守りたい居場所 作:エンジョイ博士
アトリエを出て向かった先は旧市街。街のシンボルのひとつでもある古い大木の正面にある、一軒の民家。そこにあるのがこの街の本屋だ。
ハルトは静かに扉を開け、店内に足を踏み入れた。薄暗いが落ち着いた雰囲気のある空間には数多くの本棚が並べられ、部屋を囲っている。それら全てに整頓された書物がびっしりと敷き詰められており、相変わらずどこを見ても本だらけの場所だ。
ハルトは奥にあるカウンターテーブルの前に立つ1人の女性の元に歩み寄る。
「あら、いらっしゃい」
「よう、エリーゼ」
茶髪のロングヘアに眼鏡をかけたエプロン姿の女性。彼女がこの本屋の主、エリーゼだ。
ソフィーからは「エリーゼお姉ちゃん」と呼ばれていて雰囲気も大人っぽく見える彼女だが、実はハルトと同い年だ。そんな彼女と軽く挨拶を交わしてからハルトは用件を伝える。
「モニカが頼んでた本を受け取りに来たんだけど」
「それなら用意してあるわよ。はい、これ」
品物はすでにテーブルに準備されていたようだ。エリーゼが手渡してくれた紙袋を礼を言いながら受け取る。
中身は教会に来る子どもたちに読んでもらうための絵本だ。何冊か入っているようで結構な重量がある。
「今日はちゃんと働いてるみたいね」
「どういう意味だよ?」
「モニカがよく言ってるわよ? 目を離すとすぐサボろうとするって」
預かっていたお金を渡して会計を終えると、エリーゼが感心したように口を開いた。その話を聞いたハルトは少し拗ねて、そっぽを向きながら不満を漏らす。
「んなこと言ったって、毎日おつかいとか、子どもたちの世話とかばっかりだし。モニカは嫌な顔しないでやるけど、俺はなぁ……」
「そんなの、モニカは教会のお仕事が好きだからでしょ?」
丁寧に言い聞かせるようにエリーゼは話を続ける。
「私だって本が好きでこのお店をやっているんだもの。ハルトも自分が好きなことを仕事にしてみたらいいんじゃないかしら?」
「……好きなこと、ねぇ」
彼女の助言を受けてハルトは難しい顔で考え込んだ。以前ソフィーにも同じような質問をされたが、結局答えは出なかった。
思い悩むハルトに対してエリーゼはさらに意見を述べる。
「ハルトは狩りをするんでしょ? 狩人になるつもりはないの?」
「狩りはよくやるけど、そこまで好きってわけじゃ……」
狩人だった父から簡単な手ほどきは受けていたため、狩り自体は得意だ。ルカと旅をしている間も路銀を稼ぐために狩りをしたことはあった。
ただそれは、あくまで生活のためにしたことだ。言い換えれば他に出来ることがなかったとも言える。ヴォルフラートがいてくれたことも大きな理由だ。
なのでどうにも父と同じ狩人になる、という気持ちにはならない。エリーゼは色々とアドバイスをしてくれたが、それでもハルトの中で答えは見つかりそうになかった。
「……話し込んじまったな。そろそろ行くよ」
「そう? また来てね」
結局、逃げるように話を切り上げてそのまま店を後にするのであった。
*
本屋を出たハルトが向かった先は教会ではなくカフェだった。このまま真っ直ぐ帰ればまた他の仕事を頼まれてしまうだろう。そう思うと自然と足がストリートに向いていたのだ。
時刻は昼過ぎだけあって、店内のテーブル席には数名の客の姿があった。心なしか普段より客の入りが多いように感じる。
「いらっしゃいませー!」
「あれ、テスさん。今日は来てたんすね」
明るく通る声で出迎えてくれたのは、この店の看板娘のテスだ。
丈の短いスカートに胸元が空いたデザインの制服は、多くの男性の視線を釘付けにするだろう。しかしそれ以上に、サイドテールに結んだ水色の髪に着けられた兎耳のカチューシャが人目を引く。
――これ絶対、店主の趣味だよなぁ……。
心の中で密かにそう思い込む。決まった曜日にだけ働いてる彼女に会うために店を訪れる男性客がいるらしいが、それもある意味納得のいく話だ。本人も時折自称しているが、彼女には店の雰囲気が華やがせるだけの魅力がある。
「そういうハルトは、またサボリだな? モニカに怒られても知らないよ?」
「違うって。帰ったらどうせ他のこと頼まれるから、ちょっと休憩しようと思っただけで……」
「それをサボリって言うんだよ……」
ハルトの苦しい言い訳を受け、テスは呆れ顔になって肩をすくめる。それでも彼女は普段通りの対応でカウンター席に案内してくれた。店主のホルストはどうやら奥の厨房で調理をしているようだ。
このまま堂々とサボるのも気が引けるので、ハルトはカウンターに置かれた依頼表と表題に書かれたノートに手を伸ばす。
「じゃ、依頼でも見ていくよ」
「おー、それは助かるよ! あんまり受けてくれる人がいないからねー」
「どれを受けるかはソフィーと相談してから決めるけどな」
それは街の住人からの頼み事をホルストがまとめたものだ。内容は指定された物の納品や魔物退治が主で、達成することで報酬を受け取れる。
まだアトリエでの稼ぎが少ないソフィーやまともな仕事のないハルトにとっては貴重な収入源だ。なので毎回ソフィーと相談して行き先などを考慮した上で依頼を受注し、得られた報酬は折半するようにしている。
そう話すとテスは何やらニヤついている口元を手で隠しながら詰め寄ってきた。
「そう言えば、最近ソフィーと仲良いんだって? よく一緒に出掛けてるって聞いたよ」
「それは……ただ採取に行ってるだけで……」
「またまたぁ! あの子、かわいいじゃない。そこんとこどうなの?」
「いや、どうって言われても……」
――やけに近いな、この人。だから勘違いする客が後を立たないんだよ……。
興味のある話題だからか、テスはやたらと上機嫌に絡んでくる。肘で軽くつつかれ、肩を叩かれたり積極的に迫ってくるのでハルトは困惑気味に言葉を濁すしかなかった。
「それとも実はモニカの方が好みとか?
ねぇねぇ、教えてよー!」
「はぁ? ないない。あんな口うるさい奴……」
ところがモニカの名前が上がった途端にハルトは苦い顔で手を振り、露骨に否定した。
そんな時、突如として背後から聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「――悪かったわね、口うるさくて」
「いぃっ!?」
その明らかにいつもよりトーンが低く冷たい声に、ハルトは思わず身体をぎくりと震わせる。
そして顔を引きつらせながらゆっくりと振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちするモニカの姿があった。
「……モニカさん? どうしてここに?」
「ソフィーのところにいないから、ここだろうと思ったわ」
「さー、仕事仕事っと」
――あっ、ちくしょう! テスさん、逃げやがった!
モニカは眼鏡のレンズ越しに冷淡な目でこちらを見下している。普段は物腰が柔らかく優しい彼女だが、怒る時は一転して刺々しい態度になるので怒鳴られるよりも恐ろしい。
「おつかいご苦労様。……休んでたのなら、まだ働けるわよね?」
「か、勘弁してくれ!」
「それじゃ、テスさん。私たちはこれで」
ハルトはモニカに首根っこを掴まれる形で連行され、店の外へと連れ出されて行った。その光景を静観していたテスは半笑いで呟いてから仕事に戻るのであった。
「完全に尻に敷かれてるなぁ……」
*
強制的に教会へと連れ戻らされたハルトは聖堂の掃除をたっぷりとさせられた後に解放された。
既に日は傾きつつあり、教会からは夕暮れを知らせる鐘の音が鳴り響く。予想していたよりも手伝いが長引いてしまい、ハルトはくたびれた様子で街はずれの高台を歩いていた。
「はぁ……ひどい目にあった」
向かう先はソフィーのアトリエだ。ルカを迎えに行く時間が少し遅くなってしまったが大丈夫だろうか。
そんなことを考えながらアトリエにたどり着くと、何やら扉の向こうから楽しげに会話する声が聞こえてきた。
「そうです。後は釜をかき混ぜるだけです。丁寧にですよ」
「うん」
「大丈夫? 一緒にやろっか?」
気になって扉を開けると、ソフィーたちは全員で錬金釜の前に集まっているようだった。その中でもルカは踏み台の上に乗り、釜から一番近い真正面に立っている。
一目見て状況を把握したハルトはこちらに気付いたプラフタに声をかける。
「おいおい、ルカに錬金術をやらせてるのか?」
「以前からやってみたいとせがまれていましたので」
どうやらお茶を飲み終わった後にルカが「同じものを作ってみたい」と言い出したことがきっかけらしい。その後、調合の依頼が一段落したのでこうして練習をさせてもらっているそうだ。
「失敗したら危ないんじゃ……」
「お茶の調合など難解なものではありません。ソフィーも付いているし、問題はないでしょう」
プラフタは危険はないと冷静に分析しているが、その言葉を聞いてもなおハルトは不安を感じずにはいられない。
――師匠が昔、同じことをして盛大に釜を爆発させたんだよな……。 あの時は本当に焦った……。
それ以降、師も反省したのかルカを錬金釜に近付けないようになったが。
「じゃあ、いっくよー。せーの……」
「ぐーるぐるー」
ルカはソフィーと一緒にかき混ぜ棒を両手で持ち、釜の中をゆっくりと混ぜ始める。その様子を気を揉みながら見守っていると、数十秒後に反応は起こった。
「いいですよ、その調子です。後少しで完成するので、かき混ぜるのを止めないように」
釜から淡い虹色のような光が溢れ、眩い輝きを放ち始める。ルカはその反応に一瞬戸惑ったようだったが、プラフタの助言とソフィーの支えのおかげで手を止めずに釜を混ぜ続けた。
その後、より一層強くなった輝きがふっと消えたタイミングで、ルカの代わりにソフィーが釜の中に手を伸ばした。それが完成の合図だ。
「はい、これで出来上がりだよ」
「できた……ありがとう、ソフィーおねえちゃん!」
ソフィーが釜の中から拾い上げたティーカップをルカに手渡す。その中にはただの透明な水ではなく、澄んだ赤茶色のお茶が注がれていた。
そして完成品を直接目にしたルカは晴れやかな顔になって目を輝かせる。
「よく出来ましたね、ルカ」
「うん。プラフタの言ったとおりにやったら、ほんとにできた……!」
ルカは高揚した様子でプラフタに感謝を述べ、そのままティーカップに口をつけて紅茶を一口すすった。
しかしすぐに不思議そうな顔をして肩を落とす。
「……ぬるいし、おいしくない。ソフィーおねえちゃんがつくったのと、ぜんぜんちがう……」
「何言ってんだ。爆発させなかっただけでも大したもんだよ」
どうもお茶の出来が良くなかったらしい。事前にソフィーの作ったものを味わっていたため、その違いをすぐに理解できたのだろう。
だが無事に調合を終えられただけでも大きな進歩だと思えた。ソフィーたちの協力があってこその結果だろうが、ハルトは素直に感心していた。
「ねぇ、プラフタ。おねがい……!」
しばらく深刻そうにうつむいていたルカは、改めてプラフタに視線を移して見上げた。
そのまま決意を固めた瞳で、すがりつくように懇願するのであった。
「――ぼくの、『せんせい』になって!」