獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
Side:トニー
それは、ロイヤルイッシュ号でのことだった。
彼の一番最初の、原点の話である。
辺りをきょろきょろ見回しながら歩く小さな姿。
ぴょいぴょいとはねた茶色の短髪の上にバタフリーを乗せ、頭と肩をりんぷんで煌めかせた少女を見つけたトニーは、走り寄って彼女に声をかけた。
「ラディア!」
一回目は、反応してもらえなかった。それでも懲りずにトニーは再び声をかける。
「なぁ!ラディア!」
それでも彼女は止まってくれなくて、しょうがないので小走りで彼女の目の前に回り込むと、彼女はようやく足を止めた。少し不機嫌そうに見えるのはたぶん気のせいではない。でも、トニーにだって通したい意地があった。
「なぁったら!ラディア、今すぐバトルしてくれよ!場所は抑えたからさ!」
「……私、これからローザに修行見てもらう約束があるの。ごめんね」
「ローザならさっき俺のパパとバトルするって言って高笑いして俺たちの部屋に来たぞ」
「……」
「ご飯の時間でもないし、なんかお前の好きそうなイベントがあるわけでもないし、ローザは俺のパパに用がある。図書室は清掃中だし、PCルームはでんきタイプのポケモンが暴れたとかで立ち入り禁止だ。さっきお前が船内ポケモンセンターに行ったのも見たぞ。……なぁ、バトルしてくれよ!」
「…………、それだけ私が断った理由を覚えてるならわかるでしょ。嘘ついてたのは謝るけれど、私、あなたとバトルしたくない」
「どうして!」
悲鳴のような声をあげた自覚はあった。どうして目の前の少女が勝負を受けてくれないのかがわからない。ただバトルをしてほしいだけなのに、どうして。嘘や言い訳ばかり重ねられて、嫌がられているのも分かっていたけれど、この少女がバトルが大好きで、他のトレーナーにはガンガン誘いの声をかけているのは知っている。一回負かした相手にだってもう一度声をかけにいっているというのだって知っていた。
だというのに、トニーには一切の声掛けがない。トーナメントであんなに派手に負かされたのに。自分だけ、再戦なしというのは全然納得がいかなかった。
トニーの悲鳴のような声を聞いたラディアは、はぁー、と大きなため息をついた。どこか呆れたような雰囲気すら漂わせて、少女は無表情でトニーを見る。全身であなたに興味がないと示す彼女に、かっと頭が熱くなった。少女だ。女の子だ。友達にも女の子はいたし、友達と呼べるほどではなくても同い年の女の子はたくさん見てきたし、関わっても来た。だけど、女の子じゃなくても、同い年の子にこんな風に扱われたことは一度もなかったのに!
「……じゃあ、誰でバトルを挑もうとしてたの?」
「ドサイドンとマンタインだけど」
もう一度、少女は大きなため息をついた。
「それ、君のお父さんのポケモンでしょ?」
「そうだぞ?あんな結果じゃ俺のパパのポケモンが弱いみたいじゃないか。今度こそ負かしてやるからもう一度勝負だ!!」
「じゃあ嫌だ。負かしてやるからとか言いながらバトルを挑んでくるのは嬉しいよ、そういうやつ倒す方が燃えるから。でも君とはやりたくない」
「だからなんで!」
「君のポケモンじゃないからだよ。…………大体、しつこすぎるんだよ君。何回断ったと思ってんの?まだ“たんぱんこぞう”ってことは10歳になってからの手続きもまだなんでしょ?私は“ホープトレーナー”、称号的には大人の分類だし、君に胸を貸す側の存在だ。頼み方もなってないし、人のポケモン借りてるだけのくせによくそんなに偉そうなこと言えるね」
「はぁ!!?」
「もうこの際だからはっきり言うけど、私は君より君のお父上とバトルがしたいし、君のお父上に指示されたドサイドンとマンタインとバトルがしたい。……わかったらどっか行ってよ、私は部屋に戻る」
「
「………………はぁ?」
「同い年のお前のポケモンがそんな強いわけないだろ!どうせ親のポケモンでレベル高いからギリギリの戦いになったんだろ、お前の親より俺のパパの方が強い!」
そして、そうであるなら、もっと話がしたかった。同じベテラントレーナーの子供であるのなら、いいや、ベテランでなくてもいい、エリートトレーナーの子供でもいい、強いトレーナーの子供であるのなら、俺と同じ立場であるのなら、もっと、もっと、………この気持ちを分かち合える子がいるのなら、
「…………ほんとにそう思ったのなら、君、バトルトレーナーになるのはやめた方がいいよ」
「…………え」
今までとは段違いの、”怒っている“声だった。顔は怒りに歪んでいて、目は鋭くこちらをにらみつけていた。
「バタフリーはキャタピーの時に私が初めて仲間にして、一緒に育ってきたポケモンだし、確かにウインディは親から譲ってもらった子だけど、譲ってもらった時のレベルは5だし、ほとんど私が育てたようなもんだよ。ラプラスだって見れば子どもなのは分かるでしょ、親から譲り受けたポケモンであるものか。一緒に育って、一緒に強くなってきた子達なんだ、それをよくも!」
「はーいそこまで」
ぽん、とその少女の頭に手が置かれて、少女は押し黙る。同時に自分の両肩にも覚えのある両手が乗せられた。ベテラントレーナーローザと、自分の父親、アランだった。
「ラディア、ちょーっと言いすぎだ。大体、健気にバトルを挑んできてくれてんだ、適当に相手してやりゃよかったのに。ガキんちょ同士だろ、そう目くじら立てんなって」
「だって、自分のポケモンでもないのにいちいち偉そうに!こいつ、あのバトルで自分が足手まといだったのも分かってない!自覚あって挑んできたならまだしも、父親のことしか言わないんだもの!その癖に、私たちの努力を親の力だって!?」
「どーどーどー、そこまでそこまで。ほんとのことでも言い過ぎはよくねぇって。あー、この後付き合ってやるから機嫌直せ、な?」
「……っ!!」
毛を逆立てたポケモンのようだった女の子は、大きく息を吐いて、気を静めようとする。一度だけきっと此方を向いた後、少女は足音も荒く場を去っていった。ローザが父親に目配せをして頷き、父親がぐそくがすまなかったと伝えておいてくれ、と伝えたのをどこか遠くで聞いていた。ぐそくってなんだろう。そんなどうでもいいことをぼんやり考えた。
「……トニー、あの子が怒ったのはなんでかわかるか?」
「……しつこくバトルに誘ったから」
「そうだな、断られたのに何度もしつこく誘いをかけるのはスマートじゃない。嫌がってるのはわかってたんだろ?」
「……うん」
「人には人の事情があるんだ、そりゃあバトルは楽しいけどな、嫌だって言われたことを無理やりやろうとするのは駄目なことだ。わかってるだろ?」
「……うん。……でも、あいつだって嘘ついてる」
「嘘?」
トニーの父親が話を聞く姿勢を見せてくれたから、トニーは自分の父親に向かって一生懸命に訴えた。
「パパのポケモンは強いんだ。俺と同い年の子が育てたポケモンに負けるわけない。だから、あいつのポケモンだって親から借りたポケモンなんだ」
「…………はは、喜ぶべきか、嘆くべきかな」
トニーの父親、ベテラントレーナーのアランは大きく息を吸って、天井を仰いだ。それから膝をついてしゃがみこんで、トニーと目を合わせて、ほんの少しだけ眉尻を下げた。トニーは、アランが困っているということに気付いた。
何度か天井を見上げて、あー、だのうー、だのと呻いた後、アランはゆっくり言葉を紡ぎだした。
「トニー、あの子の指示をちゃんと見てたかい?自分のポケモンの動きと相手のポケモンの動きをしっかり見て、ポケモンが技を放ちやすい場所に誘導してたし、技をうたせるタイミングもドンピシャだった。どこを狙えばいいのかもちゃんと示してたし、ポケモン側も短い指示やハンドサインでよく指示を理解していた。それには気づいていた?」
「…………、だって、それは、あいつの親のポケモンだから出来たことで、」
「いいや、トニー。あの強さはね、ポケモンだけが強いものじゃなかったよ。だって、トレーナーもちゃんとバトルに参加できていた」
それを聞いて、トニーは頭が真っ白になって、激情のままに叫んでいた。
「なんでそんな言い方するの!!!!それじゃあまるで僕が全然バトルできてないみたいじゃないか!!!!」
「トニー、違う、話を聞いてくれ」
「僕はバトル出来てるよ!ちゃんとあそこまで勝ち進んだもの!!!」
「トニー、……トニー、いい子だから話を聞いてくれ」
アランはいよいよ困り果てた顔をしていて、トニーはいっそ泣きそうになっていた。どうしてパパがそんなことをいうのか、全然わからなかったからだ。
「……、トニー、パパじゃなくて、プロとして言うよ。あの子のポケモンは親のものではないし、もし親のものだったとしても、あの子自身が育てたポケモンだというのはね、バトルを見れば疑いようがないよ」
「……でもっ、だって!!」
「間違いない。トニー、……パパのポケモンに指示を出すとき、どういう風にやった?」
「……、わざのなまえをいった、でも、ちゃんと言った!」
「うん、そうだね、ちゃんと言えていたよ。……でもね、あの子はね、トニー、声での指示だけじゃなくてハンドサインも使っていた。パパは声以外にも指示のやり方はあるってずっと言ってたはずだぞ」
「…………、」
「参加できてない、は確かに言い過ぎだった。ごめんな。でもそうだな、……あの子はトニーよりずっと上手にトレーナーをやっていたよ。たぶんすごくすごく頑張ったんだ。トニーがスクールをサボったり、宿題するって約束をすっぽかしたりしているうちにな」
「……っ、」
トニーの目からはボロボロと涙が零れ落ちていた。
なんでも出来る気がして、なんでも出来ていた気になっていた。顔面をガンと殴られて、頭がどこかに吹っ飛ばされたような心地だった。自分がこっそり隠し通せていたつもりでいたことも親は把握していて、……その上で見逃されていたのだということも知らされて、腹の底が焼けて溶け落ちそうにもなっていた。身体を巡り、思考を溶かし、逃げ出したくなるような衝動を孕んだそのあついものの名を、羞恥と呼ぶのだ、ということをトニーは知らない。まだまだトニーは幼い子供だった。
とどめのように、アランは口を開いた。ここできちんと言って、叱ってやらなければ、この先もっと駄目になるとわかっているからだ。むしろ叱ってやるのが遅すぎたくらいだったかもしれない。
「自分が一生懸命やって完ぺきに仕上げた宿題を、親がやった!なんて言われたらトニーだって怒るだろ。お前が言ったのはそれと同じことだよ。あの子からしたら、お前は親に宿題をやってもらった側だから余計にな」
「…………っ」
「怒ってくれる子でよかったな、場合によっては泣きたくなったのはあの子の方だったと思うぞ」
それはちょっとだけ漏れたアランの本心だった。
トニーはえぐえぐと泣いていた。船の客がちらちらとアランとトニーを見ていたが、その視線すらトニーには気にする余裕がなかった。
「……ごめんなさい…」
「俺に謝ったってなぁ……」
「
それを聞いて、アランはゆっくりと頷く。
「……ん、その謝罪なら受け取るよ。手持ち共もちょーっと最近調子乗ってたからちったぁ反省してもらわなきゃいかんしな。……ほら、ハンカチ」
「ううー……」
顔をぬぐって、ずびー、と鼻をかんで、トニーがハンカチに一生懸命になっている間にアランは周囲に向けて軽く一礼する。そして、トニーをよっこらしょ、と抱き上げて歩き出した。10の子供はとても重たかったが、必要なことだと思ったからだ。もしかしたらトニーは恥ずかしがるかと思ったが、予想に反してトニーは父親の腕の中に納まったままだった。
しばらく歩くと、トニーのすすり泣きが止む。
「落ち着いたか?」
「ん……」
「そうか、そしたら、あの子に謝りにいこうな」
アランは小さな頷きを感じ取って、静かにその背を撫でた。先に部屋で顔を洗わせた方がいいかもしれない、ママにはなんて説明しようかな、ともアランは思った。
「……パパ」
「ん?」
呼びかけに自らの腕の中を覗き込むと、トニーはアランの胸に額をつけていた。顔は見えなかったが、かわりにぎゅっとアランの衣服が握りしめられる。
「俺、強くなる」
「…………」
「ちゃんと俺が俺の力で強くなって、俺のポケモン集める」
「……そうか」
「それで、いつかあいつに、俺とバトルしたいって言わせる……!」
「そうか、……そうか。わかった。頑張れ」
「がんばる」
<アラン>
アニメのアランとは別人。でんどういりしたこともあるベテラントレーナー。
<トニー>
たんぱんこぞうトニーくん。アランの息子。まだまだ子供。