ジューンブライド・イデオロギー
「ジューンブライド」。水無月、またの名を六月に挙式をあげると一生幸せになれる。いつものように針妙丸が受け売りの新しい単語をひけらかした。こういうときの針妙丸の顔は好きじゃない。最近の針妙丸は私をおちょくるような言葉ばかりを披露するのだ。誰に似てしまったのだろう。とりあえず好きだと吐き捨てたら、いても立ってもいられなくなったから飛び出した。皮肉も上手く言えなかった。
梅雨晴れの空を低く飛ぶ。私の頭の中は相変わらず曇天だが、蟲けらはわらわらと群れて暴れて、蒸し暑く晴れていることを余計痛感させる。こいつらはきっと針妙丸のような阿呆面なのだろう。群れから外れた何匹かが顔に纏わり付いた。むかつく。こんな蟲けらでもパートナーがいて、愛し合って…幸せなのだろう。とりあえず目ぼしいのを握り潰した。力で勝った優越感が次に纏わり付いただけだった。
─想い人との幸せ─。下剋上に失敗した哀れな人ならざる者の願い、そして呪いが、真綿で首を絞めて離さなかった。
目先の蟲けらたちに弾幕を一つ放った。儚く散った蟲たちなんかより、弾一つの行く先が気になって仕方がなかった。大して遠くも無い中木に、ぼすっ、としょぼい音を残して消えた。なんだよ、ぼすって。あれからまともに弾幕も放てない。脳裏に浮かんでは消える花火大会のときの美しく力強い弾幕たち。でも、やっぱり一番は…
「「反則結界」」
二つの声が重なった。あいつの声だ。あいつのマジの声だ。咄嗟に振り向けば博麗の巫女が口を固く結んでこちらに弾幕を向けていた。
「ま、待ってくれ、暴れるつもりはない。というか私が何をしたんだよ」
言葉そのままに受け取ったのか、博麗の巫女は弾幕をこれまた綺麗に閉じていく。そのまま静かに私の目の前にすたっと接地した。てかあれキャンセルできるんだな。
「…貴方が危ない弾幕を撃ってたから。里も近いんだしやめてちょうだいな。」
「…わかった。」
やはりこいつ相手だとどうも調子が出ない。歪んだ天邪鬼をよく見て…いや…
「はい!」
「?」
霊夢がにかっと笑って、どこからかぱんぱんの風呂敷を差し出した。もう片方の手にも同じだけの風呂敷を持っている。さっきの剣幕は何処へやらだ。
「晴れたから買い出しいっぱいしたの。弾幕やらないなら、神社まで付き合って!」
霊夢は大分調子の良いことを言った。でもそれは、私に別の混乱を与えた預かり知らぬ評価。
「……わかった……ひゃっ」
風呂敷の結び目を掴もうとして、霊夢の手が少し触れた。白くて、優しい暖かさの手だった。
「?どうしたの?」
「…なんでもない。行くぞ」
「…わかった、行きましょ」
私は一足先に飛び上がる。すぐそばに霊夢がいて、鼻歌なんか歌い出して。私の憧れの、強くて、かっこよくて、美しい博麗の巫女。私が下剋上を失敗した先にいた、普通の可愛くて仕方がない少女。
あぁ…すっごい幸せだ。
私はほんの少しだけゆっくり飛んだ。