獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
重くなった空気を振り払うように、少し話題を変える。
「まぁ、【食事】のことだってもう経験してますし、加減も大体わかったんで、仲間になってくれたらそれも込みで大丈夫だと思いますよ。ここに来てからずっと私、食われてますし」
「…ほう?」
「最初、ヒュッとした感覚があるからなんだろうと思ったけど、不思議と味見されてるな、ってわかったし、それがわかれば食われてるな、っていうのもわかりますし。会話の最中だって普通につまみ食いされてたくらいですから…シャンデラまで成長したらどうなるかな、とはちょっと気になりますけど、今はゴーストタイプ用のフーズなんかもありますし、色々やりようはあるかなと」
ヒトモシ系列や、カゲボウズ系列などは人の生命力や感情を食べる。そして、その食われる感覚というやつはどうも千差万別らしい。これ以上ない嫌悪感を覚える人もいれば、何も感じなくて分からないという人もいるし、それこそ快感を覚える人もいるという。ただ、どのゴーストタイプも、いわゆる捕食モーションというやつは実ははっきりしていない。気が付いたら食われている、らしい。
なのでタワーオブヘブンに入る時はかなり警戒したのだが、いざ感じてみれば思ったほど不快ではなかった。特に体力が減衰するとかそういう感覚もなかったし、それこそ一日20回30回のレベルで食われていたのに私はぴんぴんしている。これなら仲間にしたヒトモシも、十分養ってやれるだろう。ひもじい思いはさせないと思う。バチュルと同じようにヒトモシもフーズだけにしてしまうと体調を崩してしまうという症例は発見していたので、最悪命を食わせる相性が悪ければヒトモシを諦めなければいけないと思っていたから、その点はよかったな、と思う。
そんなことを考えていたら、がじ、とバタフリーに唐突に頭をかじられた。思わずいった、と呻く。その後勝手に出てきたウインディが足ですぱんと私の体をはたいた。これも手加減されているのはわかったけど、結構痛かった。
「ちょっ、今大事な話をね、」
ラプラスまで出てきて管理人室はぎちぎちだ。肩に強めに顎を乗せられて、体重をぎりぎりとかけられる。
「待って、重たい、ラプラス!」
最後に出てきたバチュルは、がり、と爪で私の腕をひっかいた。とどめのように、抱えたたまごが今までになく大きく揺れる。
「なんなのさ!皆して!」
振り返ろうにもラプラスに肩を抑えられていて身動きが出来ない。
代表してか、バタフリーが不自然なくらい静かな声で私を問いただした。
「フリィ?」
「え?食われてること何で言わなかったかって…、攻撃じゃなかったし、命の危険を全然感じなかったからだよ。蜘蛛の巣にぶつかったみたいな、その程度の感覚だったし…、それに、ヒトモシがいるみたいってちゃんと伝えてたじゃない」
「……フリ、フリィ」
命を僕らに預けたというのなら、野生のポケモンの好きにさせるんじゃない。……頼むから、そういうのは言ってくれ。
バトルでもないのに繋がった感覚がして、その感情が静かに
……確かに、ヒトモシの食事事情については話したけれど、タワーオブヘブンで食われ続けていた、ということは言っていなかった。私、どうして、こんな大事なことを言わなかったのだろう。今の問答がなければ食われたな、程度で強く意識すらしていなかったかもしれない。
「……ごめん。私が悪かった。ほんとごめん」
「……」
黙ったまま、皆はボールに戻ってしまった。バタフリーだけ頭に残って、一本一本、丁寧に髪の毛を引っこ抜きだす。……はげてしまいそうだが、それも仕方ないことをした。甘んじて受ける。
「……管理人さんも、ごめんなさい。ちょっと熱くなりすぎました」
「…いや、……いや、ええ材料を貰うたよ。……じゃが、そうじゃな、一つだけ補足しておくと、ヒトモシの捕食にはちょっとした催眠効果がある。獲物が攻撃だと認識しないようにする程度のものがな。野生のヒトモシほどその能力を適切に使ってくるから、お前さんが問題視しなかったのもその影響じゃろう。あんまりお互いを責めすぎるなよ」
「……いえ、警戒はしなきゃいけなかったんで」
微妙そうな感情を駄々洩れにさせながら、バタフリーが髪の毛を引っこ抜くのをやめる。苦笑した管理人は、やめだやめだ、と手を叩いた。
「嫌な覚悟を問うたの。……すまんな、試した」
「……いえ。……いいえ、私の方こそいやな言い方をしました」
「なんのことかわからんのう。……さて、おいで、シャンデラ。わしは託してよいと思うよ」
管理人さんが虚空に呼び掛けた瞬間、背後のドアノブががちゃりと回った。一瞬で戦闘体勢に入ったバタフリーが飛び上がり、私と一緒にドアに視線を向ける。
「しゃーん?」
その声は管理人さんの方から聞こえた。ばっと振り返ると、管理人さんの横でシャンデラがゆらゆらと浮いている。……全然シャンデラの出現を察知できなかった。
「ひょひょ、まぁこの程度は許せよ。……そうしたら、訳ありのヒトモシの訳について話すとするかの」
「……」
反射で私も立ち上がってしまっていたので大人しく席につき、バタフリーも頭の上に戻ってくる。
シャンデラを生で見るのは初めてで、思わずまじまじと観察してしまう。目が合った気がして、慌てて頭を下げて管理人さんに視線を戻した。わかりやすいの、と笑われて、ちょっと頬が熱くなる。
「……まぁ、話を続けるとの、早い話が人やポケモンの生命力を食べれなくなってしまったヒトモシじゃな。わしと、この野生のシャンデラが保護しておる」
聞いて思わず硬直した。
ヒトモシ系列はフーズだけでは生きていけない。そこはフーズの限界で、ヒトモシ系列は、どうしたって少しは生命力を摂取する必要がある。
「…………それ、めちゃくちゃやばいんじゃ、…え、ポケモンセンターとかは、」
「連れて行ったとも。連れて行ったが、あちらでの処置よりこのシャンデラが食った命を炎に込めて吹きかけてやる処置の方がきいたのでな、こちらで保護しておるんじゃよ。あのヒトモシが“もらいび”のとくせいじゃったから出来たことじゃが」
「そんな訳だったら連れてけませんよ!うちのほのおタイプはウインディがいますけど、命を込めるとかそんなこと出来ませんし!」
「じゃろうな。……じゃから、………これは、賭けじゃよ。
……ヒトモシ達はこのタワーオブヘブンに訪れた人間たちやポケモン達から生命力を分けてもらって生活しておるが、人間の生命力の方を好んでおるし、体になじむのも人間の生命力の方じゃ。
管理人のわしなどはよくそこらのヒトモシに食われておったんじゃがの、………タイミングが悪かった。そやつに食われた瞬間に、倒れてしまってな。幸いそこのシャンデラがいてくれたのと、たまたま墓参りに来ていた人間が『そらをとぶ』持ちのポケモンを持っていたこともあって、わしは命を取り留めたが……。戻ってきたときにはヒトモシは激しく衰弱しておった。ヒトモシの【食事】は確かに命を食うが、あの子の【食事】は相手を殺すための【食事】ではなかったんじゃよ。ただ、生きていくのにほんの少し、分けてもらうものじゃった。
……だというのに、わしはのう……ばばあになったことをあれほど恨んだこともないわ」
「しゃーん………」
沈痛な面持ちでそういった管理人さんの横で、シャンデラがとても悲しそうな声で鳴いた。
体はもう大丈夫ですか、と聞くと、管理人さんは静かに微笑んだ。その表情が何よりも物語るものがあって、何も言えなくなる。彼女の顔色は、ずっと悪いままだった。出会ったときからずっとだ。
「あの子はわしからはもう食えんじゃろう。近頃は近寄らせもしてくれん。食えるようになるまで諭してやる時間もない。かといって生半可な人間ではあの子は怯えて心を開かんじゃろうし…。ポケモン達から生命力を分けてもらうにしても、あの子は弱りすぎた。
あの子はな、バトルが好きでなぁ。ちょくちょく墓参りの人間たちにバトルをふっかけては捕まらないように逃げ回っていたし、仲間内でのバトルじゃいつも最後まで残ってぴょんぴょんはねておった。炎が青々としておってな、ここの掃除をするときはよくゴミを燃やすのを手伝ってくれたものよ。なのになぁ……、わしは、本当になぁ……。
………託せる人間をずっと探しておった。どうか、頼まれてくれないじゃろうか」
時間がないのはどちらか、というのは聞けなかった。そして、言える言葉も一つしかなかった。
「……私でよければ」
「ありがとうな」
老女は深々と、机に頭がつくほどに頭を下げた。
管理人室の奥の部屋、そこからさらに奥の部屋へと案内される。やけにでかい管理人室スペースだな、と外から見た時は思ったものだけど、三部屋もあるのであれば納得だ。
その部屋の隅に、ヒトモシがいた。
くしゃくしゃになった毛布の上に、小さな影がうずくまっている。頭の炎は今にも消えそうなほど小さくて、顔には生気がなく、目をつぶってじっとしていた。意識があるのかないのかもわからない。明らかに、死にかけていた。
「……バタフリー、皆も。今からちょっと、食わせるよ。さっきの今で申し訳ないけど、許してほしい」
「…フリィ」
ひらひらと飛んだバタフリーが私の正面に降りてきて、一声鳴いた。ん、と顔を差し出してくるのを、苦笑してむにむにと揉んでやる。ひとしきり揉んでやって、満足したのかバタフリーは頭上に戻った。
「…ごめんね、ありがとう」
「フリ」
頭を蹴って舞い上がったバタフリーを見上げて、卵を下ろし、中身の入ったボールを三つ、その横に並べる。ふー、と息を吐いて、ぱんと頬を叩いた。後ろから、管理人さんと野生のシャンデラがこちらを見ている。
それこそ無遠慮に、ずかずかとヒトモシに近づいて側にしゃがみこんだ。じっと見つめれば、微かに動いているのがわかる。
「………起きて。起きて、ヒトモシ」
「…………モシ…」
微かに目を開けたヒトモシが、おびえたように縮こまる。ご丁寧に小さくいやいやと身じろぎまでしてみせた。
きっと傷ついたのだろう。びっくりしたのだろう。自分のしていることは何かを傷つけていたのだ、ということを初めて自覚して、それで怖くなってしまったのだろう。人が野菜を食べて罪悪感を覚えないように、ヒトモシが人を食べたところで普通は罪悪感を覚えるものではないだろうに。それこそ、野生のポケモンであれば、人を殺してしまったところで何の感慨もなく放置することだってある。他種族との交流を考えないポケモンなんてそんなものだ。…人が良く来るタワーオブヘブンに住んでいるとはいえ、このヒトモシは、それほど管理人さんに懐いていたのだ。
戻ってきて、このヒトモシを見つけた管理人さんはどう思ったろうか。
言葉がうまくでない。でも、かけてやれるものは声くらいしかない。やれなければこの子は死ぬかもしれない。覚悟を決めて、口を開く。
「……悪かったのは君じゃない。管理人さんでもない。君はたまたまそういう生態で、管理人さんはたまたまそうなった。…管理人さんもそう言ったろう」
「…………モシ、モシ…」
微かな反論に、ぐっと眉根を寄せる。
「管理人さんが君を恨んでるなら、こうやって君を保護したり生かしたりするものか。君は大好きな人を傷つけたわけじゃないんだよ。…………それとも、ねえ、おい、君、死ぬ気でいるの?」
ヒトモシは答えなかった。それどころか、もぞもぞと縮こまって、小さくなろうとする。
「管理人さんを理由にして死ぬ気か?って聞いてるんだよ。答えろ。それとも何、弱りすぎて私と管理人さんの見わけもつかない?若くて新鮮な餌が来てるんだ、食え」
「………モシ」
何事か言おうとして開いたヒトモシの口に、指を突っ込む。ヒトモシが大きく震えて、固まった。
「食べてよ。生きろよ。本当に死んじゃうよ、君。
……大丈夫、私は君に食べられても死なないからさ。ね?」
ゆっくり見開かれたヒトモシの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。それをそっと拭ってやる。ヒトモシの肌は溶けかけた蝋のように柔らかくて、ラプラスのそれとはまた違う、背筋まで冷えてきそうな奇妙な冷えの感触があった。
口がゆっくり、もにもにと動いて私の指をしゃぶる。
ひゅっとした感覚があった。ここに来てから幾度となく感じてきた命を捕食される感覚がする。
……ああ、どうしてこれを手持ちの皆に伝えずにいられたのか。その感覚に対して、覚える印象がこんなにも違う。弱り切ったがゆえに、催眠効果など発生させる余裕もなかったのだろう。蚊が人を刺すとき、多機能な口で痛点を避け、唾液で麻酔をして刺したことを気付かれないようにするように、ヒトモシ達もきっと不快にさせない方法を生み出してきたのだ。それが優しさなのか、獲物を逃がさないようにするための手段なのかはわからないけれど。
本当にごくわずかとはいえ、自分の一部を食われている。その恐怖に手が震え、怯えて引っ込めそうになったのは本能的なものだったが、それを根性で捻じ伏せ、ヒトモシに伝わらないように押し込める。
随分長く、ヒトモシは私の指をしゃぶっていた。ゆっくりと炎が大きくなり、ちろちろとくすぶる熾火のようだったそれがしっかりと灯っていく。
疲れたように目を閉じたヒトモシが捕食をやめ、ころんと転がりそうになったのを受け止める。灯った炎が私を掠めたけれど、不思議と全く熱くなかった。私の命で燃えているからだろうか。
「フリィ……?」
「……ん、大丈夫。寝ちゃったね」
側に座って、そっとヒトモシを毛布でくるんで、壁にもたれかからせてやる。
正面に降りてきたバタフリーを抱えて、羽を痛めないように抱きしめた。
「………あー、もう。皆に埋もれて寝たい」
「…フリ」
いつもしてるでしょ、と返されたけど、寝具なしで、ウインディに抱き込まれて、バタフリーを頭にのせて、胸元にバチュルが丸まって、腰にラプラスの頭がのっかって、身動きがとれないくらい、ぎゅうぎゅうになって詰まるような寝方をしたかった。
「……立てるか?」
杖を突いて近寄ってきた管理人さんが、こちらに手を差し伸べてくる。縋るか迷って、少しさまよった手を管理人さんは驚くほどの力でつかんで引き起こした。
「……管理人さん?」
「ありがとうなぁ。……ありがとうなぁ…!!」
ぎゅっと私の手を握りこんで、管理人さんは何度も何度もお礼を言った。後ろでシャンデラも一緒になって頭を下げている。
なんでだろうか、何も返事を返せる気がしなかった。