獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
目が覚めた時、辺りはすっかり暗くなっていた。テント内部も完全に真っ暗だ。……何もなくても起こしてもらうよう言っておけばよかった。私が起きたことに気付いてか、入り口付近で浮遊していたランプラーが自分の体の光量を上げる。紫色の柔らかな光がテント内に広がった。
……寝すぎたなぁ、今日やらなきゃいけないことが何もできてない。動体視力鍛えるトレーニングもしてないし、この前手に入れたホウエン地方のバトルビデオシリーズも見れてないし、オダマキ博士に融通してもらったヤジロン系列の資料とかも見れてない(これは代わりに砂漠での生態観察で何かあればこちらにもよこしてくれ、というメールの文言と一緒にちまちまと送り付けられているものだ。圧を感じるのでやめてほしいし、それこそ娘に頼んでほしい。大体お抱えのフィールドワーカーくらいいるだろうに)。やっとオアシスについたのだ、皆の砂もちゃんと落としてやりたかったし、丁寧なブラッシングとか、マッサージとか、色々やるつもりだったのに。何もやらずに皆をテントにいれてしまったから、テント内もたぶん砂にまみれているだろう、後で掃除機をかけた方がよさそうだ。
体の上で寝ながらお互いの顔と体を押しのけようとしているツタージャとラルトスをそっと退かして近くのクッションに降ろす。その物音で、足を折りたたんで隣で寝入っていたデンチュラが目覚めて足を伸ばし、その上で寝ていた通常形態のロトムがコテンと落ちて痛そうな音をたてた。その拍子に目が覚めたらしく、よほど驚いたのかテント内をぶんぶん飛び回る。………ロトム、もうちょっとゴーストタイプってことを思い出してくれないかなぁ…、捕まえた時もそうだったけど。地元のゴースとか、タワーオブヘブンのランプラーとかは寝るとき普通に浮いてたし、オーキド研究所のロトムも大体電化製品の中で休んではいたが、たまに生身で休んでいるのを見た時はもうちょっとこう……ゴーストタイプだなぁ、みたいな寝方だったのだ。ああいう、なんというか、ゴーストらしからぬ落ち方というか、ゴーストらしからぬ仕草は見たことがなかった。ランプラーでさえその辺は時と場合をしっかり使い分けている。が、このロトム、ちょくちょく閉じたドアにぶつかる姿とか、ロボットに入ろうとして間違えてロボットを吹っ飛ばしてる姿を見るのだ。健康診断の結果は問題なかったけれど、もしかしたらでんきタイプとしての特徴が強めなロトムなのかもしれない。
立ち上がって明かりを灯し、外を覗くと、外気温は随分と下がっていた。ひやりとした空気にぶるりと体を震わせ、視線をやると、しゃんと首を伸ばしたラプラスと、上空に飛ぶバタフリーがいた。ラプラスを見ると大丈夫、と頷き、バタフリーは一声鳴いてよこした。
「フリー」
「……後でもっかい声かけて?わかった」
何か気にかかることはあるようだが、急ぎではないらしい。攻撃してこようとしたポケモンはもう何匹か追い払った後だから、そろそろ気を緩めても大丈夫、ご飯の時は呼んで、的なことも一緒に降ってきて、笑って2匹に手を振り、テント内に引っ込んだ。
さて、とナックラーの様子を見にいく。ウインディに預けたのは、万が一暴れた時に抑えて貰えるように、という狙いもあったのだけれど、予想に反してナックラーはウインディの足を枕にめちゃくちゃ気持ちよさそうに寝入っていた。涎出てないかこれ。若干ウインディも困惑しているくらいである。野生の子だ、回復が分かれば野に返すつもりではいるのだが、ここまで気持ちよさそうに寝ているのなら大分回復してるのでは……?
「……というか、ウインディがご飯食べづらいなぁこれ…」
「………ギャウ?」
起こしづらいなぁと思っての発言だったのだけど、ウインディにはそっち?と返事を返された。…いや、そうじゃない?とりあえず引き続きそのままでいてもらうとして、ウエストポーチにつっこんだ時計を引っ張り出すと、大体夜の7時を過ぎた頃だった。やっぱりご飯の時間である。起きるかはわからないけれど、ナックラーの分も用意してやるか。
テント内の気温もそれなりに下がっていたので、ストーブをつけて上にやかんとレトルトパックをのせ、温める間にポケモン達のご飯を用意する。ナックラーのものは標準食というか、どんなタイプ、どんな生態のポケモンでも食べられる、と銘打たれたシリーズのものをとりあえず用意した。新入りの子が来たとき、いつもすぐにショップにいけるわけでも、自分好みのご飯を選んでもらえるわけでもはないから、合間を繋ぐように確保してあるものである。
ご飯の用意を終えて、外の面々もテントの中に呼び、狭くなったテントの中で食事に入る。ツタージャとラルトスはご飯を食べさせるために起こしたが(最終的にデンチュラが軽く『ほうでん』して起こした)、ナックラーは起きる気配がなかったので、そっとウインディの前足から降ろしてクッションに乗せてやる。自分のポケモンではないので、色々と強制させる気はない。
「バタフリー、さっきの何?」
「フリー……」
ご飯を食べ終えて片づけを終え、さっきのバタフリーの声掛けが気になったので聞いてみると、バタフリーはすごく微妙そうな顔をした。やっぱ伝えるんじゃなかった的な。なんだよもー、と顔をむにむにしてやると、観念したのかふわりと飛び上がって、防寒用として出してあったコートを掴んだ。
「……あ、やっぱ外なの?」
「フリ」
うっわ、外出たくないなぁ、ウインディ…、と思ったけれど、本来一番休ませるべきはウインディだ。私を乗せて走ったりとかしてきてるわけだし。代わりにランプラーが飛んできてくれたので、暖かさはないにしろ、甘えることにする。
コートを着て1匹と一緒に外を出ると、バタフリーは水場の方へと案内してくれた。空に雲がないから月も星も光がそのまま砂漠へ落ちてきていて、何よりランプラーが足元を照らしてくれているお陰でそんなに暗さを感じず、危なげなく水場にたどり着く。
「フリー…」
バタフリーが肩にとまり、あっち、と小さな手で指したのは例の大きくて高いテントの方だった。
「あれがどうかしたの?」
「ラン?」
「フリ、フリー?」
ランプラーの明かりを指して、テントを指して首を傾げるので、ちょっと手間取ったが、ああ、と頷いた。
「明かりがついてないって?ちょっと早いけど、もう寝てるんじゃないの?」
「フリ」
明かり取りや換気の口はあるから、内部で明かりがついていればあれだけ大きいテントでもさすがにわかる。暗いということはもう寝ているのではないだろうか。わざわざ時計を見てこなかったので体内時計頼りだが、たぶん今は夜の9時くらいだ。しかし、バタフリーは首を振った。ここに来てからあそこのテントに何かが戻ってきた様子はない、という。
「……ご飯食べてる間に戻ってきて寝た、っていうのもちょっと変か?」
「ラン」
今度はランプラーが首を振った。あのテントに命の気配はない、ということらしい。
「……遅くまで特訓してるとか…?」
「………フリー…」
隣人のことが気になったので、バタフリーはラプラスが慣れてきたころを見計らって、一時的にラプラスに全てを任せてあちこち飛び回っていたらしい。レベル80代のバタフリーだ、小さくとも威圧は充分だろう。ラプラスだって今70代だし、私たちの見張りには十分だ。バタフリーは辺りのポケモンへの牽制ついでにそれを行ったようなのだが、結果、ポケモントレーナーとそのポケモン達らしい気配はなかったのだという。
「………いや、そうだよな、あんなでっかいの買えるくらい稼げるトレーナーなら大きいポケモン持ってるよな…?あんなんでも1人用で売り出されてたし……、研究者が買えるお値段でもなかったし、たぶんトレーナーのテントで間違いないはず……、それならどんなトレーニングしてるにしろ、昼前から今までそれっぽい音がないってのも確かに変なような、」
「……フリ」
あー、それで言わなきゃよかった、って反応したのか。私もポケモンも疲弊しきっているところに、……おそらくは、遭難の可能性だ。いや、どっか籠ってるだけかもしれないけれど。バタフリーが黙っていれば、たぶん気付きもしなかっただろう。2、3日は気付かなかったかもしれない。バタフリーも確証がなかったわけだし、ぶっちゃけこんなとこに修行にくるのは完全に自己責任だから、極論遭難してようがほっといたっていいのだし(最低限の身支度も救援要請の準備もしていない方が悪いともいえる)、私達の身の安全と休養を優先することは全く間違いではないので。
ただ、たぶんバタフリーは万が一があったとして、それを知った私が嫌な気持ちになる方がつらいというのが分かっていて、それで伝えてくれたのだろう。感謝を込めて肩に乗るバタフリーの頭を撫でて、首を傾げる。
さて、どうしよう。思い付いて改めて上空から辺りを見回してもらったが、夜営しているらしい明かりはなかったとのことだった。砂漠は広く、遮るものは何もないので遠くまで見渡せたであろうにも関わらず、だ。こういう気候の場所だ、テントをそのままにして別のところで寝ているにしても、火を炊いていないのは妙に思えなくもない。……岩壁が近いから洞窟にいる、とかかな?でも、もしそうでなかったら?
「あー、うん、……うん…」
昼にナックラーを救助したばかりだからか、想像が嫌な方向ばかりにいく。あれも、もしポケモン達が目撃していなかったら、ナックラーはそのまま死んでいただろうし。
「………付き合ってもらっていい?もう1匹誰か連れて、ちょっと見回ってみたい。岩壁の方とか。洞窟の中で夜営してるのかもだし。……安心して寝たい」
「フリー」
「ラー」
2匹とも頷いてくれたことにほっとして、一旦テントに戻り、きちんと装備を整える。とはいえウエストポーチを締めて防寒コートの上からマントとターバンを巻き直した程度だけれど。なんだなんだと目を開けたポケモン達に、さて、と目を細める。
人探しとなると、ポケ選としてランプラーは欠かせない。人の生命力を食べる生態故か、人間の居場所については敏感な方だからだ。バタフリーも話を持ってきてくれたのだから、このまま同行してほしい。後は……鼻ならウインディなのだけど、ウインディは完全に寝ていたのであれはたぶん駄目だ。日頃その辺よく見ているのだ、とことん起きない時のウインディくらい一発でわかるし、今日は本当に寝かせてやりたかった。
……となると、と、そこまで考えたところで、眠気眼のラルトスが腕の中に『テレポート』としてきて、慌ててキャッチする。
「らぁ………」
「………いける?」
「る……………」
いや、確かに思念波をキャッチできるラルトスがついてきてくれると助かるなぁとは思ったけど、大丈夫かこれ……?
「眠いならいいよ、寝てなよ」
──…ツタージャヨリ、アルイテナイ。テツダウ
大体そんな感じの思念が飛んできて、そりゃそうだろうけど、と唸る。この砂漠に入ってから、1,3,5,7日目に外に出していたのがウインディ、デンチュラ、ツタージャ、ロトムの組で、2,4,6日目に外に出していたのがバタフリー、ランプラー、ラルトスの組だ。確かに一日少なくはあるけれども。生まれた時期は同じくらいだろうが、バトルが出来るようになってから私たちのサポートの元でみっちり体力づくりをしてきたツタージャと、野生の環境で過ごし、最近仲間になったばかりのラルトスでは体力に違いが出てくるのも仕方のないことだろうに。
……むすっとした顔でこっち見上げないでくれないかな、必要以上に他の生き物の思考を読み取らないって訓練で習ったでしょうが。
「らぁ!」
ぺちん、と小さな手で自分の頬を叩いたラルトスは、いけるもん!と鳴き声をあげた後、そのまま腕の中から飛び降りた。ちょっとランプラーを見上げると、小さく頷いてくれたのでこのままいくか。ちなみにツタージャは寝たまま起きてこなかった。起きていたポケモン達に小声で少し歩いてくる旨を伝えた後、テントを出た。