獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
次の日の朝、腰の上に乗っかっているラプラスの頭を優しく撫でてどかし(私が起きた時には目を開けていたが、頭を持ち上げるほどまでは覚醒していなかったらしい)、未だに眠りこけているウインディをべしべし叩いて起こす。バタフリーはとっくに目覚めて朝の飛行訓練をしているのはいつもの光景だ。ガーディの頃からそうだったが、ウインディは結構寝坊助で困る。たまに起きたら前足で抱え込まれてたりもするし、そうすると真面目に身動きがとれないのでバタフリーかラプラスかに助けてもらわないと起きあがることすらできない。前はあまりに起きなかったので、リーダーが!困ってるでしょ!とラプラスが威力控えめの『みずてっぽう』を撃ち放ったほどである。そうしたら流石に跳ね起きたものの、今度はテントの中が水浸しになってそれは大変なことになったのだ。ラプラスはテントの中を濡らしてごめんなさいとしょぼしょぼしていたので、ウインディにきっちり乾かさせたけども。
単純に朝が弱いだけなのはよくわかっているのだが、体が大きくなった分寝惚けて変なことをされると被害が大きいので、最近真面目にウインディの朝の目覚めについては対策考えようか迷っているくらいである。いっそ『あさのひざし』とか覚えたらどうだろうか、日光の感覚を掴むことでちょっとは朝に強くなってくれないものか。……めちゃくちゃな理論だし無理だろうな。
もそもそと全員で朝ご飯を食べ、テントの外を覗くとやっぱり雨が降っていたので、でんきいしのほらあなまでは濡れていくのが確定だろう。
肘まである絶縁手袋をはめ、絶縁加工がされている洋服の上下を着こんで、その上から雨合羽を羽織る。絶縁長靴を『機材』から出せばでんきいしのほらあな対策は大体完了だ。あそこは人間の通り道はきちんと確保されているし、せいぜい通電したところで静電気程度くらいの感触しかしないらしいけど、何せでんきタイプを捕まえにいくのだ。ある程度の対策くらいはする。世界中にでんきタイプのポケモンが存在しているだけあって、絶縁できる衣服については様々なバリエーションがあるのが幸いだった。通常の衣服とほとんど変わらないデザインのものが多いし、何よりダイビングスーツより断然安い。
ピカチュウとピチュー兄弟以来のでんきタイプに触れ合うことになるな、と思ってちょっと思い出し笑いをしてしまった。ピチュー兄弟は私が旅立つ頃には進化してピカチュウ兄弟になっていたけれど、相変わらず遊んでくれとやかましかったし、ピカチュウはピカチュウで相変わらず食い意地がはっていた。旅人からご飯をくすねているピカチュウだと聞いたときは通りでと思ったものである。
ウインディとラプラスをボールに戻し、孵化装置を厳重に保護してだっこひもで抱えて雨合羽の下に隠し、様子を確かめる。奇妙なシルエットになってしまったが仕方ないだろう。ほんとはこの卵が孵ってからでんきいしのほらあなとタワーオブヘブンに行くつもりだったけど、とっととイッシュを出てしまいたいからと、最近は強行軍が続いている。ごめんよ、と膨れた雨合羽を撫でた後、外に出て手早くテントをたたんで『機材』にしまい、『機材』もきっちり絶縁布でくるんでリュックに入れてからでんきいしのほらあなに向けて歩き出す。
バタフリーは雨に濡れることになってしまうけど、その辺バタフリーも心得てくれているのでありがたい。存外バタフリーは水に強くて助かる。ほんとは傘でもさしてその下にいれてやって歩きたいけど、街の外を歩くなら出来るだけ両手は開けておきたいのだ。
せっせと歩いていけばマリルやニョロモ系がちらちらと辺りを歩いているのが見える。こういう時に外を歩く人間というのは珍しいのだろう、先ほどから視線を感じはするが、特に襲い掛かってくるようなことは無かった。バタフリーの監視がきいているのもそうだが、私が特に彼らに関心を抱いていないのも大きいのだろう。野生のポケモン達の生息する道を歩くときは、そちらには興味がありませんよ、と態度で示しながらいくと絡まれにくいというのは旅に出てから学んだことだ。護衛のポケモンのレベルが高いのも重要だが、変に緊張していたり、変にバトルっ気を出しながら歩くとあちらも察して飛び出てくるのだ。逆に言うとバトルしたければそうすればいいのだが。
二時間ほどででんきいしのほらあなについて、中に入る。雨が完全にかからないところで雨合羽を脱いでリュックにしまい、バタフリーを引っ込めて代わりにウインディを出した。事前に調べた生息ポケモンの種類を見るに、ウインディの方が威嚇効果は強いだろう。ほんとのことをいうとここに帯電する微量な電気は『エレキフィールド』に近いものがあるから、バタフリーとラプラスの特訓にめちゃくちゃよさそうなのだけど、でんきいしのほらあなで三泊以上することは推奨されていないので諦めるしかなかった。ローザも同じことを考えたらしいし、他のトレーナーも同じことを考えては泊まりこもうとするらしいのだけど、『機材』やその他の電力で動いている機械が三泊も泊まればいかれてしまうのだそうだ。どれだけ耐でんき能力が高い機械であってもそうなるというし、モンスターボールにまで影響が及んだという話もちらりとみたから、本当にここで本腰を入れて修行するとなると準備が非常に難しいだろうなと思う。
いくらか奥の方に向かって歩くと、ゲームのようにふわふわと電気を帯びた石が浮かんでいて、おお、と思わず声をあげてしまった。ほらあなの中の壁から青い光があちこちから零れていて、ほらあなの中だというのに光源を持ち込まなくても大変明るく見通しがいい。純粋に、観光地として金をとれそうなくらいに美しい世界だった。
現実味のない風景に心躍らせながらしばらく歩いて、少し広い、広場のような空間に出たので足を止め、ウインディの足に手を置いて、目を閉じてじっと立ち尽くす。どうにも、感じるものがあったのだ。この広場、たぶん何かがいる。しばらく耳を澄ませていると、それまでほらあな内で反響して色々と広がっていた音が一つ一つ聞き取れるようになってくる。ほらあなに帯電した電気が少しずつ放電されるバチバチという微かな音が聞こえ、遠くで石が転がる小さな音が聞こえ、何かが発するカリカリという音が聞こえた。
存分に音を聞いたあとでううん、と首を傾げ、目を開けてウインディを見ると、ウインディもちょっと首を傾げていた。
「この広場、ポケモン、いるよね?」
「…ワウ」
「鼻はきく?どの辺にいそうとかわかる?」
「…ウー……ギャウ」
たぶん壁の中、と顎をしゃくられて、あー、と思った。天井を見上げると、上は上でなんかいそうな気配がする。察してしまうと逆に刺激しそうだったので無理に探すのはやめて、さて、とリュックを下ろした。通路ど真ん中に置くと邪魔になりそうだったので、丁度いい感じの場所に鎮座していた岩をウインディに調べてもらい、何もないことを確認してから側にリュックと孵化装置を下ろして絶縁布を被せ、その上にバタフリーを出す。でんきまみれの空間はやっぱりあまり好ましくないのだろう、ちょっと嫌そうな顔で布の上に鎮座したバタフリーは、それでもしっかりと頷いてくれた。
ほらあなの壁際にそっと近づき、じっくり壁を調べてみると、思った通り小さなひび割れや穴のようなものがたくさん開いている。バチュルやシビシラス程度であれば十分入れそうだし、ギアルも角度を間違えなければ入れるだろう。
「ガウ?」
「いや、効果あるかはわかんないんだけど、ちょっと試したいことはあって持ってきてるものはあるんだよね」
どうすんの?と聞かれて、とりあえず用意してきたものをポーチから出す。途端にええ……という顔をされた。遠くの方でこちらを伺っていたバタフリーが同じ顔をしているのがなんとなく感じ取れたし、なんならボールの中のラプラスもええ……という反応をしている。
「しょうがないじゃん…バチュルにはこれって調べたら出てきたんだから」
「ギャウ」
ほんとに?みたいな反応をされたが、私だってほんとに?と思ったわ。なんでも、でんきいしのほらあなではバチュル釣りが出来るとかいてあるサイトがあったのだ。やり方は簡単、たっぷり電気のある電池を紐で括って適当に放置しておくだけ、最短五分でバチュルが飛びついてくるので紐を手繰って釣り上げましょう!ただし絶縁装備、特に手袋はお忘れなく!最悪死にます、と。
まぁ、さすがにネタだとは思うが、でんきいしのほらあなで電気を餌にするポケモンは確かバチュルだけだったので、ある意味理にかなっているといえばかなっている気がして、試しに用意してきたのだ。コイル系列とかエレキッド系列とかは調べた限りでは生息していないし。
いくつかの穴を調べると、爪の引っかかった跡っぽいものや、黄色の毛が引っかかっている穴があったので、とりあえず黄色の毛が引っかかっている穴にそっと電池を転がした。
伸びた紐を握ってそろそろと穴から離れ、ちょっと待つ。
「…ギャウガウ」
「流石にそこまで馬鹿じゃないだろって言われてもなぁ…、私もぶっちゃけこれネタだと思ってるから安心してよ、試すだけ試すだけ。一応警戒してね」
「ワウ」
そっちもね、と返されて、乾いた笑いをする。ちょっとめんどくさかったけど、それでもちゃんと五分はかって紐を手繰り寄せようとすると、………ええー?
「……どうしようウインディ」
「ガウ?」
「紐が重い……」
「…ウォフ………」
嘘だろ…みたいな反応をされたけど残念ながらほんとなんだよなぁ…。でんきタイプって食い意地はってる個体が多いの?首を振ったウインディが壁と私の間に立つのを待ってから、絶縁装備がきちんとしているかどうかを確認して、ゆっくりと紐を手繰る。穴の奥からズズ、と明らかに電池を引き寄せたにしては重たい音が響いて、ウインディが改めて警戒を強めた。
「ウインディ、12の3でいくよ」
「ギャウ」
「それじゃあ…、1、2、の3!」
一気に引っ張ると、一瞬抵抗があったものの、ごっそりと引っこ抜ける感触がした。擬音をつけるならずるずるずる、すぽんっという音が似合いそうなくらい大量のバチュルが穴から飛び出してきて、一瞬ぽかんと口を開いてしまう。一際大きなバチュルが電池にしがみついていて、残りのバチュルはどうやらその大きなバチュルを引き戻すために大きなバチュルにしがみついていたらしかった。
一斉に放電されたらたまらない、と慌てて紐を放すが、宙に舞ったバチュルたちは私をどうこうするよりもまずウインディにおびえたようだ。なんとか着地したバチュルから大慌てで壁に戻ろうとダッシュを始める。電池にしがみついていたバチュルも慌てて落ちた電池から離れて群れに紛れて戻ろうとするが、………あの大きいバチュルおっそいな、大きいんじゃなくてもしかしてデブなだけか?そんなことを考えてうっかり目で追ってしまったのがいけなかった。
気付いたらせっかく出てきたバチュルがほとんどいなくなっている。
「あーっちょっと!びっくりさせてごめんって!バトル好きな子とか旅立ちたい子いないか聞きたいだけなんだってば!話聞いてくれたら今の電池もうちょっと出したげるから!」
「ばちゅ?」「ばちゅちゅ」「ちゅる?」「ばちゅ?」
慌てて叫ぶと逃げ帰ろうとしていたバチュルたちがぴたりと止まる。代わりに隠れたはずの穴の先からきらきらと輝く目がいくつか覗いた。
「ほんとだって、そこに落っこちて転がってるやつも食べていいよ。だからちょっとお話させてくれない?」