獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
次の日、私は荷物をまとめて『機材』にしまい込み、完全に旅の装いを整えていた。ここからだとハジツゲ方面の方が近いので、ハジツゲに一端抜けるのも考えたのだけど、次はほのおのぬけみちに籠るつもりなので、キンセツにいったん戻って装備を整え直すことにしたのだ。帰りは『サイコキネシス』での空中遊泳が様になり始めたラプラスも外に出していくことを決めているし、ウインディに乗るのも控えるつもりでいるので、来たときよりは日数がかかるだろう。物資の残量には十分注意しているが、気を引き締めて戻らないといけない。
出発時のメンバーはウインディ、デンチュラ、ツタージャ、ロトムとここについた時と同じメンバーだ。明日はバタフリー、ラプラス、ランプラー、ラルトスのメンバーと移動することになる。最後にポケモン達の飲料水と自分の飲料水、それから自分の装備をもう一度きちんと確認すると、ちょうどダイゴが自分のテントから出てきたところだった。
「もう行くのかい?」
「あれ、ご挨拶に伺うつもりだったんですけど」
「見送りくらいするさ。……声もかけずに行くつもりなのかと思ったよ」
そんなことを口では言っていたけれど、ダイゴは穏やかな顔でこちらを見ていた。……崖に刺さった下半身を見た時は、まさかこのオアシスでの日々がこんな充実して、恵まれた修行の日々になるとは思っていなかったし、そもそもチャンピオンに指導してもらえる日がくるとも思っていなかった。人生分からないものだ。
「ダイゴさん」
「なんだい?」
合図を送らずとも皆も同じ気持ちだったのだろう、ポケモン達皆がボールから飛び出てきて私の背後に並んだ。
「この一か月間、色々とありがとうございました!」
深々と頭を下げると、後ろで皆も鳴き声をあげながら頭を下げる。顔をあげると、ちょっとだけ目を見開いたダイゴがいた。そんなダイゴの肩やらなんやらを叩くように掠めながら、ダイゴのポケモン達も笑ってボールから飛び出てきた。エアームド、ネンドール、ボスゴドラ、ユレイドル、アーマルド、ドリュウズ、プテラ、メレシー、色違いのメタグロスに通常のメタグロス、と大柄なポケモンばかりがずらりと並ぶ姿は圧巻の一言に尽きる。
「……こちらこそ、」
「なぁーっ!!!!!!」
ダイゴが何か喋ろうと口を開けたところで、一匹のポケモンがくぐもった雄たけびをあげながら、ダイゴと私の間に飛び込んでくる。……うそでしょ、このタイミングで?
あのナックラーだ。
「……」
「……」
一気に空気が緊張をはらむ。私のポケモンだって最高レベルは80代後半だし、ダイゴのポケモン達はレベル100に到達しているポケモンがほとんどなのに、推定レベル30くらいのナックラーがよくこの現場に飛び込んできたものだ。よくよく見れば体は小さく震えていたが、それでもナックラーは、私を……、私だけを見ていた。
素早く合間に入ろうとしたバタフリーをハンドサインで止め、ナックラーと視線を合わせる。……攻撃的でなく、知っているポケモンである以上、今の時点では普通に応対するべきだ。
ダイゴに断るように視線を向けると、ダイゴは頷きを返してくれた。
「……久しぶり、ナックラー。ちゃんと会話するのは初めてかな?どう?もう体の具合は大丈夫?」
「なっく」
こくん、と頭を振ったナックラーがおずおずと私のところへ歩みを進める。相変わらずくぐもった声での返答だったが、それも当然だろう。ナックラーは一輪の花を咥えていた。ちらりとダイゴを見ると、ダイゴが小さく首を振るのが見えた。……ダイゴの入れ知恵ではなく、ナックラーが自分で考えたのか。
足元まで来たナックラーに視線を合わせるように膝を折る。僅かに喜色をにじませたナックラーが、恐る恐るといった様子で咥えた花を差し出してきた。普通の花だった。いくらオアシスとはいえ、ここは砂漠地帯だ。花なんてめったに見かけるものではないのに、一体どこで見つけてきたのだろうか。
「……くれるの?お礼?」
「…………なっく」
差し出した手にぽとりと落とされた花は、咥えられていたことで茎が少しへこんでいたけれど、とてもきれいな状態だった。そのお礼の気持ちは嬉しかったので、素直に受け取る。
「ありがとう。……私たちはこれで旅立つけど、元気でね。次に水を飲むときは気を付けて」
「らぁ!なっく!!」
待って!という叫びだったのはわかってしまった。というよりは、伝わってしまった。伝わってしまったからには無視も出来ず、起こそうとした体を屈め直し、もう一度ナックラーと目線を合わせ直す。
ナックラーの顔は紅潮していた。瞳は潤みつつも期待に震え、体も緊張からか小刻みに震えていた。
一歩下がったナックラーが大きく顎を開いて見せつけるようにし、がちがちと鋭い音を立てて顎を噛み鳴らす。ナックラーは威嚇するときもこうして顎を開くけれど、こうやって特徴的な音をたてながら噛み鳴らす仕草は求愛の時にしかしないのだそうだ。背後の皆が一気に殺気立ったのを感じながら、ああ、と思った。ナックラーは真剣だ。私の顔と、腰につけたボールとを交互に見つめながら、がちがちと歯を鳴らす。知識のない人間から見れば、ただの威嚇にしか見えないその動作を必死で私に繰り返す。
「……ナックラー」
「……!」
声をかけると、ナックラーは息を呑んで顎の開閉を止めた。
「……確認させて。私と一緒に来たいの?」
「なっく」
「私の手持ちになりたい?」
「なっく」
「……私に、恋をしている?」
「なっく!」
伝わった!と、その喜びを隠しもせず頷くナックラーに、ああ、とまた内心で呻く。
「…………ごめん、ごめんね。気持ちは嬉しいけれど、君の気持ちには応えられないし、手持ちにもできない」
「…………らぁ?」
呆然と固まったナックラーに言葉を重ねる。
「君と私が一緒にいようと思うなら、君は私のモンスターボールに入るしかないけれど、私は手持ちのポケモンのことを家族としてしか見れないと思う。今までもそうだったし、たぶんこれからもそうだ。手持ちにした時点で君とは恋が育めない。……つがいにもなれない。
恋には応えられないけれど、それでも良ければついてきて、なんて酷いことも言いたくない。君に対して不誠実すぎるもの。
……ごめんね。どうしようもなければ、どうか私のことは忘れてほしい」
今度こそ立ち上がって数歩下がり、私のポケモン達の輪の中に入り込む。ナックラーは固まったまま動かなかった。
「……終わりでいいのかい?」
「ええ。……改めて、ダイゴさん、お世話になりました」
「……こちらこそ。楽しい一か月をありがとう。君の夢がかなうことを祈っているよ」
「ありがとうございます」
視界から消える最後の時まで、ナックラーが動く様子はなかった。
□
「正面からフラれたねぇ」
「……っくら……」
「………うん、たくさん泣くといい。いいよ、今日は休息日にするつもりだったから付き合うよ。メタグロスもいてくれるかい?」
「〓〓〓」
「なぁっ……なぁっ、……なぁっく…、らぁああ~~!!!!」
「落ち着いた?」
「……ぁくら」
「そうかい。……もうしばらくここにいるから、泣きたくなったらまたおいで。あの子を知ってる身として、付き合ってあげるから」
「なっく」
「………ん?…それはメタグロスのボールだけど……」
「〓〓〓〓」
「……………えーっと?」
「ら!!!なぁっく!!!」
「〓〓〓?」
「なぁー!!」
「〓〓〓〓………〓〓、〓〓?」
「ぁく、……………なっく」
「…………もうちょっと、考えた方がいいよ。それは君の気持ちの行き場がなくなってしまう」
「……なぁー!!らぁ!!!!」
「いいや、駄目だ」
「〓〓〓〓………〓〓?」
「………駄目なんだよ、メタグロス。応えてもらえないのにし続ける恋ほどつらいことはないんだ……、だから駄目だ。
時間をかけて今日までのことを消化した方がいいよ、ナックラー。それ以上訴えてくるのなら、ボクは修行場所を移す」
「………」
「…………〓〓」
<ダイゴ>
素敵な石の気配を追いかけて無理やり岩壁の隙間に体を突っ込んだところ、穴から抜けなくなってしまって命の危機に陥ったホウエン地方チャンピオン。とっくに30代に突入済み。
才能も器も足りていないという指摘は心からの善意。いずれはチャンピオンにも至れそうな逸材が、
……――この世界線におけるダイゴは、叶わなかった恋をしたことがある。
<ナックラー:♀>
命を救われた。必死な声も、必死な行動も、優しい温もりも、全部全部、薄っすらだけど覚えている。
そのポケモンに対する必死さと、ぎゅっと顎を引きながらポケモン達を率いるその横顔に、恋をした。種族も、姿も違う生き物に、恋をした。してしまった。
抱いてしまったものはどうしようもなくて、そっと話しかけにきてくれるあなたの気持ちが嬉しくて、でも、顔を見て交流することが出来なくて、どうしようもなくて逃げ出して。そのたびに悲しい顔をさせてしまうのはつらかったけど、でも、でも、でも。ごめんなさい、あなたを面と向かって見れなかったの。好きだから、好きな相手に見つめてもらえることが嬉しくて、感情が溢れてきてしまって、どうしても顔を隠したくなってしまって。でも、でもね、それだといけないってわかってたから、わたし、ちゃんと頑張って、ちゃんとアピールしてたのよ?
大好きで、大好きで、いつか一緒にたまごのお世話を出来たらいいなと願うくらいには愛しくて。こんな思い、同族にすら抱いたことは無かったのに。そんな激しい恋を、あなたにしました。
──だから、忘れろなんて、そんなことを言わないで。
<人間とポケモンとの恋>
ナックラーの恋は非常に珍しいものである。ポケモンが人間に恋することが珍しいことなのではなく、ナックラーのように「4つ足」で、「未進化」で、「出会って一か月もしないうち」に、「同性の人間相手に」恋をした、というのが珍しい事例なだけであって、ポケモンが人間に恋をする、もしくは人間がポケモンに恋をする、というのは珍しいことではない。特に2本足で直立歩行するタイプのポケモンと人間との恋は、ご近所のうわさ話で稀にのぼってくる程度には聞かれる話である。とはいえ、ベトベトンと愛を交わした人間の例もあるほどなので、この事例も珍しい程度にとどまる。
ポケモンと家族のような親しい関係を築けるのであれば、恋愛関係を築けることもまた自明であるのだろう。時には恋仲のポケモンとたまごを成した、子どもを成した、という主張をするカップルもいるが、大抵は他所からもらい受けてきたものである。現状ポケモンには交尾の概念が発見されていないため(たまごはつがいになったポケモン達がいつの間にか見つけて抱いていることが多い)、子を成すのに交尾の必要がある人間との間にはたまごが見つかることはない、というのが通説である。
────人とポケモンは、かつて、