守りたい居場所 作:エンジョイ博士
オスカーに案内されて向かった先は『忘却のナーセリー』という場所だった。無類の植物好きだという彼は度々この場所に植物観察に訪れていたらしい。
その際に例の魔物を目撃して大急ぎで帰って来たそうだ。道中に自己紹介を済ませたオスカーがそう教えてくれた。
「魔物を見かけたってのは、この辺りか?」
「あぁ、植物たちが恐がって助けを求めてたんだ。そうしたら、すっごい魔物がいて……!」
「…………植物が、なんだって?」
「そういえばまだ言ってなかったっけ。オイラには植物の声が聞こえるんだよ」
半ば廃墟と化している植物園のような土地を歩きながらオスカーから証言を聞く。
その際に彼から不可解な発言が飛び出し、ハルトは目を丸くした。
「最初は驚くわよね。信じられないなら適当に聞き流しておいて」
「何気にひどいな、お前……」
「そりゃあ、長い付き合いだもの」
口を半開きにしてぽかんとしていると、横を歩くモニカがあっけらかんと言い放つ。彼女たち3人はいわゆる幼馴染であるらしく、子どもの頃からの付き合いだそうだ。
彼女にしては珍しく容赦のない物言いだったが、それだけ気心が知れた相手だということだろう。ひとまず植物の声云々の話は置いておくとして、ハルトは魔物の捜索を始めることにした。
「何匹かいるな。あっちの方だ」
「わかるの?」
「よく狩りをするんだよ。このくらいは分かる」
荒れた道の中から鳥の羽根やプニの体液といった魔物の痕跡を発見する。さらに耳を澄ませて音を聞き分け、そこから気配を感じ取る。どうやら魔物がいる場所は思ったより近いようだ。
ソフィーに返事をしてからそのまま痕跡を辿り廃れた植物園を先に進んでいくと、広場のような場所に複数の魔物がうろついている姿が確認できた。
昨日も倒した植物型の魔物、『マンドラゴラ』。薄緑色の体色のスライム状の魔物、『緑プニ』。巨大な怪鳥型の魔物『アードラ』。
数はそれぞれ2匹ずつ、計6匹だ。ハルトたちは身をかがめながら魔物たちを遠巻きに見る。
「あそこね。みんな、準備はいい?」
モニカが真剣な表情で言い、全員が顔を見合わせて頷く。それから各々武器を手に取るが、ただ1人オスカーだけが何か言いたげだった。
「ちょっと待った、オイラが見たのは――」
「狩りは先手必勝……仕掛けるぞ!」
しかしハルトはそんなことは気にも留めずに一足先に駆け出した。魔物たちがこちらに気付いていない今がチャンスだ。
相手に見つかるよりも先に距離を詰め、攻撃の間合いに入る。
「おらぁ!」
一番近くにいた緑プニを左手のダガーで下から突き上げるように斬りつけ、そのまま飛び上がる。さらに空中にいたアードラを右手の長剣で切り払い、一瞬で2匹の魔物を仕留めた。
「やるわね! 私たちも続くわ!」
「あぁ、もう! 人の話を聞いてくれよっ!」
間髪入れずに魔物に飛び込んだモニカは体を一回転させ、細剣で華麗にマンドラゴラを斬り付けた。その直後にオスカーも手にしたスコップで同じ敵を殴打し、確実に討ち取る。残る魔物は3匹。
着地したハルトはすぐさま奥に回り込み、モニカたちと合わせて魔物を挟み込む位置につく。
「よし、追い込んだぞ!」
「今よ、ソフィー!」
「うん! いっくよー!」
追い込まれた魔物たちが逃げ惑って一箇所に固まり、隙が生まれた。その瞬間、モニカの合図で後方に待機していたソフィーがどこからか球状の何かを取り出した。
丸い形状に導火線のついた、大きくドクロマークの描かれた危険物――『フラム』と呼ばれる爆弾を、彼女は腕をぶんぶん回してから投擲した。
投げられた爆弾は放物線を描き、魔物たちの近くに落ちて轟音と共に爆発を巻き起こした。爆風と巻き上げられた煙が前方を覆う。
直撃した魔物たちは恐らくひとたまりもないはずだ。攻撃を見事に命中させたソフィーは小さくガッツポーズをする。
「やった!」
「まだよ! あと1匹!」
声を上げたモニカが指差す方向には、1匹のアードラが羽ばたいていた。どうやら宙に浮かび上がり難を逃れていたらしく、そのまま飛び去ろうとして大きく翼を広げている。
だが、ハルトが獲物をみすみす見逃すことはなかった。
「逃がすかぁ!」
再び跳躍して距離を詰め、回転と落下の勢いを利用して長剣で獲物を斬り伏せる――『ハンティングスレイ』で確実に魔物を仕留めた。最後の1匹の魔物も倒され戦闘は無事に終了し、4人は武器を収めて集まり顔を見合わせて笑った。
「みんな、おつかれさま」
「このくらい楽勝だね!」
「ハルトって強いんだな! オイラ、びっくりしたよ!」
「まぁ、それほどでも――!?」
会話の途中で何かの気配を察知したハルトは鋭い顔つきで上空を見上げた。その視線の先には宙に浮かぶ黒い異形の姿があった。
それは右手を天高く掲げ、攻撃の構えを取っている。その標的となっている恐らく――モニカだ。
「モニカ、危ねぇっ!」
「きゃあっ!?」
とっさに判断したハルトはモニカの肩を掴み、彼女を連れ出すように離れた場所に飛び込んで倒れた。その直後、彼女が立っていたはずの位置に激しい雷が落ちる。
衝撃と共に地面が焼け焦げ、煙と土埃が舞い上がった。
「グルル……!」
「で、出た! あいつだよ! オイラが見たすっごい魔物!」
「ええぇぇ! あんなに強そうだなんて、聞いてないよ!」
オスカーとソフィーの混乱した叫びが響く。
2人の前に唸り声をあげながら舞い降りたのは、山羊のような顔と角を持つ人型の魔物。全身が黒く、鋭い爪と牙と長い尾を備え、肩からはコウモリのような大きな翼が生えている。その魔物『サンダラス』の禍々しい姿はまさに悪魔と形容するに相応しかった。
「ガアアァァッ!」
「えっ? きゃあぁぁ!?」
サンダラスの真っ赤な眼光は無防備なソフィーを捉えていた。翼を広げて滑空し、狼狽して武器も構えられていない彼女めがけて一直線に向かっていく。
このままでは間に合わない。その場にいた誰もがそう考えた時――辺りに遠吠えが響いた。
「ウオーン!」
「ガアッ!?」
どこからともなく駆けつけた灰色の狼、ヴォルフラートが突進するサンダラスの腕に噛み付いた。突然の出来事にサンダラスも態勢を崩して怯み、攻撃を中断する。
「あのオオカミは!」
「ナイスだ、ヴォル!」
倒れたままのモニカから離れ、ハルトは再び武器を携えてソフィーたちの元に駆け寄った。その間に振りほどかれたヴォルフラートもまた彼の横に立ち並ぶ。
「なんだぁ!? 今度はオオカミ!?」
「助けてくれたの……?」
「俺の相棒だ! アイツは俺たちが引き受ける!」
腰を抜かして戦えそうにないソフィーたちにそう告げ、ハルトはヴォルフラートと共にサンダラスに挑みかかる。
「くらえっ!」
姿勢を低くして接近し、左手のダガーで素早く斬りかかる。しかしサンダラスの鋭い爪に受け止められ、その刃は届かなかった。さらに間髪入れずに横から回り込んだヴォルフラートが飛びかかるも、サンダラスは身体を回転させて長い尾でハルトごと振り払った。
弾き飛ばされたハルトは受け身を取ってすぐに態勢を立て直し、獲物との距離を保ったまま静かに歯噛みする。
「クソッ……さっきまでの雑魚とはワケが違うか」
このサンダラスという魔物はプニやアードラとは比較にならないほど知能が高く、力も強い。思ったように攻撃が通らず、攻めあぐねている状況がそれを物語っている。
ヴォルフラートもその事実を本能的に理解しているらしく、無闇に突っ込まずにハルトの横で様子を伺っている。その後方ではソフィーたちが戸惑いながら戦いを静観していた。
「私たちも闘わないと……!」
「けど、オイラたちじゃ、足手まといになっちまうよ」
「ど、どうしよう……!」
モニカは戦う気概を見せているが、反対にオスカーは弱気な姿勢でいる。ソフィーもすっかり萎縮し、杖を握りしめたまま立ち尽くすばかりだ。
明らかに自分たちよりも格上の魔物相手にどうすることも出来ないでいた。
「――大丈夫。僕に任せて」
そんな彼女たちに声をかけたのは、背中に大きな剣を背負った長身の男。誠実で人の良さそう面持ちと優しく気持ちを落ち着かせるような声色に、ソフィーたちは安心感を覚えたことだろう。
彼女たちの側を通り過ぎ、その男は戦いの場へ堂々と向かっていく。そして、背中の大剣を抜刀しサンダラスと対峙するハルトの隣に並び立った。
「助太刀するよ。同時に攻撃して一気に決めよう」
「だ、誰だ? いきなり何だよ?」
「いくよ!」
「おい! ――あぁもう、やるしかねぇか!」
身の丈ほどの大きさの大剣を構える男の登場にハルトは驚きを隠せなかった。だが、目の前に脅威が差し迫っている以上、この男の提案に乗る以外に手段はなかった。
腹を括ったハルトはダガーを収め、両手で長剣を持ち剣先を獲物に向けて水平に構える。これはハルトが父から学んだ、狩人の剣技ではない。
今は亡き師から教わった剣技だ。
「はああぁぁ!」
「うおぉぉっ!」
2人の気合の声が重なる。その瞬間、それぞれの剣に闘気が込められ、刀身が淡い光を帯びる。その剣は翼を広げて向かってくるサンダラスに向けられた。
男は豪快な縦振りで、そしてハルトは構えから右足を踏み込んで斬り上げることで刃状にした闘気をまっすぐに飛ばした。
『テンプルソード』。構えこそ異なるものの、2人が放った技は全く同じだった。
「た、倒したの……?」
「すごい……一撃だなんて……」
放たれた刃に斬り付けられたサンダラスはその場に倒れ、二度と動くことはなかった。ソフィーとモニカが唖然とした表情でいる中、男は静かにハルトの方を向いた。
「無事に終わってよかった。それじゃ、僕はこれで」
「おう……助かったよ」
大剣を背中に掛け、丁寧にお辞儀をしてから彼は颯爽と立ち去ってしまった。一連の出来事があまりに唐突であったため、ハルトは彼の後ろ姿を黙って見送ることしか出来なかった。
「一体何者だったんだろう、あの人?」
「助けてくれたし、きっといい人だよ」
安堵した様子のオスカーとソフィーが言葉を交わす。それから2人の視線は近くにいたヴォルフラートに向けられた。
「きみも、ありがとね」
「危ないところだったよ。優しいやつなんだな、お前は」
2人は屈んで顔を近付け、そっと手を伸ばしてその柔らかな灰色の毛並みに触れる。しばらく2人に大人しく撫でられていたヴォルフラートは、やがて振り返ってどこともなく去って行った。
「さっきは助けてくれてありがとう、ハルト」
「……ん? あぁ、気にすんなよ」
改まった様子で素直に感謝を述べたモニカに対し、ハルトの返事はどこか気が抜けていた。実はこの時、あることが気がかりで考え事をしている最中だった。
突然現れた男が振るった剣技は紛れもなく、自分が師から教わった剣技そのものだったからだ。なぜ彼がその剣技を使えるのか。
その理由は、いくら考えたところで結局分かるはずもなかった。
「どうかしたの? 浮かない顔して」
「何でもない。動いたら腹が減っただけだよ」
呆けた反応をしたことを不思議に思ったのか、モニカが顔を覗き込んでくる。急に顔を近付けられてハッとしてしまい、ハルトは思考を止めて適当にはぐらかした。
「じゃあ今日の晩ごはん、うちで食べていく?」
「いいのか!?」
ところがその発言からソフィーの思いがけない提案が飛び出し、小躍りしてすぐさま食いつく。すると彼女はにこやかな笑顔で返した。
「もちろん! 今日は手伝ってもらったしね。モニカとオスカーも来るでしょ?」
「じゃあ遠慮なくお呼ばれされようかしら」
「なら、オイラは母ちゃんに頼んで店の野菜を持っていくよ!」
そのまま4人は話に花を咲かせながら帰路についた。帰りがけに素材の採取も少し手伝いながら、軽い足取りでのんびりと歩いた。
そうして街に着く頃には、すでに夕暮れ時が近付いていた。