少し先の未来の話。トレセン学園を卒業したアグネスタキオンは研究をしていました。
古くからの伝承で言うところの、
『ウマ娘。彼女たちは、走るために生まれてきた。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る』
別世界の魂。俗に言う、ウマソウルの研究です。
その研究は非常に難しいもので、アグネスタキオンの得意とする分野から外れて歴史を読み解く必要さえありましたが、それだけあってやりがいのある研究テーマでした。
それとは別に、ネオユニヴァースは家庭を持って普通の新妻をしていました。
愛する人とともに暮らして、子供はいつがいいかななんて話しながら日々を過ごしていました。
まあつまり、研究者として邁進するアグネスタキオンと、引退して穏やかな生活を送っていたネオユニヴァースが再開したのは本当にただの偶然でした。
「おや、久しぶりだねぇ」
古本屋で聞いたかつてと変わらない調子の友人の声にネオユニヴァースは懐かしい思いを抱きました。
「久しぶりだね。でも、"断絶"を感じたことはないよ。恒星の光はどこにいても届くから」
「フゥン、私が研究所に所属したニュースを見て動向は知っていたってことかな」
せっかく旧友との再会したのです。本当ならカフェにでも移動してゆっくり話をしたいところですが、アグネスタキオンは急いでいる様子でした。
ネオユニヴァースが事情を聞いてみると、研究のために絶版になっている古い本を探していて、彼女の元トレーナーと手分けして必死に探し回っているらしいのです。
「ちょっと待っていて。……その本はこの周辺中域にはNWHE。取り扱ってない、だね。でもすぐに来訪があるよ。3日後、目的の本は隣町の古本屋に"買い取り"される」
「そういえば君の特技は未来予知だったねぇ。助かるよ」
平然と振るわれる超常の力に驚くこと無く、元クラスメイトはネオユニヴァースの予言を受け入れました。
自分の特殊性に引くでも恐れるでもなく受け入れてくれる得難い友に感謝するのですが、ネオユニヴァースは次いで観測して情報から憐憫の情を抱きました。
どういうことかというと、
「アグネスタキオンは今"ウマソウル"をRSCH、研究しているの?」
「ん? 何だ興味があるのかい?」
「ABSS。ウマ娘の魂の故郷。それを求めるなら……アグネスタキオンは失意の底で破滅することになる」
このまま研究を続けても何の成果も得られず、アグネスタキオンが研究所を追われてしまう光景を観測したのです。
研究を失った別宇宙のアグネスタキオンは元トレーナーに甲斐甲斐しく世話されながら何かに心を動かされることもなく植物のように生きているだけの退屈な日々を送っていました。
ネオユニヴァースにはあまりいい未来とはおもえませんでした。
「そうなるくらいならネオユニヴァースが"正解"を伝え……」
「待ちたまえよ。確かに君の力なら私の求める知識を簡単に手に入れられるのかもしれないが、それは違うだろう。研究過程がないのにそれをどう証明すると言うんだい? それに研究で大切なのは自力で正解にたどり着くという情熱さ」
アグネスタキオンはネオユニヴァースの言葉を遮りその先を言わせません。
「しかし、別宇宙の私はウマソウルの真実にたどり着けないときたか。少し研究方法を変える必要がありそうだねぇ」
少し付き合いたまえよ、とアグネスタキオンはネオユニヴァースの手を引いて何処かに連れていきました。
その何処かというのは研究所なのですが。
「ここがアグネスタキオンのLBRY……。ネオユニヴァースが入っても"大丈夫"だった?」
「まあ問題ないだろう。そんなことより少し手伝ってもらうよ」
ひと目見ただけでは何に使うかもわからない機械が所狭しと並べられた研究所で、ネオユニヴァースはベッドに寝かされペタペタ電極を貼り付けられました。
この感じ懐かしいなと思っていると、アグネスタキオンはそれ以上機械類に触ること無く椅子に座ってしまいました。
「……これだけ?」
「ああ! 学園にいた頃にもう『未来が変化したことを観測』した時の脳波パターンは取ってあるからね。後は私が研究方法を変えてみるだけさ」
例えば、ウマソウルの観測実験を別の方法に変えてみようか。
とアグネスタキオンが言うのですが、電極が繋がった機械はうんとも言いません。
「フゥン。この程度では私が研究所を追われ破滅する未来とやらは変わらないか」
それから様々な思考実験が繰り返されました。
アグネスタキオンは様々な仮説を立てて研究の改善案を口に出しますが、未来が変化することはありませんでした。
「思ったよりも手強いねぇ。紅茶でも飲もうか」
「……ネオユニヴァースは予想しているよ。この研究を続ける限り未来は変動しない。ウマソウルに物理的、あるいは科学的なEVDCがないから」
「だから諦めて君から齎される情報だけで妥協してと言いたいのかい? 実に済まないがそれは無理な相談だ。言っているだろう? 自力でたどり着くのが研究なんだよ」
2人で紅茶を飲んで一休み。
アグネスタキオンはそれに加えて白衣のポケットから小さな箱を取り出しました。
ぱっと見タバコのように見えたそれは、よく見てみるとココアシガレットでした。
「ああ、気になるかい? せっかく成人したのだから試しに
「スフィーラ。アグネスタキオンはそれが気に入ったんだね」
「失礼なこと言わないでもらえるかな?」
と言うものの、アグネスタキオンはとてもいい笑顔で棒状のラムネを口に咥えています。
「トレーナーのことが好きなんだね」
「大切なモルモットさ。しかしまあ、こうも未来を変えるのが難しいとなるとモルモット君に知識を叩き込んで助手になってもらうのも悪くないかもしれないねぇ」
アグネスタキオンがそう言った瞬間、ピーと軽い音がしました。
ネオユニヴァースに繋げた機械が、未来が変動したことを観測したのです。
「えぇ!? そんなことで!? ちょ、ちょっと"観測"をしてみてもらえるかい?」
「…………変動している。アグネスタキオンはウマソウルの来歴を突き止め長年連れ添った助手とけっこ」
「そこまで。それ以上の情報はいらないね。研究が破綻する未来さえ逃れられたのならそれでいいんだよ」
「アファーマティブ。……式には呼んでね」
「はて、なんのことやら」
「SOCT。『尻尾は正直』だよ。"嬉しい"なんだね」
「何の話がわからないね」
とぼけられていない誤魔化しをしながら、笑顔のネオユニヴァースから電極を剥がすアグネスタキオン。
その日は追い出すようにネオユニヴァースを帰らせましたが、元トレーナーから改めて菓子折りが送られたとかなんとか。
そして、観測した未来が現実としてやってきた時、レンタルの黒留袖をまとったネオユニヴァースはまた優しく笑うのでした。
「IUDS。アグネスタキオンが自力でたどり着いた宇宙はスフィーラだね。"正解"を教えなくて『よかった』だよ」