獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
称号の章
四年後、私は九歳になっていた。
シンオウでの事件は収束したらしく、今はイッシュが騒がしいらしい。私に与えられた機械はポケッチからライブキャスターになった。
あの後、歩けるようになってから大人の引率付きでトキワの森へ行って、自分の無事とお礼をポケモン達に伝えた。泣きながら抱き着いてきたピチュー兄弟には私も泣きそうになったのだが、お礼にもってきた大量のポケモンフーズを食い尽くそうとするピカチュウがピチュー達越しに見えてしまって泣くに泣けなかった。ニドラン達に怒られてしぶしぶ譲っていたのも見えてやっぱり泣くより笑いそうになってしまった。
しかしそれが許されたのはその一回きりで、その後しばらく全ての人間のトキワの森への立ち入りは禁止された。なんでも、トキワの森のぬしが交代したのが今回のスピアーの大量繁殖(たまたま遭遇しただけなのかと思っていたが、実際は大量繁殖していたのだそうだ)の原因になっていて、森の中が随分とぴりついていたのだとか。さすがに四年もたてばもう落ち着いているので今は普通に通行可能だけれども。
ちなみにあの後、両親達は辞表を作成していた。見つけた瞬間大泣きして止めた。両親は共に審判派遣会社に勤めているが、二人揃って地方リーグ決勝戦の審判をつとめるレベルの腕である。そこにたどり着くまでにどれだけ二人が努力をしたのかは想像に難くない。……私の行動は、そういったものを全て放り投げようとさせてしまうレベルのものだったのだ。それをありありと自覚させられた。
共働きだったのがいけないのだ、子どもを育てるのに目を離したのがいけないのだ、寂しい思いをさせたのが悪いのだ、としばらく話を聞いてくれなくて、大泣きしながら近所の皆さんを巻き込んで止めた。近所の皆さんには申し訳ないと思ったけれど、そうだね死にかけたんだもんねどっちかはやめるなり勤務形態変えて面倒見なきゃと思ってくれるよねほんとにすいませんごめんなさいとパニック状態だった私の状態がよっぽど酷かったのか、近所の皆さんは胸の内はどうあれ一緒になって止めてくれた。しばらく辞表をぶんどってかかげて走った私と両親の追いかけっこが続いたものの、最終的には私の説得に応じてなんとか仕事を続けてくれたのは良かったと言っていいものか。
ああ、私は本当に何も考えていない子供だったのだな、と痛感させられた出来事だった。夢見心地のまま全方位に迷惑をかけた。大人の精神を持っておいて、なんていう馬鹿な真似をしたんだろう。
……でも、……ああ、ここまではっきりと馬鹿な真似をしたと理解していて。そして両親に、大人達に、ガーディに申し訳ないと思っていて。それでも尚、愚かなことに、後悔だけはしていない。
だって、キャタピーに会えた。私だけのキャタピーに。
私の初めての唯一に。
それを後悔と呼ぶことだけはしたくなかった。
……でも、もう、誰かに迷惑はかけないようにしなければ。
そんな決意をした私であったが、結局当時5才の私は近所のお宅に預けられることになった。やっぱり日中一人にしておくには早すぎた、ということらしかったが、なんと、そのお宅の方にナナミという方がいる。……つまりは、グリーンのお姉さんがいる。ということは、グリーンの生家である。
大変に驚いたのだが、どうもオーキド家とは血縁関係だったようだ。親戚とはっきりいうには微妙だけど、一応血がつながってますよ、という感じの。それでも仕事の関係で普通の親戚よりは親しくしていたとかで、そもそもが縁戚を頼って両親はマサラに引っ越してきたのだという。
ナナミさんは、弟たちの世代は同じ年の子がいたけど、君は同年代の子いないもんね、お兄さんお姉さんに混ざるしかできないのしんどかったでしょうと物知り顔でいいながら面倒をみてくれた。とはいえ、大体スクールに通うかオーキド研究所に入り浸るかのどちらかでお世話になる機会は少なめだったので、ちょっと寂しそうな顔をさせてしまったかもしれない。
グリーン家に預けられてからの四年間、私はいろいろなものを鍛えた。リハビリから始めて、足が無事に動くようになってからはポケモン達と一緒にオーキド研究所の広い庭を走りまわった。たくさんある本を読み漁っては博士に質問に行って、博士が隠していたグリーンのバトルビデオ(TV放送されたやつを録画したり、発売されたものを購入したりしたものらしい)を発掘してポケモン達と観戦した。後から博士に怒られたけど。レッドとグリーンにばれたらどうしてくれる、とぶつぶつ言われたけれど、そのあともテレビを貸してくれたのでありがたいと思っている。
通うようになったスクールでも積極的に勉強をした。マサラとトキワとニビの六歳から十歳までの子供たちを集めているスクールでは、前世での中学生レベルまでの学力を詰め込まれることになった。正気かと思ったけど、算数国語歴史をがっつりと、いくらかの化学というか科学というか、そういう方面をさわりだけ、だったのでカリキュラム的にはなんとか収まる範囲のようだ。いやそれでも前世でいえば小学生の年齢の子供たちについてけるのか?という感じだったけど。
後はポケモン学。まず真っ先に教わったのがタイプのことだった。タイプ関連を覚えておかなければ手持ちのポケモンの命にかかわることだってあるのだ、そりゃ優先して叩き込まれるだろう。タイプごとのポケモンの手当ての仕方の違いとか、一緒に暮らしていく上での手入れの違いとか、簡単なバトルの基礎とか、ためになることが多かった。既に手持ちのいる子に関しては手持ちポケモンの細かい生態についての質問を受け付けてもいたので、そりゃもうせっせと通った。
そして、バトル。
私の初めてのバトルはスピアー相手だったけど、競技としてのバトルの初めては、このスクールでだった。
前世でたくさん見てきたあのフィールドに立ってポケモンを繰り出して指示をする、その現場にいるというあの興奮といったらなかった!
とはいえ興奮しすぎてその日中ずっとバトルに明け暮れてしまって、ガーディが家に帰るころにはバテバテになっていたのは申し訳ないと思う。出ずっぱりにしてしまったし。ついでにキャタピーがめちゃくちゃ拗ねていた。野戦の初めてはキャタピー(とピチュー達)だったのだし、競技戦の初めてをガーディに譲ったってよかったろうに。
そういったらキャタピーガーディ両方に頭突きを食らったのは忘れられない。そうだね、せめて交代すべきだったね。そう言ったらもう一度頭突きを食らってしまった。
ちなみに次の日スクールの先生にも怒られた。いくら勝ち抜き戦で負けたら交代といったとはいえ、限度があると。全くもってその通りである。
ただ、それではっきりした。してしまった。
私は、
きっと、血沸き肉躍る、というのはああいうことを言うのだ。
技を見て、ポケモンを見て、相手のトレーナーをみて、自分のポケモンとともに戦う。言葉にすればそれだけのことなのに、それが、とても心地よかった。子どもが知っていい快楽ではないと正直思ったくらいに。
そういうわけで四年間の間に鍛えたものの中にはバトルの腕も含まれる。
幸いなことにキャタピーとガーディもバトルが好きだったからよかったものの、そうでなかったら随分つらい思いをさせたかもしれない。
まぁ、そんな風に過ごしていたものだから、キャタピーはバタフリーになった。私が走るのに合わせて一緒に走ったり、一緒にビデオを見て勉強したり、家や研究所のお手伝いをしていたのも“けいけんち”としてカウントされていたようで、キャタピーはほんの数回のバトルであっという間にトランセルに進化した。進化してからも私の肩は気に入っていたようで、トランセルの姿のまま肩に乗りたがったのはちょっと参ってしまったけど。トランセルには人間の肩にしがみつく能力がないということに早くに気付いてくれたお陰でバトル意欲が高まったのか、バタフリーに進化するのもだいぶ早かった。満足そうにひらひら飛んでバタフリーが肩にとまった時のふわりとした風と、今までと違う重みにとても感動したのはよい思い出だ。
最近は肩だと私の後頭部に羽を擦り付け続けるということにやっと気づいたようで、頭の方に乗っかっていることが多い。肩に乗っていた頃は、後頭部の髪が鱗粉まみれになるものだから学友に頭キラキラー!と笑われていたっけ。そうやってからかわれるたびバトルでバタフリーが張り切ってよくも僕の主人をからかってくれたな!と大暴れしてくれるので、その辺のつり合いはうまく取れていた気がする。
ただ、やっぱり隣でバタフリーの顔を見て話したいときもあるから、たまに私が頭キラキラで登校することがあるのは、そういうことだ。
ガーディはといえば、私の怪我が落ち着いたころ親から私に譲られ、正式に私のポケモンとなった。その頃にどうもキャタピーとひと悶着あったようなのだが、知らない間に二匹は話をつけたようで、二匹とも今は仲良く過ごしている。
性格の方は、ガーディ様だったころよりずっと人懐っこく、素直になった。甘えん坊になったといってもいいかもしれない。
おかげで私は自分のベッドの寝具を全て耐火性のあるものに取り換えないとならなくなった。どうもガーディ、寝ている間の体温調整が下手くそらしいのである。知らぬ間にベッドにもぐりこんでくるようになったのは別によいし、嬉しいのだけど、ガーディの熱さで目が覚めるだけならまだしも、私が低温やけどになりかけたり、普通にやけどしかけたり、その辺すれすれをいったレベルだったので、対策も致し方ない。ガーディはほのおポケモンなのだ。そういうこともあるだろう。
幸いそれも最初のうちだけで、今では上手に体温調整が出来ているからいいけど、その代わりたまに寝言ならぬ寝発火するようになってしまったので、結局寝るときは私とガーディの間に耐火性のある毛布をはさむことは絶対となっている。本ポケは一緒に寝たそうだったが、火傷の危険があると理解すれば素直に諦めた。
それでも私はたまに毛布の中で一緒にガーディが眠ることを良しとする。両親には内緒だけど、どうしたって一緒に眠りたい日というやつは私にもガーディにもある。そういう時だけ、ガーディは不思議と寝発火現象を起こさなかったし、体温だってばっちりで、よく眠れるのだった。
10歳になれば、いったんスクールは卒業だ。正式にトレーナーとしての資格を得ることが出来るからだ。そこからさらに勉学の道に進むものもいれば、就職の前段階として社会のお手伝いに出るものもいるし、バトルトレーナーとして旅立つものもいる。
私は勿論、旅に出ることを決めていた。
そういう最後の一年に突入したこともあって、最近の授業にはポケモンバトルに関する法律の話も増えてきた。野良バトルにあたっての暗黙の了解、法律上絶対やってはいけないことなどの細かいルール、後は称号についてとか。
例えば“おとなのお姉さん”、とか、“やまおとこ”とか、その辺りが一般的に言う称号である。“かいじゅうマニア”なんかは体重200kg以上の大型ポケモンを所持している人間向きの称号だったりするから分かりやすい。そのレベルの大きさになってくると一般的な稼ぎの人間では養うことが難しいから、毎月食費や家の修繕等に対して補助金が出る称号なのだ。200kg以下であってもゴンべ等の大食いのポケモンもいるから、その辺りは例外として扱われるんだとか。テストによく出る称号である。まぁ、大体の人間は“ポケモントレーナー”の称号を持ってるんだけど。
有事の際に地方から受けられる補償とか違いが出るくらい大事なものなのに、それ世界標準で公的な名称にしていいの?って感じの称号も結構あるが、その辺は当時の称号制定にあたって協議したポケモン協会の人が酒盛りしながら決めた説やらくじで適当に決めた説が流れるほどには謎に包まれている領域らしい。そこにつっこんだ人は生きていない説とかもあるらしく、気にした方が負けとのことだった。ええー…。
この称号は、本人の資金、勤めている職場、生活能力と(この辺は職に就いてるか否かで重視されるかどうか決まるらしい。旅してるトレーナーの資金とか変動が激しいだろうしそりゃそうか)、モンスターボールで所持しているポケモン、現時点で持っているバッジの数、参加した大会での成績などで決まるので、ポケモンの所持数やバッジの所持数等に変動があったら逐一報告義務が発生するのだとか。
バッジ数の申告についてはジムの方でほとんどやってくれるのでいいらしいが、その他は別である。大会はやってくれる大会とやってくれない大会があるので注意が必要だし、自分の籍のある地方ならポケモンセンターでポケモンの所持数の変動について簡単に申請ができるけれど、別の地方でポケモンの捕獲をした後の申請は自分でやらないといけない。
なので別地方でポケモンを捕まえると大使館にいく必要がーとか、そのポケモンを所持するには地方独特の資格が必要だったーとかで結構手続きがややこしいらしい。称号管理は籍を置いてある地方の管轄だということである。
ポケモンの世界には国という括りより、地方という括りの方が圧倒的に多い。だからこその国籍ならぬ地方籍という言葉に、世界が違えば民の管理の仕方も違うのだな、と深く感心してしまった。
そしてこの称号、バトルにあたっての賭け金の設定についても関わっている。賭け金については前から気になっていたところだったのだが(何せ本当にバトルだけで生計をたてるトレーナーだっているからだ)、賭け金の決定はトレーナーの称号を基準とすることが多いらしい。法律がそう定めているわけではないのだが、一番メジャーな基準が称号なのだった。
例えば“やまおとこ”なら1000円から3000円の間で賭け金を設定するが、“ジェントルマン”なら20000円以上で設定しなければならない、とかそういった基準が存在する。実際の値段については本人の事情で賭け金を低くしたいとかいろいろあるので金額が変わってくるが、大体そういうイメージだ。賭け金について持ち出さないフリーのバトルだってあるし、個人同士で金額を決めてのバトルももちろんあるが、トラブルに繋がることもそれなりにあるので、基本は世界で一番メジャーなルールに則ってお金を出すことで後腐れなく終えましょう、というのがスクールの教えであった。
尚、ポケモンを所持している10歳未満の子供たちに関しては仮のトレーナーカードが発行され、“じゅくがえり”、“たんぱんこぞう”などの子ども専用の称号が与えらえる。設定されている賭け金は全て1000円以下だし、ルールに従ってのバトルでないとしてはいけない称号群でもあるため、大人達と戦うときは、色んな意味で胸を借りる形になる。……その賭け金の差とルールを利用して昔荒稼ぎした少年少女の先輩がいたらしいと聞いたけど、さすがにそこまでする気にはなれなかった。
ちなみに今の私は仮のトレーナーカードで“じゅくがえり”の称号をもらっている形になる。
<この世界における称号>
ポケモンを所持する、もしくは関わる人間に対して一律で与えられます。ポケモンを所持しておらず、一切関わっていない人間には発行されていませんが、非常にごく少数です。
称号は本人の資金繰り能力、勤めている職場、生活能力や(この辺は職に就いてるか否かで重視されるかどうか決まります)、モンスターボールで所持しているポケモンの数や種類、現時点で持っているバッジの数、参加した大会での成績などで決まります。そのため、ポケモンの所持数やバッジの所持数等に変動があったら逐一報告義務が発生します。
称号制度はバトルの上でも賞金決定に大きくかかわってくる制度ですが、本来はポケモンと暮らす人間たちに人間向けの保障を与える制度です。
例えばホープトレーナーはバッジ0、かつ手持ちのタイプ偏りがなく、手持ちポケモンに200kg以上の体重の持ち主がいないことなどが条件です。駆け出しトレーナー、もしくは旅立っておらずバッジも持っていない、もしくはポケモンを所持していてもポケモンとあまり関わらない人は大抵この称号です。ポケモン初心者向きの称号であるため、初回の報奨金を除けばほとんど保障がありませんが、かわりに勝利した時の賞金は多めに貰える称号です。とはいえあまり旨味がないため、この称号を所持し続ける人間は多くありません。
かいじゅうマニアなどは200kg以上の大型ポケモンを所持している人間向きの称号です。そのレベルの大きさになってくると一般的な稼ぎの人間では養うことが難しいため、毎月食費や家の修繕等に対して補助金が出ます(要申請)。200kg以下であってもゴンべ等の大食いのポケモンもいるため、生活や食費に困ったら一度役所で相談してみると、種族や状況によっては称号転換の許可が出ることもあります。その辺りは比較的柔軟です。
同タイプ三匹以上、ないしは手持ちポケモン全てが同タイプの場合はタイプに偏りがあるとみなされるため、例えばいわタイプを三匹以上所持している場合はやまおとこ称号への転換となります。女の子でもやまおとこです。
チャンピオンロードを越え、ポケモンリーグに参戦した人間はエリートトレーナーへの称号転換が発生します。リーグ優勝者はベテラントレーナーとなり、でんどういりすると称号は変わりませんが証明カードが変わります。
尚、この称号制度があった上でもポケモンの進化、急激な手持ちの増加などで困窮する旅人や家庭は多く、社会問題にもなっています。かわらずのいしという手段やそもそも手持ちにしないという選択もありますが、好き好んで運命を手放す選択をする人間は多くないためです。