獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
※ポケモンが喋ります
Side:バタフリー
バタフリーの朝はいつだって早い。ぱちりと目を覚ましたのはまだ日ものぼらない薄暗い時間帯だ。意識のしっかりした覚醒を待って、もたれかかっていたクッションから体を起こす。
そうして、毛布にくるまった主人の寝顔を覗き込む。今日はウインディに抱き込まれ、ラプラスの頭を腰の辺りに乗せて、ツタージャを抱いてすやすやと眠っている。ヒトモシは主人とウインディの間に挟まっていて、ロトムはころんと肩の上に引っ掛かっていた。皆主人にくっついて寝たいのだ。
ラディアの頭の上の辺りで踞って眠っていたバチュルがもぞもぞと動き出したのを見て、バタフリーは主人の頭にそっと触角を触れさせた後、皆を起こさぬよう部屋を出た。
シンオウのソノオタウン、その一角に居を構えてそれなりに経つ。ラディアの生家に比べれば随分小さな家ではあったが、バタフリーはこの家をそれなりに気に入っていた。とはいえ、一番気に入っているのは町から町への移動中、キャンプで過ごす一時ではあったが。
リビングにたどり着いたところで換気ついでに全ての窓を開け放し、カーテンもざっと開ける。そうしてから、庭に面した窓から家の外へと飛び出した。毎朝の日課、飛行訓練だ。
まずは準備運動から、と庭の中をゆっくりぐるぐると周回し、徐々にスピードをあげていく。
いつものルーチンを始めながら、バタフリーは珍しく、レッドのバタフリーに出会った時のことを思い出していた。
「君の飛び方は
相対したレッドのバタフリーにそういわれて、ラディアのバタフリーはかっと怒りがこみ上げた。マサラタウン、トキワシティに住む人間たちの側にある一番大きなポケモン達のコミュニティは、トキワのもりの中にある。だから、この近辺に暮らす人々の手持ちにもトキワのもりで生まれたポケモンは多かった。なのでキャタピー系列を手持ちにしているトレーナーはある程度はいて、バタフリーだって別にラディアのバタフリーだけが存在しているわけではなかったのだ。そして、そういったバタフリー達の中でも一番強いのはラディアのバタフリーで、というかそもそもそれまで負けたことがなかったので、いくら強者からの物言いといえどその言い方にはかちんときたのだ。
マサラ、トキワ、ニビ。それこそハナダのトレーナーとだって戦ったことはあったけど、今まで出会った中で、一番早く飛べるバタフリーはいつだって自分だったし、一番強いわざが出せるのもいつだって自分だった。
強くなれば楽しいし、何よりラディアが喜んでくれる。だから努力するのも勉強するのも苦ではなく、レッドのバタフリーの飛ぶ姿を見た時はかじりつくようにして見た。見た上で、ラディアのバタフリーは少しは追いすがれているだろう、何を教えてくれるかな、と楽しみにしていたのだ。なのに、下手くそと来た。
「下手くその意味がわかってないって顔してる。弱いのに」
「そりゃああなたに比べれば弱いけれど。そんなに下手くそ?」
「とても。飛び方の制御がなってない。君は鳥ポケモンにでもなるつもりなの?僕らは虫ポケモンなのに」
その後のことはよく覚えている。叩きのめされぼこぼこにされながら飛び方一つ一つに指導が入り、いっそ罵倒されていた方がましだったというくらいに淡々と、ラディアのバタフリーは指導され続けた。
「鳥ポケモンは早く飛べる。風を切り裂いて飛ぶのも自由だし、空気をつかんで飛ぶこともできるし、あいつら、空ではとっても自由だ。代わりに僕らは細かく丁寧な移動が出来る。空中で全く位置を動かさず止まっていることが出来るし、些細な風にも乗れるし、ターンも小回りがきく。なのに君ときたらやたらと速さを追及してばっかりだ。それは鳥ポケモンの飛び方で、虫の、というか、人間式にいうと蝶ポケモンの飛び方ではないよ」
ちっとも体力を消費していない、と言わんばかりの涼しい顔で降り立ったレッドのバタフリーはそう伝えた。ラディアのバタフリーは一度羽を振り上げて降ろす、その動作も出来なくなっていたというのに。
「何を見てきたかは知らないけれど、憧れる先を間違えている。君は僕に憧れて、僕を真似するべきだ」
そういって、じゃあもう一回、とレッドのバタフリーにぶら下げられて空を飛ばされたのだったか。空高くまで連れられて行って、手を離された時のあの絶望、滅多に体験できるものではない。動かせない羽をなんとか動かして、風を掴んで滑空して、それでなんとか地面にたどり着けたのだったっけ。褒められたのはあれきりだった。あのバタフリーは、今どこにいるのだろうか。
あの一件で、バタフリーは世界を知らされたのだ。
最後は頷くことも出来ないほど疲れ切っていたので、あの後結局レッドのバタフリーに返答することは出来なかった。それが少しだけ心残りだ。飛び方を真似はする。
だけど、
今までだって、これからだって誰にだって憧れという感情を抱く気はない、というのを伝えられなかったからだ。
どんな相手でも倒せるようになりたいから、憧れる相手を作りたくない。それは、トキワのもりでラディアを守り切れずに怪我をさせてしまったときからの思いだった。憧れは、自分より格上の生き物に対してしか発生しない感情であるから。
自由落下を繰り返し、羽の角度だけで風を掴んで滑空するのを繰り返し、一つ一つの飛び方を何度でも練習する。
「バタフリー!ご飯だよ」
一通りの朝の日課を終えた頃、世界はすっかり朝日に満ち溢れていた。開いた窓から主人が手招きしているのが見える。
「フリィ!」
丁度いい風が吹いている。バタフリーは風に乗り、そのまま一直線にラディアの胸へと飛び込んだ。