獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
「やぁ、成果が出とらんようじゃったからな。ばばあの節介じゃ」
「……」
ヒトモシ目的、というのは一応最初に伝えてあって、だから色々教えてくれたのはこの人ではある。だが、……成果が出ていない、というわかりきったことを他人に言われると大分堪えるな。
それがおばあちゃんにも伝わったのか、ほんの少しだけ苦笑された。
「まぁ、そう落ち込むな。今日はちょっとした相談を持ってきたんじゃ」
「相談?」
「お前さん、訳ありのヒトモシを迎える気はないかね?」
「……色々と詳しく聞いても?」
思わず食いつくと、管理人のおばあちゃんはしわくちゃの顔を歪めて、ひひ、と笑った。
ふとその顔を見て、ヒトモシたちの伝えてきたことがリフレインする。連れて行ってほしいヒトモシがいる。しわしわの顔、古い、大きい、でもぬしというにはちょっと違う。……この管理人さんのことだったのだろうか。そうだとすると、しわしわの顔で表現ってちょっと失礼だな、あのヒトモシ達。
「一週間お前さんの人となりを見せてもらったがね、託せそうな子じゃと思ったんでな。……ただ、託せそう、じゃあなくて、託せる子だというだけの判断がしたい」
「……そのヒトモシの都合もあると思うので、まずはお話を聞きたいですけど…、でも、その判断にはどんな材料がいりますか?」
焦るな焦るな、とその老女はまた笑った。
「まぁ、まず話をしようか。お前さん、競技バトルにおいて、ゴーストタイプ、エスパータイプを指定して禁止されている項目があるのは知っとるか?」
「……?ええと、【食事】の禁止、でしたっけ」
要するに“
「おう、よう勉強しておるの。そうじゃ、ゴーストタイプなんかは特に、人間の命や感情を食糧にする傾向が強い。その気になればその場で命を吸い上げて、そのまま技の威力を増大させる、なんてこともやる個体もおるな。だとしても、【食事】は禁止されている。…どうしてかわかるか?」
……それが出来るのは知らなかったな。たぶん、禁止にされて長いから、教える人もいないんだろうが。
「…ごめんなさい、わからないです」
「【食事】を通して対戦相手のトレーナーを消耗させることが出来てしまう、が一つと、後は観客席への被害が出る可能性があるため、じゃな」
……うーん、やりづらいな。観客席への被害なんて、そんなものを意図的に出した時点でバトルの世界からは追放、懲役何年になるだろうというレベルだ。手持ちのポケモンの管理が出来ているのが大前提でバトルは成り立っていて、どうわざをぶつけ合うかだってお互いに配慮はしている。だって
大体、その【食事】とヒトモシに何の関係があるのだろう。
疑問が顔に出ていたのか、管理人さんはひょっひょっと笑った。
「まぁ、最後まで聞きなさいな。最初の頃、それこそボールの開閉はついているネジをいちいち緩めてしないといけなかったような頃に行われていたバトルではな、そういった規制は特になかったんじゃよ。対戦相手から平気で生命力を吸い上げさせるものもいたし、観客席から感情を食って力にして技を放ったりな。これじゃあ客もトレーナーも命が危ないってんで、さすがに禁止されたが、それでも【食事】禁止にはならなかった。なんでだと思う?」
「……ええ?」
「そのポケモンの主人から生命力を吸い上げることまでは禁止されなかったんだよ」
「……?それって、普通に暮らしてく分には問題ない範囲ですよね……?」
世間一般の感覚だと、それは問題ない、という認識になる。ポケモンの主人が指示した、あるいは許可をだした上で、主人自らの命や感情を与えて食事をさせるのは常識としては変なことではない。その食欲を他人や他のポケモンに向けさせていけない、というのが常識であって、そのトレーナーとポケモンの間で完結させる分には問題ないということになっていた。……でないと、人とポケモンは一緒に暮らすことすら出来なくなる。
確かに、それが一般常識だって言うのに、バトルだけで禁止されているっていうのはおかしいかもしれない。
「……そう思うかの?シャンデラなんかはいい例じゃ。トレーナーの生命力をくべただけ、シャンデラの炎は燃え上がる。命を食って、強くなる。その匙加減が上手にできるトレーナーほど、使い手として優秀だと言われたもんじゃ。当時は高火力のポケモンと言えばシャンデラの名前が必ず上がったほどじゃな。じゃが、とある事件が起きて、ゴーストタイプの【食事】は全面的に禁止された」
「事件?」
聞いたことのない話だ。聞き返すと、管理人さんはどこか遠い目をして虚空を見た。何十年か前のリーグの話で、調べれば出てくる話じゃよ、と前置きして、その老女は口を開く。
「あるところにな、ヒメギリというとても若いトレーナーがいた。エースはヒトモシから大事に育てたシャンデラで、ほのおタイプのポケモンを中心に組んだパーティはそれは華々しく目立って、リーグでも何回か優勝しておった。してんのう戦かチャンピオン戦で負けてしまうので、でんどういりはできておらんかったがな。
が、トレーナーというやつはいつまでも勝ち続けられるものではない。戦い続ける以上、どこかで絶対に負ける。
やがてヒメギリはリーグで勝ち抜くことが出来なくなってきた」
「……」
それは理解できる。トレーナーはいつまでも強さを保ち続けることが出来るわけではない。
チャンピオンですら代替わりをするのだから、それは当たり前のことだ。ちなみに、でんどういりした人間達を集めて行うチャンピオントーナメントは、ポケモンリーグ開催地域の超花形イベントである。チャンピオンとして魅せるために、チャンピオンだからこそかけられてしまっていた制限、そしてでんどういり後のトレーナーに対してかけられた制限、それら全てを取り払ってのガチもガチの大勝負が行われ、優勝者は地方チャンピオンの栄誉を手にすることになる(尚、このトーナメント、参加するもしないも自由なため、レッドとグリーンは一度も参加したことがない)。
新たな才能が現れて強者を叩き潰すことがあれば、勝ち続ける誰か一人を倒すための対抗戦術…要はメタが組まれて倒されることもあり、新たな戦術が生み出されて環境が変わって負けることもあるし、単純に強いトレーナーやそのポケモン達の老いや怪我によっての引退が起きることもある。……まぁ、ポケモンは高レベルになるほど寿命が伸びるらしいという研究結果が出ているから、ポケモンの老いによる引退というのは滅多に聞く話ではないけれど。むしろ怪我での引退の方が圧倒的に多いだろうか。
「その日ヒメギリは一回戦で敗北しそうになっていた。最後の一体同士という局面、シャンデラは満身創痍で、相手のジュペッタはまだピンピンしておった。
そのシャンデラはな、ただヒメギリを勝たせたかったんじゃよ。どうしてもどうしても勝たせたくて、その炎を一生懸命燃え上がらせた。ただ勝つことだけに必死になって、対戦相手を倒した後、振り返ったシャンデラが見たのは倒れて痙攣する自分のトレーナーじゃった。………死にかけとった。自分の力だけで炎を燃やすことより、トレーナーと一緒になって炎を燃やす練習ばかりしてきたから、加減がわからなくなってしまったんじゃろうな。トレーナーの必死で止める声も届いておらんかった」
「………」
「当然バトルは中止、ヒメギリはなんとか命を取り留めたが、シャンデラはヒメギリとは共にいられなくなった。
故意で人の命を奪ったポケモンは殺処分になる。それは当時からの法律じゃ。殺したわけではなかったことと、故意ではなかったこと、何よりシャンデラとヒメギリの絆は評価されているものだったから、殺処分とまではいかなかったが、ヒメギリはシャンデラと共にいることを許されなかった。シャンデラは野生に返され、エースを失ったヒメギリはバトルトレーナーをやめることになった。
お前さんはヒトモシを欲しいというがな、ゴーストタイプは
じっくり管理人さんの話をかみしめて、しっかり考える。話を聞いて、それでも仲間にしたいですというのは簡単だったけど、それは余りにも失礼に思えた。
いくらかおいて、やっと私は口を開く。
「ヒメギリ、でしたっけ、トレーナーの声が聞こえなくなるくらい頑張ったシャンデラと、命を吸われながらも何もできなかったトレーナー?……ええと、これ、つっこんでいいんですか?」
「なんでも言うてみい」
「……じゃあ、言わせてもらいますけど、そのトレーナー、本当に優勝できる実力のあったトレーナーだったんですか?戦法がどうとか関係ない、それ、要は単純にトレーナーがポケモンを御せなかったってだけの話ですよね?」
「ほう?」
管理人さんの雰囲気が変わった。
「…では、お前さん、ヒメギリの時代のように【食事】が解禁された試合を行ったとき、【食事】を使わずにおれるのか?」
「
あっけからんとそう言うと、底冷えするような空気が漂ってくる錯覚がした。それに構わず言葉を続ける。
「使うでしょうけど、そんな常に食わせる真似はしないでしょうね。別に食わせなくたってシャンデラって自力のあるポケモンですし、それにその状態で慣らしてしまったら戦略的な悪巧みができなくなってしまうし……それにこっちの体力のこともある。たぶん指示の延長線上として使いますよ。トレーナーってある意味じゃ『てだすけ』とか『おさきにどうぞ』とか外付け『こころのめ』とか使えるポケモンみたいなものでしょう。ゴーストタイプ限定だろうが『デコレーション』を要所で差し込めるなら使うにきまってます。
でも、いくら勝ちの目があったって、暴走するポケモンを止めることもできないだなんて、それはトレーナーとしての最低限の責任すらも果たせてないのと同じことじゃないですか。いくら技の効果でこんらんしていようが、相手トレーナーや観客席に飛び込ませないようにするとか、破壊してはいけないものを破壊させないとか、ポケモンを不幸にさせないために、手放してはいけない最後の手綱ってものがある。高レベルのポケモンを従えるトレーナーなら特にそうです。
例えそれが自分への好意からくるものだとわかっていても、ようやく掴めるかもしれない勝利のためだったとしても、ヒメギリは絶対に止めなくちゃならなかった。私だったら動ける間にバトルフィールドに飛び込むか降参します」
それを聞いて、管理人さんは静かに目を覆った。ああ、と呻くようなため息が漏れる。なんとなく、察するようなものがあったけど、静かに言葉を続ける。
「…後、正直、ヒトモシの【食事】の影響は重要視してなかったです。
なんていうかな、ゴーストタイプは人を殺せるといいますが、例えばですけど、このバタフリーだって、羽についているのはどくのりんぷんです。今でこそ普通に擦り付けてきてるけど、進化したての頃はバタフリーも調整がうまくできなくて、どくけしが手放せなかったし。ウインディだってガーディの頃は体温調整があんまり上手じゃなくて、火傷とかも普通にしてましたし。
でも、例えばこおりタイプのポケモン相手に人間が素手で触れたらこおりタイプのポケモンが火傷する可能性があるし、こっちも凍傷になりかねない。だから出来るだけ手を冷やしてから触った方がいいし、ポケモンの方もギリギリまで体温をあげる練習をするでしょう。ほのおタイプだと、逆のことが必要だったりするし、でんきタイプ相手だったら絶縁するとか、アースつけておいてもらうとか、そういうのがいるでしょ。力の強いポケモンに触れられる時は力を弱めてもらわないといけないし、小さいポケモンに接するときは人間の方が力加減を考えないといけない時もある。
環境だって同じことで、私たちが野生のポケモン達のところに行くときはあちらのルールに合わせるし、ポケモン達が人間の領域にやってきたら人間のルールに合わせてくれる。
種族も生き方も形も違う生き物達が、それでも一緒に暮らしたいって思ったら、お互いがお互いのことをよく知って、そしてお互いが色んなことを考えないといけない訳じゃないですか。それで、そうやって私たちは暮らしてきたわけでしょう。
だから、ヒトモシのその【食事】だって、それと変わりがないし、そういうのは当たり前というか、なんというか……うまく言えないんですけど」
どのポケモンだって迎えると決めたなら、一緒に生活していくために色々なことを調べるし、色々なものを準備する。たまたま準備しなきゃいけないものが私の生命力だった、それだけのことだ。
「バトルトレーナーである以上、いつだって技が飛び交うフィールドにいなきゃいけないし、バトル中の死亡事故だってそれなりに聞く話だ。トレーナーっていうのは、ゴーストタイプの使い手じゃなくたって、いつでも一緒に命をかけるもんでしょう。一緒に戦うからこそ、バトルは楽しいんだから。
私はとっくに私のポケモン達に命を預けています。どんな仲間が増えたところでそれは変わりませんよ。…ですから、YESです。私はヒトモシを仲間にしたい」
「そうか。……そうか」
万感の思いがこもったそうか、だった。
喋りすぎてしまったな、とちょっと思った。トキワの森での事件を皮切りに色んな事を経験して、たくさん考えてきたことではあったけど、改めて口に出すと少しむず痒い。でも、大事なことだ。この根幹だけは違えてはいけない。……ポケモンと一緒に暮らすんだから。
ひとのいのちを食べるポケモンと一緒に暮らし、ひとのいのちを食べるポケモンと一緒にバトルに出る。
拙作では、人への捕食は自分の主人に限る、をボーダーラインとしました。