獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
「ギュアア…」
主の寝顔にそっと頭を寄せる。既に最終進化にまで到達したリザードンではあるが、その実まだ生まれてから二年ほどしか経っていない、とても若いリザードンだった。主は一年前、この地方のチャンピオンとして高らかに名乗りをあげたばかりだ。彼についてきてよかったと思ったし、彼に一番頼りにされているポケモンという自負も誇らしかったし、何よりバトルは楽しくて、それは主も同じ気持ちであったのをよく知っている。
だからこそ、最近主が不満げにしているのもよく察していたし、その不満はどうしようもないものだというのもリザードンは気付いていたから、ただ主人に寄り添う事しかできないでいた。
ガラルのリーグは従来のリーグよりは直接的で、他の地方と違ってジムに挑むのすら推薦状がいる上に(何せ推薦状を貰った時点でプロ扱いだ。興行のような形態である以上、それこそタレントのような役割すら求められるし、その辺は勝ち進むのであれば諸々覚悟の上でジムチャレンジに挑まなくてはならない)、でんどういりシステムもなかったから、リーグ優勝者がチャンピオンを倒せば、そのままチャンピオンになる。多くの地方であればでんどういりした後でんどういりした者達で開催されるチャンピオン決定戦というやつがあるのでそこまですぐにチャンピオンになることはないのだが、ガラルのシステムはそうではない。
だから、というか。なんというか。リザードンの主はガラル史上どころか、この世界において最年少のチャンピオンとして歴史に名を刻んだ存在になった。チャンピオン決定カップは五年ごとの開催で、その年にでんどういりした人間も参加できるが、10歳ででんどういりし、その後のチャンピオンカップに参加して10歳でチャンピオンになる、というプロセスを踏んだ人間は今まで存在しなかったからだ。
各地の天才たちは、ただ10歳ででんどういりを果たしただけ。
チャンピオンになったのは、ダンデが初めてだった。
チャンピオンのバトルには多大な付加価値がある。それは興行としての意味でもそうだが、ジムやチャンピオンロード、リーグ、してんのうを超えてやっと挑めるべき存在である以上(ガラルでだってジムチャレンジとリーグを超えなければチャンピオンと戦うことは出来ない。定期的にチャンピオントーナメントが開催こそされるが、それだって最低限ジムチャレンジを突破した人間にしか参戦が許されていない)、軽々しくバトルは出来ないし、基本的には座して待つべき存在だ。
最初はよかった。全てを捻じ伏せて頂点にたった、その喜びばかりが勝っていたから。インタビューにも、何かの番組への出演も、スポンサー契約も、求められれば応えた。応えるだけ賛辞が返ってきた。それはとても心地の良いことだった。
でも、バトルがしたくなった時、主もリザードン達も、今までのようにバトルすることを許されなかった。それは毎日のように誰かと目を合わせてバトルを申し込んで、それこそチャンピオンに挑む前日すら野良バトルをしていたほどだったリザードン達にとって、大きなストレスとなった。
別に主もリザードン達もわかっている。勝者には栄光があるが、強者と示したからには相応の責任もあるのだということを。特にリザードンは主の手持ちの中で一番若い個体ではあったが、それくらいはポケモンの本能として知っていた。野生の群れだって、強い個体が頂点に上る。そして頂点に上った個体は群れを庇護し、群れの中での序列を守らせる義務がある。あまりに頻繁に自ら手を下す頂点は暴虐の王にしかならないということだって、リザードンは知っている。主にも、自分たちにもバトルはさせないのは、そういうことなのだろうということも。
わかっている。わかっているけれど、つらかった。自分はまだいい、主のエースとして名をあげたリザードンは、よく主の側にいて、主の補佐を務めることが出来るから。でも、他のポケモン達はしばらくこの家でしか姿を出すことが出来ていない。日中はボールの中から主を見守るばかりの毎日だ。同年代の将来有望なトレーナーを集めてバトル形式のトレーニングを開催するとか、前代チャンピオンより頻繁にトーナメントを開催するとか、その辺りはローズ委員長も気にかけてくれたけれど、それでも以前のようにバトルが出来なくて、取材やらなんやらのチャンピオンとしての業務も増えて、以前のように時間をとって主にかまってもらうことが出来なくて、それは主側もポケモン達と触れ合えないという事で、それは双方に確実に不満として溜まっていった。
主の生家からの引っ越しもそれに追い打ちをかけた。ポケモンリーグ発足後、人類史上初の10歳のチャンピオン。伝説と名高いレッドですら成し遂げなかった快挙に沸いた世間は、主だけでなく主に関わるものにすら押し寄せた。主の実家には連日マスコミが押しかけて、子どもを産んだばかりの母親と、生まれたばかりの主の弟にはとてもいい影響とは思えず、どれだけ訴えてもそれはやむことは無かったから、主はポケモン達と一緒に都会へと引っ越すことになったのだ。ローズ委員長は事情をくんで(マスコミにも一声かかったという話は聞いたが)、郊外にそれは大きな家を主とポケモン達のために用意してくれたけど、それまでキャンプ生活をしていた身の上とはいえ、この家は10歳の子供には広すぎた。大きな体躯のポケモン達だっているけれど、それでもなお、広かったのだ。
今だって、主は寝室に設置されたふかふかの大きなベッドで眠ることをよしとせず、広い寝室の片隅に寝袋をしいて、リザードンやそのほかのポケモン達に囲まれて眠っている。キッチンは使うことがなかったし(何せ主の身長では台がないと届かなかったので)、ポケモン達のためにと用意されたいくつかの大きな部屋だって、ポケモン達は一切使っていなかった。そちらにいるよりは、ボールに入っていてでも主の側に居たかったからだ。
勝者には栄光があり、強者には責任がある。
今は、それにほんの少し、心が追い付いていないだけだ。いつかきっと、主も自分たちも、この不満を飲み込んで、笑って地方を庇護出来る存在になる。きっと、そうなるのだ。今は耐える、それしか、主もリザードン達も、手段を知らなかった。