恋水浴
「外の世界ではさ、今日は海の日なんだって」
「海の日?川の終点の海か?」
「あーうん、多分そう」
針妙丸がわかったふりをして答える。幻想郷に海はない。海に対する教養も無いので、なんか広い水のところ、という認識が関の山だ。
「それがどうしたんだよ」
「いや、行きたくならない?そういうの知ると」
「ならない。私はお前のママじゃないぞ」
「連れてく認識なの?」
何が良くて針妙丸と海に行くか。どうせ行くなら…あいつと…
「霊夢は行ったことあるらしいよ」
「…は?」
「だからさ、どんなところか聞きに行こうよ」
「は?」
「ほら、決まったら支度支度」
この私が?自ら博麗霊夢のところへ赴くのか?
「ちょっと待て、なんで私が博麗霊夢のところに
「この前博麗神社でお昼ご馳走になったんでしょ?先月」
「う」
顔が外の気温より熱くなるのがわかる。こいつ、どこでそれを…
「ほらほら、行くよー」
「…むぅ」
「海?」
「そ、行ったことあるんでしょ?」
「…あー、大分昔にね」
「どんなところ!?」
「えーっと、紅魔館の地下にある、寒いお遊技場よ」
「それプールだよね?」
霊夢はお茶を啜りながら気だるそうに答える。急な来客が面倒なのか、一歩も動かない。今日は袖を付けていなかった。霊夢の腕ってこんなに白くて細いんだな…
「海は月にあるのよ、静かで暗い場所だったわ」
「へぇー、本ではいっぱい人がいて遊んでる感じだったけど」
「それは外の世界じゃないかしら?川をずっと行けばあるわよ」
「正邪とおんなじ事言ってる」
「ばっ…」
だってあれは針妙丸が知らないと思って言ったんだ。まさか霊夢も同じこと言うなんて…
「あら、詳しいのね。私は霖之助さんに聞くまで知らなかったわ」
「いや…大したことねぇよ…」
霊夢はいつも思ったことを正直に言ってくれる。もどかしいというか…何というか…。よくわからない感情でいっぱいになる。…嫌いだ。
「あ!針妙丸だ、おーい!」
「あ、サニーじゃん、久しぶり〜!」
「あのね、うちでアサガオいっぱい咲いたの!早くしないと萎んじゃう!」
「わかった!行く行く!霊夢ありがと!」
「日射病に気をつけなさいよ〜…まったく、あんたも大変ね」
「…まぁな」
霊夢と二人きりになってしまった。霊夢が重い腰を上げて台所へ入っていった。早く帰りたいようなそうでもないような、ずっとそういう気分だ。
「はい、暑いのにお疲れさま」
霊夢が緑茶を差し出す。氷が3個程浮かんでいた。
「…いただきます」
小さく口を付ける。熱くなった身体に染み渡り、優しい香りが鼻を抜ける。霊夢のお茶、美味しいよな…
「…熱いのが良かったな」
「天邪鬼ね」
ふふ、と霊夢が笑いかける。毎日飲めたらな。と思い、それが恥ずかしく感じてまた身体が熱くなる。
「あんた、体調悪いの?」
「お陰様で」
「そうですか」
霊夢は笑顔のまま答えた。それで良かった。
「結局、大して海の話なんてしてないわよ」
「…外の世界で海の日をわざわざ作るなんて、そんなに海って楽しいもんなのか?」
「あら、そんなに海に興味あるの?」
精いっぱい言葉を返すので限界なのに、霊夢は知ってか知らずか針妙丸みたいな顔をして言った。
「…そんなに」
「あ、そう?私は貴方と二人なら楽しいと思うけどなぁ」
「!?それって…」
「さて、妖精たちと針妙丸もいるし、もうお昼の準備しましょうかね。あんたも手伝って!」
「へ?」
「ほら!」
いつもの調子で霊夢が手をぎゅっと握って私を引っ張った。この前よりも、6月のあの日と同じ手。
「えっ…あ…」
「あんた、料理苦手?」
「いや…ちょっとできる」
「そっ、やろやろ!今日はそうめんと天ぷらよ〜」
にかっと笑ったその笑顔がかわいくて、今日の太陽より眩しかった。また鼻歌なんか歌いやがって、るんるんで台所に向かっていく。目の前なのに、その背中を走って追いかけたくなった。
…せめて、次は私からその手を…
私は全部の感情を、台所へ向かって歩いて行くことでしか表現できなかった。