私をこの場から静かに離れさせようとしているのは察したけれど、何があったのだろうか。そーっとピチュー達の後を追いながら、考える。肩のキャタピーは相変わらずそわそわとあちらこちらを見ていた。
キャタピーが反応したのはビードルを見てからだ。ビードルは確かに毒をもったポケモンだけど、それをいうならニドラン達だってそうだったはずだ。ピチューとニドラン達がビードルに過剰反応している理由がわからない。極論、ニドランの群れであのビードル一匹を襲えば、たぶんあのビードルは勝てずに負けるだろう。
ビードルといえば、アニメの方でサトシたちが翻弄されていたな、とふと思い出して、青ざめた。
もしかして。
ピチュー達の案内はトキワの森の道ではなく、森の中を通ってトキワシティへと続くルートを通っていた。それはポケモンだからなのか、迫っている危険から私を守るためなのかはわからなかったけど、たぶん私のためだったと思う。
あそこから人間が真っ先に逃げるのは、森の中の道の方角へだ。実際私はそれができるように準備をしていた。でも、人間が道の方へと逃げると、それを知っているポケモンがいたら、そして、それがもし、かわいい我が子を攫われたとか、そんな風に勘違いをして怒ったポケモンだったら──?
果たして、遠くの方からヴヴヴヴヴ、という音と、ニドラン達の叫び声が聞こえた。
それは、初代のポケモンではトキワの森には出なかったポケモンだ。その進化系の前のポケモン達は出てきていたけど、最終進化は出てこなかった。
ただ、後継作では低確率で出てくる。何よりモチーフとされている虫の特徴を引き継いで、非常に怒りっぽく、縄張りを侵されたと思ったら、ポケモンどころか人間を執拗に攻撃してくるポケモンとしてアニメで描写されたこともある。
ビードルの進化系、その最終到達点。
スピアーだ。
草むらには入ってはいけないよ。
森に入ったら道から外れてはいけないよ。
どうしても通りたい道が草むらで塞がっていたら、ポケモンを持っている誰かといくんだよ。
でないと、危険なポケモンが出てくるからね。
ふと、たまにトキワの森でばらばらの旅人の死体が見つかることがある、という話を思い出した。子供が遊びに行くような場所で何でそんなうわさ話が、と当時は思ったっけ。トイレの花子さんとか、赤い半纏とかの怪談話の類だろうと聞き流したけれど。
でも、そうだ、確か。肉食の蜂って、獲物を捕まえたら引き裂いて丸めて肉団子にして、巣に持ち帰るのではなかったっけ…?
固まっていたピチュー達が、私の服を引っ張るのをやめて、飛び上がって走り出す。一瞬立ち止まってこっちを振り向くので、慌てて私も走り出した。肩では叫び声の聞こえた方をにらんだキャタピーが早く早くと鳴きたてる。
絶対ピチュー達の方が早いと思ったのに、足の長さの関係かあっというまにピチューを追い抜きそうになってしまったので、走りながらピチュー達を攫って抱きかかえた。ちょっと重くて少しスピードが落ちた気もするけど、たぶんピチュー達も自分たちが走るより早いと察してくれたのだろう、無理に暴れることもなく、むしろぎゅっとしがみついて私の両腕をあけてくれた。時折こっち!と指をさして誘導してくれるのに従って、はぁはぁと息を荒げながら走る。
気付かれたのか、ヴヴヴヴヴ、という音が一つ、後ろから迫って来るのを察してしまって、ひい、と喉がなる。いいから走れとキャタピーにぺしんと頬を叩かれて、足に喝を入れなおした。まだいくつかの羽音は遠くでバトル音と一緒に鳴り響いていたから、複数いるのだろう。
もしかしたら音を立てて走ってはいけなかったのかもしれないけど、もう補足されてしまっているから遅かった。
ちらりと後ろを見ると、木々の隙間から黄色と黒の警戒色がよく見えた。
その姿は思っていたより大きくて、腕の針も比例して大きかった。
あれでもし、キャタピーを貫かれたら頭の先しか残らなさそうだし、私が貫かれたらお腹に大きな穴があくだろう。ああでも、マサラの子供だからアニメ形式でなんとかなるだろうか。
そんな希望的観測をしてしまって、そんなわけあるかと自分で自分を殴りたくなった。現実だ。ここは現実なのだ。体にしがみついたピチューはずっしり重くて暖かくて、肩のキャタピーは走れ走れとぺちぺち尻尾で私を叩く。息は苦しくて、足はだんだん重くなってきていた。このしんどさが虚構であってたまるものか。
それでも羽音はしつこく追ってきて、ヴヴヴヴヴヴ、と鳴る音がやかましかったし、どんどん大きくなってきていた。そんなに森の中でも深いところにいたつもりはないのに、違うルートを通っているからか入り口が遠い。
やがて、キャタピーがぎゅっと私の肩の上で踏ん張る感触がした。
しゅぅぅうううう!と勢いよく音がして、横目で見ればキャタピーが糸をはいている。技が当たるほど、もう近くにいるのだ。ピチュー兄弟が頷きあって、キャタピーのいない方の肩に二匹でよじ登る。一匹は私と一緒に正面を向いて。一匹はその上に背後を向きながら登っていって、なんて不安定な、と思ったら、顔の横でばちばちという音と、強烈な光。でんきショック辺りだろうか。私の体にしがみついたままだと私が感電してしまうから、間に一匹はさむことで感電しないようにしてくれたのだろう。
それでも全く、スピアーの羽音が衰える様子はない。むしろ、激しくなったように思う。
ひゅうと風切り音がした。
嫌な予感がして、肩のポケモンたちを抑えて横っ飛びに飛ぶ。足が何かに当たったせいで変な方向に飛んでしまって、着地も出来ず、ろくに受け身もとれなくて横腹から地面に突っ込んだ。一瞬息がとまって、げぼ、と無様な声がでる。
上も下も一瞬わからなくなったのに、まず思ったのが、肩のポケモン達は腕と手のひらでかばったから、無事だったといいけれど、ということだったのには、笑えるのだったら笑っていたと思う。
近くにスピアーがいるのは変わりがない。無理やり腕をついて持ち上げた体からポケモン達が飛び降りて、一斉に威嚇の体勢をとったその先には、太い木の幹に思いっきり腕とおしりの針が埋め込まれたスピアーの姿だった。
私たちを狙ったはいいものの、急によけられたせいで木につっこんでしまったようだった。あまりの間一髪さと、その恐ろしさにぞっと背筋が総毛だつ。あんな太い木に、あんな容易く深々と突き刺さる大きな針が、私たちに刺さっていたら?あと一歩飛びのくのが遅かったら?今頃串刺しにされて巣に持ち帰られる途中だったのではないのか。
残りの足でじたばたと木の幹を蹴り飛ばし、羽をしつこく羽ばたかせるスピアーの様子を呆然と眺めて、ず、とわずかに針が抜けたところで我に返った。
私にできるのは、呆然としてるだけか?
……違う、今はチャンスの時間だ!
「三匹ともお願い、今だけ、今だけ言うことを聞いて」
「「ピチュ!!」」「きゅう!」
私は体もきちんと起こせていないのに、果たしてキャタピーとピチューはそろって鳴き声で返事をしてくれた。
「キャタピー!『いとをはく』!スピアーを木に縛り付けて!ピチュー達はさっきのでんきの攻撃を!でもあんまり近寄らないで!」
キャタピーの糸がスピアーに降りかかる。最初は羽ばたく羽に弾き飛ばされていたけれど、あっという間に羽に絡みついてその動きを封じにかかった。並行して体ごと木に縛り付けるようにも糸をかけていって、みるみるうちに木とスピアーが糸まみれになっていく。
同時に二匹にピチューがかわるがわる電撃を仕掛けていく。ぶっちゃけでんき技はでんき技でもなんの技かわからなかったからあんな指示になってしまったけど、ちゃんと察してくれてよかった。
私という揺れて動く土台ではなく、きちんと地面に足をつけて、相手も動けないとなればそれは技もきっかり当たるだろう。
糸で白い繭のようになったスピアーは、やがて動かなくなった。
十分に様子を見て、技を続けようとしてくれた三匹を止める。
「ありがとう。たぶん、もう大丈夫だと思う…」
これだけ入念に封じ込めてくれたのだから、大丈夫だと思いたかった。
遠くで爆発音がして、そうだ、と唸る。ニドラン達とスピアー達はまだ戦っているのだ。
早く森を出なければ。そうすれば、キャタピー達だってバトルの現場から距離をとれるし、人間を気遣わずに隠れられるのだし。
焦った様子でこちらへ戻ってくる三匹を見つめて、やっときちんと体を起こす。
そういえば、何かに足が当たったっけ──
意識から外していた足に目を向ける。
真っ赤だった。
左の脛から下のジーンズが真っ赤だった。丈夫だったはずの生地はそぎ取られたようになくなっていて、ふちがダメージ加工でもされたかのように糸が飛び出ていて、それが赤に染まって脛であった部分に貼りついている。露出している脛は全てが赤で、皮膚の白など見当たらない。露出した肉からとめどなく血があふれて、足の下にぽたぽたと血だまりを作っていた。しかもそれだけでなく、傷のふちが紫がかり始めている。
「…え?」
とんでもない傷がそこにあると認識した瞬間、足から灼熱が駆け上る。どっと冷や汗が噴き出して、一瞬前が見えなくなった。
「ピチュ、ピチュ!!」
「きゅー!!!!」
あの状態で何かが当たったって?決まってる、スピアーの針しかないだろう!
この攻撃が避けられそうだと判断したから、せめてと獲物の足を狙ったのか?それとも偶然の産物か?わからない。わからないけど。
じわじわと広がり始める紫の部分は、ポケモントレーナーとしてはなじみ深い状態異常、どくであろうことは容易に想像がついた。
やばい。やばい!震える手でバッグからニドランと触れ合うのだからと買ったどくけしを取り出して足にぶっかける。激痛に悲鳴をあげた。耐えかねて体をくの字に折った私の周りを慌てたピチュー達が駆け回っている。
一緒に持ってきていたタオルを傷に押し当てて強くおさえた。そのはずだ。今私はちゃんとおさえれているのか?ぶるぶると腕が震えだす。わからない。痛い。どくのけがって、大けがって、どうすればいいんだっけ?太ももを縛る?足を高くあげる?なんだっけ、おおけがをした時って何をすればいいんだっけ?
はー、はー、と息が荒い。前が見えない。タオルを抑えた手に何かの手が添えられた気がする。何かのひやっこい体も添えられた気がする。よくわからない。
▽ めのまえが まっくらになった!