獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
「モシ…モシ…モシ…モシ…」
ぽすん、ぽすん、と柔らかい音と共に、私の足にひたすらにヒトモシが正拳突きを繰り返す中、私は口元を抑えていた。要は、
エスパータイプは生き物の感情を通して世界を見ることが出来るし、その大半が思念によるコミュニケーションを主としている。もちろん鳴き声やジェスチャーによるコミュニケーションだって取れるけど、テレパシーとか共感能力とか、感情の共有とか、そういったコミュニケーションの方が彼らにとってはメインなのだ。で、そのコミュニケーション、エスパータイプ同士であれば互いに慣れているので問題ないが、エスパータイプ以外のポケモン相手であると、エスパー能力を投げかけられることになるわけであるので、受け取り手側はちょっとやりづらいというか、ちょっとしんどいコミュニケーションである、らしい。大体あくタイプ相手なんかはまず効果が無効になるので成立しないし。
で、人間相手はどうなるか、というと、こうなる。ポケモンの思考と人間の思考は違うし、見ている世界も違う。脳の構造すらも。大体、人間はちょっとばかりポケモンを相手にするには脆すぎるのだ。
幸い、私はラルトスと私の境目がわからなくなって混ざりあったような感じ程度で済んだからよかったものの、最悪エスパー能力を受け止めきれずに廃人になる。その辺はある程度他のポケモンとか人間とかと交流慣れしているエスパータイプであれば(ローザのランクルス、タワーオブヘブンのリグレーとオーベム辺りはいい例だろう)加減が効くし、調整もちゃんとした上でコミュニケーションをとろうとしてくれるのだけど、様子を見てくれたオダマキ博士曰く、生後一年にも満たないラルトスだそうだし、調整も何もそんな経験は積んだことはなかっただろう。だから、訓練をちゃんとするまではエスパー能力は禁止ね、とは伝えてあったのだけど、興奮していたし、たぶんその辺忘れていたか咄嗟に出てしまったかしたのだろう。沁みついた習慣はそう簡単に変えられるものではないし。
そういった理由から、エスパータイプを仲間にしたトレーナーにはポケモンセンターでの意思疎通訓練が義務付けられている(似たような訓練として、どくタイプを所持した場合にも必要な訓練がある)。トレーナーにも手持ちのポケモン達にも、当のエスパータイプにも、指導役がついての訓練がされるのだ。…今日仲間にしたばっかりでこの騒ぎになるとは思っていなかったけれど。
バタフリーの早急な対処と、仮にもポケモン研究所であるオダマキ研究所で起きた事故だったことが幸いして、私は無事に意識を取り戻していた。ラルトスはボールに入れられて治療をされていて、頭がぐらつくとか吐き気があるとかの後遺症もなかった私は、しょんぼりしたツタージャから事情聴取をしていた訳であるが。
「……かわいい理由だったねぇ…」
「どっちがより私のことが好きかで喧嘩してたって……」
「モシ…モシ…モシ…モシ…」
医師免許を持つ助手さんに付き添ってもらっての事情聴取だったけど、理由はとんでもなくかわいいというかにやけるというか、そんな感じのあれだった。出会って一日のラルトスの好感度が異常に高いのは置いといて、これさぁ……。思わず幸せな顔をしてしまったのを咄嗟に手をやって隠したのだけど、それを目撃したヒトモシはずっとこの調子である。苦労したろうにごめんって。でも喜ぶしかないじゃんそんなの…。
ほとんど痛みはなかったけれど、しょうがないのでヒトモシを抱き上げて口の中に指を突っ込む。うらめしそうな顔が一瞬こちらを見上げたが、ヒトモシは何も言わずに指をしゃぶりだした。……久々にやったけど、無言で手を固定されたのでこれでよかったらしい。ツタージャがちょっとびっくりした顔でヒトモシを見ているけど、ヒトモシ自身はお構いなしだ。命は食われてないのでそのままにしておく。
あー、それでなんというか、幼い組が反応して、精神が成熟している組が止めに回ってたのね、と納得する。ヒトモシが早々に諦めた訳だ。皆に好いてもらっている自負くらいはあるし、うん。その分私もきっちり好きは返してるし、その辺は相思相愛ということで。
ベッドサイドに置かれたボールをコツコツ突っつく。一応病室というのもあって、今外に出ているのはお目付け役のヒトモシとツタージャだけだ。
「ラルトスを怒っちゃだめだよ」
かたかた、といくつかのボールが震え、ヒトモシのしゃぶる口が止まり、ツタージャが不満そうな顔をする。それだけでなく、椅子から飛び降りたツタージャは、よじよじとベッドの上によじ登ってきた。ヒトモシの時点で今さらではあったが、すいません、と目線を助手さんに向けると、微笑んだ助手さんはそっと部屋を後にした。…後で謝っておかないと。
「仲間になった初日にこれだからね、皆もびっくりしたと思うけど。ここに来る前も説明したけれど、エスパータイプってそういう生態の子なんだよ。ツタージャだって『つるのむち』の加減覚えたの最近だったし、ロトムだってまだちょっと電気の体と普通の体との使い分け慣れてないでしょ。特にあの子、訓練もこれからだったし。そういう調整の苦労は皆だって心当たりあるはずだよ、それと一緒」
バタフリーはどくのりんぷんを、ウインディは寝発火を、ラプラスは私をくわえ上げる時の力加減を、ヒトモシは【食事】で辛い思いをしたし、ツタージャは『つるのむち』。しばらくあちこちにつるの巻き付いた跡が痣になって残っていたっけ。ロトムも稀に帯電していてピリッとくる。その辺最初から最低限の調整が効いていたのはデンチュラくらいのものだった。
分かってるよ、でも心配させて、と返事の気配があったのはやっぱりというか成熟してる組とロトムで、ちょっと膨れているのはラプラスと……ああいや、これラプラスは拗ねてるだけか、分かったけどわたしだってリーダーのこと好きだもん!みたいな。さすがにツタージャとラルトスの喧嘩にラプラスが乱入してたらとんでもないことになってたと思うので、その辺は、うん。とんとん、と優しくラプラスのボールをつっついた後、ツタージャを見る。それはもうぶすくれた顔でぷう、と頬を膨らませていた。
「たー、たーじゃ。たーじゃ!」
「………君ねぇ」
やだ!あいつやだ!ぼくの方がママのこと好きだもん!的な…?最後に近寄ってきてぎゅっと私の体に抱き着いてくるおまけ付きである。可愛いなぁもうほんと…。んん、と咳払いして、ヒトモシを支えていた手を離し、ぽんぽんとツタージャの頭を撫でる。
「好きって感情はあんまり比べるようなもんじゃないよ、ツタージャ。仲間になりたてであれだからびっくりしたのもわかるけど。ほんとは競い合うものでもない。気持ちは嬉しいけどね。
それにね、……いつも言ってるよね。他所の生き物の領域で、許可も取らずに騒いじゃいけないって。ここは他所の生き物の領域だよ。君の方が先輩なんだから、今回は君が先輩として、ちゃんと諫めて止めなきゃいけなかったんだ。君から喧嘩を始めるなんて一番したらいけないことだ。……ラプラスもだよ、その辺は。君だって先輩なんだから」
しょぼんとしたツタージャの頭をぽんぽんと撫で続ける。かたん、とラプラスのボールが揺れた。…後でラプラスのフォローもいるなぁこれは。
「ツタージャ、研究所の人たちにごめんなさいって言える?」
「………たーじゃ」
「ラルトスと仲良く出来る?」
「………」
鳴き声での返事こそなかったが、ツタージャはこくりと頷いた。察したヒトモシが腕を緩めてくれて、そっとヒトモシの口から引き抜いた片腕と、もともと空いていた片腕、両腕をそろえてツタージャの顔を挟んでぎゅう、と軽く押しつぶす。きょとんとした顔で見上げたツタージャの瞳に私が映る。
「よし、いい子。ちゃんと反省できるツタージャはいい子だなぁ」
そのまま腕を降ろして、ツタージャの首の葉っぱの隙間に手を突っ込んですりすりと撫で、腹の方まで撫でおろしてやってからちゃんと抱きかかえて、ぽんぽんと背中を叩く。くるん、と尻尾を丸めたような体勢になったツタージャは、私の服に顔をうずめて泣き始めた。
……バトルに関しては強くなってきてるけれど、やっぱりまだ子どもなんだよなぁ、ツタージャ。ジャノビーへの進化可能レベルはとっくに越しているはずだけど、進化しないのはたぶんそれが理由なのだろう。レベルによるポケモンの進化は往々にして精神状態に引きずられがちなので。デンチュラもシンオウ地方についたころには進化可能レベルになっていたけれど、実際進化したのはホウエン地方についた後、本ポケが痩せきった後のバトルだった。カイナ大会本選二回戦目で出てきたアリアドス相手に激戦を繰り広げ、勝利して、……そのバトルがとても納得のいくものだったのだろう、笑ってバチュルはデンチュラに進化した。観客席から拍手を貰った時、不覚にもちょっと泣きそうになったっけ。罵声から始まったバチュルが拍手されながら進化して、相手からも観客からも祝福を貰いながらデンチュラへと至ったのだ。あれはぐっと来た。
あの時の気持ちを思い出してすん、と鼻を鳴らし、ヒトモシを見ると、なんか生暖かい目で見つめられていた。……赤ちゃんの面倒見よくなったねぇ、的なあれですかね?その節はほんとお世話になりました。
レベルは足りているであろうに進化しないといえばヒトモシもなんだけど、彼女はなんで進化しないのかちょっと心当たりがない。この前バタフリーの生命力を食べているところも見れたし、トラウマの方も順調に改善されてるはずなんだけどな…?疑問を含めた目で見ていることに気付いたのだろう、ヒトモシが体全体を使って首を傾げるようなジェスチャーをとった。
さっきのやさぐれたオーラは鳴りを潜め、完全にいつものヒトモシに戻っている。そのことにほっとしつつ、うーん、と私も首を傾げたかった。………あー、進化したくない、とかもあるのかな?今後もヒトモシのままでいたい、とか。泣き疲れたのか、寝息の聞こえ始めたツタージャをもう一度抱き直してかかえる。一応進化がある子たち(ロトムはフォルムチェンジだったけど)は皆自分の進化先をずかんで見せて、色々話す時間は取るようにしているけれど、その時は特に進化に忌避感はなさそうだった。……心境の変化でもあったのかなぁ。場合によってはかわらずのいしを確保しないといけない。やみのいしはもう用意してあるんだけど。この後もラルトスのフォローが待っていることを思うと、ちょっと腰を据えて話さないといけないポケモンが多い。片腕を伸ばしてヒトモシの体の側面を撫でる。
毎日思っていることだが、時間が足りないよなぁ、と改めて思う。大人だったら多少睡眠時間を削るという手もあるけど、さすがに10歳で徹夜は健康のためにしたくないし(ポケモン達に対応できる人間が私しかいないので、体調を崩すわけには絶対にいかない)、ポケモン達にも付き合わせたくない。後身長伸びなさそうだし。スピアー観察していた頃もトキワのもりの往復と情報の整理と観察用の機材の準備と自分たちのバトルに向けての訓練と、と割と時間がなくてひいひい言っていたものだけど、今はポケモンの数が増えた分、それ以上に時間がない。やるべきこともやりたいことも、継続して続けないといけない努力も多すぎて、一日が短すぎるのだ。……優先順位をつけて色々とやってくしかないんだけれど。
とりあえず、ツタージャをボールに戻したらオダマキ博士と助手さんに声をかけて謝って、そしたら外を借りてラプラスと話をしよう。その後ツタージャを起こして、ラルトスの様子を見て声をかけて、仲直りをしてもらって、それでウインディの機嫌を見たらヒトモシかな。軽く自分の頬を抑えて気合を入れ直した。