獅子の隣に並ぶまで   作:ZZ

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Side:バチュル

 

バタフリーが部屋を出て行ったのを察したバチュルは、そっと主の頭から距離をとって、大きく伸びをする。ぽやぽやとしていた意識がしっかりしたのを確認して、皆の様子と主の様子を見た後、主の頬にそっと体を寄せてから寝室を出た。

 

リビングにいくと、床近くの壁に主がバチュルのために置いてくれた鏡が引っかかっている。その前で、バチュルは念入りに毛づくろいを始めた。寝起きの体のストレッチの意味合いも強かったが、何より自分の体のコンディションを確認することが出来るので、寝起きの毛づくろいは野生の時からの習慣だった。共に暮らしたバチュルたちはお互いにお互いを毛づくろいをして、自分の手の届かない所の毛づくろいは誰かにやってもらっていて、ということをしていたし、それがコミュニケーションの一環にもなっていたけれど、ラディアのバチュルはいつしか一人で自分の体のほとんどを毛づくろい出来るようになってしまっていた。太ってくるにつれ、こんな体を触られたくない、という思いの方が強くなっていて、他のバチュルに毛づくろいをさせなくなっていっていたからだ。

 

今は主に背中を撫でてもらったりして、届きにくいところは整えてもらったりするようになったけれど(ラプラスなどはお手伝いする?と声をかけてくれたくらいだ。バチュルの体よりラプラスの舌の方が大きいので、バチュルは気持ちだけもらって丁重にお断りしたが。代わりに毛の生えているウインディの毛づくろいを提案しておいた)、それでも相変わらず朝の習慣だけはやめないでいた。痩せてくる体を確認できるのは嬉しかったし、何よりバトルだ。痩せるのと並行してバトルのための体づくりを始めたバチュルとしては、体のコンディションの確認は何より大事なものだと考えていたから、朝の習慣はそれにぴったりのものだったのだ。

 

足先の毛を整えて、腹回りのチェックをして、背中を鏡で見ながら足先と壁を使って整え、最後に手で頭をくしくしと整える。ここまで丁寧な毛づくろいは今のように朝にしかやっていなかったけど、一度だけラディアに乞われて目の前で見せたことがある。君の習慣に対して、何か手伝えることがあるかもしれない、というのが理由だったし、結果的にこうやってバチュル専用の鏡を貰うことになったのでそれはよかったのだけど、そういえば、あの時の主の反応と言えば面白かったなぁ、とバチュルは思い出した。

 

確か、はむすたーみたい、と言われたのだったか。思わず零れた、という様子だったが、その後も食い入るようにバチュルを見つめたラディアは、君がかっこよさを求めているのは知っている、それでもその、本当に申し訳ないんだけど、とてもかわいいと思ったし、ほんと、君の身支度だから嫌だったらちゃんと嫌だといってくれてよいから、あの、君の毛づくろいを動画で撮らせてくれないか、と大分早口でお願いを口にしたのだ。

 

主のバトルや生活に関わらないお願いというやつを、その時バチュルは初めて聞いた。バタフリーの顔を揉んだり、ウインディの腹にダイブして寝ていたり、ラプラスの背に乗ってくつろいでいたり、というのは主も気に入っているコミュニケーションだったけど、それはポケモン側が望んでいることでもある。だから、本当に単純に、ラディアがラディア自身のための我儘を言ってくれたのがバチュルであった、というのは、バチュルにとってはとても嬉しいことだったのだ。

 

だからすぐに了承して、もう一度一から毛づくろいをする様子をラディアに撮らせたのだったっけ。

 

毛づくろいを終えて、バチュルは庭に出るか少し悩んだが、庭の草木が朝露に濡れているのを見て諦めた。びしゃびしゃになった体で朝ご飯を食べたくなかったし、床の始末をするのは結局はラディアの仕事になってしまうから、そんなことでラディアの朝の仕事を増やしたくなかったのだ。

 

大人しくリビングルームでもう一度ストレッチをし、出来るだけ音をたてないよう、狭い空間での運動を始める。寝室の皆を起こさない、というのは勿論だったが、音を悟られない、というのは『ふいうち』を放つ上でも大事なことなので、ある意味では丁度良かった。椅子の上や壁、調度品などをとっかかりにして駆け回り、この運動をするときは体のどこの部位を動かすか、ということなどを意識する。そうすると、その部位が痩せやすくなるはず、というのはラディアから教えてもらったことだ。

 

実のところ、太ったバチュルの前例は少なかった。ラディアはたくさんいるんじゃないかと思っていたのに、と首を傾げていたが、さもありなん、バチュルはバトル向きとして迎えられることは多くとも、家族として迎えられることはイッシュでは少ない。生息地が電子機器に影響を与えるでんきいしのほらあなであるため遭遇例が少ないことは勿論であるが(あの危険なほらあなをわざわざ通っていくよりは、外の迂回路を使う人間の方が多いのだ)、見た目の可愛らしさとは裏腹に電気を食べる性質上、人間生活に害を成すことが多く、縁がなければ迎えられることはほとんどない上に、そもそも仲間として、家族として、迎えられたバチュルたちはまず真っ先に食事に関しての話を人間とする。

 

そうすると一緒に暮らすのだから、と、なんでも食べ放題にしてはいけないから、と、バチュルたちは頑張って自制をするのだ。後、人間側も他のポケモンより食事事情をきちんと管理していることが多く(そうしないと冷蔵庫に向かう電気を食べられた、パソコンに向かう電気を食べられた、ブレーカー付近から直に吸われたせいで全部停電した、など事例は数多く、その辺エレキッド系列やコイル系列もそうだが、電気を食べるポケモン達専用のマニュアルが存在しているほどだ)、結果的に太るバチュルも少なくなっているのだった。

 

だから、バチュルのダイエットに関しては本当に資料が少なくて、バチュルに対して効果的な運動って何!?と、バチュルに見えない所でラディアが頭を抱えていたのを知っている。バチュル系列専門の研究者に問い合わせまでしていたのだって、ちゃんとバチュルは気付いていた。新参の自分のために、主がそこまでしてくれることが嬉しかった。

 

そうしてラディアがたどり着いたのは「ハスボーでるんぱっぱ!皆でダンスしよう!」とかいう名前のハスボーのダンス動画だったっけ。イトマルは甲殻タイプで太らないからダイエット動画はなかったし、スコルピも動画はなかったし、六本足だからそもそもちょっと骨格が違うんだけど、一番近い体型できちんと運動しているのはこれくらいしか見当たらなくて、と申し訳なさそうに差し出してきた物であったが、実際ほわほわとしたタイトルとは裏腹に大変ハードな運動動画だったので、あれはかなり参考になったっけ。

 

一通り運動を終えた頃、ツタージャを抱えたラディアが寝室から顔を出す。足元にはヒトモシが歩いていて、肩の辺りにはロトムが浮いていた。今日は上手にウインディから抜け出せたらしいが、結構苦戦したのだろう、寝巻が大分ぐちゃぐちゃだった。当のウインディはまだ寝ているのか、姿が見えなかった。あくびを噛み殺しながらいつものところにラプラスを出した主が、かがみこんでバチュルと目を合わせてくれる。

 

 

「おはようバチュル。今日も早いね」

「ちゅる!」

 

 

ラディアの朝の挨拶に、元気よく挨拶を返す。さぁ、今日はどんな一日になるだろう?

 

 

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