獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
次の日の朝、めちゃくちゃ親に怒られた。当たり前だが。そりゃ言い付けを破って大怪我して血濡れで見つかったとか怒られない方がおかしい。
生きててよかったと泣かれながら受けた説教は大分くるものがあった。
仕事中だった親達が駆け付けた時にはあらかたの処置が完了していたようだが、それでも足の筋肉が削げ、足の骨にはヒビが入っています、あばらは二本折れています、と自分の子供の容態を報告された親がどう思ったか、想像すると、まぁ、その、うん。すいませんでしたという他はない。
泣きながらひとしきりの説教をした親たちは、最後の最後にモンスターボールを私の枕の横に乗せた。
「本当は、お前のスクール入学祝いにしようと思っていたんだけどね」
父は苦笑いのような、泣き笑いのような顔をしていた。
「でも、お前はもう友達を作っている。お前の友達はお前と一緒にいきたいようだから、私たちはお前と友達になってくれたそのキャタピーのために、少しだけ早くこれをあげよう。
いいかい、忘れてはいけないよ。お前がそのボールを投げてポケモンを捕まえるという事は、お前はその瞬間からそのポケモンの命を預かるということだ。
このボールは数百円で買えてしまう。数百円で、お前は一匹のポケモンの生涯をどうにでもできるようになってしまう。それを、心に刻むように」
隣人との絆を結ぶ小さなボール。
小さいはずなのに、そのあとしばらくしてから持ち上げることのできたそれは、何故だかずっしり重く感じた。
……まぁ、もろもろの事情ですぐには持ち上げられなかったのだが。
さて、私の怪我の具合はといえば、簡単に言えばうん、ひどいね、というレベルのものだった。スピアーの腕の針がかすったのだろう、という判断をされたが、かすっただけと侮ることなかれ、スピアーの針は一見とても滑らかに見えるが、実際は返しのような小さなトゲがたくさんはえていて、表面はやすりのようになっているのだという。だから、ほんのちょっぴりかすっただけでも足の肉がそれなりに持っていかれてしまった。
長ズボンを、それも厚手のジーンズをはいていたからよかったものの、もしも短パンだのスカートだので生足をさらしていたら、足の骨まで削られていただろうから運がよかったわねあの子、とジョーイさんが喋っていたのを小耳にはさんだので、森の中に入るうえでは長袖長ズボン大事だよなーと実行していて本当に良かったと思う。……いや、本当に足が無くなるようなことにならなくてよかった。今後も服装については注意していきたいところだ。
というか普通にジョーイさんがいるのでなんでかと思ったら、私が入院しているのはポケモンセンターだった。ポケモンセンターとは人間も診てくれる場所なのかと思ったが、単純にトキワとマサラが田舎過ぎて人間の病院と兼任しているだけらしい。
後、地味に気になっていたのだが、どくけしが効いたのかどくによる後遺症はなかったそうだ。
そう、私の後遺症はない。たぶん跡は残るだろうといわれているのでそれが後遺症といえば後遺症になるかもしれないが。削げた筋肉もゆっくり元に戻るだろうし、ひびもきれいに治る。折れたあばら骨も特に内臓をひっかいたとかそういうこともなかったから、そちらもそのうち綺麗に治るだろう。何せ子供なので自己治癒能力が非常に高い。
だから、問題なのは。
しっかり私の腕を抱き込んで、意地でも離すもんかと抱え込んでいるガーディ様…もとい、もうこの際ガーディでいいだろう、ガーディだ。
点滴のされている側とは反対側の腕をがっちり抱え込み、車椅子移動するときには膝に乗り、コルセットや包帯などを変えるとき、私の体を拭いてもらうときだって絶対に私から離れようとしなかった。ご飯の時すら、ため息をついた母親が私とガーディにそれぞれあーんでご飯を与えることになったくらい、徹底して離れようとしなかった。
おかげでどうにも体勢を動かせないのがしんどい。
しかも、点滴のある方の腕はあまり動かすなと言われているし、反対側の腕はガーディに抑えられているしでモンスターボールに触れることが出来ずにもどかしい思いをしていたら、キャタピーがモンスターボールを私の体に押し付けて、勝手に私がこのモンスターボールの持ち主であるという登録をして、勝手に捕獲されてしまったのもちょっと、いや大分面白くない。始めての自分の手持ちだ、もうちょっと、こう、劇的なやつをやりたかった。確かゲームだと捕まえた場所が情報登録されていたから、こちらでもパソコンで見たらトキワシティのポケモンセンターで出会った!とか表示されてしまうのだろうか。出会いはトキワの森なんですけど。
「……」
で、今である。
「ガーディ、ラディアちゃんを検査に連れていきたいの。離れてくれないかしら」
優しくジョーイさんが声をかけるも頑なにガーディは動こうとしない。なんならちょっと爪が刺さっていて痛いし、興奮しているのか徐々に体温が上がってきている気がする。
「ガーディ、ラディアの体を治すのには必要なことなの。ジョーイさんはラディアの様子を診ようとしてくれてるのよ?だからその手を離しなさい、長くかかるわけではないから」
「ぐぅるるるる……」
ガーディの主人である父は一度会社にいって、纏めて休みをとるための準備をしにいったばかりだ。なので、父からガーディのモンスターボールを預かっている母に命令権があることになる。
だけどガーディは、あれだけ母に懐いていたというのに、母の穏やかな声にすら唸り声をあげた。
ううん、と困った声を出した母がそっと引き剥がそうと手を伸ばした瞬間、
「ぎゃう!!がうぐるるるる、ぎゃん!!きゃう!!!」
これである。
涙目で私の腕を抱え込み、悲鳴のように吠える。
それどころか、目にいっぱい涙を貯めながら、それでも離されまいと母をにらみつけていた。体の毛がぶわりと逆立ち、がたがたと震えるのがダイレクトに伝わってくる。
「………ガーディ…」
「……お子さんが自分の目の届かないところで怪我をした、というのがトラウマになってるんでしょうね。それでも…うーん……」
困ったわ、とジョーイさんが唸るが私も別の理由で困っていた。
「ガーディー……、爪が痛い……。後めちゃくちゃ熱い……」
「きゃうっ!?」
慌てたように前足の力が緩められ、体温の上昇も多分止まった、のだとおもう。変わらずもふもふに抱き込まれたままなので、熱いことには変わりがないのだが。今の拍子に腕から離れてくれないかな、とちょっと期待したのだが、しっかり抱え込まれたままである。スタンバイしていた母もどうにもならずにため息をつく。
「………この状態のこの子に、あんまり、したくなかったけれど」
母がモンスターボールを取り出した。それを見た瞬間、ガーディの震えがひどくなる。いやいやと首をふり、私の腕にしがみつき、クンクンと鼻を鳴らしてぎゅうっと目をつぶる。瞳の端からにじんだ涙が零れ落ちて、その姿はいっそ哀れなほどだった。また熱くなったし痛くなったけど、それがどうでもよくなるくらいガーディの姿は必死で。
そして、それが、とても、とても不謹慎だとは思うのだけど……正直、嬉しいと思ってしまった。
確かに微妙な距離感で過ごしてきた私たちであったし、それもやむなしとずっと思ってきたけれど。それでもやっぱり親に接するように尻尾を振ってほしかったし、親がするようにブラッシングをしてあげたかった。素直じゃないのは知っていたことだったから、たまに見せてくれる好意で満足していたし、だから毎朝一緒に遊びに行こうと声をかけ続けていたのだけど………ただ、こう、目に見える形で、好いてくれていたのだと全身で示してくれたのが、嬉しかった。
だから──、これは、私が決着をつけないといけない。
「ジョーイさん、あの、少しだけガーディと話す時間をください」
「ラディアちゃん?」
「検査があるのにごめんなさい。私が悪いことをしたからガーディが傷ついてて、こうなってるんです。私が悪いんです。……家を飛び出す前に、私がちゃんと話をしとかなきゃいけなかったんです。ごめんなさい。お願いします」
「……」
ジョーイさんが母に目配せをして、頷いたのを確認してから、私に目線を合わせるようにかがみこんだ。
「ちゃんと、おはなしできる?」
「出来ます」
「……わかったわ。ドクターには私から話してあげる。お話が終わったらナースコールを押してちょうだい」
「ありがとうございます。……母さんも、出ててくれる?」
「………」
母はもう一度、大きくため息をついてモンスターボールをしまった。
「何かあったらすぐ呼んで」
「うん。後、キャタピーをお願いしていい?」
「…しょうがない子ね」
キャタピーの収まったボールが抗議のようにカタカタ揺れるも、母が持ち上げて何事かささやくと、大人しくなって運ばれていった。そうして、ドアがしまる。
「ガーディ」
「……」
「ガーディってば。ね、無理に引き剥がす人、今はいないから。座って、私に顔を見せてよ」
ぐぅ、と唸ったガーディは、しばらく何も言ってくれなかったけど、やがてゆっくり私の腕を解放して、私の方を向いてくれた。
そうして、ベットの上にちょこんと座る。それでも項垂れたまま顔を上げようとせず、その目からは大粒の涙がほたほたと滴っていた。
駄々っ子のようだと思った。
迷子の子供のようだと思った。
……深く傷ついて、後悔している子供だと思った。
きっとだけれど、親にはこう命令されていたはずだ。一緒に過ごしてやって、守ってやってくれと。なのに、ガーディは、自分の感情を優先して私についてこなかった。その結果、私は手元に護衛のポケモンをおけず、野生のポケモンを頼ることになった。もしも野生のポケモン達があれほど優しくなければ、今ごろ私はこうしてここにいないだろう。
そも、最初にこのガーディに失礼なことをしてしまったのは私なのだ。そこからまず間違えた。謝りはしたけれど、それでも、しこりは残ってしまったな、と思ったし、だからああいう態度も仕方ないかな、とずっと思っていた。それでいいと思ってしまっていた。
どうして向かい合って話をしようと思わなかったのだろう。親に頼んでこのままじゃいけないから、と話をする機会を設けようとしなかったし、懐いてもらうための努力だってしなかった。キャタピー達にはあれだけできたのに、だ。
私は外の野生のポケモンに手を出す前に、私に与えてもらった新しい家族との交流を、もっと大事にすべきだったのだ。野生のポケモンに出会うのに、ついてきてくれないから、ではなくて、ついてきてもらえるよう、……あえてきつめに、トレーナー的な言い方をするのであれば、手懐けなければいけなかった。
どうして身近に与えられたポケモンと仲良くなれていないくせに、野生のポケモンとは仲良くなれると思ったのだろう。本当は、そういった方面の教育も兼ねて、両親たちはガーディを選んだのだろうと思う。だから口出ししてこなかったし、そっと見守ってくれていたのだ。
それなのに、私は野生に会いたい子がいるからと、あっさり家を飛び出してしまった。結果がこれだ。
わたしたちは、こどもだった。
だったら、成長しなくてはいけない。
ずーっと抱きしめられていたから、袖からのぞく腕はガーディの体重と体温で真っ赤になっているのが見えた。その腕を持ち上げて、泣いているガーディの頭に手のひらを乗せる。
「ガーディ」
「……くぅ」
「ごめんね。初めて会った時も、それまでも、今回のも。ごめんね。びっくりさせた。私、君をおいて、怪我して帰ってくるようなところに行った。ごめんなさい」
「………くう…わぅ」
違うの、とガーディが首を振る。意地をはってついていかなかった自分がいけなかったのだと涙を散らして首を振る。首を振るスピードが速すぎて、私の腕がぼてりと落ちた。
ガーディの顔が上がって、目が合った。ひどい顔をしていると思った。ガーディの瞳に移った私も、多分、ひどい顔をしている。
「がう、きゃう、がう…ぅわう……くぅーん…」
ガーディはお座りの体勢から、深々と頭を下げた。
言葉はわからない。わからないけど、切々と訴えかけてくる気持ちは届いた。
手を差し出す。
「……ガーディ」
「…わぅ」
もう一度顔をあげてくれたガーディの目をまっすぐ見据える。
「私たちの今までみたいな関係はここまでだ。私たち、今からは、もっと話せるし、もっと触れ合えるし、もっと仲良くなれると思うし、私はなりたいと思う。……どうかな?」
「がう!!」
ぼろぼろに泣いていた。泣いていたけど、ガーディは私の腕に飛び込んできた。そしてべろべろと私の顔をなめまわす。今まで素直になれなかった分を全てぶつけてくるように、泣きながら体を擦り付けてきた。唾液と体毛でひどいことになりながら、私も笑って泣いていた。
しばらくその状態が続いて、私の口の中がガーディの毛でいっぱいになったころ、ガーディは大人しくベッドの端に戻った。ナースコールのコードの端っこをそっと咥えて、私に向かって差し出してくる。
タオルと水も一緒に欲しいなぁ、と思いながら無事な片腕でそれを受け取る。
ボタンを押し込んだ後にベッドに落として、もう一度ガーディに向かって手を伸ばした。嬉しそうに頭を差し出して、撫でろ撫でろとぐりぐりとやってきてくれるので、思いっきり撫でてやる。
「ガーディ、私ね、将来旅に出るよ。世界をいっぱい見たいし、ポケモンをいっぱいみたいし、もしできるんなら、私と一緒に生きてくれる子も探したい。まだちゃんとしたやつをしたことはないんだけど、バトルだってしてみたい。……父さんと母さんにね、お願いするから。その時、一緒に来てくれる?」
「がう!」
尚、そのあと母親にはしこたま怒られながら顔や体を拭かれ、入院着にコロコロをかけられうがいをさせられることになった。ガーディも一緒になって綺麗にしようとしてくるので、なかなかその作業が終わらずにジョーイさんを待たせてしまうことになったのは申し訳ないと思っている。