守りたい居場所 作:エンジョイ博士
アトリエシリーズ新作発表おめでとうございます。おかげで創作意欲が再燃しました。
キルヘン・ベルに帰って来たハルトはソフィーと2人でアトリエに帰宅した。モニカとオスカーは一度自宅に帰ってから後ほど合流するらしい。
扉を開けたソフィーの後に続いてアトリエの中へと入る。
「ただいまー。プラフタ、帰ったよー」
「戻りましたか。ご無事なようで何よりです」
ソフィーの声に反応して、プラフタが宙に浮かんだまま近寄ってきて出迎えてくれた。その近くにプラフタにご執心だったルカの姿はない。
「ルカのやつはどうした?」
「あちらに。喋り疲れたのでしょう、先ほど眠ってしまいました」
話しながらプラフタは反転して後方を向く。その先を見ると、ソファで横になったルカが静かに寝息を立てていた。
気持ちよさそうに眠るルカを見ながらソフィーが目を細めてクスリと笑う。
「寝ちゃったんだ。かわいいなぁ」
「珍しくはしゃいでたしな」
プラフタに出会って、あれだけはしゃいでいたので遊び疲れてしまったのだろう。ハルトが呆れ顔になっていると、プラフタが改めてこちらに向き直って話しかけてきた。
「ずっとお祖父さんの話をしていましたよ。お祖父さんがどんな錬金術士で、どんな物を作り出したのかを、とても楽しそうに」
「……そうか」
「それに自分も錬金術をやってみたい、とも言っていました。お祖父さんみたいな錬金術士になりたいそうですよ」
どうやらルカは思った以上にプラフタに対して心を開いているようだ。心なしか彼女の声の調子も少し弾んで聞こえる。
信頼できる相手が増えることは、この街で過ごしていく上で重要なことだ。その相手が例え不思議な本だとしても。
「また面倒見てやってくれよ。ルカはお前のことを気に入ってるみたいだからな」
「まぁ、2人がいない時くらいなら構いませんよ」
ハルトの頼みを了承する時、プラフタは渋々引き受けるような物言いだったがどこか満更でもない態度のように思えた。
その後、ソフィーは夕飯の支度をすると言って忙しく準備を始めた。その間にハルトは後回しになっていたパメラのお使いを済ませるために、教会へ向かうとソフィーに伝えた。
ルカはまだ目覚める様子がなかったので結局品物だけ持って1人で出発するのであった。
*
教会でお使いを済ませ、日が沈んだ頃にアトリエに戻って来た。
中に入り、入れ替わりで到着していたモニカとオスカーに挨拶をする。モニカはソフィーと並んで台所に立ち、オスカーはテーブルの周りで食器類の準備をしている。
どうやら夕飯は完成間近らしく、じっくり煮込まれた野菜のほのかに甘い香りが食欲を誘う。その時、ソファで横になっていたルカがもぞもぞと動き出した。
「……ごはん?」
「お、やっと起きたか」
寝ぼけ眼を手で擦りながら、ルカは小さな体を起こす。そのまま座りながらぼんやりとしていたが、すぐに夕飯の温かい匂いに惹かれて目を覚ました。
そしてルカは一足先に4人掛けのテーブルで待っているオスカーの正面の椅子に腰掛ける。続いてハルトもルカの隣に座った。
「おまたせー! オスカーから貰ったお野菜をたくさん使った、シチューだよ!」
明るい声と共にソフィーが底の深い鍋を両手で持ってやって来る。鍋敷きの上にそっと置かれたその鍋の中を覗き見るように、ハルトたちは体を乗り出した。
湯気が立った白いクリーム状の煮汁の中に、一口大に切られたたくさんの野菜が浮かんでいる。人参、玉ねぎ、土いも、ブロッコリーにキノコと鶏肉など種類豊富な具材が鮮やかに表面を彩っている。
それらは時間をかけて柔らかくなるまで煮込まれ、牛乳で優しく味を整えられているのだろう。
ここのところ狩りで獲った肉ばかり食べていたハルトにとって、ソフィーお手製のシチューはたまらないご馳走に見えた。ハルトは思わず「おおっ」と感嘆の声をあげ、嬉しそうにオスカーと顔を見合わせる。
「うまそうじゃないか!」
「うんうん! 早く食べよう!」
「そうね。温かいうちにいただきましょう」
同時に焼きたてのロールパンが盛られたお盆を持ってモニカがオスカーの隣に座った。ソフィーはいわゆるお誕生日席に腰掛け、全員が向かい合って食卓を囲んだ。
そしてモニカがお玉で皆の皿にシチューを取り分けていく。その間、ルカは鍋の中の人参を見つめて何やら渋い表情をしていた。
「ルカくん、もしかしてニンジン嫌い?」
「……すきじゃない」
うつむきながら小さくこぼしたその言葉にすぐ反応して、ソフィーはしまった、と言わんばかりの顔になる。
「ごめんね! 嫌いって知ってたら、入れなかったんだけど……」
「嫌なら食べなくていいだろ。避けてやってくれよ」
シチューをよそう手を止めてしまったモニカに平然と言い放つ。本人が嫌がっている以上、無理に食べさせる必要はないだろう。
ハルトは大して熟慮せずにそう結論付けていた。
「いいや、駄目だよ!」
その発言に真っ向から反論したのは、オスカーだった。彼は真剣な表情でルカに目線を合わせ、「いいかい?」と前置きした上で丁寧に喋り出す。
「そいつは今、悲しんでるんだ。なんで他の野菜は食べられて、自分だけ食べてもらえないのって。仲間外れにされたと思っているみたいだ」
「え……そうなの?」
オスカーはルカを真っ直ぐに見据えて優しく言い聞かせる。彼の言葉にルカは気持ちを動かされ始めている。
「あぁ。野菜たちはみんな一緒に食べてもらいたいと思っているのさ。だから、そいつを悲しませるようなことをしたら駄目だよ」
それは、植物の声が聞こえると自称する彼だからこその言い回しだった。最初に聞いた時こそ半信半疑だったが、今は不思議と説得力があるように感じられた。
そして彼の言葉にモニカも同調する。
「そうね……オスカーの言うことはともかく、好き嫌いは良くないわ。せっかくソフィーが作ってくれた料理だもの」
俯き加減だったルカは申し訳なさそうにソフィーの顔を見る。それから意を決した様子で唾を飲み込み、皆に聞こえるようにハッキリと言った。
「……ニンジンも、たべる」
「偉いわね、ルカくん。じゃあ、ちょっとだけ入れるわね」
その言葉で場が和み、皆がルカを褒め上げるように笑顔になった。ただ1人、ハルトだけを除いて。
「ハルトは? 大盛りでいいの?」
「あ、あぁ……」
少し困った顔で返答に詰まるような反応をする。一瞬モニカに首を傾げられてしまったが、すぐに視線を反らしてごまかした。
――ヤバい。実は俺もキノコ苦手だから避けてもらおうと思ってたんだけど。ここで言い出したらめちゃくちゃカッコ悪いな……。
密かに諦めをつけたハルトの目の前にシチューがなみなみ注がれた深皿が差し出される。もちろん中にはたっぷりの野菜とキノコの姿が確認できた。
「それじゃあ、いっただきまーす!」
全員に皿が行き渡ったタイミングで、ソフィーがとびっきりの笑顔で両手を合わせて言った。彼女に続いて周りも「いただきます」と声を合わせてから各々料理を口にする。
「おいしい! 特にこの土いもがいい味ね」
「でしょー。あたしもこれ好きなんだー」
「うんうん。こんなに美味しく料理してもらって、野菜たちも喜んでるよ!」
「そ、そう? ならよかった」
モニカとオスカーはそれぞれシチューを味わいながら、ソフィーの料理を賞賛する。その正面ではハルトが豪快にパンとシチューを交互に頬張っていた。
「うまい! いくらでも食べられるぞ!」
「いっぱい作ったから、たくさん食べてね!」
そしてハルトの隣ではルカが黙々とシチューを食べ進めている。
「どう、ルカくん。おいしい?」
「うん。おいしいよ」
笑顔のソフィーに尋ねられてルカはご機嫌な様子で頷いた。しかし次の瞬間、スプーンに乗った人参を見てわずかに怯む。
「う……」
「他の野菜か、パンと一緒に食って飲み込めばなんとかいけるぞ」
「う、うん」
人参を口に入れることをためらうルカに密かに耳打ちする。せわしなく食べているように見えてちゃっかりそのような手法を実践していた。
「嬉しそうですね、ソフィー」
「こうやってみんなとご飯を食べるのって、久しぶりだからね。なんだか楽しくなっちゃって」
ソフィーはいつの間にか横に浮かんでいたプラフタに笑顔でそう語る。それから食事の時間は賑やかに過ぎていった。
オスカーとハルトが何度かおかわりをしたおかげで、料理が完食されるまでそれほど時間はかからなかった。その後、全員で空になった皿を前に両手を合わせた。
「いやぁー、旨かったな!」
「本当にね。おかげでちょっと食べ過ぎちゃったわ」
改めて料理を絶賛したハルトにモニカも同調する。オスカーは食べ過ぎたようで苦しそうに腹を抑えているが満足げな表情だ。
ルカは口の周りに付いたシチューをソフィーに拭いてもらっていた。
「そういえばハルトたちの宿はどうするの?」
「それなんだけど、教会に住まわせてもらえることになった。シスターに頼んでみたら案外すんなり許してくれたよ」
ルカの口を拭きながら何気なく聞いてきたソフィーに対して、少し得意気に答える。先ほどお使いを済ませた際に事情を説明して相談してみたところ、パメラは笑顔で快諾してくれたのだ。
曰く、「そういうことなら、好きなだけいてもらっていいわよ~」とのことだった。信仰心など特に持ち合わせていないが、この時ばかりは神様に感謝したくなるような気持ちだった。
運良く寝泊まりする場所を提供してもらえることになり今後の生活はひとまず安心だ。これからはソフィーの手伝いをしながら、時には狩りにでも出て日銭を稼げばいい。
椅子にもたれ掛かりながらハルトはどこか気楽にそう考えていた。
「あら、そうなの。じゃあ明日からハルトにも教会のお手伝いをしてもらおうかしら」
「へ? なんで?」
「タダで住まわせてもらうんだから少しくらいはいいじゃない」
「いや、俺にはソフィーの手伝いが……」
「毎日採取に行くわけじゃないでしょ。手が空いている時はしっかり働いてもらうからね?」
――教会の手伝い? 俺が!?
モニカにそう宣告され、ハルトは血の気が引く思いがした。毎日のように教会にやって来る彼女から知らん顔をして逃げ切ることは難しいだろう。
これでは住み込みで下働きするようなものだ。頭の中で思い描いていた生活が一気に様変わりする。
「気を付けろよ、ハルト。パメラもモニカも、うちの母ちゃんと同じで人使いが荒いんだ」
「あはは……がんばってね」
「なんでだよぉ……勘弁してくれ……」
オスカーとソフィーの気遣いも今はただ虚しかった。ハルトは情けない声を出しながら脱力してテーブルに突っ伏してしまうのであった。