守りたい居場所 作:エンジョイ博士
ソフィーについて歩き、そこそこの距離を進んだ。街の近くにある『雛鳥の林』を抜けてさらに先に進み、森の中の道を歩いていく。
「けっこう歩くんだな」
「うん。今日はハルトたちもいるし、少し遠くまで行ってみようかなって」
ヴォルフラートと共に周囲を警戒しながらソフィーと並んで歩き続ける。そうしてたどり着いたのは、背の高い木々に囲まれた森の中の広場。
通称『獣たちの寄合所』と呼ばれる場所だった。
「この辺りがいいかな。よーし、いっぱい採るぞー!」
「その前に……ここは奴らの縄張りみたいだな」
意気込むソフィーの横でハルトが前方を指差す。その先には尾が蛇の頭となっている異形の野獣、『キメラビースト』と呼ばれる魔物の姿があった。
キメラビーストは2頭で広場を徘徊し、互いに周辺を警戒し合っている様子だ。
「ま、魔物!」
「慌てんなって。ヴォル、頼む」
太い木の幹に隠れながら側にいたヴォルフラートに指示を送る。彼はこちらの意図を瞬時に理解し、草むらに紛れながら獲物の背後に回り込んでいく。
ソフィーを守る者が他にいない以上、自分がむやみに動き回るわけにはいかない。ソフィーの側で剣を構え、ヴォルフラートの合図を待つ。
「ガウッ!」
数十秒の後、配置についたヴォルフラートは草むらから飛び出し、獲物を挟み込める位置に出現した。そして威勢よく吠えて獲物たちの注意を引き付ける。
2頭のキメラビーストたちはこちらの思惑通り、突如現れたヴォルフラートに視線が釘付けになっていた。
「もらったぁ!」
ハルトはその隙を突いて強襲する。回り込み、追い込んでから獲物を仕留める、狩りの常套手段だ。
一気に間合いを詰め、左手に持った短剣で1匹の急所を正確に引き裂き、続けざまにもう1匹を右手の長剣で斬りつける。
――しまった、1匹仕留め損なったか!?
急所を捉えた獲物はすぐに倒れて動かなくなった。しかし長剣による一撃は思いのほか傷が浅かったらしい。残った片割れはすぐにでも反撃するべくこちらに牙を剥いていることが分かる。
「よーし、あたしも!」
「待て、ソフィー! 危ない!」
その時、後方にいたソフィーがとある道具を片手に走り出した。今が好機と判断したのだろうが、魔物の反撃が来るタイミングで前に出るのは危険だ。
ハルトは咄嗟に真横に飛び出し、彼女を庇うように正面に立った。
「くっ!」
「ハルト!」
飛び掛かって勢い良く振り下ろされた鋭い爪を長剣で受け止める。追い込まれて凶暴化しているのか魔物はなおも止まらない。鋭い爪を突き立てようと全体重をかけてハルトに襲い掛かる。
「ウォーン!」
その時、主の危機を察したヴォルフラートが短い鳴き声と共に全速力で駆け出した。そのまま相手の無防備な側面に体当たりをぶちかまし、キメラビーストを大きく突き飛ばす。
この突進により相手との距離が開き、さらに体勢を崩したことで隙が生まれた。
「今だ!」
「うん! えぇーい!」
その隙を逃さず、今度こそソフィーは持ち手の付いた稲妻形の石――『ドナーストーン』を放り投げた。それは雷の力を帯びた石で、衝撃を加えることで周囲に電撃を発生させる。
放物線を描いた『ドナーストーン』は目標にぶつかったことで落雷のような轟音と共に強い光を発した。その激しい熱を全身に浴びたキメラビーストは真っ黒に焼け焦げ、やがてその場に倒れて消滅した。
「ふぅー。終わったか」
安堵して一度深く息を吐き、静かに剣とダガーを収める。その時、僅かにだが右手に鋭い痛みが走った。
視線を落とすと右手の甲の皮膚が裂け、そこから少量の血が流れ出ていた。キメラビーストの爪を受け止めた時に切られてしまったのだろう。
どうやらソフィーも気付いたようで慌てて目を白黒させる。
「ハルト、怪我してる! さっきあたしを庇った時に……!」
「このくらい大したことないって」
「ダメだよ、すぐ手当てしないと! 待ってて、あたしお薬持ってるから!」
この程度の怪我は狩りをしていれば日常茶飯事だ。
――血管が少し切れたくらいなら唾でもつけとけばそのうち治るだろ。
そう言い返そうとしたが、心配するソフィーの勢いに押されて切り株の上に座らされた。
その後彼女は焦りながらリュックの中を漁り、治療に使う様々な道具と四角い小瓶を取り出した。小瓶の中身はどうやら塗り薬のようだ。
「もしかしてそれ『山師の薬』か?」
「そうだよ。あたしが作ったものだけど……」
「やっぱりそうか。俺の師匠も昔よく作ってたな」
「ほら、手を出して」
「お、おう」
ソフィーは膝立ちになってハルトに近付き、差し出された右手を支えるように自身の手でそっと握った。彼女はまずガーゼで軽く血を拭き取り、それから細い指先で塗り薬を傷口に優しく塗り込んでいく。
――いや、普通に恥ずかしいんだけど、これ……。
年の近い女の子に手を握られてることも、甲斐甲斐しく治療してもらっていることも、ハルトにはどこか気恥ずかしく感じられた。痛みこそないが、背筋がこそばゆくなる思いがして思わず視線が泳ぐ。
そうして内心慌てふためきながら手当てをされていると、ソフィーはふと思い出したかのような顔で口を開いた。
「そう言えば、どうして『師匠』なの? ハルトは錬金術士じゃないのに」
「あ、あぁ。俺は剣を教わってたんだよ。どういうわけか、師匠は錬金術士のくせにめちゃくちゃ強くてな」
「へえぇ。すごい人だったんだね」
疑問が解けたソフィーは感心した様子で言う。しかし、一概に彼女の言う通りとも言えないので軽く肩をすくめた。
「錬金術士としてはてんでダメだったけどな。師匠が作った『山師の薬』なんてひどいもんだぞ? 効くことは効くけど、なんか変な臭いがするし傷口に滲みるんだ」
「そ、そうなんだ……」
ちなみに今現在塗られている薬についてはそのような違和感はない。よっぽど師の作り出す薬の品質が悪かったに違いない。
「それだけじゃない! レシピ通りに作ったはずが、なぜか全然違う物が出来上がったりするんだよ」
過去の出来事を思い起こしながらハルトはぼやき続ける。
「おまけに釜はしょっちゅう爆発させるし、思い付きで何の役にも立たない物は作るし……」
「あはは……」
思い出している内に愚痴のような話が止まらなくなってしまっていた。気付けばソフィーも困り顔だ。
剣の腕が立つ残念な錬金術士。それが師という人物だった。しかし――。
「……でも今の俺があるのは、あの人のおかげなんだ」
ハルトにとっては返しきれないほどの大恩がある。
まだ子どもだった自分に剣の道を説いてくれた。それだけでなく……とある事件によって身寄りのなくなった自分を引き取ってくれた。両親を亡くしたばかりの自分を家族同然のように扱ってくれた。
そして師とルカと3人で暮らす穏やかな生活が、家族を失い傷付いた心を癒やしてくれたのだと、今でも強く思う。
「そっか……あたしにとってのおばあちゃんみたいだね」
「ソフィーの?」
薬を塗り終わり、丁寧に包帯を巻き始めると同時に話題が変わる。
今度はハルトが彼女の話に耳を傾けた。
「おばあちゃんも錬金術士でね。街の人からも頼りにされてて……あたしの憧れだったんだ」
「だからソフィーは錬金術をやってるのか」
「うん。おばあちゃんみたいな立派な錬金術士になるのが、あたしの目標なんだ」
「……ルカと同じだな」
話し込んでいる間に手当ては終わったようで、ソフィーは「これで大丈夫だよ」と言って道具を片付け始める。
ようやく気恥ずかしさからも解放されたハルトは右手を軽く振って動かしてみるが、全く痛みを感じなかった。ソフィーの薬の効能は確かなものらしい。
「ハルトにはないの? 夢とか、目標とか」
面と向かって尋ねられ、ハルトは言葉に詰まる。まっすぐな彼女の言葉に対する解答を自分は持ち合わせていない。
――師匠に憧れて剣を学び始めたけど……俺には夢なんてない。 今はルカのために、師匠への恩返しのために行動してるけど……。
その先は……? それにもう、師匠はこの世に……。
「……さぁな。ちょっとわかんねーや」
ため息混じりにつぶやく。自分でも呆れてしまうくらいのいい加減な返答だ。いたたまれなくなったハルトは軽く膝を叩いてから立ち上がった。
「さーて、休憩は終わりだ。採るもの採ってさっさと帰ろうぜ」
「うん!」
話題を切り上げてわざと軽い調子で言うと、ソフィーは笑顔で応えてくれた。
その時、周囲を見張っていたヴォルフラートがこちらに呼びかけるように小さく吠えた。
「ガウ、ガウッ」
「そこに何かあるの?」
彼は木の根元に鼻を近付けながら土を掘り返そうとしている。ソフィーが近寄って覗き込むと、そこには銀色に光る何かが埋まっていた。
「あっ、『銀いも』だ! けっこう珍しいんだよ、これ!」
思いがけず希少な素材を発見したソフィーは声を弾ませながら『銀いも』を手に取った。そして土をきれいに払い落としてからカゴに収納し、背筋を伸ばして座るヴォルフラートに笑顔を向ける。
「ありがとね、ヴォルくん」
そのままヴォルフラートに抱き着き、優しく褒めるように彼の頭を何度か撫でた。その光景を目の当たりにしたハルトは自分も負けじと意気込みをあらわにする。
「よし、俺も何か探して採ってくるか。何がいい?」
「んー……そしたら、木材がいいかな」
「木材?」
「うん。錬金術でたくさん使うんだ。出来れば大きめのやつがいいかな」
「えっ?」
「大きめ」で「たくさん」と聞かされた時にすでに嫌な予感はしていた。どう考えても重労働だ。急に顔から血の気が引いていく感覚を覚える。
そして彼女は申し訳なさそうにこちらの顔色を伺いながら、両手を合わせて可愛らしく頼み込んできた。
「それで、それを街まで持って行ってくれたら、すごーく助かるんだけど……いい?」
「…………おう、任せとけ」
――キツい注文を可愛く言うなよ。断れないだろ……。
小首を傾げながら上目遣いに言われては、無下に出来る男などいないだろう。どちらにしろ自分から言い出した手前、後に引けるはずなどなかった。
ハルトは威勢の良い風の返事で精一杯の虚勢を張り、木材を拾い集め始めた。
今日は思っていた以上に重労働になりそうだった。
*
採取を終えて無事に街に着き、アトリエに採取物を届けたところで今日は解散となった。ハルトは木材を束にして担いで運んできたため、帰ってくる頃にはもうクタクタだった。それでもソフィーが大層喜んでいるようだったので良しとしたが。
一仕事終えて解放的な気分でハルトは教会の前にたどり着く。どうやらお祈りはすでに終わっていたようで、教会を出入りする人たちの姿が見受けられる。
そして入り口の手前にはモニカが立っていた。その側にはルカと子どもたちも一緒だ。
「はぁ……帰ったぞ」
「おかえりなさい。……ってちょっと、怪我したの?」
包帯に気が付いたモニカが近寄って来て心配そうにこちらの右手を握ってきた。
――ソフィーといい、モニカといい、なんで平気で手を握ってくるんだ!? 調子狂うな、全く……。
突然のことに慌てたハルトは彼女から距離を取るようにして右手を離す。そして平静を装いながら言葉を返した。
「かすり傷だよ。ソフィーが大げさに包帯なんて巻いたんだ」
「それならいいけど……」
モニカは一応安堵した様子を見せたが、これ以上心配されても困るので話題を変えることにする。
「ルカは大丈夫だったか?」
「えぇ。ちゃんとお祈りしてたわよ。素直でいい子だからすごく助かったわ」
「大人しいのは昔からだけど、最近は特に聞き分けがいいんだよな。全く手がかからないと言うか……」
ルカとは師の元で暮らし始めてからだいたい3年の付き合いだ。半年前に旅を始めてからも面倒を見てきたが、泣いたりワガママを言ったりしないのであまり手を焼かされた記憶がない。
2人は教会の子どもたちの輪に入っているルカの方に視線を向ける。
「遠慮がちな子なのね、きっと。ハルトが色々気に掛けてあげなきゃダメよ? いい?」
「お、おぅ……」
人差し指を立てて優しく言い聞かせるようにモニカは言う。毎日のように子どもたちと接しているだけあって、ルカに対してもすっかりお姉さんだ。
――と言うかこれじゃ、俺まで子ども扱いだな……。
そんな時、ルカがこちらに気付いて子どもたちと別れ急ぎ足で近寄ってきた。「おかえり」と小さくつぶやくと、ハルトの服の裾をそっと掴む。何か伝えたいのかと思い、「どうした?」と尋ねると彼はもごもごと口を開いた。
「モニカおねえちゃん、歌がじょうずだった」
「歌?」
「聖歌のことよ。お祈りの後に子どもたちと歌ったの」
「へえぇ……」
ルカが嬉しそうに話すので少し興味が沸いてきた。
そうして感心した様子でいるとモニカは軽く咳払いをしてから少し刺々しく言い放った。
「な、なによ? そんなに意外かしら?」
「いや、そんなことないけど……」
少し決まりが悪そうな彼女をなだめるようにやんわりと否定する。
――モニカの歌声か。ちょっと聞いてみたかったな……。
頭の中でそんな思いが浮かんできたが、それを伝えることは出来なかった。