獅子の隣に並ぶまで   作:ZZ

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赤ん坊を育てるということ

 

戦争が始まったのは、ツタージャが孵った四時間後からだった。

 

ポケモンの、と言わず、大概の生き物は、赤ん坊の時は成体のときより食事の頻度があがる。睡眠の頻度もだが。そしてそれはツタージャにも該当していた。数時間ごとに食事を要求してくるようになったのだ。ついでにめちゃくちゃ動き回りだした。大人しく日光の当たるクッションベッドに鎮座して寝ているかと思えば、ラプラスの体を遊び場にして駆け回り、定期的に『つるのむち』ですっ飛んではバタフリーに衝突して墜落させる(バタフリーも避けると怪我をさせかねないので頑張って受け止めてくれているらしい)。バチュルの体毛をしゃぶってべたべたにして、ウインディの鬣で遊びまくって芸術的な毛玉を量産し、私への突撃も結構な数あって、手首どころかあちこちに湿布が増えた。本ポケが甘えたいだけ、遊びたいだけだとはわかっているけど、動ける赤ちゃん(敵対生物がいないので警戒心の欠片もない)の破壊力はものすごい。ポケモン含めて目がたくさんあるにも関わらず、目が離せないにも程がある。

 

そして何が一番大変かって、それは夜半も絶え間がないことだった。気分で起きてお腹がすいたと催促し、気分で遊び回り、気分で寝るツタージャには昼も夜もほとんど関係なかったのだ。一応寝ているときにご飯頂戴、と起こされたとき、遠慮がちだったから情緒は芽生え始めているようだったけど。

 

そんな状態が一週間、ただの一週間きりだったのに、私もポケモン達もくたくただった。赤ちゃんなので感情は豊かで読み取るのは容易だったが、赤ちゃん故に伝えたいことが伝わらず、軌道修正も難しい。今までなんだかんだでポケモン達との意思疎通が出来ていた分、特にその辺りがしんどく感じた。ツタージャが可愛くなければ最初の三日でギブアップしていたと思う。

 

でも、これでもまだましな方らしい。一時間ごとに食事を要求してくるポケモンもいるし、種族的に睡眠がごくわずかなので寝てくれず、ずっと動き続けるポケモンもいるらしいし、大体人間の赤ちゃんだって育てるには毎日が戦争だ。救いはツタージャは二週間程度で食事欲も睡眠欲も収まってくるらしいという事だろうか。

 

一週間たって食事の間隔が少しずつ長くなっていくのは分かっていたけど、それでもなんというか、うん。あんまり言いたくないことではあるが、ちょっとあの、宇宙が見えそうな心持である。なめていたつもりはないし、色々調べて準備もしていたし、一応育児にあたっての当番みたいなものも決めていたけど、実際赤ちゃんに相対してみれば現実はまた違ったというか。

 

それもむべなるかな、

 

私:10歳人間♀。育児経験なし。

バタフリー:キャタピーの時分に群れを形成したことがない。その後私と暮らしていたので育児経験なし。

ウインディ:小さいころから私と暮らしていたので育児経験なし。親の記憶があるかも怪しい。

ラプラス:本ポケが子供。たぶん生後二年ちょっとくらいだと思う。年下のポケモンと関わった経験もない。

バチュル:群れは全頭同世代の兄弟みたいなものだったらしく、小さい子供の面倒を見たことがない。

 

という面々だったし。……いけるって考えたのがまずったかな。いやでも、ジョウトのヒビキが10歳でたまごを孵して立派に育て上げたというのは有名な話だ。前例がある以上は私でもいけるだろうと思ったんだけど……、……いや、うん、素直に認めよう。私の判断間違いだ。

 

これはもうちょっと仲間が増えて、私も大きくなって、大人相当の体力がついてから挑むべきことだった、と深く反省する。

 

ブリーダーさんのところでこの子だ!と思ったのでたまごを譲渡してもらったが、孵ってから時間の経ったツタージャを引き取る手立てもあったのに。あの子を選んだことは後悔してないけど、子育てについての見通しはちょっと色々と甘すぎた。しなければならない躾がある、じゃないんだよな、できてないから。せめてブリーダーさんの施設の近くにキャンプして、アドバイス貰いながら育てるとかやりようはあったはずなのに。

 

ツタージャは健康に育ってはいるし、言ったことを全く聞かないというわけでもないが、ちょっと私の方がやばい。

 

唯一の例外として、ヒトモシがいてくれたのが救いだろうか。バトルに奔放な質ではあったようだが、元々は年齢層がばらばらの群れに所属していたらしく、赤ん坊や子供の面倒については唯一の経験ポケだったのだ。後種族的に睡眠が少なめですむというのもいい方に働いたようで(私だけでなく、ポケモン達もよく食べてよく寝るを実践していたせいで、予想外の時間に起こされる生活はかなりきついのだ)、ヒトモシは寝不足でふらつくようなこともなかったのだ。赤ん坊ゆえの突拍子のなさに対する耐性が強いのも本当に助かったところで、ヒトモシがいなければツタージャは二回は窓を突き破って脱走していた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒビキィ!!!!起きて!!」

「…………、んぁ!?何!?」

「何じゃない!!トゲピーがどっか行っちゃってる!!!」

「…………は!!??」

 

飛び起きたヒビキが慌ててテントの中を見渡せば、確かにトゲピーの姿はどこにもなかった。入り口辺りで力尽きて行き倒れたようになっているマグマラシと、トゲピーにひたすら腹の上でトランポリンをされてグロッキーになったニョロモだけが散らばっていた。コクーンは今交代でとっている仮眠のためにボールの中で、コイキングは陸の上にはちょっと出してやれない。テントの入り口にはコトネが腰に両手を当てて、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

 

 

たまごを預かったのはなんというか、ウツギ博士の手違いというか、その助手の勘違いであった。どうしてそういう勘違いをしたのかまでは知らないけれど、ウツギ博士の助手がヒビキにたまごを預けて、ヒビキは何も知らなかったのでそれを了承して、無事に孵すところまでもきちんとやったのだ。で、ポケモンを孵した時どうするのかなんてスクールで教えてくれなかったから、ポケモンセンターに孵ったポケモンを孵化装置ごと持ち込んだのである。トゲピーは粘液と殻にまみれて居心地悪そうに孵化装置の真ん中に鎮座していて、それを見たジョーイさんがなんで子供がポケモンの孵化を!?と仰天していた。とにもかくにも大騒ぎで諸々の処理が進み、気付いた時にはジョーイさんが何もかもやってくれていて、それでヒビキはどこか呆然としながらウツギ博士に電話をかけた。

 

そうしたら、平謝りされたのだ。原因はともかくとして、君にポケモンのたまごを見せようと思っていたのは確かだが、預けるつもりはなかったし、ましてや孵化やその先まではお願いする気はなかったのだと。かといって、ウツギ博士もその助手も、すぐさまトゲピーを引き取りにくることは出来なかった。タイミング悪く別の地方のウィローという名の博士に会いに行っていて、今すぐ帰ったとしても2週間以上はかかるという。そして、産まれたてのトゲピーを通信機能で送ることはできないということも知らされた。赤ん坊のトゲピーを通信で送信するためにデータの姿へ変換するのは、トゲピーの発育上よろしくないのだという。せめてもう少し育ってからでないと、と言われた。

 

 

「じゃあ、オレが面倒を見ます」

 

 

そこまで聞かされて、ヒビキはそう言った。言うしかない状況ではあったけど、そうでなくともきっとヒビキは面倒を見ると言っていただろう。……だって、たまごを託された時、すごくうれしかったのだ。どんなポケモンが孵るのかはずっと手持ちのポケモン達と楽しみにしていたし、コトネもちょくちょくたまごの様子を見に来ていた。ウツギ博士からたまごを託されたのだ、ポケモンを預けてもらえるくらいに信頼してもらえているのだ、というのも誇らしく感じていた。……その誇らしさは小さくしぼんでしまったけど、でも、……でも、このトゲピーに感じた可愛らしさまでが小さくなってしまったわけではない。

 

だからヒビキは、ジョーイさんに大反対されて、コトネに心配されながらも、それでも生まれたてのトゲピーの面倒を見ることにしたのだ。

 

ポケモンの赤ちゃんをモンスターボールにいれることは推奨されていない。様子の変わりやすい赤ちゃんを外から様子の見えないボールにいれるというのがまずよろしくないし、ポケモンの発育にも悪いとされていた。だから、ポケモンの赤ちゃんを連れて歩くトレーナーは産まれてから少なくとも二週間はつききりでボールにいれずに面倒を見る必要がある。

 

だけど、5日目にしてヒビキは大変に参ってしまっていた。

泣いて、ご飯を食べて、泣いて、寝て、泣いて、起きて、泣いて、泣いて、泣いて泣いて泣いて、それを数時間単位で繰り返すトゲピーは、ヒビキとそのポケモン達に休憩の時間もなにも与えてくれなかった。ボールの中にいるだけのコイキングですら、出してやった時は心なしかしんなりしているレベルだった。完全に全員が力尽きて、それで結果的に誰もがトゲピーから目を離してしまう形になったのだろう。

 

もう一度テントの中を見回してみたが、やっぱりトゲピーの姿はどこにもなかった。ざっとヒビキの顔が青ざめる。

 

「……ど、どうしよう、」

「探そう!!赤ちゃんだもん、遠くには行ってないと思う!」

 

ヒビキはそう叫んだコトネに手をひかれてテントを出た。カッと目をやく日差しがまぶしくて、テントを出たのはいつぶりだろう、とそんなどうでもいいことを考えてしまうくらいには、頭が回っていなかった。

 

 

「おーい、坊主!こいつはお前のポケモンじゃなかったか?」

「……え?」

 

声をかけてもらったのは、捜索を開始して30分くらいのことだった。ぶんぶんと手を振る筋骨隆々のおじさんの腕に抱かれているのは確かにヒビキのトゲピーである。飛び上がったヒビキが慌てて側に駆け寄ると、トゲピーはすやすやと眠っていた。

 

「……あぁ……、よかった、……オレのポケモンです……」

 

安堵のあまり座り込みそうになったヒビキをおじさんが慌てて支えて、その顔を覗き込む。

 

「ひでぇ顔してんなぁ、……おい、坊主、悪いこと言わねぇから自分の家に戻りな。旅の最中で赤ちゃんの面倒をみれると思っちゃいけねぇ」

「……そん、なこと言われても、」

 

それは何度も考えて、でも、トゲピーがいるから出来ないことだった。今のトゲピーを抱えたままそこそこの距離を移動してワカバタウンに戻るなんていうのは、どう考えたって無理がある。かといって、このままヒビキが面倒をみるのもそれはそれで詰んでいた。トゲピーの世話はまだまだ続く。なのにたったの5日でもうこれだ。頼れる大人はそばにいなくて、ジョーイさんだってやめろとは言ってくれたけど、具体的にじゃあやめた後どうすればいいかは全然教えてくれなかった。大体ポケモンセンターは託児所ではないので、申請だのなんだのをかわりにやってくれただけ優しいと言える。

 

じわりとヒビキの目から涙がにじみ出る。ヒビキは途方に暮れていた。かといって、このつらさをコトネに押し付けるようなこともしたくはなかったし、自分でやると言ったのにウツギ博士に泣きつくのも違う気がした。

 

「…………、うん、わかった、悪かった。お前さん、もういっぱいいっぱいだな」

 

優しい声に、ヒビキはすすりあげるようにして泣き出した。それに合わせて、目覚めたトゲピーも泣きはじめる。

 

「とりあえず、お前さん、荷物をまとめてきな」

「……っ、グスッ、……え?」

「うちにこい。家内がな、ポケモンをたまごから育てたことがある」

「……でも、迷惑じゃ、」

「お前さんみたいになってるのをほっとく方が家内に叱られる。……あー、後そうだな、ほれ」

 

 

そういっておじさんが尻のポケットをごそごそとやって、取り出したカードを見せてくる。

 

 

「“若年成人サポート協会”……?」

 

 

その名前に、ヒビキは聞き覚えがあった。旅先で困ったとき、もしものことがあれば頼るように言われている協会の名前で、スクールで習ったものだった。

 

 

「普段はな、こづかい使い果たしちまったって困ってるガキやら、家に帰りたいって泣いてるガキやら、ポケモンをどうすればいいかわからないっていうようなガキのフォローをしてやってんのよ。皆10歳で成人して旅立っちまう世の中なんだから、せめてそういうことするのは年長者の役目だろ。……だから、大丈夫だ。流石にポケモンの赤ん坊抱えて困ってるガキの面倒みるのは初めてだがよ、大丈夫だ、……もう、大丈夫だぞ」

 

 

とても、とても優しい声だった。

ヒビキはとうとう声をあげて泣いた。それは、コトネが駆けつけてくるまで続いた。

 

 

 

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