守りたい居場所 作:エンジョイ博士
キルヘン・ベルを訪れて3日目の朝。
この日も同じように教会の一室で目覚めたハルトたち。ルカを連れて聖堂に向かうと、そこにはやはりパメラがいて、何やら上機嫌に鼻唄を歌いながら掃き掃除をしていた。
「おはよう……」
「2人とも、おはよう~。今日はお祈りの日よ~」
ルカの挨拶でこちらに気が付き、パメラは相変わらずのゆったりとしたトーンで話す。どうやらキルヘン・ベルでは週に一度、街の人たちが集まって教会で祈る日があるそうだ。
そんな話を聞かされていると、聖堂の入り口からこちらに近付いて来る人物がいることに気が付いた。
「おはようございます、パメラさん」
「モニカちゃん、今日もよろしくね~」
――げっ、モニカだ。本当に毎日来るんだな。しかもまだ朝も早いのに!
彼女の姿を見かけるなり、一瞬苦い表情をしたハルトはその視界に映り込まないように回り込んで教会の入り口へと近付いていく。
「どこ行くの、ハルト」
「あー、いや……今日はこれからソフィーと採取に……」
「それは午後からでしょ。サボろうとしたってそうはいかないからね」
しかし案の定彼女に気付かれてしまい、眼鏡の奥から向けられた冷ややかな視線が突き刺さった。苦しい言い訳をしたところで生真面目なモニカが見逃してくれるはずもない。
観念したハルトはお手上げの手振りをして軽く溜め息を落とした。
「分かった、分かったよ。んで、何をしたらいいんだ?」
「子どもたちのお世話をお願いね。この前一緒に遊んだ子たちよ」
「あいつらか。りょーかい」
「今日はお祈りの日だから、お昼までには帰ってきてね」
背を向けて適当に返事をした後、ルカを連れて外へと出た。モニカはパメラの手伝いをするらしいので、今日はハルト1人で面倒を見ることになる。
教会を出た広場にはすでに2人の男の子と1人の女の子の姿があり、すぐにこちらに気が付いて目が合った。
「あっ、この前のおにいちゃん!」
「ルカくんも一緒なんだ!」
子どもたちはこちらに駆け足で寄ってくる。今度はルカも怯えずに挨拶が出来て、自然と彼らの輪の中に溶け込めていた。
「今日はなにしてあそぶ?」
「わたし、おにごっこがいい!」
和気あいあいとしながら子どもたち同士で話が進んでいく。女の子の提案に他の2人が「さんせー!」と元気よく手を上げて同意する。同じようにルカも意気込みながら何度も頷いていた。
「よし。じゃ、あんま遠くに行くなよ」
「おにいちゃんもやるの!」
「俺はやらないよ。お前らだけで遊んできな」
広場のベンチに腰掛けたハルトは気だるげに手を振って追い払う仕草をする。すると子どもたちは露骨に不満げな顔になって文句を並べてきた。
「えー、やろーよー」
「なんでイヤなの?」
「……この前かくれんぼでまけたから?」
その時のルカのさりげない一言が妙に腹が立った。思わずハルトは立ち上がり、拳を握りながら睨みつける。
「ルカぁ。だーれが負けたってぇ?」
「おにいちゃんがおこった!」
「にげろー!」
低い声で脅かすと子どもたちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。
そして散り散りになった彼らは遠くの方でこちらを見てクスクスと忍び笑いをしている。まるで「捕まえられるものなら捕まえてみろ」とでも言いたげな態度だ。
ルカは当然として、他の子どもたちにまで見くびられて黙っているつもりはなかった。
「上等だ、ガキども。全員取っ捕まえてやる!」
すっかり頭に血が昇ったハルトは目についた子どもたちを追いかけ回し始めた。子どもたちも全力で逃げ回り始め、彼らの悲鳴にも似た歓喜の声が広場中に響く。
「簡単に乗せられるんだから……」
その様子を教会の中から遠巻きに見ていたモニカは呆れて笑っていた。
*
その後、子どもたちとの鬼ごっこは長時間に及んだ。
最初こそはちょこまかと走り回る子どもたちを1人ずつ追い詰めて難なく捕まえることが出来た。しかし、今度はハルトが子どもたち4人から逃げる側になると状況は一変した。
四方八方から迫り来る子どもたちを掻い潜りながら、息吐く間もなく追い回され続ける。必死に逃げ回っていたハルトも次第に体力が尽き、明らかに疲労の色が見えるようになっていた。
「つかまえた……」
「はぁ、はぁ……ちょ、もう無理……ゲホッ」
結果、比較的足の遅いルカに追い付かれて捕まってしまった。捕まったハルトは力なく地面に膝をつき、肩で息をして呼吸を整えている有り様だった。
獲物を追うことには慣れていても、追われることには慣れていないのだ。
「だらしなーい」
「オニのときは元気だったのにー」
追いついてきた他の子どもたちが涼しい顔で口を尖らせている。あれだけ走り回ったにも関わらず、彼らはまだまだ体力が有り余っている様子だ。
どうやら子どもたちの底無しの元気を甘く見ていたらしい。
「お疲れさま。大変だったでしょ?」
「はぁ……子どもの体力を、舐めてたよ……」
「あの子たちと鬼ごっこをやるのは骨が折れるわよ」
そんな折、いつの間にか広場にやってきていたモニカに優しく声をかけられた。息を切らしながら彼女と言葉を交わしていると、ふと正午を告げる教会の鐘が鳴り響いた。
「みんな~、そろそろお祈りの時間だから帰ってらっしゃ~い」
その鐘が鳴ったことを合図に教会の入り口から顔を出したパメラが子どもたちを手招きした。その声を聞いた彼らは「はーい!」と声を揃えて返事した後に教会の中へと入っていく。
「はぁ……ほら、ルカ。お前も行ってこいよ」
「ハルトは?」
「俺はソフィーの手伝いに行くんだよ」
そろそろ昨日ソフィーと約束した時間になる。教会の仕事はここまでだ。1人残されたルカにそう告げると、彼はまた少し不安げな顔になる。
「行きましょ、ルカくん。今日はみんなでお祈りをして、歌を歌ったりするのよ」
「モニカも一緒だから平気だろ?」
「……うん」
そんなルカの不安を和らげるように、膝を折って目線を合わせながらモニカが言う。そして彼女が手を差し伸べると、ルカはおずおずとその手を取った。
「んじゃ、悪いけどルカのこと頼む」
「えぇ。そっちもソフィーのことよろしくね」
モニカにルカのことを任せ、ソフィーの待つ街の入り口へと向かう。ハルトの後ろ姿を見送った2人は、それから手を繋いで教会に入っていくのであった。
*
モニカたちと別れたハルトはその足で待ち合わせの場所に向かっていた。
大きなアーチがある街の入り口までやって来ると、そこには旅支度を整えたソフィーが1人で待っていた。
「悪い、待たせた!」
「あっ、ハルト!」
こちらに気付くとソフィーはいつものように明るい笑顔で手を振って出迎えてくれた。
小走りで彼女の元に寄ったハルトは軽く辺りを見てから話す。
「行くのは俺だけか?」
「うん。今日はモニカも忙しいし、オスカーも出掛けてるみたいだったから」
「そうか。よし、ちょっと待ってな」
他に同行者がいないことを知ったハルトは、街の外を向いてから自身の右手の親指と人差し指をくわえるように唇に当てた。そのまま口を閉じ強く息を吹くと、辺りに甲高い風切り音が鳴り響いた。
いわゆる指笛だ。するとその合図を聞きつけたヴォルフラートが、どこからともなく颯爽と駆けつけた。
「グルル」
「あっ、この子……ヴォルくん、だっけ?」
ハルトの側に座った灰色の狼に恐る恐る近付きながらソフィーが言う。普段街の外に出る時には影ながら後を追ってきている彼だが、今回は最初から同行してもらうつもりでいた。
「ヴォルにも手伝ってもらおうと思ってな。きっと力になってくれるぜ」
「そっかぁ。よろしくね、ヴォルくん」
事情を聞いたソフィーはヴォルフラートの頭を何度か撫で回す。そうして触れ合った後、2人と1匹は街を出発するのであった。