俺はアグネスタキオン   作:キサラギ職員

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人 間 魚 雷


10、鈴鹿サーキットにて

 

 研究―――漬けじゃメンタルに響く。

 研究は好きだけど、遊ばなきゃやっていられない。

 

「夏は海に行くと思ったんだ」

「ああ」

「なんでサーキットに来てるんだろうな」

「そら夏にレースやるぞーっていうからさ」

 

 鈴鹿8時間耐久ロードレース。国内外からそれはもう物好きばかりがクソ暑い夏にやってくるバイクレースの聖典。その長さ故に一日中貼りついていられるものは限られ、その長さ故にチームで走る。

 

「24時間走らんだけマシだろ~」

「バイクねぇ。兄貴が嵌ってたけど、何がいいのかよくわからないままこの年になったな」

 

 麦わら帽子にタオルを首に引っ掛けたトレーナーが言う。

 鈴鹿サーキット。三重県鈴鹿市に位置する世界有数の名コースと名高いサーキットで、全長5.807km、コーナー数18のバランスの取れたコースだ。夏休みを利用して俺はサーキットに出かけていた。好きなんだよな、夢で頻繁に見るせいもあるんだろうけど。

 

「自分で走ることを良しとするウマ娘が乗り物好きってのも奇妙な話だよなぁ」

「そうでもないでしょ。カウンタック(がいしゃ)乗りこなしてるウマ娘とか、オートバイと言えば750cc(ナナハン)だよなって話してくるヤツもいるぜ、あの学園」

「都市伝説かと思ってたよ。なにがいいんだろうな、バイクは」

 

 視線の先にはどちらかと言えば緩やかに、効率のみを求めて最短距離を走ろうとするレーサーたちがいる。長時間のレースはとにかく体力の消耗がキモだ。あと燃費。急に吹かしちゃいけない。ゆっくりと、それでいて立ち回りも重要になってくる。タイヤ、燃料、消耗品の交換タイミングも見逃せない要素だが、F1レースのコンマ数秒の世界と比べると、まったりしている。

 俺も同じく麦わら帽子の耳のところだけハサミでブチ抜いたやつを被っていた。サングラス。咥えシガー・キャンディ。暑すぎて却って直射日光遮るべきだと思って白シャツだが、スケスケになってしまっている。透けてもいいように中にも着てるぞ。汗臭いのであとで脱ごう。

 そして、真夏のサーキットに来るウマ娘が珍しいのか周囲からガン見される。そんなに珍しいかね?

 俺はサングラスを少し下げると、トレーナーを見遣った。

 

「………乗ればわかる。走ればわかる……口でいったってダメさ」

「引用か。今度は何の漫画だ。微妙に世代ずれてるからわからないんだよな、タキオンのは」

「博識といいたまえよ。いいぞー乗り物は。エンジン、タイヤ、シャーシ、乗り手、一つ一つは違うものが組み合わさってあのスピードを発揮してる。エンジンばかりが立派で機体が脆くちゃ意味がないのさ」

「エンジンばかり立派で、機体が……」

 

 俺が言うと、トレーナーが黙りこくってしまった。

 どうした? 何かヒントでも得たか?

 

「いらんかねービール! やきそばー! アイスもあるよー!」

 

 妙に大荷物を抱えた売り子がやって来た。みんなが札を取り出して思い思いの品を購入している。

 横に来たので俺は手を挙げていった。

 

「生中くれ!」

「アホか!」

 

 ぺちこんと頭を団扇ではたかれる。

 別に痛くはないが一応頭を押さえておく。振り返ると、むっつりとした顔をしたトレーナー君がいるではないか。冴えわたるツッコミも、汗まみれの顔じゃ締まらない。

 

「痛いな。何をするんだ」

「未成年飲酒していいわけないだろ」

「じゃあコーラくれって……ゴールドシップ!?」

 

 俺は売り子の顔を見た。見知った顔で驚いた。

 大荷物を抱えたその売り子には尻尾と耳が生えていた。

 

「ぴすぴーす! お二人さんこんなところでなにやってんの?」

 

 そいつはあろうことかウマ娘で、真っ黒に日焼けしていた。

 中央の怪物、不沈船、変人、奇人、オープニングラップの狂人(これは違うか)とか呼ばれているゴールドシップその人が売り子の恰好をしてそこにいたではないか。

 

「ナニって観戦だよ、なぁトレーナー?」

「うひょーっ! トレーナーまでいんのかよぉ! デートか? なぁデートか?」

 

 水を得た魚と言わんばかりにブラックシップが俺たちの間に腰を下ろす。流石ウマ娘である。ビールの業務用缶とクーラーボックスを複数担いでいるのに体幹にブレがない。

 

「さあねぇ」

 

 俺はにやりと笑うとトレーナーの方を窺ってみた。

 

「い、いやデートじゃなくてこれは休息ってだけで」

「動揺してんじゃねぇゾ!」

 

 俺は上に座っているトレーナーの脚に頭突きをかました。ちょっと動揺してんじゃねぇぞこの野郎。

 

「みーちゃったみーちゃった! 言いふらしてやろっと」

「おう、頼むぞ~コーラ一つ」

「まいどっ! えーっ、冷えた飲み物はいらんかねー!」

 

 俺は札を押し付けると、キンキンに冷えたコーラ缶と小銭を受け取った。顔を真っ赤にしているトレーナーの胸元に持って行ってやる。

 ゴルシは獲物を探して他の方に歩いて行ってしまった。稼ぎに来たのはわかるが、こんなところで遭遇は偶然にもほどがある。

 

「熱中症なられても困るから飲んでおいて」

「あー悪い。これ」

「おっす」

 

 代金を立て替えていた分を受け取ってポケットにねじ込む。

 トレーナーは俺が持ってきた双眼鏡を覗き込んだ。

 

「注目のチームは?」

「三倍くらい速そうなペイントににこちゃんマークの車体見えるか? アレ」

「なるほどねぇ………」

 

 赤いチームはとにかくうまい。何がうまいって他のチームを風よけに使ってうまく燃料とタイヤを節約しているのだ。耐久レースに必須の能力と言えるだろう。

 レースは順位が重要だ。ラップタイムを求める能力もいるが、いくら速くても一位でなければ意味がない。

 

「風よけに使う――――ようはスリップストリームはよくタキオンも使うけど、こういうのを見て勉強を?」

「や、自然に。嘘。漫画で」

「タキオンってマジメなのかフマジメなのかわからん。俺にはもうなにもわからん」

「おいおい暑さのせいかキャラ崩れてるぞ~っと、落車かぁ」

 

 見てるととあるチームがバンクした瞬間に逆方向に吹っ飛んだ。

 あちゃーっと俺は額の汗を拭った。

 

「ヒヨったら負けでしょ。限界まで傾けんだよ。ありゃハイサイドって言って逆方向にかかる力のせいでああなる。まァ、ヒヨらなくても起るから運もあると言えばある」

「ヒヨッたら……」

 

 トレーナー君はブツブツ呟いて双眼鏡であっちこっちを見始めた。

 

「なんかさっきからトレーナーくぅん、学びの多いって顔してるけど大丈夫かいな」

「実際学ぶべきところは多いかな。レースの運び方もそっくりだし、立ち回り方も似ている。それにかっこいい」

「おっ、いいねぇ。その意気よ、その意気」

 

 見ていると、コケたレーサーが必死に車体を起こしてまた走り始めた。

 

「何度転んでもいいんだ。起き上がれば」

「起き上がれば、か」

「さっきから不気味だぞ~コーラ飲めコーラ。ぬるくなる」

 

 どうなったかって? 二人して熱中症にかかりかけて途中退出だよ。

 




ピコンッ

『立派な機体を得るために』

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