獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
孵ってから数時間は比較的落ち着いていた。かわいさにやられそうになりながらもう一度温めてもらったお湯にタオルをつけて固くしぼり、体全体を拭いてやる。それからポケモン達にジョーイさんを呼んできてもらって状態観察をしてもらい(全く異常なしの判定をもらった。よかった)、モンスターボールへの登録もすませ、と忙しかったけど、落ち着いていた方だった。ツタージャはくさ単一タイプなので日光にもよくあてるように、と聞いていたのもあって、日光のよく当たる場所に簡易のベッドを用意してあったから、そこにツタージャを置いてやった。ポケモン達が面倒をみてくれている間に孵化装置の後始末もしてしまう。
ポケモンによって様々ではあるが、ツタージャは生まれて半日~1日は食事がいらない。たまごの中にいた時の栄養がまだ体に残っているからだ。その間に生まれてからでないと出来ない手続きや準備をさっさとこなしていく。事前にソノオタウンのポケモンセンターにはいろいろと相談してあったのも幸いして、ポケモン孵化届、捕獲届などは用意があったからその辺にサインをして、ダッシュで承認を貰って戻ってくる。シンオウのカントー大使館はハクタイにも確かあったので、これを2週間以内に届けにいけば晴れて手持ちの登録は完了だ。ツタージャの寝る場所を寝室にも増やし、一応用意してあったふかふかの土(草タイプが好むらしいと聞いて購入した。遊び場になるといいのだが)を湿らせて玄関の近くに置いて、水飲み場の用意も整えた辺りで、昼を過ぎていた。
時計を見てそれに気づき、さらに私もポケモン達も朝からご飯を食べていないことに気づいて、慌てて食事の用意をする。皆よく訴えてこなかったものだ、きっとお腹がすいていたろうに。見れば立ち上がったツタージャを皆でほめていて、昼過ぎだということに気付いた様子がなかった。ずるいなもう!?私もあそこ混ざりたいんだけど!
ああして面倒をみてくれていたお陰で私は人間的な手続きに集中できたので助かるんだけど、私だってツタージャをかまいたい。子どもが苦手なポケモンもいるし、ポケモンによっては他種族のポケモンのたまごが持ち込まれることすら嫌がる個体もそれなりにいるというから、それを思えば皆がツタージャに夢中な今の状況はすごく良いことなんだろうけど。どうしたってずるいと思ってしまうのは許してほしい。あんだけかまってるんだから人間相手の力加減とか教えててくれないかな、ポケモン的な方向から知識を教えてやれるのあいつらしかいないんだけど。
若干荒れた心持ちで皆と自分のご飯の用意を終え、使ってもないのに開きっぱなしだった電子レンジの扉をバタンと閉める。そして、最後にツタージャの初めての食事の準備をした。時間的には初めての食事にはちょっと早いが、味だけでも覚えてもらおう。土風味のくさタイプ向けベビーフードを買っておいた鮮やかな深緑の器に移して、付属のスプーンを突っ込むだけなのですぐ終わった。後は食べなかったとき用に栄養剤入りの水なんかも用意しているが(くさタイプは水と太陽光だけでいい、という個体もそれなりにいるらしいと聞いたので用意したものだ)、さて、あの子は何を好むことやら。
いつも皆が食事をしている場所の片隅にツタージャの居場所を作ったのだが、フーズ入れを並べていっても皆振り返りもしない。あのラプラスですらツタージャに夢中な辺りちょっと!という気分である。
「皆!ご飯の時間だよ!」
腹いせに私もレトルトをひっつかんでどっかり座り、側にツタージャのご飯を置いた。今日はこっちでポケモン達と一緒に食べよう。やりたいこともあるし。ラプラスは一回ボールに戻してフーズ入れの前に出し直し、それでやっと皆自分のフーズ入れの前に来たが、完全に後ろ髪を引かれている様子で、そりゃもうちらちらとツタージャを見ている。とうのツタージャは、突然皆が移動していったのでぽかんとした顔でクッションにしがみついていた。極端か!誰かフォロー入れてからこっち来なさい!とは思ったけど、ほんと皆浮かれてるなこれ。
思わず笑うと、しまった!みたいな顔を全員でするものだから、さらに笑いそうになってしまった。しょうがないな、と後頭部をぼりぼりとかく。
「ツタージャ」
「たぁ?」
「こっちにおいで」
さっき立てていたのは見えていたし、ポケモンは孵ると同時に動き回れるようになる個体がほとんどだ。すごい個体はわざすら放つという。………そういえばさっきのつる、『つるのむち』の応用みたいなものか?すごいのでは?うちの子天才か?……待て待て思考が飛んでいる、なのでたぶん動けるだろうと思って呼んでみたが、予想通り、ツタージャはゆらゆらと立ち上がった。これはいけるのでは。おいで、という言葉もちゃんと理解してくれているようだ。クッションベッドのふちをよっこいしょ、と乗り越えようとして、引っかかってずべしゃ、と床に墜落する。ポケモン達が一斉に動こうとしたのを、共通ハンドサインの待て、で止める。止まってくれなきゃどうしてやろうかと思っていたが、幸い皆止まってくれたのでほっとした。ヒトモシにハンドサインを教えるのを始めていてよかった。
泣くかな、と思ったが、ツタージャは泣かなかった。若干瞳は潤んでいたが、それでも震えながらちゃんと立って、よたよたとこちらに近づいてくる。一歩一歩、こちらに向かって床を踏みしめて歩いてくる様は、必死なのはわかるんだけど、可愛いなほんと、と心の中で思って、それを顔には出さないようにしまい込む。手助けしてやってもいいし、私の隣にだっこして連れてきてやってもよかったが、それをしなかったのは敢えてだ。
私がおやだ。そして、私がトレーナーだ。私の指示を聞く気があるかどうか、そして実行する気があるかどうか、というのはかなり重要なことである。甘やかして育てる気は満々であるが、それはそれ、これはこれ、おやとして、トレーナーとして、しなければならない躾というやつはある。
半分ほどを歩いたツタージャが立ち止まり、私の差し伸べた手と、自分の足を見比べて、うう、と泣きそうな顔をする。生後0日にはさすがにちょっと遠かったか?そう私が考えた時だった。
「じゃ!」
覚悟を決めた顔でツタージャが鳴き、しゅるんと伸びてきた『つるのむち』が私の手首に絡まる。
「んっ?」
「たーじゃ!」
それで気合を入れて?つるを引き?あっ待ってちょっとウインディヘルプ!!
手首が強く引かれ、その反動で文字通り宙を舞って飛んできたツタージャを受け止め、ひっくり返らないように根性で腹筋に力をこめる。それでものけぞりかけた体はウインディの前足が支えてくれてどうにかなった。
「あっぶな、ツタージャは、」
「たぁ!」
「無事か…君ねぇ……」
「ギャウガウ」
「あーうん、ありがとう……」
手首が外れるかと思ったが、私の手首はなんとかこらえてくれたらしい。後から湿布をはった方がよさそうではあるけども。これボールハンドリングに影響でそうだな、右手だし。
にっこにこの笑顔で私の膝に収まったツタージャは、ほめて!たどり着いたよ!と言わんばかりの顔である。こいつめ、と思いながら少し強めにぐりぐりと体を撫でてやる。首周りの黄色の草のような部位と頭の間のわずかな隙間に手のひらを差し込んで撫でるのと、柔らかなお腹を撫でおろしてやるのが一番心地よいらしい、気持ちよさそうに目を細めたツタージャを思いっきり撫でまわした後、そっと顔に手を添えて私と視線を合わさせる。
「発想力の天才かな…よしよし、よく考えてここまでこれたね、頑張った頑張った!ただ、次からは手首ピンポイントじゃなくて二の腕に巻き付けるとかにしようか。関節はあかんわ」
大分ズキズキしているが、まぁこういうこともあるだろう。こっちね、と二の腕をとんとんと叩いて場所を示し、あぐらをかいた足の間にツタージャを収めて、手を合わせていただきます、というと、私がご飯に口をつけ始めたのを見てからやっと皆もご飯を食べ始めた。若干視線が痛いが、生後0日の力加減の拙さに関してどうこういう気はないし、咎める気もないのだ。その辺はわかってるよね、と目線を返すと、おとなしく目をそらして食事に戻ってくれたのでよしとする。ポケモンほど強靭な体を持っていないのはほんと困ったものだ。
「たぁ?」
なにそれ?と私のご飯に興味を示してきたツタージャの頭をスプーンを咥えてわしわしと撫でる。
「私のご飯。君のご飯はあっちね。後で食べてみようか。先輩たちの食事もちゃんと見ておくんだよ。いずれ君も一人で食べるんだから」
「たー…?」
よくわかっていないっぽいツタージャをポケモン達がよく見れるように座らせ直し、自分のご飯をかっこむ。食べてみてわかるが思ったよりお腹がすいていたらしい、それはポケモン達も同じだったのか、いつもより早いペースで皆が食事を終えた。心なしかそわそわしているツタージャと、ちょっとしょんぼりしているっぽいラプラスの気配を感じて、苦笑しながらツタージャを抱きかかえ、お盆に乗せたツタージャの食事を持って立ち上がる。
「皆もおいで」
いつものようにラプラスの首筋を背にして座ると、わっと一斉にポケモン達が集まってきた。ラプラスも自分から離れた場所でツタージャにご飯を食べさせるわけではないと理解して機嫌がよくなった気配がする。
タオルをぶら下げてきたバタフリーからありがたくそれを受け取って抱き上げたツタージャの下に敷き、もう1枚は側に置く。ツタージャの器を取り上げてやって、ちょっとだけスプーンにフーズをとった。
「たぁ?」
「あー、よだれかけ買っとくべきだったかな……まぁ拭けばいいか。ツタージャ、口を開けて」
「……?」
口元にスプーンを持っていっても食べる様子がない。なんだこれ?という感じでまじまじと観察はするものの、まだ食べるという発想がないようだ。……やっぱちょっと早かったかな。
仕方ないのでフーズをちょっとだけ指で掬い取って、少しだけ開いた口の端っこにひっかけてなすりつけるように押し込んでやると、やっと咀嚼と嚥下をこなしてくれた。
「……!じゃ!たーじゃ!」
「お、よしよし」
反応は上々だ、ぱあっと輝いた表情でスプーンに飛びつこうとしたので、慌ててどかす。待て待て、と言いながら試しに栄養水の方も指を濡らして口に突っ込んでみたが、こちらはあまり反応が芳しくなかったので、やっぱりフーズか。
「ちょっとずつね、ちょっとずつ」
誤ってスプーンごと飲み込みかねない勢いで私の手を掴むので、一端器を床に降ろして、ツタージャを片手で軽く抑えてやりながら少しずつ食事をさせる。スプーンに乗ったフーズはあっという間に無くなった。
「たーじゃ!」
「わかったわかった、あげるから待っててね」
器を持ち上げようとして視線を移し、短い手でぷるぷるしながら器をこちらに掲げてくれているヒトモシと目が合って、思わず微笑んでしまった。
「ありがとう」
「モシ!」
元気よく返事をしたヒトモシに甘えて、スプーンでまた少しだけフーズをとって、少しずつ少しずつツタージャに食事を与えていく。一気に食事を与えて、詰まらせでもしたら大変だからだ。やがてフーズはほんの少しを残して無くなり、ツタージャは満足そうにけぷ、と息を吐き出した。フーズをのせたスプーンを目の前で振ってみせたが、目もくれない。どうやらこれで満腹らしい。ちょっとうとうとし始めている。ヒトモシにお礼を言ってクッションベッドにツタージャを移した。