守りたい居場所 作:エンジョイ博士
前々から書いてみたいと思っていました。
地道に楽しんで書いていきます。
『……そんな顔をするな、ハルト』
――今も夢に見る時がある。
在りし日の恩師の姿を。彼から剣を授かり、その最後を看取った日を。
『あの子のことを、頼むぞ……』
病床に伏せる恩師の痩せ衰えた手を掴む。彼は17歳になるまでの5年間、自分に剣を教えてくれた。そして何より、両親を失った自分の居場所となってくれた。
それだけの恩がありながら、自分は何一つ返せなかった。これから先どう生きていけばいいのかも分からない。
強い後悔や不安といった負の感情に掻き乱され、何を話していたのかも思い出せない。
恩師の最後の言葉も。
目を覚ます時は、いつも同じだった。
『お前が……あの子の――』
*
「……夢、か」
木造の床に転がっていた体を起こしながら、ハルトは小さく呟く。
ここは巡礼者のために用意された質素な小屋の中。家具と呼べるものは小さな暖炉以外にないが、当て所ない旅をしている自分たちには雨風をしのげるだけでも充分だった。
すでに日は高く昇っており、取り付けられた小窓からは暖かい日差しが差し込んでいた。ハルトは大きく欠伸をした後、部屋の隅の方で体を丸くして眠る小さな男の子に視線を向ける。
彼はまだ6歳になって間もない、ハルトの恩師の孫だ。
「起きろよ、ルカ。出発するぞ」
「う~ん……まだ、ねむい……」
「なに、寝ぼけてんだ。ヴォルはとっくに起きてんぞ」
ルカは寝ぼけ眼を手で擦りながらむくりと起き上がった。
いつもは癖のないサラサラとした短い黒髪が寝癖になってハネている。また、水晶のように丸く澄んだ瞳は寝起きで少し垂れ下がっていた。
「そろそろ次の街に着くはずだ。たしか、キルヘン・ベルって言ったか」
「今日はちゃんと、おふとんで寝たい……」
「そうだな。街に着いたら宿でも探すか」
2人で身支度を整えて、小屋の外へ出る。そして柔らかい日差しを身体中に浴びながら、めいっぱい伸びをした。
「ヴォルは?」
「狩りに行っちまったよ。どうせ街には連れて行けないし、別行動だな」
ハルトは自身のダークブラウンの髪の、首にかかるくらい伸びた襟足を払うように頭をかく。
この『巡礼街道』を進めば次の街、『キルヘン・ベル』はすぐに見えてくるはずだ。そしてルカを連れ立って歩き出してすぐ、誰に向けてでもなく言葉をもらすのであった。
「錬金術士、いるといいけどなぁ」
*
キルヘン・ベル。教会の鐘の音が響く緑豊かな街。
街に着いたハルトたちは大きな門を抜けて、メインストリートに出た。飲食店、雑貨屋、時計屋などの様々な店が立ち並び、旅人や住民たちが道を行き交っており活気がある。
「へぇ、けっこう色んな店があるな」
「なにか買うの?」
「いや、そんな金はない。まずは情報収集……よし、あの店だ」
その中でもハルトが真っ先に目を付けたのは、通りを外れた道の奥にある喫茶店だった。街の入り口からも近いので、こういった店には多くの人や情報が出入りするはずだ。
店先に並べられたカフェテーブルを横目に、扉を開けて中へと入る。小綺麗で全体的に落ち着いた雰囲気のある店内、その一角には立派なピアノが設置されている。
「いらっしゃいませ」
入り口に立って店を眺めていると、奥にあるカウンターに立つ店主らしき男性の声が聞こえてきた。モノクルをかけた誠実そうな初老の紳士。
ハルトはルカを連れ立って彼の元に歩み寄った。
「おや、この辺りでは見ない方ですね」
「ハルトって言います。訳あって、こいつと旅をしてまして」
「こんにちは……」
「旅の方でしたか。私はこの店の店主、ホルストと申します」
ホルストと名乗った店主は丁寧にお辞儀をしてハルトたちを出迎える。
「それで、ウチにはお食事にいらしたんですか?」
「いや、実はちょっと聞きたいことがあって。少しだけいいですか?」
「えぇ、私に答えられることなら。どうぞ、こちらに座ってください」
ホルストに促され、2人並んでカウンター席に腰掛ける。このまま何も頼まないのも少し気が引けるので、縮こまって大人しく座るルカの為に『キルヘンミルク』を注文しておいた。
「それで、聞きたいこととは?」
「この街に錬金術士っていませんか? それか、錬金術に詳しい人でもいいんですけど……」
ルカが提供されたミルク入りのコップを大事そうに両手で持って飲み始めたタイミングで、ホルストに問い掛ける。
すると彼は一瞬、意外そうな顔をしてこちらを見た後、返事をした。
「詳しいかどうかは分かりませんが、錬金術士なら1人知っていますよ」
「本当ですか!」
「えぇ。高台にある市街地を抜けた先にアトリエがありますから、訪ねてみるといいでしょう」
「そうします。あと、この辺に宿ってありませんか?」
「それなら旧市街に旅の方向けの宿がありますね」
ホルストは街のことには詳しいようで、こちらの問いに対してすらすらと答えてくれる。
その時、別の席の男性客が手を上げた。
「マスター! 注文いいかい?」
「はい、ただいまお伺いします。……こんなところでよろしいですか?」
「ありがとうございました。また来ます」
「ごちそうさまでした」
仕事中の彼をこれ以上引き留めるわけにもいかないので、礼を言って席を立った。ミルクを飲み干したルカも丁寧にコップを返すとハルトに続いた。
「またお越し下さい」というホルストの声を背中越しに聞きながら、2人は店を後にするのであった。
*
カフェを出たハルトはまず旧市街に向かって今日の宿を探し、時間があればアトリエに向かうつもりでいた。
そして旧市街に行く道を尋ねようとして、通りを歩く自分と同い年くらいの少女に声をかける。
「ちょっといいか? 道を聞きたいんだけど」
「あら、この街は初めて?」
こちらに振り向いた少女の目は、眼鏡越しに優しく笑っていた。艶やかなブロンドのストレートヘアに利発そうで容姿端麗な外見。
白を基調とした衣服に緑色のコートを羽織った姿は品があって育ちの良さが感じられる。
「あぁ、さっき着いたばかりだ。旧市街にはどうやって行けばいい?」
「それなら、この通りを抜けた先の広場に出て左手の方角よ」
「どうも。助かったよ」
礼を言って去ろうとした時、彼女の後について歩いていた、2人の男の子と1人の女の子の存在に気が付いた。恐らく年もルカとそう変わらないくらいだろう。
その子どもたちは年の近いルカに興味があるのか、まじまじとこちらを見ている。
「この子たち、だれ?」
「モニカおねえちゃんのおともだち?」
「旅の人よ。みんな、挨拶しましょう」
「こんにちはー!」
子どもたちは声を揃えて元気よく挨拶した。しかし、ルカは驚いた様子でハルトの陰に隠れてしまう。
「ほら、隠れてないでお前も挨拶しろよ」
「こ、こんにちは……」
見かねてルカの背中をそっと押して前面に出す。そうしてやっと伏し目がちに挨拶をした。
「ねぇねぇ、いっしょにあそぼうよ!」
「今からみんなでかくれんぼするの!」
「えっ……えっと」
ルカに迫る子どもたちの態度は好意的なものだった。ところが、人見知りの激しい当の本人はどう対応したらよいのか分からない様子だ。
祖父の元で暮らしていた頃から同年代の友達がいなかったので無理もないが。
「じゃあ、ハルトもいっしょに……」
「俺はいいよ。後で迎えに行くから、遊んでこいって」
「でも……」
なんとか遊びに行かせようとするが、ルカはもじもじと尻込みしている。やはり1人では不安なようだ。
「じゃあ、おにいちゃんもなかまに入れてあげる!」
「そのかわり、おにいちゃんがオニね!」
「おいおい……」
「ハルト、だめ?」
終いには子どもたちと一緒になって誘ってくる始末だった。
こうなってしまっては仕方ない。諦めをつけたハルトは軽く溜め息を落とした。
「……しょうがねぇな。宿は後回しだ」
「いいの? なにか用事があったんじゃ……」
「別にいいよ。そこまで急いでる訳でもないし」
「ありがとう。私も一緒に探すから、頑張って見つけましょ」
話がまとまり、眼鏡の女の子は子どもたちに向けて言い聞かせる。
「さ、みんな。かくれんぼを始めるわよ。街の外や遠くに行ったらダメよ?」
「はーい!」
「いこ!」
「うん……」
彼女の一言で子どもたちとルカは一目散に駆け出していった。そして4人の後ろ姿が見えなくなった頃、隣にいる女の子が改めて口を開いた。
「そう言えば、まだ名前を言ってなかったわね。私はモニカよ」
「俺はハルト。ハルト・クラインバウアー」
互いに自己紹介を済ませると、モニカと名乗った少女は「よろしくね」と少し気さくに言った。
そんな彼女に対してやや不器用に小さく返事をして、ハルトはストリートを歩き始めた。
「ま、かくれんぼなんて楽勝だよ。すぐ終わらせてやる」
「あら、自信があるの?」
「狩りをよくやるんだ。獲物を探すのはけっこう得意なんだよ」
「え、獲物って……」
*
子どもたちを探し始めてからストリートを抜け、たどり着いた先は広大で開放的な広場。
中央にある噴水や綺麗に並べられた花壇がお洒落で、住民たちの憩いの場といった様相だ。
そしてモニカに連れられ、この広場に面した巨大な建造物の前に歩いていく。
街全体を見守るように、高くそびえる場所にある鐘が特徴的な教会だ。
「あれはこの街一番の観光名所、ヴァルム教会よ」
「ふーん」
「思いっきり興味ない顔ね……」
「教会とか、全然行かないからなぁ」
「……ちなみに私は普段ここのお手伝いをしているの。教会で預かっている子たちのお世話をしたりね」
「さっきのチビッ子たちは、そういうことか」
歩きながらモニカの話に適当な相槌で返す。
そのまま2人が教会の前にやってくると、入り口の近くに立っていた1人の女性がこちらに気付いたようだった。
たくさんのフリルをあしらったゴスロリ風のロングドレスに身を包み、紫がかった銀髪が印象的だ。
「あら~、モニカちゃん。お友達と一緒だったの~?」
可愛らしいソプラノボイスにゆったりとマイペースな口調。
ひらひらと手を振る彼女からは、独特のふんわりとした雰囲気が感じられた。
「この教会のシスター、パメラさんよ」
「どうも。ハルトって言います」
「ハルトくんね。ちゃんと覚えたわ~」
モニカに紹介されたパメラという名の女性は、相も変わらずのんびりとやわらかい物腰でいる。
およそシスターらしからぬ見た目や性格をしているようだが、特に気にしないことにした。
「今、子どもたちとかくれんぼをしていたんです。彼にも手伝ってもらっていて……」
「そうなの~。私はまだお仕事中で動けないから……2人とも、よろしくね~」
パメラに優しく送り出され、2人は再び子どもたちの捜索に戻った。
ハルトは辺りを何度か見渡し、モニカは眼鏡を指で軽く抑えながら考え込んでいる。
「さすがにこの辺は隠れる場所がないな。見通しがよすぎるし」
「そうね。探すなら旧市街の方かしら」
*
教会を後にした2人は広場に隣接した旧市街へと赴いていた。
そこは民家が立ち並ぶ何の変哲もない住宅街。通りの中央に植えられた老木が真っ先に目についた。他にも道の脇にはたくさんの植え込みがあったり、街に面した巨大な湖も一望できるなど自然豊かな場所だ。
ホルストにも聞いていた通り旅の宿らしき建物も見受けられるが、まずは子どもたちとのかくれんぼを終わらせることが先決だろう。
「そろそろ1人くらい見つけたいんだけどな」
「うーん、いつもならもう少し簡単に見つけられるんだけど……なんだか今日は手強いわね」
「んじゃ、諦めて帰るか?」
「ダメに決まってるでしょ」
気を紛らわすための冗談半分の言葉はモニカにピシャリとはねつけられる。
「もう、真面目にやってよね。獲物を探すのは得意なんでしょ?」
「わかった、わかった。ちゃんとやるよ」
モニカに軽く呆れられ、決まりが悪くなったハルトは本腰を入れて子どもたちを探すことにした。意識を集中し、神経を研ぎ澄まして周囲を観察する。
狩りの時と同じだ。まずは痕跡や違和感といった小さな手がかりを見つけ、そこから情報を読み取ることから始める。
「ふーむ……」
旧市街はストリートと比べて人通りはまばらで、出店もないため閑静な住宅街といった様相だ。道や植え込みも住民がきちんと手入れしているのか景観が良く、ゴミひとつなくきれいに整っている。
ところが、ある一ヶ所の植え込みの付近だけ、落ち葉や折れた小枝が散らばっていた。
「そこの植え込み、なんか怪しくないか?」
「えっ? こんなところ?」
それは誰かがその場を通過した痕跡に他ならない。その場所を指差すとモニカは通りから植え込みを覗き込んだ。
「あっ!」
「あーぁ。見つかっちゃった」
モニカは目を見張って驚く。植え込みの陰には丸くなって隠れる男の子がいたからだ。通りを普通に歩いているだけでは恐らく気が付かなかったであろう。
見つけた男の子には教会のある広場に帰るように伝え、2人は顔を見合わせて笑った。
「やるじゃない。この調子で頑張りましょ」
「ちょっと本気を出せばこんなもんだ。残りもすぐに――?」
ハルトは褒められて得意顔になっていたが、すぐに何かを察知して引き締まった表情になる。
遠方からわずかに聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声。それも長々と続く動物の鳴き声――つまり遠吠えだ。
「この声……?」
「どうかしたの?」
その声に導かれるように通りを歩いていく。やがて住宅街の出口に着いて道は途切れた。ここから先の野道は、街の裏手にある森に繋がっているようだ。
「この先の森か」
「あの子たちは森の方までは行かないわ。かくれんぼでは入らないようにいつも言っているから」
「多分、ルカがいる!」
それは確信に近かった。その遠吠えが、ルカの居場所を知らせているとハルトには分かっていた。モニカも不思議に思っている様子だったが、ひとまず付いてきてくれているようだった。
2人揃って野道を急ぎ足で進んでいく。森の中はそれほど深くなく、少し先へ進むと背の低い草むらに囲まれている開けた場所に出た。
「あっ、あれを見て!」
「おいおい、マジかよ!」
モニカが焦りながら指差した方を見る。そこには3つの人ならざる者の影があった。
植物の姿をした二足歩行の魔物、『マンドラゴラ』だ。小型で一見すると可愛らしい見た目だが、刺や微弱な毒を持つため危険であることに変わりはない。
さらにその奥には、身を寄せ合って震える2人の子どもがいた。ルカともう1人、教会の男の子だ。
「ルカっ!」
「あっ、ちょっと!?」
ルカの身の危険を察知したハルトは、モニカを置き去りにするほどの速さで大地を蹴り出した。そして高速で距離を詰める間に肩掛けのダガーベルトから短剣を左手で抜き取り、逆手に持つ。
そのまま速度を殺さずに駆け抜ける勢いで魔物の1匹を斬りつけた。
「はっ!」
獲物を横切る瞬間に確かな手応えを感じた。まずは1匹仕留める。
すぐに身を翻し、再び獲物に迫って今度は左腰に下げた鞘から長剣を引き抜く。
「おらっ!」
すれ違いざまに長剣を真一文字に振り抜き、魔物の胴体を斬り裂いた。そのまま体を反転させて残る1匹と対峙する。
身軽に駆け回りながら、右手の長剣と左手の短剣による攻撃を織り混ぜ、敵を翻弄する。これがハルトの、狩人の剣技だ。
「さっきのおにいちゃん!」
「ハルト!」
「そこでじっとしてろ! 今、片付ける!」
瞬く間に2匹の魔物が消え去ったことで、不安げだった子どもたちの表情が晴れる。ところがすぐに後方のモニカが叫んだ。
「2人とも、危ない!」
残った1匹の魔物がハルトに背を向け、慌てて逃走を始めた。その行き先はルカたちがいる方面だ。
逃しはしない。そう考えてハルトが駆け出すよりも前に、辺りに遠吠えが響いた。
「アオーーーン」
その低い声は近くから聞こえ、この場にいる全員の耳にしっかりと届いただろう。
次の瞬間、草むらから現れた1頭の動物がルカたちの頭上を飛び越え、彼らの前に着地した。
「お、オオカミ!?」
飛び出してきたのは、灰色の体毛の狼。体長100cmはあろう大きな体躯で2人の子どもたちを守るように悠然と立つ。
そして身を屈めて低い唸り声を上げ、鋭い歯を剥き出しにしながら魔物を威嚇した。
「よくやった、ヴォル!」
その迫力に本能的に恐怖を感じたのか、マンドラゴラはたじろいで足を止めた。今がチャンスだ。
ハルトは獲物との距離を詰めるために高く跳躍する。
「獲物は回り込み、追い込んでから――」
空中で身体を回転させ、落下の勢いと併せて右手の長剣を思い切り振り下ろす。
狩人だった父の言葉を口にしながら。
「――仕留める!!」
ハルトの豪快な縦斬りは土埃を大きく巻き上げ、地面を抉った。そして煙が晴れる頃には魔物の姿はなく、事もなげに武器を納めるハルトだけが立っていた。
「狩りの基本だぜ」
「す、すっげー! おにいちゃん、強いんだね!」
危機が去ったことで男の子は跳び跳ねて喜んでいる。ルカも緊張が解けたようで静かにほっと息をついた。
そんな中、近付いてきたモニカが恐る恐る狼のことを指差した。
「この、オオカミは……?」
「俺の相棒、ヴォルフラートだ。ヴォルって呼んでやってくれ」
「やっぱりここにいたんだね、ヴォル」
ハルトの相棒の狼、ヴォルフラート。生まれてから2年ほどハルトたちと過ごしているため人馴れしており、特に2人にはよく懐いている。
現に今、彼はルカの無事を確かめるように何度も身体をすり寄せていた。
そしてしばらくルカや教会の男の子に大人しく撫でられていたヴォルは、ふと振り返って森の奥へと消えていった。
「行っちゃったけど、いいの?」
「ヴォルは人に慣れてるけど、さすがに街には連れていけないしな。しばらくこの森にいるんじゃないか」
その姿を見送ったハルトがモニカの疑問に答える。いくらヴォルが人馴れしてるとは言え、街中を歩けば騒ぎになる恐れがある。なので基本的にハルトたちが街にいる間は別の場所で待機していることが多い。
元々狼は野性的な動物であるため、特に問題なく過ごせているようだ。事情を聞いたモニカも「それならいいけど」と納得した上で、子どもたちの方に向き直った。
「それにしてもダメじゃない2人とも、こんなところまで来たら。もし気が付かなかったら大変なことになってたわよ?」
「ごめんなさーい……」
「ぼ、ぼくが行こうって言ったから……ヴォルの声が聞こえて……ごめんなさい」
モニカは膝立ちになって2人と目線を合わせながら言い聞かせる。ルカたちはしょんぼりと俯いて反省している様子だったので、こちらからそれ以上問い詰めることはしなかった。
そして、その代わりと言わんばかりにハルトは含み笑いをしてルカに耳打ちする。
「……よし、ルカ。罰として最後の1人の居場所、こっそり教えてくれよ」
「えぇっ……?」
「ズルしようとしてる! いけないんだ!」
「楽しようとしないの。全くもう……」
その企みは結局モニカにバレて、ハルトが咎められる形で収まった。
何はともあれ、これで探す子どもは残り1人となったので2人はルカたちを連れて広場に戻ることにした。
*
その後ルカたちを教会に連れて行ったハルトたちは、その足で高台にある住宅街に向かった。そこで残る1人の子どもの捜索をしたが、見つけるどころか痕跡や手がかりも得られず、やむなく広場へと戻って来ていた。
夕暮れを知らせる鐘の音が街中に響き渡り、もはや時間切れといった頃合いだ。
「結局あと1人、見つからなかったな……」
「本当、どこに行っちゃったのかしら。さすがに心配になってきたわ」
2人は重たい足取りで教会の前で待つパメラの元に歩み寄る。すぐ側にはルカと男の子2人も一緒だ。
「おかえりなさ~い。あとひとりは見つけられたかしら~?」
「それがあちこち探したんですけど、どうしても見つからなくて……」
肩を落としながらモニカが言う。
するとこちらを見ていた男の子たちがクスクスと悪戯っぽく笑った。その隣ではルカも密かに満足げな笑みを浮かべている。
「モニカおねえちゃん、こーさんするー?」
「ハルトも?」
「ぐっ……俺はまだ、諦めたわけじゃ……」
「これだけ探しても見つからなかったんだもの。素直に負けを認めましょ」
その態度が妙に小憎らしくハルトは一瞬ムキになりかけたが、すぐにモニカに諌められて引き下がることになった。そしてかくれんぼが終わった後、パメラは可愛らしく微笑んで両手を合わせる。
「じゃあ、最後のひとりに出てきてもらおうかしら〜」
「おいおい、もしかしてこの近くにいるのか?」
「ここだよーっ!」
目の前で響いた女の子の元気な声。同時にパメラの丈の長いフリルドレスが大きくめくれ上がってわずかに宙を舞った。
「うおっ!?」
「いや~ん。そんなに勢いよくめくったら、ダメじゃない~」
慌ててドレスの裾を抑えるパメラを目の当たりにして、ハルトは明らかに動揺した声をあげる。裾の内側に隠れていた女の子に遮られて見えてはいけない部分まで見えることはなかったが、肌の露出が少ない彼女の細くしなやかな生足がチラリと目に映った。それはハルトにとって、少しばかり刺激的な瞬間だった。
そして皆の前に登場した女の子は大威張りで胸を張っている。
「パメラさんの、スカートの内側に……?」
「待て待て! ズルだろ、そりゃあ!」
「ズルくないもーん!」
「ルカくんが考えたんだよ!」
「ルカぁ!」
「だ、だって、かくれられそうだったから……」
ボリュームのある大きなフリルが隠れ蓑になり、パメラの足元で丸まっていた女の子の存在に気付くことが出来なかった。隠れ場所が反則スレスレだったこともあり、敗北を認められないハルトはしばらく子どもたちと言い争いをしていた。
一回りも年の離れた子どもたちと真剣に言い合うハルトを見て、モニカは呆れながらも笑っている。そうしている間に辺りは暗くなり、既に日が沈み始めていた。
「みんな、そろそろ家に帰る時間よ~」
「はーい!」
「モニカおねえちゃん、ありがとー!」
「おにいちゃんもねー!」
「ルカくん、またあそぼうね!」
「うん……!」
3人の子どもたちは元気よく手を振りながら、それぞれ帰路についた。彼らを優しく見送った後、パメラが嬉しそうに口を開く。
「あの子たち、みんな楽しそうでよかったわ〜」
「そうですね。私たちも楽しかったです」
「うん。たのしかった……」
「おかげでこっちは疲れたけどな……ま、いいか」
結局最後まで子どもたちに振り回されていたが、ルカが楽しげにしているのも久しぶりだったので良しとした。ハルトは疲労感と解放感から、一度深く息を吐く。
「さて、いい加減今日の宿を探さないと」
「あら〜。それなら、教会に泊まっていったら~?」
本来の目的であった宿探しを再開しようとしたところ、パメラから思いがけない提案をされた。唐突な話に疑問を感じながらハルトは彼女に聞き返す。
「いいのか、そんなことして?」
「大丈夫よ~、空いてるお部屋があるから。あの子たちと遊んでくれたお礼よ~」
「よかったじゃない。今から宿を取るのも大変だろうし、泊めてもらったら?」
パメラはこのヴァルム教会に住み込みでシスターを務めているらしく、旅人であるハルトたちを宿泊させることに問題はないと言う。モニカもこちらの事情を汲んで後押ししてくれている。
「もちろんお金なんてとらないわよ~?」
「本当か! それは助かる!」
何より宿代がタダであることが魅力的だった。路銀が底を尽きかけていたハルトは喜んでその話に飛び付くことにした。そしてパメラは部屋の用意をすると言って、一足先に教会の中に入っていった。
話が終わった後、モニカが改めてこちらに向き直る。
「それじゃ、私も帰るわね。今日はありがとう、ハルト」
「こっちこそ。おかげで色々助かった」
視線が合わさると彼女は目を細めて優しく微笑んだ。その親しみのある笑顔にほんの少し胸が高鳴ったが、平静を保ったまま彼女に答えた。
その後ろではやはり陰に隠れながらだが、ルカが小さくモニカに手を振っていた。
「ばいばい……」
「またね、ルカくん」
振り返りながら片手で挨拶し、彼女は高台の住宅地の方へと歩いていった。
その後ハルトたちは、戻ってきたパメラに教会の寝室に案内された。
そこは2人分のベッドと机だけが置かれた簡素な部屋だったが、野宿や粗末な小屋とは比べ物にならないほど快適に感じられた。旅の疲れもあり、その日2人はすぐに床に就いた。
森の方角から微かに聞こえる遠吠えが、彼らの子守唄だった。