守りたい居場所 作:エンジョイ博士
キルヘン・ベルを訪れてからもう何週間かが過ぎようとしていた。
この街での生活にも慣れ、今のところはルカ共々問題なく過ごせている。普段はモニカやパメラに言われるままに教会の手伝いをして、ソフィーが採取に出掛ける時は積極的に同行する。それがハルトの日常となっていた。
そして今日もまた、朝早い時間からパメラにおつかいを頼まれてルカと共にストリートにある八百屋を訪れたところだった。まだ開店準備をしている店が多い中、ここだけはすでに新鮮な野菜を棚に並べて営業している。
「おっ、あんたたちかい。最近よく来るねぇ」
「どうも、マルグリットさん」
威勢の良いハキハキした声で2人を出迎えたのは八百屋の女店主、マルグリット。明るい茶髪を後ろで結わい付け、胸元やスラッとした美脚が大胆に露出した衣装が目を引く美人だが、何より快活な笑顔がまぶしい。
既に顔馴染みとなっている彼女にルカは率先して、パメラから預かったお買い物メモを手渡す。
「これ、ください」
「はいよ。ちゃんとおつかい出来て偉いねぇ」
メモを受け取ったマルグリットは気さくに笑ってルカの頭を撫でるように軽く叩く。
するとルカは照れくさかったのか、少しうつ向いてはにかんだ。
「あっはっは! ウチの息子の小さい頃を思い出すよ!」
「オスカーはまたサボリですか?」
ふとオスカーのことが話題にあがる。何を隠そう、この八百屋はオスカーの実家であり、マルグリットは彼の実母なのだ。
――こんな美人な母親がいるとか、オスカーのやつ羨ましすぎるだろ!
ここに足を運ぶ度にそう思わされる。
「困ったもんだよ、全く。あたしもパメラやモニカみたいにちゃんと手綱を握らないとね」
「……俺のこと言ってます?」
「冗談だって。はい、品物はこれで全部だよ」
会話を交えながらも彼女は手際よくメモに書かれた品物を丁寧に袋に詰めていく。
そして2つの手提げ袋に入れられた野菜を受け取り、お金を預かっていたルカが支払いを済ませた。
「ぼくも持っていい?」
「大丈夫か? 落とすなよ」
ルカが手を差し出してきたので比較的軽い方の袋をそのまま手渡す。
「また来ておくれよ!」と笑顔で手を振るマルグリットに見送られながら、2人は八百屋を後にした。
*
八百屋でのお使いを済ませて2人は教会への帰路についていた。そして広場に向かってストリートを歩いていると、ルカが何かに気が付いた様子で不意に立ち止まった。
「どうかしたか?」
その視線の先には一軒の小さな露店がある。先ほどまで開店準備中で人影もなかったが、今は見慣れない服装の小さな女の子が店先に立っている。
ルカは小走りで彼女の元に向かった。
「こんにちは、コルちゃん」
「ルカくん。こんにちはです」
すぐにハルトも早足で追いかけると、ルカとその女の子が親しげに挨拶を交わしていた。ところがハルトの方には全く見覚えがなく、困惑気味にルカに問いかける。
「……知ってる人か?」
「うん。ソフィーおねえちゃんのおともだち」
「はじめまして。コルネリアと言います」
こちらに気付いてぺこりとお辞儀をした女の子は、コルネリアと名乗った。
ピンク色の髪を猫の耳の形のように結び、髪飾りから垂れ下がった太陽と月を模した装飾が特徴的だ。そして何より目についたのは、彼女の衣装。
首元から肩までと、短いスリットからは細い足が見えており意外と肌の露出が多い。かと思えば袖は腕全体を覆っており、大きな袖口には手甲が仕込まれている。それはこの街にない文化のようで、どこかの民族衣装のように感じられた。
また、小柄だと思っていたソフィーよりもさらに背が低く150cmもないように見える。だがそれも一種の魅力のように思えて、まるで子猫のような愛らしさを感じさせる女の子だった。
「そうなのか……俺はハルトだ。よろしくな」
「よろしくです。ハルトさんのことは、ソフィーさんやルカくんから聞いていました」
少し動揺をしながらも自己紹介をする。正直に言ってソフィーの伝手とはいえ、人見知りの激しいルカに自分の知らない交友関係があったことが意外だった。
「えぇっと……雑貨屋か、ここ?」
「そんな感じです。最近始めたばかりですけど……」
「コルちゃんも、錬金術士なんだって」
その時、横にいるルカから驚きの発言が飛び出す。この街にソフィー以外の錬金術士がいることは初耳だった。
「この街にソフィー以外の錬金術士がいたなんてな」
「ただ私の錬金術はソフィーさんのものとは違くて……物を増やすことしか出来ないです」
「物を増やす?」
首を捻っているとコルネリアが簡単に説明をしてくれた。
彼女の錬金術は『複製』と呼ばれる技術で、あるひとつの物と全く同じ物を作り出すことが出来るそうだ。色々と制約はあるらしいが、ソフィーのような錬金術士とはまた毛色が違うようだ。
「例えばこの薬は、ソフィーさんに頼まれて私が増やした物です」
コルネリアは説明しながら棚に置かれていた四角い小瓶を袖に乗せ、こちらに渡してきた。以前に使ってもらったことがある『山師の薬』だ。
要するにこの店は、客に頼まれて増やしたものを販売するという商売をやっているらしい。
「これなら俺も見たことあるよ。けっこう効いたんだよな」
「おひとつ、いかがですか?」
「……そうきたか」
納得しながら薬の小瓶を眺めていると、コルネリアはさりげなく購入を促してきた。
――可愛い顔して抜け目ないな。危うく乗せられるところだ……。
ハルトはその手には乗るまいとして、そっと小瓶を棚に戻そうとする。
「まぁ、今はそんなに持ち合わせがないから――」
「……じー」
「じー……」
その動作を虚ろな目つきでコルネリアが直視してくる。ついでに横ではルカも同じような目でこちらを凝視していた。
2人の粘りつくような視線が突き刺さり、思わずハルトは手の動きを止めてしまう。その目が「買え」と強く訴えていることは明白だった。
「分かったよ! 2人して圧をかけるな!」
「毎度どうもです」
「よかったね」
結局根負けしたハルトはそのまま薬を袋の中にしまい、大人しく代金を支払った。そこまで高い買い物ではないが、懐が寒いハルトにとっては地味に痛い出費だった。
そして大きな袖で口元を隠しながら奥ゆかしく笑うコルネリアに見送られながら、2人は教会へと帰って行くのであった。
*
パメラのおつかいを済ませた後、ハルトはルカを連れてソフィーのアトリエまで足を運んだ。子どもたちが教会に来ない日は大抵ルカをここに連れて行くことにしている。
ソフィー(もしくはプラフタ)に面倒を見てもらえるし、何よりルカが錬金術に触れることの出来る良い機会だ。ハルトは扉を軽くノックし、彼女の返事を待ってから扉を開いた。
「ソフィー、邪魔するぞ」
「2人とも、いらっしゃーい!」
中に入るとソフィーはいつも通りの笑顔で出迎えてくれた。その傍らにはプラフタの姿もある。
少し見ない間にアトリエの中は散らかっていた。相変わらずソフィーは整理整頓が苦手なようだ。
「プラフタ、また読んでいい?」
「いいですよ。では、あちらへ」
ルカは真っ先にプラフタの元に歩み寄り、期待を込めた眼差しを向ける。するとプラフタはルカをテーブルに誘導し、自らはページを広げる形で静かに横たわった。
最近はこうしてプラフタを読むことがルカのお気に入りなのだ。
「ごめんね。今日はちょっと調合したくて……」
「別にいいよ。こっちこそ悪いな、何も手伝えなくて」
調合の最中だったソフィーは釜をゆっくりとかき混ぜながらこちらに申し訳なさそうに顔をする。
採取ならばともかく調合に関しては、素人であるハルトの出る幕はない。まだ仕事もあるのでルカを預けて早々に引き上げようかと考え、一度彼らの方に視線を送る。
「ルカのやつ、ここにいる時が一番楽しそうだな」
「本当に錬金術が好きなんだね」
ルカは夢中になってテーブルに広げたプラフタを熱心に見つめていた。調合を終えたばかりのソフィーもその様子を眺めて微笑む。
「ねぇ、プラフタ。この、『ソティー』ってなぁに?」
「あぁ、それはお茶のレシピですよ。ソフィーが自分で手を加えたからと言って、そのような名前にしたんです」
「ソフィーおねえちゃんだから、『ソティー』? ……へんなの」
するとルカが大人しく読まれているプラフタと言葉を交わしてクスリと笑った。その様子を見ていたソフィーは少しムッとした顔で声を上げる。
「へ、変じゃないでしょ? ちゃんと美味しいんだから!」
「味じゃなくて名前の話だろ……」
ハルトは横で静かにツッコミを入れるがムキになっているソフィーの耳には届いていないようだ。
それどころか余計に意気込んでコンテナを漁り始める。
「よーし、じゃあちょっと待ってて。今、作ってあげる!」
「……ソフィー。依頼の調合はまだ終わっていませんが?」
「ちょっと休憩! ハルトたちも来たし、お茶にしよ!」
テーブルにいるプラフタが注意をするが、ソフィーは堂々と言い放ってお茶の調合を始めてしまった。こうなってしまってはもう止められないだろう。
だが、ハルトにはゆっくりお茶をしている時間がある訳ではない。
「俺の分はいいよ。この後おつかいに行かないとだからな」
「そうなの?」
「後でルカを迎えに来るから、よろしくな」
アトリエに向かう時に今度はモニカに別のおつかいを頼まれていたのだ。続けざまに言い渡されたために気分は乗らないが、このままアトリエでのんびりしていればモニカに怒られることは目に見えている。
ハルトはソフィーに一言伝え、そのままアトリエを後にするのであった。