獅子の隣に並ぶまで 作:ZZ
何匹か並んだオンバット達の前で、耳元でカチン、とクリッカーを鳴らして音が鳴ったかを確かめる。クリッカーはボタンを押すとワンアクションで音を出して合図できる道具だ。合図のための道具なので本来はまぁまぁな大きさの音が出るのだけれど、改造したので(何個か犠牲にした)かなり小さい音になっている。それこそ蚊が飛ぶくらいの音の大きさと言うか、そういう感じだ。
オンバットは視覚もそれなりにちゃんとあるけれど、聴覚の方が発達しているポケモンだ。音を周囲に放って音の反射で周囲を把握するエコーロケーションを上手に行い、目を塞いでいても障害物を避けて飛ぶことが出来るくらいだし、なんならオンバットやオンバーンは音を頼りに飛び回ることで、真っ暗な洞窟や闇夜に平気で行動するポケモンであるくらいだ。その能力は50m先を飛んでいる小さな羽虫の存在を察知できる程だと言えば分かるだろうか。
さて、こんなことをしているのはなぜかと言えば、オンバットを仲間にした当初のことに話は遡る。元々わかっていたことではあったが、オンバットは本当に臆病だった。洞窟内で出していなかった他の私のポケモン達との顔合わせをしたときにひっくり返って気絶しかけたくらいなのだ。いや、こちらも配慮不足だったけれども。一匹ずつの顔合わせに変更したまではよかったけれど、体の大きなウインディ、ラプラス相手の時などは私の腕の中から出ようとしなかったくらいである。幸いラプラスは持ち前のコミュニケーション能力でなんとかなったけれど、ウインディの方は未だに怯えられっぱなしだし、オンバットの方もこれじゃいけないと思っているのか、一生懸命声をかけにいこうとはしてるんだけど、……うん。二か月を経過した今でもウインディ相手にはビビりがちなので、もうちょっと時間がかかりそうだな、という感じがある。
私とデンチュラには結構な勢いで心を開いてくれているのが救いといえば救いだろうか。ふとした休憩時間なんかに、何事かを話しているデンチュラとオンバットの姿はよく見る。後は後輩のできたツタージャとラルトスの心情がちょっと不安だったのだけれど(特にツタージャはラルトス相手にキレて手を出した過去があるわけだし)、あんまりオンバットがビビりまくるものだから、どちらかというと二匹はオンバットを守ってやらなければいけない存在だと認識したらしく、甲斐甲斐しくかまう姿はちょっと微笑ましかったし、同じ気持ちでいるらしいシャンデラがほのぼのしながら見守っていたのも見た。いたずら好きのロトムですらオンバットに対するいたずらは控えてるもんなぁ……、バタフリーも飛び方の指導とかでよく声をかけているし、ゆっくりではあるが慣れてくれているようだ。
肝心のバトルは、といえば、なるほど確かにわざを避けるときの仕草こそ大振りと言うか、派手な避け方をしているけれど、逆に言えばそれだけの無駄な動きをしながらでもちゃんと勝利をもぎ取ってくるあたり、もったいないなぁ、という印象だった。避け方の無駄はゆっくりそぎ落としていくとして(その辺はデンチュラと、デンチュラに教えを受けていたバタフリーが上手な分野なので、そういう意味でも二匹には頼っている)、後は本ポケの実力に見合った自信をつけて貰えるよう頑張っているところである。
まぁどちらにしろ色々慣れないと話が始まらないので、この二ヶ月はトレーニングは勿論、トレーナーにバトルを挑んでをひたすら繰り返していた。そのうち手持ちの資材も尽きてきたので、ボールから出した状態で初めてオンバットをミアレシティへと連れ込もうとしたのだけれど(仲間にしたときの健康診断でヒャッコクシティのポケモンセンターに行ったときはポケモンセンターの中以外では一切ボールから出さなかったのだ)、そこで問題が発覚した。
オンバット、ミアレシティに入るのをそれはそれは怖がったのだ。知らない材質の建造物、知らない生き物、知らない世界。洞窟や森とは全く違う人間のテリトリーにかなり混乱して、大泣きし始めたくらいである。たまに聞く事例だったけれど、今までのポケモン達がそんな素振りは一切見せなかったものだから失念してしまっていた。……今までの子たちが図太すぎたのか?バタフリーなんかキャタピー時代、野生の状態で私の病室に入ってきてたくらいだったし。
とはいえ私の手持ちになった以上はどうにかして街に慣れてもらわないといけない。大泣きしているのを落ち着かせるのもかなりかかったけれど、その後大丈夫!というものだから連れて行こうとすれば、街中に入ろうとするたび尋常ではないくらい怯えるし、子をあやすのに慣れたシャンデラですらどうしようもなかったと言えば分かるだろうか。私だってポケモン達の住んでいる世界に足を踏み入れようと思ったら緊張するし、手持ちのポケモン達と一緒でなくては足を踏み入れようとはもう思わない、というのを伝えてみたりもしたのだけど、それでもどうしても駄目で、もう一回原因を探ろう、と言う話になったのだ。今では苦手がつのりすぎたのか、ボールの中に入った状態ですらあんまり街中に入りたくないらしい。
それで何が駄目なのか、を詳しくオンバットと一緒に考えてみたのだけれど、もしかして、と思うことがあったので、検証のため他のオンバットに協力してもらおうと思って終の洞窟に戻ってきたのだ。
そんなわけで私のオンバットに頼んでオンバットの友ポケ達を連れてきてもらい(もう戻ってきたの!?と言われたとかなんとか)、今こうしてここに並んでもらっているというわけである。終の洞窟前はそこそこ長めのまっすぐな道が続いているので、100mくらいのメジャーを買ってきていっぱいに伸ばして置いた。端っこはそれぞれツタージャとラルトスに抑えてもらっている。そしてその0m時点に、私のオンバットを含めて6匹のオンバットが並んでいた。翼の先についた小さなかぎづめには白い旗を握っている。
「皆今日は協力してくれてありがとう。今からやることの内容を説明するね。この音が聞こえたら、今持っているその旗を振ってほしいの」
「きゅう?」「きゅう」「きゅるる」
それだけ?と首を傾げたオンバット達に、それだけだよ、と頷く。試しにやってみるね、とクリッカーを鳴らすと、オンバット達は元気よく白い旗を振ってくれた。
「今度は目をつぶってそれをやってみようか」
「きゅう!」
全匹が目をつぶってくれたのを確認して、クリッカーを鳴らす。皆ぎゅうっと目をつぶったまま、音が鳴った瞬間大きく旗を振ってくれた。
「よしよし。そうしたら、私はちょっとずつ距離を離して、これを鳴らしていくから、クリッカーの音が聞こえなくなったら翼を降ろしてほしいな。目はつぶったままでお願いね。降ろすのは自分の聞こえなくなったタイミングでいいからね」
「きゅ!」
わかった!と鳴いてくれたオンバット達にちょっと微笑んで、じゃあ始めるよ、と声をかける。まずは目の前で一回鳴らし、オンバット達が旗を振ってくれるのを確認して、5m刻みで離れては鳴らすことを繰り返す。およそ70mくらいでぽつぽつとオンバットの羽が降ろされるようになったので、1m刻みに音を鳴らす距離を変える。80mを超えた頃には、旗を振るオンバットは一匹だけになっていた。側を飛んでいたシャンデラにアイコンタクトを飛ばし、旗を降ろしたオンバット達に気を楽にしてもらうように伝えてもらうようお願いする。頷いて飛んで行ったシャンデラはこの実験の邪魔にならないようそっとオンバット達を誘導してくれた。その間、同じ場所にとどまってカチン、カチン、と一定のスピードで音を鳴らし、静かになったのを確認してからもう一度距離を離す。90m、100m、……それ以上。最終的にメジャーが足りなくなったために後から測ることになったが、140mの距離でそのオンバットはやっと旗を降ろした。何度か確かめるようにクリッカーを鳴らし、オンバットが旗を振らないのを確認した後、ごそごそとクリッカーをしまう。
「オンバット!ありがとう!終わりだよ、こっちおいで!」
「きゅう!」
大声で叫ぶと、そのオンバットは喜び勇んでこちらに飛んできた。私のオンバットだった。腕の中に飛び込んできたオンバットを抱き留めて、よしよしと体を撫でてやる。
……うん、検証できてしまったなぁ、これ。要は私のオンバット、耳がよくて聞こえすぎるのだろう。普通のオンバットがほんの少し感じ取る程度で済むようなレベルの音でも、この子にとっては大きく聞こえすぎてしまうから、色んな事に他のオンバットよりも過剰に反応するのだと思う。それでも少々臆病である程度に収まっているのは、この性質が生まれもった性質であるからだろうか。聞こえすぎるのが私のオンバットにとっての当たり前だから。
ポケモンセンターでの健康診断はせいぜいが必要最低限聞こえているかどうかの検査だ。どこまで聴力が発達しているかの検査ではないのが災いしてしまったな、これ。たぶんだけれど、街中の自然にないうるささがオンバットが怯える元凶のような気がする。健康診断をお願いしたのがミアレじゃなくてヒャッコクだったから、ミアレ程騒がしくないヒャッコクとのギャップにびっくりしたのもあったかもしれない。
その後本ポケの移動の阻害にならない程度の耳栓を用意してみたのだけれど(売ってなかったので特注した)、それが大当たりだったようで、オンバットは街中に入る時、過度な怯えは見せなくなった。とはいえあんまり街自体は好きじゃなさそうなので、この辺は街中でおいしいもの買ってあげたりとか、ストレスにならない程度に苦手をなくしていけるよう見ていこうと思う。後、今後はちょっとずつ耳栓の性能を落として、音に慣らしていくようにしよう。
なので、しばらくは街中の泊りはなしだし、地方大会とかだって普通に観客とかが騒がしいから、その辺も色々慣らしていかないと地方大会デビューは遠いかもしれない。
そんなことを考えながら野外にテントをはって、中でくつろぐ体勢に入る。頑張ろうね、というと、オンバットはきょとんとした顔で腕の中からこちらを見上げてきたので、ぎゅうと抱きしめて、そのまま広げたクッションの中へと倒れこんだ。
なんていうか、ほんと、個性の強い子が集まるものだなぁ、とちょっと天を仰ぐ。バトルでポケモンを倒すことで手持ちに加えるのはメジャーな方法であるが、私が今までやってきているように、声をかけて交渉して仲間に入ってもらうとか、それこそなんというか、運命的な出会いをして手持ちにした、とか、そういうのは別に珍しい話ではないのだ。ないんだけど、…………いや、そういう運を持ち合わせている、とポジティブに考えればいいのかなぁ。
オンバットのこれは才能と呼んだ方がいいものだろう。日常生活で大きな音が出そうな場面があれば出来るだけフォローしていくのは勿論として、普通のオンバットより周りの音がよく聞こえるのであれば、それを活かさない手はない。無駄な動きをしているのにそれでも勝てるのは、たぶんデンチュラと同じくわざのおこりとか、体の動きとかを察知しやすいからだろう。耳がいいというのは弱点にもなりかねないことではあるけれど、その辺は私がうまくカバーするとして、うん。……うん。大丈夫だ。ちょっと苦労はさせてきたかもしれないけれど、もう大丈夫なことだ。
腕を緩めると、オンバットは胸の上に腹ばいになったままにでろんと翼を広げた。なんていうんだっけこれ。コアルヒー寝?オンバットの耳の根元辺りをカリカリとひっかいてやると、気持ちよさそうに目を細める。ごそごそと腕の下に潜り込んできたツタージャとラルトスを一緒に抱え込み、脚の上に顎を降ろしたラプラスのひんやりとした感覚を感じながらぼんやりと虚空を見上げる。
大きなため息を吐くと、服の上からでも分かるくらいゆるく膨らみ始めた胸がポケモンを乗せたまま上下した。