守りたい居場所 作:エンジョイ博士
「――俺たち、『知識の大釜』ってのを探してるんだ。何か知らないか?」
『知識の大釜』。その単語を口にした瞬間、ハルトとルカ以外の全員が驚愕の声を上げた。
「ええぇぇ!?」
「それって、ソフィーが言ってた……?」
「知ってるのか!」
「何故、あなたがその名を?」
情報を握っていそうなプラフタがすぐに質問で返してくる。先にこちらの事情を説明した方がよさそうだ。
ハルトは話を始めるより前にきょとんとした顔をしているルカに向けて言い聞かせる。
「俺はちょっと大事な話があるから、向こうで遊んでてくれ」
「プラフタもつれてっていい?」
「いや、連れてかれたら困るんだが……」
ルカは相変わらずプラフタにご執心な様子だ。どうにか諦めさせなければ落ち着いて話をすることは出来ないだろう。
どうしたものか、とハルトは頭を抱える。
「ルカくん、私がこっちで本を読んであげるわ」
「ほんと?」
少し悩んでいると、気を利かせたモニカがルカを上手く連れ出してくれた。日頃から子どもの扱いに慣れているようで、ルカもすんなりと彼女の後についていった。
その気遣いに対して「悪いな」と目配せしてから、改めてソフィーとプラフタの方に向き直る。
「知識の大釜のことを教えてくれたのは、俺の師匠……ルカの爺さんだよ」
「あの子のおじいさん?」
「あぁ。錬金術士だったんだ」
錬金術士だったルカの祖父は錬金術に関する古い書物を数多く所有していた。そこから知識の大釜という道具の存在を知ったらしい。
何でもそれを用いれば、誰でも自在に錬金術を扱えるようになる代物だという。高次元の調合を確実に成功させ、最高品質の物を作り出すことが出来るようになるのだ。
かつて師はこうも語っていた。それは錬金術士にとって夢のような道具である、と。才能がない者にとっては、特に。
「錬金術士だった、ということは……」
「……半年前に亡くなった。病気でな」
ハルトの過去形を用いた言い回しにプラフタは目ざとく反応した。
なにか思うところがあったのか、明るかったソフィーの表情が曇る。
「師匠はルカを立派な錬金術士にしてやることが夢だってよく言ってた。だから俺が、その夢を代わりに叶えてやりたくてな」
「それで知識の大釜を探してるんだ……」
師から剣の技しか学んでいなかったハルトに錬金術は使えない。なので師の夢を叶えるために自分が出来ることと言えば、知識の大釜を見つけることくらいだ。それが師に対する自分なりの恩返しのつもりだった。
そして、こちらの話を聞き終えたプラフタが納得の声を漏らす。
「事情は分かりました。ですが残念ながら、知識の大釜の所在までは私たちも知りません。正確には覚えていない、と言うべきですが」
「そりゃ、どういう意味だ?」
「えっとね、プラフタって記憶喪失なの」
プラフタの不可解な物言いに対する疑問を口にすると、ソフィーから予想外の言葉が飛び出した。
彼女の話によると、プラフタは自分の名前と目的以外の全ての記憶を失くしているらしい。その失われた記憶の中に、知識の大釜についての記憶もあるのだという。
「だったら話は簡単だな。俺もプラフタの記憶を取り戻すのを手伝えばいい」
「えっ? いいの?」
「確かに、私たちの目的は一致しています」
だとすれば、プラフタの記憶が戻れば知識の大釜の在り処が分かるはずだ。
どちらにしろ他に手がかりも行く宛もない。ハルトの決断は迅速だった。
「けど記憶を取り戻すって、具体的に何をしたらいいんだ?」
「今のところはソフィーが私に錬金術のレシピを書き込むことで、少しずつ記憶を取り戻せています。なので、ソフィーの手助けをしてもらえれば……」
「分かった。って言っても俺に出来るのは護衛と採取の手伝いくらいだな」
「それだけでもすごく助かるよ。あたし、まだまだ駆け出しだから」
話し合いの結果、当面の間はソフィーに協力することになった。彼女が錬金術士として成長することがプラフタの記憶を取り戻すために、ひいては知識の大釜を手に入れるために必要不可欠なのだ。一見遠回りのようであるが、きっとこの方法が一番の近道のはずだ。
今後の方針が決まったところで、ルカの相手をしてくれていたモニカが輪の中に入ってくる。
「話は終わった?」
「これからは俺もソフィーの手伝いをする。しばらくこの街にいることになるな」
「そうなの? じゃあ、私と一緒に行くこともあるかもね」
結論だけを伝えるとモニカは気さくに微笑んだ。今後は彼女とも関わる機会が多くなるだろう。
何はともあれ、アトリエに来た目的は果たせた。
「用は済んだし、今日のところは帰るよ。力を貸してほしい時はいつでも声をかけてくれ」
「うん。これからよろしくね、ハルト!」
話しながらソフィーに背を向け、軽く右手を上げる。すると彼女は明るく愛嬌のある笑顔を浮かべた。
「またあそびに来てもいい?」
「もちろん! また来てね!」
ルカにも同じように笑顔を見せ、嬉しそうに手を振っていた。この天真爛漫さを見ていると不思議と元気が湧いてくるような、そんな気持ちにさせられる。それがきっと彼女の魅力なのだろう。
そしてルカを連れ立って入り口に向かおうとした、その時だった。
「大変だー! ソフィー、いるかい!?」
1人の太った少年が駆け足でアトリエに飛び込んで来た。
派手な赤い服に青のズボン、南瓜のような形の帽子を被った、頭から足の先まで丸い体型だ。
見るからに運動が得意そうでない彼が大慌てで駆け込んできたことが、その場にいる全員を驚かせる。
「オスカー?」
「どうしたのよ、そんなに慌てて?」
ソフィーとモニカの2人は、オスカーと呼ばれた少年の元に歩み寄った。
どうやら3人は顔見知りらしい。
「街の外にすっごい魔物が出たんだよ! このままじゃ植物たちが危ないんだ!」
「ちょっと、少し落ち着きなさいよ」
息を切らしたままオスカーは早口で喋る。
彼はモニカになだめられて少し呼吸を整えると、今度はソフィーに向かって口を開いた。
「とにかく、何とかして欲しいんだよ! ソフィーなら爆弾とかで追い払えないかい?」
「うーん。どうだろう……?」
「すごい魔物、というのが抽象的なので……何とも言えませんね」
話を振られたソフィーは思案顔で小首を傾げる。ただプラフタも言うように彼の言い分が曖昧で要領を得ないので、判断は難しいようだ。
その後オスカーは呼吸を整えながら、ようやくこちらに気が付いたようだった。ふと視線が交わると、彼は急にハッとした顔になる。
「あれっ、お客さんかい? オイラ、全然気が付かなくて……」
「いや、別にいいんだけど……なんか大変そうだな」
事情が把握しきれていないハルトは彼と軽く言葉を交わすことしか出来なかった。そうしている間にソフィーは決意を固めたようだった。
「とにかく、オスカーの言う場所に行ってみよう」
「私も行くわ。ソフィーだけじゃ心細いでしょうし」
その言葉にモニカも続く。さらに彼女の言葉に反応してハルトも軽く頭をかきながら言う。
「しょうがねぇな。んじゃ、俺も行くよ」
「えっ、いいのかい?」
「よく分からないけど、困ってんだろ?」
「ありがとう! 誰か知らないけど、いい人だな!」
こちらから同行を申し出るとオスカーが嬉しそうに手を取って感謝を伝えてきた。今日はこのまま帰るつもりでいたが、協力すると決めた手前このまま彼女たちだけに魔物退治に行かせるのも寝覚めが悪いだろう。
それに師は口癖のようにいつも言っていた。困っている人が目の前にいたら必ず助けろ、と。
ちなみにルカは教会に預けておくつもりだったが、本人たっての希望で、アトリエで留守番をすることになった。どうしてもプラフタと一緒に過ごしたいらしい。
「じゃあ、プラフタ。留守番よろしくね」
「悪いけど、ルカのこと頼む」
「仕方ありませんね。お気を付けて」
「いってらっしゃい」
プラフタとルカに見送られ、ハルトたち4人はアトリエを発った。これが彼女たちとの最初の冒険だった。