守りたい居場所   作:エンジョイ博士

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第2話 出逢

 

 

 

 キルヘン・ベルを訪れて2日目の朝を迎えた。

 何日かぶりにベッドで眠れたため朝の目覚めは快適だった。布団にしがみついて離れないルカを叩き起こし、身支度を済ませてから聖堂に赴く。

 そこにはパメラがおり、掃除の最中だった彼女はすぐにこちらに気が付いた。

 

「おはよう〜、2人とも。昨日はよく眠れたかしら〜?」

 

「あぁ、おかげさまで」

 

「それはよかったわ〜。それで今日はどうする予定なの?」

 

「とりあえず、アトリエに用があるから行ってみるよ。昨日は行けなかったし」

 

 行き先を伝えると、パメラは何か思いついたかのように両手を合わせた。

 

「それなら、ちょっとおつかいを頼んでもいいかしら〜?」

 

「おつかい……?」

 

 彼女の一言に、寝ぼけていたルカが反応する。ようやっと目が覚めたようだ。

 

「アトリエに住んでいる子に頼んでいたものがあるから、代わりに受け取ってきてほしいのよ~」

 

「わかった。泊めてもらったし、そのくらいはお安い御用だ」

 

「ぼく、おつかいできるよ」

 

「ありがとう~。はい、これがお代よ」

 

 これまでお使いに行く機会があまりなかったためか、ルカは珍しく意欲的だ。頼み事を引き受けるとパメラはルカの手を取り、優しく包み込むように握ってお金を手渡した。

 

「なくすなよ、ルカ」

 

「うん」

 

 ルカは小さく頷いて受け取ったお金を肩掛けのポーチに大事にしまう。普段彼に金銭を預けることはないので、きっと良い経験になるだろう。

 

「行ってらっしゃ~い。迷子にならないように、気を付けてね~」

 

 そのままパメラに見送られ、2人はヴァルム教会を後にした。行き先は高台の市街地を超えた先。

 街はずれにある錬金術士のアトリエだ。

 

 

 

 

 市街地を抜け、長い階段を登り切った先に広がっていた平地林。その自然に囲まれた場所にぽつんと建っているのは、何の変哲もない木造の平屋。

 どうやらこの建物が目的のアトリエらしい。そしてハルトは建物の入り口付近に見知った顔の人物がいることに気が付いた。

 眼鏡を掛けた凛とした立ち姿の少女、モニカだ。

 

「あら、ハルトにルカくんじゃない」

 

「よう、また会ったな」

 

「こんにちは……」

 

 モニカがこちらに振り向くと、長い艷やかなブロンドヘアがふわりとなびいた。

 彼女と目が合ったハルトは気さくに片手を上げて挨拶する。人見知りなルカは相変わらずハルトの陰に隠れがちだが、今度はきちんと挨拶をしたので少しは慣れたのだろう。

 

「今日はアトリエに用事?」

 

「そんなとこだ。ちょっと錬金術士に聞きたいことがあってさ」

 

「あと、シスターにおつかいたのまれたから……」

 

「あら、ルカくん偉いじゃない」

 

 モニカに笑いかけられたルカは、はにかんでうつむいてしまった。微笑ましい光景に思わず口元が緩むが、彼女がここに来た理由が気になった。

 

「そっちはどうしてここに?」

 

「ここ、私の幼馴染みの家なのよ。今日はちょっと部屋のお掃除をしに来たの」

 

 聞けば、時々こうして友人の家を掃除しに訪れているそうだ。子どもたちの面倒を見ていたことからも分かる通り、どうも彼女は世話焼きな性分らしい。

 

「ソフィー、入るわよ」

 

「あっ、モニカ? どうぞー!」

 

 モニカが普段通りといった調子で一声かけてから扉を開けて家の中へと入っていく。ハルトとルカも後に続くと、家主らしき明るく元気の良い声の女の子が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃーい……って、あれ? お客さん?」

 

「昨日知り合ったのよ。ソフィーに用があるんですって」

 

「俺はハルト。ちょっと訳があって旅をしてる。こっちがルカだ」

 

 モニカに促されて簡単に自己紹介をする。ルカはやはりハルトの後ろで小さくお辞儀をした。

 

「旅の人なんだ。あたしはソフィー! よろしくね!」

 

 ソフィーと名乗った、茜色のショートカットに三角巾を被った女の子。膝上丈のコルセットワンピースを身に着け、袖口が広い青緑色のオーバーサイズコートを羽織っている。

 モニカと比べて小柄だが、愛嬌のある笑顔で元気いっぱいに挨拶する彼女は不思議と周囲を和ませるような雰囲気があった。

 

「それで、あたしに用事って?」

 

「ほら、お前から言えよ」

 

 ソフィーが笑顔のまま小首を傾げる。さっそく本題に入ろうと思ったが一旦こちらの用事は後にして、先にお使いを済ませるためにルカの背中を押した。

 

「お、おつかい……シスターがたのんだもの、もらってきてって」

 

「パメラの? ……あっ、そういえばお札を作る用の紙がほしいって言われてたんだった!」

 

「もしかして、忘れてたの?」

 

「だ、大丈夫! すぐに調合しちゃうから!」

 

 用件を聞くと笑顔だったソフィーが驚きで目を見張った。そして半目で疑うモニカに対して慌てて手を振りながら取り繕う。

 

「そんなに時間はかからないと思うから、ちょっと座って待っててくれる?」

 

「じゃあ、その間に私は部屋のお掃除でもするわね」

 

「うぅ、いつもありがとう、モニカ……」

 

 玄関付近にある待ち合い用のソファに誘導された時、口にはしなかったがハルトはあることに気付いた。部屋のあちこちに積み上げられた本が散乱し、奥のベッドには脱ぎ捨てられたままの衣服、錬金釜の周囲にはガラス瓶やフラスコといった錬金術で使用する道具などが散らばっており、お世辞にも整理整頓された状態とは言えなかったのだ。

 これでは真面目で几帳面そうなモニカが時々掃除に訪れるのも納得だった。そんな彼女は早速、慣れた手つきで辺りに散乱した物を丁寧にあるべき場所に収納していた。

 

(錬金術を見るのも久しぶりだな)

 

 ソファに腰掛けながら、部屋の隅に置かれた口造が広く開いた大きな釜――いわゆる錬金釜に視線を送る。その前に立って何やら考え込んでいるソフィーを見ていると、在りし日の師の姿を想起させる。

 その時、ルカが何かを訴えかけるようにこちらの顔を覗き込んでいた。

 

「ねぇ、ハルト。錬金術、みててもいい?」

 

「いいけど邪魔にならないようにな」

 

 ルカがそわそわした様子でソフィーの方を指差しながら尋ねてくる。その願いが承諾されるとルカの顔がぱあっと晴れやかになった。

 そして錬金釜に近付き、言われた通り一定の距離を保ちながら熱心にソフィーの姿を目で追って観察している。

 

「まだ幼いのに錬金術に興味があるとは、感心ですね」

 

「あぁ。あいつの爺さんが錬金術士で――?」

 

 ふと視界の外から聞こえてきた声に対して何気なく返事をした時、すぐに違和感に気が付いた。てっきり声の主はモニカだと思っていたが、彼女より口調が少し堅く声質も明らかに別人だったのだ。

 不思議に思い、声のした方に視線を向ける。すると驚愕の光景が目に飛び込んできた。

 

「んなぁっ!?」

 

「はじめまして。私はプラフタと申します」

 

「本が、しゃべってる……」

 

 ハルトの目の前には、一冊の立派な装丁の本。驚いたことに、なんとその本はパタパタと閉じたり開いたりして空中に浮遊している。

 しかもそれだけではない。その本は流暢に言葉を発し、あまつさえ丁寧に自己紹介までしてきたのだ。

 あまりに現実離れした突飛な現象にハルトはソファから転げ落ちる勢いで驚き、言葉を失った。錬金釜に夢中だったルカもすぐに気が付いて、何やら目を輝かせている。

 

「ちょっとプラフタ! 急にお客さんの前に出てきたらダメだって……!」

 

「先に話しておけばよかったわね。驚いたでしょ?」

 

「あぁ、そりゃ、まぁ……」

 

 既に認知していたらしいソフィーやモニカの言葉も今は耳に入ってこない。それほどまでにプラフタを初めて目にした時の衝撃は大きかった。錬金術は様々な物体を作り出す力だと漠然と考えていたが、さすがに喋る本は想定の範囲を大きく外れていた。

 それはルカも同じはずなのだが、彼は何やら好奇の目でプラフタのことをまじまじと見つめている。

 

「どうして本なのにしゃべれるの? お口があるの?」

 

「私は錬金術によって作られた本ですから。話をしたり、自分で動くことが出来るんですよ」

 

「目も耳もない……へんなの」

 

「……あの、聞いていますか?」

 

 ルカは様々な疑問を投げかけながら、宙に浮かぶプラフタに近寄りじりじりと距離を詰めていく。普段から大人しく引っ込み思案な彼にしては珍しく、積極的な姿勢で迫っていた。

 

「ルカくん、興味津々ね。てっきり怖がるかと思ったけど」

 

「ああいう変わったものが好きなんだよ」

 

 ハルトとモニカの2人はその思いがけない行動を見守っている。気が付けば、たじろぐプラフタが一歩ずつルカに詰め寄られ、とうとう壁際にまで追い詰められていた。

 

「なか見てもいい?」

 

「いえ、その……あまり、触れられるのは……」

 

「ちょっとだけ……」

 

「あぁっ!? ですから、話を……!」

 

 ルカは背伸びをしながら手を伸ばし、宙に浮くプラフタを捕獲した。声の調子から分かる通りプラフタは焦っているようだが、乱雑に扱われている様子はない。

 ルカはただ持ち上げて表紙を眺めたり、普通に本を読むようにゆっくりページをめくっているだけだ。やがて観念したのか、プラフタは声を発して抵抗することもなくなっていた。

 

「できたーっ! お待たせ!」

 

 そんな時、調合に集中していたソフィーが生き生きとした声を張り上げた。調合は無事に成功したらしく、彼女はかきまぜていた大釜の中から、まっさらな紙の束を拾い上げる。

 そして調合を終えた彼女の元にプラフタを大事そうに抱えたルカが駆け寄って「ねぇ」と声をかけた。

 

「この本って、おねえちゃんがつくったの?」

 

「ううん、あたしが作ったんじゃないよ。たまたま家に置いてあってね、最近になって喋り始めたんだよ」

 

 話を聞いたルカは一層キラキラした目で物珍しそうにプラフタを見つめる。ソフィーは膝を抱えるようにしてしゃがみ、そんなルカに目線を合わせながら話を続ける。

 

「錬金術ってすごいよね。おしゃべりする本まで作れちゃうんだもん」

 

「うん。ぼくも、やってみたい……」

 

「本当に? じゃあ、今度あたしが――」

 

「――あの、そろそろ離してほしいのですが……」

 

 楽しげに話す2人の間に割って入るように、プラフタがくたびれた声で喋る。それでもルカはその本を抱いたまま離そうとしなかった。

 

「あはは。プラフタ、すっかり気に入られちゃったね」

 

「……ソフィー。笑っていないで助けて下さい」

 

 このままでは持ち去ってしまいそうな勢いだったので、ようやく落ち着きを取り戻したハルトは制止するためにルカの肩を優しく叩いた。

 

「もう離してやれって。おつかいを済ませないとだろ」

 

「そうだった……おつかい」

 

 大事な用を思い出してはっとしたルカはプラフタからゆっくりと手を離した。そしてポーチの中から預かっていた代金を探し出して手に取る。

 

「これ、おかね」

 

「はーい、ありがとね!」

 

 その代金と引換に、ルカは『ゼッテル』と呼ばれる質の良いまっさらな紙を受け取った。これでパメラのお使いは無事に完了した。

 同じタイミングでモニカも部屋の片付けが一段落したようで、こちらを見ながら口を開く。

 

「そういえば、ハルトの用事はいいの?」

 

「そうだった。ちょっと聞きたいことがあってさ」

 

「聞きたいこと? あたしに?」

 

 改めてこちらの用事を切り出すとソフィーは可愛らしく小首を傾げた。先ほど解放されたプラフタも今は彼女の側に浮いている。

 この場にいる全員の目線が集まった。

 

 そしてハルトは自身の旅の目的を、ソフィーたちに打ち明けるのであった。

 

 

「――俺たち、『知識の大釜』ってのを探してるんだ。何か知らないか?」

 

 

 

 

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